第六十三話
「トウマくんも誘ったんだ」
「あぁ、三人じゃ中途半端だしな」
「なぁ、本当に俺が来てよかったのか?」
「オッケーだ」
「さっきから郡元喋ってないだろ⋯⋯!」
ユウナは俺には一瞥もくれず、予約してあるカラオケ店に向かう。道中、小腹が空いた時のお菓子を買っておいたが、いくら食べても味がしなさそうだ。
「トウマくんって、歌上手いの?」
「いや、まあまあかな。八十点かな。平均は」
「ふふん、私は九十以下はそんなに取らないからね!」
「そりゃすげえな。何か秘訣とかあるのか?」
アカリが微妙な空気を察して、俺やユウナに話を振ってくれている。こう言う時、話を回せる人が好かれるのか?
突拍子もないようなことだが、ユウナのことに関連している。色恋沙汰の話で、ユウナは機嫌を損ねた。つまり、理由は俺の受け答えにある。当然のことだけど、いちいち整理しないとわかりにくい。
シュンがユウナが怒った原因を探れる絶好のチャンスをくれた。無駄にするわけにはいかない。
とりあえず、今日中にユウナと仲直りするのが目標だ。
カラオケ店に入り、シュンが一曲目をデンモクに入れる。
アカリもそれに続いて二曲連続で予約した。
ユウナはと言うと、片耳にイヤホンをつけ、スマートフォンを見ている。こんな時にまでスマートフォンを使うなんて。よっぽど俺がいることが嫌なのか?
つーか、この状況だと、シュンが話を通したって話は嘘に思えてくる。
「トウマくんも入れなよ」
「あー。⋯⋯郡元は歌わないのか?」
「後でいい」
「⋯⋯」
バッサリと切られた。こんなそっけない態度を取られるなんて。流石に傷つくな⋯⋯。
乾いた笑いをしながら、俺は曲を入力した。何を歌えばいいんだよ。こんな時に恋愛ソングなんか歌えないし。ノリノリの曲を歌うのもなんか変だろ。
頭の中で思考を巡らせながら、一つの曲を入力する。
懐かしい歌だ。
「神さま、この⋯⋯」
横目でユウナを見る。相変わらずスマートフォンに視線は釘付けだ。
いっつもこうなのか?
アカリとシュンも何も言わないし。
俺はユウナと遊ぶのは初めてだし。これが通常運転なのかもしれない。あまり気にするものでもないか?
曲を歌い終え、ドリンクバーを飲もうとしたが、コップには何も入っていない。周りを見ると、全員空になっていた。
「シュン、ジュース注ぎに行こうぜ」
「二人とも何飲みたい?」
「私は紅茶で」
「あたしもー」
二人で部屋を出て行こうとした時。
「トウマは残って」
ユウナは初めて俺を見た。
◇◇◇◇◇◇
アカリとシュンは部屋を出て行った。俺とユウナだけが残される。陽気なBGMがアンバランスな雰囲気を漂わせていた。
俺とユウナの座っている席の間には、二人分の距離が空いている。
「こっち来てよ」
「⋯⋯」
言うとおり、ユウナの隣に座った。
「もっと寄ってって」
「うお!?」
腕を首に回され、強制的に近づかせられた。
「あたしが怒ってる理由、わかる?」
「分かりません⋯⋯」
「ま、ただあたしが勝手に怒ってるだけだから。怖がらせてごめんね」
「俺がなんかやったんじゃないのか?」
「それもあるけど、あたしが怒ることじゃないから」
ユウナの腕の力が強まっていく。
「ところでさ」
「はい」
「アカリって、可愛いよね」
⋯⋯?
何を言ってるんだ?
