第六十一話
「いや、いい。俺一人で探すよ。相談、乗ってくれてありがとな」
「いいの?」
不服そうな顔をするユウナ。
「あぁ、これは俺がするべきことだから」
その言葉に、ユウナは納得したようだ。
「ふーん⋯⋯じゃ、応援してるね〜!」
「おう」
「あたし、これから一時間は走らないとだから。学校でね!」
「怪我すんなよ」
背を向けて歩き出す。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
帰ろう。
◇◇◇◇◇◇
「ただいまー」
「おかえり」
自分の部屋に向かいながら、俺は思考を巡らせた。
しかし、すぐに途切れる。俺は、今まで感じなかった寂寥感を、胸の奥に感じていた。
唯一無二。
ただ存在するだけで、自分が肯定される言葉。
だが、俺にとってはちっぽけな嘘にしか感じない。
俺は別の世界を知ってしまったから。可能性の俺を知ってしまったから。
『俺』は俺以外にもいるということを知ってしまったから。
俺が『俺』とは違う証。それはどこにあるのか。
俺にはまだわからない。
モヤモヤを抱えながら、俺は新学期を迎えた。
◇◇◇◇◇◇
全校集会も終わり、体育館から教室に帰ってくる。
席につくなり、ユウナに話しかけられた。
「探し物、見つかった?」
「まだだよ。でも、いつか見つかると思う」
「困ったらまたあたしに相談してよ?」
「うん」
そう言ってユウナはサムズアップしてみせた。俺もそれを返す。
そこで、担任が教室に入ってきた。
「夏休みも終わって、新学期だからな。気を引き締めていけよ。二学期は一番行事が多いからな」
そう言って担任は指折り数え始める。
「体育祭、文化祭⋯⋯修学旅行。これくらいだな」
高校生活のビッグイベントの目白押しだ。周りを見ると、ワクワクしている生徒も何人かいる。かく言う俺も、楽しみではある。逆に、楽しみじゃない奴なんているのか?
「体育祭は九月、文化祭は十一月、修学旅行は十二月にある。病気とかで休むなよ?」
担任はニヤリと笑い、締め括った。
体育祭はすぐにやってくる。種目はなんとなく分かってるから、誰が出るかを決めるだけだ。
担任がプリントを配り始める。プリントには、体育祭の文字が印刷されていた。リーフレットになっていて、中には種目が書いてある。
・大玉転がし
・玉入れ
・騎馬戦
・エール交換
・借り物競走
・障害物競走
・色別対抗リレー
二つのチームに分かれ、この七つの種目で争うのだ。
「今日、私の授業の時間使っていいから、誰がその種目をやるか決めていいぞー」
「授業しないんですか?」
「めんどくさいからちょうどいい。働かずにもらう金が一番」
教師にあるまじき発言が飛び出たような。
まぁ、授業が潰れる分には、クラスメイトは何も言わない。むしろありがたいと言った感じだ。
早速、決めることになった。
しかし、大概は決まっている。運動神経がいいやつが障害物競走や、騎馬戦、色別対抗リレーに選ばれる。運動神経が悪いやつはそれ以外に出ると言うのが暗黙の了解だ。
「このクラスで一番足が速いやつは⋯⋯トウマか。色別な」
「おう」
「これ以外は出なくていいから。じゃあ、次は⋯⋯」
シュンの周りに人が集まり、それぞれが役割を決めていく。
「大玉転がしとか、玉入れ、借り物競走とかは運動に自信ないやつがやってくれると嬉しい」
「じゃあ、私玉入れしようかな」
「俺もー」
「俺は大玉転がしで」
続々と種目の定員に達していく。残ったのは騎馬戦、借り物競走、障害物競走になった。
「サクラさんはどうするの?」
横で何か考え込んでいるサクラに声をかける。
俺の声に反応したサクラは、目を合わせた。
「私は運動できないので、余った競技の中から競技を決めようかな⋯⋯と」
