第六話
確認を終え、暇になる。何かしておかなければ落ち着かない。久しぶりに訓練場にでも行くか。リネさんとも話したいし。
◇◇◇◇◇◇
訓練場はいつだって汗の匂いが立ち込めている。そこに、戦闘員の気合いの声が反響する。
リネが訓練している場所は、入り口から一番遠いところだ。そこが定位置になっている。
向かうと、予想通りリネがいた。
「リネさん。調子はどうですか」
「あぁ、トウマか。別に、これと言ってないぞ」
言いながら、鎖で上から吊り下げられているサンドバッグをボコボコにする。
「やっぱり、あの時は悔しかったですか」
「⋯⋯もちろんだ。あたしも、仲間も、お前も傷だらけにされ、中には帰らぬ人となった奴もいる。もう一度、相対する時があったら、その時はあたしがあいつを殺してやる」
「リネさんは強いですね⋯⋯」
「何がだ」
なおも、サンドバックが凹んでいく。殴る手が強くなった。
「俺には、鍛錬してもあいつに勝てるビジョンが思い浮かばないです」
「何を言ってるんだ。あたしたち人間は、AIと違って成長できるんだ。知能とかは一緒だが、精神や肉体は困難にぶち当たった時、人は成長して、その壁を乗り越えることができる。それはAIにはできない」
そう言って、殴る手を止めた。
「トウマ、かかって来い」
「素手でですか?」
「あぁ」
言葉を聞いて、手近にあった布を手に巻く。両手を顔の高さまであげ、構えて静止した。
心を穏やかにする。周りの雑音を耳から締め出せば、聞こえるのは自分の心臓の鼓動音と、リネの息遣いだけ。
「シッ!」
リネが拳を突き出した。体重移動を駆使し、極小の動きだけで回避する。右ストレートでリネの左の顔面を捉える。が、寸前でガードが間に合い、防がれた。防がれた瞬間、左足を軸にして右足を自分の力と遠心力でぶん回し、かかとを脇腹に突き刺した。それに動じず、リネは俺の頭目掛けて、自分の頭部を振り抜く。
鈍い音が響き渡った。頭突きの威力に目の前が真っ暗になる。倒れそうになるのをなんとか堪え、飛んできた拳をいなし、土手っ腹を拳で打った。体の内側にまで響くように、パンチに余韻を持たせる。すぐさま距離をとった。俺がいた場所に、大ぶり気味のフックが横をないだ。
振り終わった隙を見て、裏拳を叩き込む。リネはすんなりと避け、すぐに反撃してきた。俺のガードをすり抜け、顔面を殴打した。さらに拳が飛んできた。よろめきながらも、飛んできた拳の軌道上に腕を置き、軌道を逸らす。手首を取って固定する。
腹に手を置き、力を発生させ、触れたまま打ち込んだ。それに構わず、リネは固定された手首を動かし、掴んでいる俺を片腕だけで振り回した。勢いについていけず、地面を転がった。すぐに立ち上がり、ハイキックを喰らわせた。
読まれていたのか、両手でしっかりと防がれる。足を掴まれた。反撃をさせないように、体の力を抜くことで、俺の足を掴んだままのリネを自重で引き寄せる。背中が地面につく。その勢いのまま服の襟を掴み、柔道の巴投げでリネを吹き飛ばした。
しっかり体勢を崩したはずだったが、綺麗に一回転して着地した。すぐさま起き上がり、迎撃の体勢をとる。
目があった。そのまま気配を探るようにして、動かない。機を見て、一気に踏み込んで
正拳を繰り出した。そこには、リネはいなかった。
どこに──────
混乱した。リネがどこにもいないのだ。探そうと首を巡らせようとした時、視界の左下の方から、神速で閃くリネの足先が飛んできた。俺の顎にクリーンヒット。世界が揺れ、たまらず俺は尻をついた。
「ギブ⋯⋯ギブアップ!!」
「ふう⋯⋯⋯⋯強くなったな!」
「そうですかねぇ」
「そうだよ。最初はオドオドしてヘニョヘニョだったのに、今となっては躊躇なくあたしの顔面を狙ってくる」
「ははは⋯⋯ところで、さっきの蹴りってなんだったんですか。あと、視界から消えたやつも」
リネは汗をタオルで拭いながら答えた。
「躰道の卍蹴りだよ。それと突然消えたのは膝抜きってやつ。後者は予備動作なしで動けるのが利点なんだ。そこから流れで卍蹴りをしたんだ」
「ほへぇー」
そう言って、サンドバッグに向かって実演してくれた。
サンドバッグの正面に立った。左足を肩幅以上に開き、腰を落とす。フィギュアスケート選手がジャンプする時のように、瞬時に肩と腕をギュッと縮めると同時、上体を捻る。左足を少し前に出し、サンドバックの近くに足を置いた。両手を背面の床に着け、顔も床スレスレに落とし、足を上げた。左足の膝を床に着かした。