「トウマもそう思うでしょ」
「まぁ、そうだな」
否定する気はない。誰だってそう言うはずだ。
ユウナは体を左右に揺らしながら続ける。
「初めて会った時からさ、アカリって天使だったんだよ。未だ汚れを知らない純白の天使」
「⋯⋯」
誇張でもなんでもない、等身大の言葉。恐ろしいほどの切れ味を持った言葉。
俺には黙って聞くことしかできない。
「あたしはアカリの親友なんだ。アカリを泣かせたら、傷つけたら、絶対許さない。シュンでさえもね」
ユウナの言葉には、確かな熱があった。触れると蒸発してしまうほどの熱。それが俺の頬を熱く焼いた。そして、その熱が直接押し付けられた。
「トウマ、あんたはアカリのことどう思ってる?」
試すような声音。生唾を呑んだ。
何をいうべきか、思考を巡らせる。何かを考えつくより先に、口をついてでた。
「⋯⋯わからない」
首に回された手に、さらに力が込められる。ユウナにとって、俺の答えは不十分だったようだ。
「逃げるな。言え」
有無を言わせない言葉。それほどまでにユウナはアカリを大切に思っているのか。
俺のようなやつを近づかせたくないから、こんなことを聞いているのだろう。
なら、できるだけ言葉にしなきゃな。
「⋯⋯⋯⋯正直、不思議に思ってる。北見さんが、俺に良くしてくれることに。俺よりも、一緒に居て楽しいやつなんか山ほどいるのにな。⋯⋯でも、悪い気はしないよ。それに、北見さんが俺を認めてくれたんだったら、それに釣り合うようには努力したいと考えています⋯⋯⋯⋯はい⋯⋯」
言っている途中から気恥ずかしくなってきて、尻すぼみになる。上目がちにユウナの顔を見る。ユウナは部屋に設置されたモニターを眺めていた。
五人組のアイドルが画面で踊っている。
どんな答えが返ってくるのか。ユウナがアクションを起こす数秒。それが永遠に感じられる。
⋯⋯ユウナは眉を下げて笑った。
「⋯⋯トウマらしいね」
絆された声音。その声に感情を感じとろうとしたその時、ドアが開けられ、シュンとアカリが入ってきた。
ユウナが俺の首に腕を回しているのを見たアカリは目を丸くした。
返ってきたら、俺が首を絞められているような光景は想像していなかっただろう。
「何話してたの、ユウナ」
「秘密〜。⋯⋯じゃ、あたしもそろそろ歌おっかな!」
ユウナは纏っていた雰囲気を変え、いつものユウナに戻る。近くに転がっていたマイクを持って立ち上がり、流行りの曲を歌い出した。
「どうだった、トウマ」
次の曲でユウナとアカリがデュエットしているのを尻目に、シュンが俺に耳打ちしてくる。結果はわかりきっているといった表情だ。
「仲直りできたよ、ありがとな」
「良いってことよ」
シュンは鼻をこすりながら笑って見せた。その笑顔に、安心感を覚える。
「友達が困ってたら、助けるのが普通だろ?」
「⋯⋯そうだな」
「だから、今度俺がユウナを怒らせたら執りなしてくれよ」
「それは北見さんに頼んでくれ」
「アカリに言えるわけないだろー」
シュンはスマートフォンを弄びながら続ける。
「俺が情けなくってしょうがねえよ。アカリに頼むくらいなら自分でどうにかするさ」
真面目な表情だ。きっと本心なのだろう。俺みたいな恋愛素人の俺には荷が重い。勘弁してくれと言いながら、注いできてもらったコーラを口に含む。
シュンは文句を言いながらも、悪い顔はしていない。話していると、アカリが割り込んできた。
「何話してるの?」
アカリの顔が一気に近くにきた。アカリが瞬きする度、俺の顔に星が飛んでくる。
「男同士の会話だ。アカリには言えないな」
「むぅ、秘密にしないで教えてよ!」
「嫌だね、教えて欲しいならトウマに言いな」
あいつ、俺に丸投げしやがったな。
「トウマくんには別に聞くことがあるから」
アカリは上機嫌に歌うユウナをチラリと見た後。
「ユウナと何話してたの」
囁かれた掠れそうな小さな声。それは俺にとって未知の領域で、とても耐えられるようなものではなかった。脳に突き刺さる甘い声。
「ストップ!」
アカリを押し除け、急いで距離をとる。囁かれた左耳が妙に熱い。なんだ、これ。
手で押さえるも、左耳の感覚が異常を主張し続けた。
「ど、どうしたの?」
「どうした、トウマ」
俺の反応を見て、慌てるアカリと、ニヤつくユウナとシュン。
見た瞬間、否定したくなった。
「なんでもねーよ。急すぎてビビっただけだ⋯⋯そんで、何話したかって?」
「おっきい声で言わないで!」
アカリは知られたくないのか、俺の口を塞ごうとしてくる。その手を軽々と交わしながら、ユウナに質問した。
「あのこと、話していいの」
「無理」
「だってさ」
「ひどい⋯⋯なんで私にだけ秘密にするの! ユウナの意地悪!」
ユウナが持っていたマイクを奪い取り、アカリが曲を歌い出す。
「あ〜! これからサビだったのに⋯⋯」
「ふんだ、教えてくれないからだよ!」
アカリは歌い出したはいいが、曲を知らないのか、発される言葉が曖昧になっていく。やがて、マイクをユウナに投げ返した。
「私を仲間はずれにしないでよ⋯⋯」
いじけたアカリはユウナを突いた。くすぐったいのか、ユウナはアカリの手を押さえつけながら歌い続けている。やがて歌い終わり、アカリに抱きついた。
「いじらしいのも可愛い〜!」
「ちょっと、引っ付かないで!」
ユウナがアカリの腰あたりに抱きつき、頬を擦り付けた。アカリは文句を言いながらもユウナの頭を撫でる。幾度と見た光景だ。
「アカリは私がお嫁さんにもらう〜」
「おい、俺はどうなるんだよ!」
ユウナの爆弾発言に、シュンがすかさずツッコんだ。
冗談だとわかっている。わかってはいるが、さっきの発言のせいで本気に見えてしまう。
「シュンは捨てちゃう〜」
「ひでえ!」
俺の目の前で、青春が展開されていた。
その光景は、元いた世界からは考えられないほどに眩しい。
夢みたいだ。俺の近くにいてくれる人がいて、俺と一緒に笑ってくれるなんて。
隣の芝生は青く見えるっていうしな。
だからかもしれない。
だからこそ、こんなふうに思ってしまうんだろうな。
「ずっと、ここにいられたらな⋯⋯」
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