「じゃあ、借り物競走にすれば? あまり運動ができるできないは関係ないだろうし」
「そうですね、それにします」
サクラはシュンのところに行き、自分の意向を伝える。それに頷いたシュンは、誰がどの種目に出るかを記録する紙に書き込んでいく。
種目決めは授業の終わりまで続いた。
結果、俺のクラスからはシュンと長末が騎馬戦。アカリ、ユウナ、サクラが借り物競走に出ることになった。
体育祭の練習は全体で一回行われ、各種目の練習は色別対抗リレー以外は練習として行われる。リレーはぶっつけ本番なのだ。
リレーは九人で一チームになり、奇数で走るのが男子、偶数で走るのが女子となる。
そして、タイマンで行われる。俺は赤組の中で一番速いため、アンカーを務めることとなった。
白組のアンカーは陸上部らしい。俺と同じくらい速いとのこと。
恐ろしい。
◇◇◇◇◇◇
放課後、リレーのチームで集まり、校庭でバトンパスの練習をすることとなった。
初対面の人たちで溢れていて、胸の鼓動は高まる。
「君が篠村トウマくんだね。トウマくんって呼ばせてもらうよ」
「は、はい。よろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくてもいいよ。楽しくやることが一番だからね」
俺に話しかけてきたのは、男子の先輩だった。この先輩は毎年リレーのアンカーを務めていたらしいが、俺の方が速かったから変わったらしい。
「期待してるよ〜」
そんな声と同時に背中に軽い衝撃が走る。後ろにいたのは女子の先輩だった。
「君が一番速いんだから、シャキッとする!」
「は、はい!」
「それでよし」
ここにいるのは皆、サッカー部や陸上部、とにかく、体育会系の部活に所属している人が多い。そんな中、帰宅部の俺がいる。むず痒い。
部活繋がりで仲がいいのか、さっきの先輩以外全員、俺以外の誰かと楽しそうに話している。
「注目!」
男子の先輩の掛け声に皆が黙った。俺もそれに倣う。
俺に声をかけた女子の先輩は、男子の先輩の横に立っていた。
「僕は三年の深月だ。よろしく。そして横にいるのが⋯⋯」
「同じく三年の東山。よろしくね!」
「練習⋯⋯と言っても、皆センスはあるだろうから、軽くやるだけにするよ。じゃ、走る順番に並んでくれ」
ゾロゾロと皆が列に並ぶ。俺は一番最後に並ぶ。
「じゃあ、最初にバトンパスの練習を⋯⋯」
「ちょっと待った」
深月が話していると、一人の男が横に入ってきた。
「深月、俺たちとやろうじゃないか」
その男は、白い鉢巻をつけ、深月を睨んでいる。
「今年もかい? 甲斐田」
「今年もだ。今年もお前とデッドヒートを繰り広げよう」
「いや、今年はアンカーじゃないよ」
「なにぃ!? ならアンカーは誰だ!」
叫びながら、甲斐田と呼ばれた男は首を巡らせる。列の一番最後に並んでいた俺と目が合った。
瞬間、首筋がざわついた。心の糸がピンと張られ、瞳孔を窄ませる。
すぐに目は離される。ただ、そのコンマ数秒がとてつもなく長く感じられた。
何か、変なものを感じる⋯⋯。
「あの一年坊か」
「あぁ、僕より速いよ」
「そうかそうか」
甲斐田は立っている俺に近づくと、肩に手を置いた。
「貴様、北見アカリと仲がいいと言われている者か」
「!?」
こいつ⋯⋯。
「何が言いたいんですか?」
「本番になったらわかるさ⋯⋯」
意味深なことを呟いた甲斐田は、深月に手を振ったあと、どこかへ行ってしまった。
向けた背中には、不思議なオーラが立ち上っている。
「トウマくん。手、大丈夫?」
「⋯⋯うわっ!」
無意識に握り込んでいた右手に、爪が食い込んでいたようで、手のひらから血が流れていた。慌てて拭き取り、大丈夫だと宥めておく。
しかし、甲斐田というやつ。何が目的なんだ?