右足をムチのようにしならせ、一気に弾き出す。サンドバッグに右足をめり込ませ、サンドバッグを吊り上げている鎖を戦慄かせた。
「すごいですね⋯⋯」
「だろ?」
リネは腰に手を当て、体を反らせた。後ろに束ねたピンクの髪が垂れ下がる。
「今、あたし専用の武器が作られてるからな、あたしはこれでもっと強くなる」
「どんなのですか」
「こんくらいか?」
そう言って、両手で縦にスペースを作ってみせた。多分、刃の長さを言っているのだろう。
「リネさんの体格に合ってるということですか」
「そうなるな。⋯⋯⋯⋯どうだ。勝てるビジョンは思い浮かんだか?」
「⋯⋯まぁ、多少は」
「よし、じゃあ、部屋に戻って休んで来い」
「はい、手合わせありがとうございました」
「良いよ良いよ、あたしもトウマとやりたかったし」
◇◇◇◇◇◇
「ふいー、疲れた」
「どうしたんですか」
「さっきリネさんと手合わせしてな。風呂入ってた」
タオルで髪についている水分を拭き取りながら話す。
「私も手合わせしてくれるでしょうか⋯⋯」
「なんで?」
「前、外に出た時に、私の手がドリルになったじゃないですか。その時に別のこともできそうだな、と」
「ふーん⋯⋯じゃ、やってみよっか」
「良いんですか」
「もちろん!」
ドライヤーで乾かすのも程々に、服を着替える。先ほど巻いた布をもう一回巻き、練習場へ行こうとしたら、マキナに止められた。
「どうしたんだよ、行くんじゃないの?」
「夜にしませんか」
「どうして」
「いや、私がAIだとバレたら、トウマさんが危ないですし、私がドリルの時のようにまた変形してしまうかもしれません」
「あー、そうだな。そうするか」
◇◇◇◇◇◇
夜になった。
練習場の鍵をもらい、ドアを開けた。散乱している道具たちを端に寄せ、円形に平坦な場所を作る。大体半径五メートルほどだ。
「あまり暴れるなよ」
「それって振りですか」
「振りじゃない」
ツッコミつつ肩を回す。手を開いたり閉じたりしながら構えた。
「かかってこい」
途端に、マキナが腕をドリルにして襲いかかってきた。
「何やってんだよ!」
「いや、つい」
「しまえ! 俺が削れる!」
ようやく仕舞ってくれた。このままだと俺がミニサイズになる所だった。あんな巨大な武器を向けられると、背中だけでなく、全身に冷や汗が噴き出る。
「徒手格闘だけだからな!」
「は⋯⋯はい。すみません」
気を取り直して再び構える。マキナとの距離は三メートルほど。俺の一歩で詰められる距離だ。両足でほんの数ミリジャンプし続けることで、いつでも攻撃を避けられるようにする。マキナがパンチを繰り出してきた。
それをジャンプして、着地した時の反発を使って避ける。懐に潜り込み、ボディブローを喰らわせた。マキナに一発食らわせた。だが、拳にダメージがきた。マキナはAIで、人間よりも圧倒的に硬いため、俺の拳でも痛くなる。殴るたびに俺の拳が傷ついていく。
痛みに歯を食いしばりながら、さらにもう一発。そもそも、マキナは痛覚が存在しないため、痛みで止まることは決してない。
真顔でこちらに飛びついてくる。それを地面からの反発を使って、もう一度かわす。避けざまに顔面に膝をぶち込んだ。後ろに飛び退って距離を取る。
マキナは、反重力機構を使ってダイブしながら、殴りかかってきた。
「反則だろっ!」
体を逸らし、ギリギリで避ける。すると、マキナは手のひらをこちらに向けてきた。そこから、黄色い光が漏れ出る。
まさか──────
人間の腕ほどのレーザーが、コンクリートでできた床を破壊した。
「マキナお前、何してんだよ! 使うなって言っただろ!」
「す、すみません。なんか、本能的に⋯⋯」
「プログラムのことか?」
「そうです」
「わかった。次から使うなよ」
「⋯⋯はい」
しょんぼりしているマキナに、相対した。ジャンプして、パンチを打ち込んで来る。それを躱し、腕を取り、床に投げ飛ばした。結構な勢いで投げたはずなのに、片腕で自分の体を支えてみせる。
反重力機構で浮き上がったと思えば、一気にエネルギーを放出し、突っ込んでくる。もう一回、地面からの反発の力で避ける。再び浮き上がった。近づき、こちらに手を伸ばした。
避けれる──────
そう思っていると。
唐突にマキナの背中が割れた。メカニックな触手のようなものが何本も出てきて、そこから、先ほどと同じように黄色い光が出て溢れる。
これがマキナの新技か!?