俺のモヤモヤは、本番まで残っていた。
◇◇◇◇◇◇
『第六十二回、緑陽高校体育祭を始めます!』
ノイズが混じった司会者の声によって、体育祭が始まった。最初は大玉転がしだ。
観客席でそれを見る。周りには、興奮気味に盛り上がっている男女がいた。
女子は配られたハチマキを、器用に結び、精一杯のオシャレをしている。
男子は、シンプルに結び、風にハチマキの尾を靡かせる。
「なぁ、トウマ。これ、見てて面白いか?」
「そういうこと言うな」
「つまんねーの」
俺の横に座っているのはシュンだ。退屈そうにスマートフォンの画面をスワイプしている。競技には目もくれない。
「ちゃんとしろって」
「ユウナとサクラとアカリって、同じ競技に出るんだろ?」
「そうだな」
「俺に知らせてくれ」
「って、寝るのかよ」
シュンは視線を落とし、目を瞑ってしまった。
俺は転がっていく四つの大玉を見ながら、あくびをした。
気がつくと大玉転がしは終わっていて、玉入れが始まっていた。
シュンに言わせれば、これは前座らしい。
応援団による演舞は盛り上がっており、多くの生徒が身を乗り出して熱く叫んでいた。
回転蹴りをしたり、一糸みだれぬ舞を披露していた。
障害物競走。
これも盛り上がっていた。
借り物競走。
「おい、シュン。起きろ」
「⋯⋯」
「起きろって」
シュンの太ももを叩く。すると、シュンは顔を顰めさせながら目を開け、大きなあくびをした。
「借り物競走?」
「そうだよ。目ぇ覚ませ」
「時の流れは早いねぃ」
「寝てただけだろ」
ボケをかましながらシュンは体を起こす。ユウナとサクラが同じ組になっていて、アカリだけが違うみたいだ。
号砲がなり、一斉にスタートする。長机に置かれたくじをとり、中身を確認する。そして、条件に合う物や人を探すのだ。
「俺選ばれないかなー」
「シュンならあり得るかもな」
「よせやい」
すると、サクラとユウナがこちらに向かってきた。一目散に駆けてくる。
ユウナは俺を掴み、サクラはシュンの手を掴んだ。
「ついてきて!」
「一緒に来てください!」
一体どんな条件で呼ばれたのだろうかと予想しながら、俺はユウナについていく。ユウナは三着でゴールにつき、持っていたくじを教師に渡した。それを見た教師は、マイクを手に持ち、くじの内容を放送し始めた。
『え〜、条件は「友達」。クリア!』
「やった〜」
ユウナは俺に肩を叩きながら笑い、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
四着だったサクラも、教師にくじを渡した。内容が読まれる。
『こちらも、条件は「友達」。クリア!』
「やりましたぁ!」
「ウェーイ」
喜ぶサクラに、シュンはハイタッチ。二人とも、いつ仲良くなったのだろうか。
首を傾げていると、次の走者が走るそうで、すぐに観客席に戻るように言われる。
走者にはアカリも含まれていた。
号砲がなり、アカリが一番最初にくじを引いた。くじの内容を確認したアカリは、こちらを見た。俺と目が合う。そして、数秒後放され、アカリの視線は再びくじに吸い込まれた。また俺を見た。そして、こちらに走り寄ってくる。
「ユウナ、来て!」
「いいよ〜ん」
アカリに呼ばれたユウナはだらしない顔をしながら、アカリについていく。
アカリは一着でフィニッシュし、くじを教師に渡した。
『条件は「気になってる人」。⋯⋯本当に?』
「ほ、本当です!」
『く、クリア!』
アカリは顔を真っ赤にしながら、観客席に戻ってくる。
「ねえ、シュン。アカリってばあたしが気になるんだって! どうしよう!」
腰をくねらせ、シュンに泣きつくユウナ。
「アカリだったらしょうがねえな。アカリ、ユウナを幸せにしてくれ⋯⋯」
そんなユウナの悪ふざけに便乗し、目元を隠しながら声を絞り出すシュン。
二人の悪ふざけは、アカリの羞恥心を刺激するには十分すぎるほどだ。
「違うって! 間違えたの!」
アカリはユウナの肩を揺さぶりながら必死に弁明する。そんな姿のアカリに、サクラが疑問を口にした。
「誰と間違えたんですか?」
その言葉にアカリはフリーズする。きっと、頭の上に鳥が回っているに違いない。
「言いたくない!」
頬を膨らませて拗ねたアカリは椅子に座り、横にサクラを座らせた。
サクラに頭を預け、シュンとユウナの謝罪には見向きもしない。
そんなアカリに声をかけた。
「ま、許してやれって、北見さん」
「トウマくんだけには言われたくない」
えぇ、俺なんかしたか?