「抑えろ!」
俺の声が届く間もなく、何本ものレーザーが発射された。それらは、避ける俺をギリギリでかすめ、床を盛大に破壊した。
二人して動きが止まった。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「これ、どうすんの?」
「バレなければ犯罪じゃないですよね」
「⋯⋯」
マキナのAIとは思えない言動に絶句していると、訓練場に向かってくる足音が聞こえてきた。
「その触手隠せ!」
「はわわわ⋯⋯」
マキナの背中に回り込み、触手を力任せに押し込む。壊れる心配をするより、AIだとバレないようにするのが先決だ。
触手を詰め終わり、二人して正座する。叱られる準備だ。そうしていると、リネがやってきた。
「おい、これはなんだ」
「⋯⋯俺が持ってた銃が暴発しました」
「⋯⋯だとしてもこんな盛大に壊れないと思うが」
「⋯⋯⋯⋯たくさん暴発しました」
リネは俺の拙い言い訳にため息をつく。
「マキナは止められなかったのか」
「か弱い私には無理でした⋯⋯」
「「どこがか弱いだ」」
そんな言い振りに二人してツッコむ。
「⋯⋯まあ、気をつけろ。あと、今後はお前らに鍵は貸さないからな」
「はい、申し訳ございません」
「すみません」
「遅いから、もう寝ろよ」
「「はい」」
説教が終わり、解放された。ついでに足の痺れも正座を解くことによって解放される。足の痺れに少しガニ股になりながら部屋に戻った。
「⋯⋯あの触手って何」
「私にもわかりません」
「わからないってなんだよ」
「わからないはわからないです」
「はぁ、もう寝るか」
部屋の電気のスイッチを切った。真っ暗になった部屋に、目が慣れようとしてぼやぼやする。柔らかい掛け布団を捲り、マットレスと掛け布団の間に体を挟み込んだ。
朝になった。
食堂に行き、ラーメンを啜る。
「マキナは食うの?」
「食べますよ。食べ物を消化してエネルギーに変えられるので」
そう言って、マキナも俺と同じくラーメンを啜る。
「うまうま」
呟くマキナをボーッと見ていると、前に誰かが座ってきた。
「トウマさん。お久しぶりですね」
「あ、アツシ。久しぶりだな」
彼もラーメンを食べるようだ。
「計画は進んでますか?」
「まぁ、ぼちぼちってところか」
アツシがマキナを見た。食い入るように見つめている。なんだ、一目惚れでもしたのか?
マキナはそれに構わず、ラーメンを啜って、チャーシューを食べている。
「どうした、アツシ」
「いえ⋯⋯なんでも。トウマさん、食べ終わった後、僕と一緒に来てくれませんか」
「別に良いけど」
約束ができたということで、早めに食べる。俺が食べ終わったところで、アツシも食べ終わった。
「マキナは先に帰っといてくれ」
「わかりました」
「トウマさん、ついてきてください」
言われるがまま、ついていく。そして、ドアの前で止まった。アツシがポケットから鍵を取りだし、錠に差し込む。ここがアツシの部屋らしい。
中に入ると、鍵を閉めた。
「単刀直入に聞きますけど、マキナさんってAIですよね」
「⋯⋯いや、そんなわけないだろ」
「嘘、つかないでください」
俺はアツシの目を見た。すると、見返してきた。
「上に言うのか?」
返答によってはここで⋯⋯⋯⋯。
自然と腕に力がこもる。
「言いませんよ。言ったところで、あなたに始末されるでしょう」
「⋯⋯⋯⋯本当だな?」
「そこまで言うってことは、そういうことなんでしょうね」
「あぁ、そうだよ。なんでわかった」
「僕の観察眼ですね」
「飯食ってた時か?」
「はい」
あの時か。そういえば、マキナの顔を見つめていた時があったな。俺は惚れ込んだと勘違いしたが。
「どうしてマキナさんと一緒に? あなたたちは一緒にここに逃げてきたと記憶してますが」
「助けてもらったんだ。俺が外に出たときにAIの大群に追われて、そのときに」
「なるほど」
「でも、どうして本当にわかったんだ。マキナは普通のAIと違って流暢に喋るのに」
「僕は機械が好きですからね。自然と」
「頼むから、誰かにチクったりしないでくれよ?」
「わかってますよ」
念を押して、部屋を出た。どうしようかと考えながら、部屋に戻った。とりあえず、マキナにバレたことを話さなければならない。
「マキナ、話があるんだけど」
「どうしましたか」
「お前がAIだということがバレたんだ」
「あの人にですか」
「そうだ」
マキナは暗い顔をした。
「これからどうするんですか」
「黙っててもらうことにしたよ」
「大丈夫なんですか」
「⋯⋯多分な」
少しだけ会話に間が開いた。瞬間、天井に取り付けられているスピーカーから、声が流れ出した。
「戦闘員は、全員訓練場に集合してください。繰り返します⋯⋯」
二人して見上げた。
「行くか」
「はい」
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