◇◇◇◇◇◇
騎馬戦が白熱する中、リレーのために待機所に向かうことになった。観客席の横側にあり、邪魔されない位置で競技を観戦することができる。
長末とシュンがいるチームは他チームを圧倒しており、勝利が確定している状態だ。
やがて騎馬戦も終わり、俺たちがグラウンドの中央に行くことになった。
その時だった。
「篠村トウマ」
「なんですか、甲斐田先輩」
「あの時の続きを教えてやろう」
「はあ」
甲斐田は俺の横に並び、耳打ちしてきた。
「俺は、北見アカリが好きだ。そして、貴様に勝ったら、北見にこの気持ちを伝えよう」
「なんで俺に?」
「貴様が一番北見と仲が良いと聞いている」
「そうですか。⋯⋯、まぁ、ご勝手に」
喧嘩を買うつもりはない。そもそも、アカリと一番仲が良いというのはシュンとユウナ、サクラだろうに。誰がそんな変な噂を流したのやら。
『色別対抗リレーの選手、入場です!!』
少しノイズが入ったマイクから繰り出される司会者の声。それとともに、チームの先頭が歩き出す。生徒たちや、見に来ている生徒の家族の声援を一身に受ける。
大盛り上がりだ。運動会の花形だ。当然と言えるだろう。
「しっかし、注目されてるなぁ」
そんなことをぼやきながら、自分の座るべきところまで移動する。
二人の奏者がレーンに並んだ。その瞬間、歓声が止んだ。スタートラインに沿ってクラウチングスタートの体勢に入る。
教師の一人がピストルを天に向けた。
引き金が引かれた。
二人の走者の足が力み出す。それと同時に、歓声が放たれた。
「うおおおおお!!」
「差せ差せ差せぇ!」
「抜かれるんじゃねえぞぉ!!」
「先輩頑張ってぇー!!」
「わあああああああ!」
最初は俺のチームがリードしている。ざっと二メートルくらいの距離が空いている。
このままのリードで俺のところまでバトンが渡れば良いんだが⋯⋯。
二走者にバトンが渡された瞬間、抜かれてしまった。ただ、必死に食らいついていて、距離は空いていないようだ。
ただ、ここから抜き返すことはなく、俺の順番に回ってきた。
八走者目が走る中、甲斐田とともにレーンに並んだ。
「トウマ気張れ〜!」
「抜いてやれよー」
「篠村さん、応援してますよ!」
「トウマくん頑張ってー!」
四人の応援。それが、俺の頭に響いてくる。目を閉じた。息を深く吐き、ゆっくりと目を開けた。横にいる甲斐田に話しかける。
俺は応援された。なら、それに応えないとな。
「先輩」
「なんだ」
「さっきの言葉、訂正します」
「ふっ、本気でかかってこい」
もう、喋ることはない。
第三レーンを回った八走者に背を向けて、手を伸ばす。バトンの受け皿を精一杯伸ばす。
数秒後、手に重さがのしかかってくる。
先輩は、俺がバトンを受け取った時、二歩先にいた。
視界が狭まり、周りが白くなる。
見るべきは先輩の背中────── じゃない。
見るべきは、先頭の景色。 大きく腕を振った。 足が回り始める。
白い背景が流れる途中、さまざまな声援が飛び交った。 俺を応援する声。先輩を応援する声。 全てを背中に受け、先輩に追い縋った。
だんだん空いていた距離が小さくなっていく。足が爆発しそうになる。 そして、横に並んだ。狂いそうな息遣いが聞こえてきた。
自分のものか、先輩のものかすらわからない。一緒くたになって、混ざり合う。
そして、ゆっくりと分かれ始めた。 俺のではない息遣いが後ろに聞こえ始めた。 目の前には、何もなかった。
何にも邪魔されない景色が広がる。
俺を縛るものは何もなかった。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




