第六十話
最初の花火が宙に舞った。火花の尾をひき、中空に消えた数瞬後、爆発して大輪を咲かせる。
続け様に三発。赤、緑、青、色とりどりの花火が夜空を照らしていた。
「ねーちゃん、花火うるさーい」
「もう、見たいって言ったのはリュウトでしょ」
サクラは不機嫌になった弟を宥めるのに必死で花火を見れていない。
「俺が代わりに見とくよ。花火、楽しんでて」
「えっ、いや、私がどうにかするので⋯⋯」
「大丈夫大丈夫。⋯⋯リュウト、あっちまで俺と一緒にかけっこしようぜ」
「うん!」
そう言って、俺はリュウトと人のいない方へ駆け出した。
◇◇◇◇◇◇
(波川サクラ視点)
ど、どうしよう⋯⋯。アカリさんのデートを邪魔しちゃった⋯⋯。
「ご、ごめんなさい! 私のせいでアカリさんが楽しめなくなってしまってぇ⋯⋯」
あたふたしながらも、なんとか謝罪する。それを見たアカリさんは、堪えきれなくなったように吹き出した。
「⋯⋯ふふっ、全然良いよ。私は、今日一緒にいれただけで十分だから」
「で、でも」
「良いの。⋯⋯それより、サクラちゃんは良いの?」
「な、何がですか?」
「トウマくん。好きなんじゃないの?」
その言葉に、私の胸の鼓動が高鳴った。動揺を隠すように胸に手を当てる。
「確かにそうですけど、今はアカリさんの時間ですから」
「トウマくんってさ、どうしてあんなに鈍いんだろうねー」
アカリさんは足元にあった小石を蹴った後、私をチラリとみる。アカリさんの方が大きいため、私が顔を見上げる形になった。
「だってさー、サクラちゃんのアピールにも気づかないわけでしょ?」
「そ、そうですね⋯⋯。ですが、私の想いを一方的に押し付けるわけにはいきませんから」
「それじゃダメだよ! そんなんじゃトウマくんは気づかない。もっとガッツリ行かないと!」
「私にはできませんよ⋯⋯」
アカリさんの言うことは理解できる。ただ、体がついていかない。心もついていかない。口に出そうとすると、どうしてもキュッと縮んでしまう。
トウマくん。
名前を呼ぶだけなのに、たった三文字を紡ぐだけなのに、それが途方もなく難しい。
「アカリさんは篠村さんのことを好きではなかったのですか?」
「い、いやいや、私は友達だから⋯⋯さ⋯⋯⋯⋯」
そう言って頬をポリポリと掻いた。発した言葉は尻すぼみになっていく。
「そう、思ってたんだけどね」
苦笑して後ろを振り向いた。
打ち上がる花火なんて目にもくれない。きっと、篠村さんの方がよっぽど輝いて見えるのだろう。
「なんかね、わかんなくなっちゃった」
私も振り返った。リュウトと手を繋いで、空を指さしている篠村さん。その姿はとても優しそうで。
「ま、デートはもう良いや。トウマくん、リュウトの相手してるし」
「ご、ごめんなさい⋯⋯」
「だったらー⋯⋯」
アカリさんはそこで言葉を切った。何か言われる⋯⋯?
アカリさんは私の腕を掴んで引き寄せた。
「うひゃっ!」
バランスを崩し、アカリさんに寄りかかる。抱きつく形になってしまった。
すぐに離れるも、アカリさんは私の腕に腕を絡ませ、離そうとしない。
「私のデート相手になってくれる?」
アカリさんはイタズラっぽく笑った。白い歯がチラリと見える。赤く染まった唇とのコントラストで余計に映えた。簪のガラス玉がゆらりと踊る。
その冗談めかした言い草に、微笑んだ。
「今夜だけですよ!」
そう言って、二人で花火を眺めた。
◇◇◇◇◇◇
(篠村トウマ視点)
暇だ。
俺は蝉の声が聞こえる室内で、ベッドに寝転んでいた。蝉のせいで、余計に暑さを感じる。クーラーを動かしているが、つけたばかりでまだ十分ではない。
「⋯⋯どうしようかな」
思ったより予定が詰まっていたため、暇になることはなかった。
しかし、夏休みの後期ということも相まって、とてつもないほどの暇を持て余していた。
課題を済ませようにも、なかなかやる気が出ない。あと四日しか夏休みはないのに。
自分の部屋に置かれた勉強机に目をやる。そこには、見慣れたはずの髪飾りが消えていた。ピンクの小さな花を模した刺繍が施された、小さな髪飾り。
立ち上がり、勉強机を近づく。やっぱり、どこにもない。いつもは右斜め前に置いてあるはずだ。この世界の俺は別のところに置いていたのかもしれない。
勉強机に取り付けられている棚を開ける。中には学校のプリントや、短くなった鉛筆、使い古した消しゴムが散らばっていた。どこか懐かしさを感じる匂い。そこにも、髪飾りはない。
もしかして⋯⋯。
いや、ただの推測かもしれない。ただ、俺の推測があっているとすれば──────
この世界の『俺』は、異世界転移をしていないのかもしれない。
いやいや、現に俺はこの世界の『俺』と入れ替わったじゃないか。
しかし、それはそれ。これはこれなのかもしれない。
この世界の俺は、マキナと会わなかった世界の俺なのかもしれない。
俺が予想できるのはここまでだ。
髪飾りが部屋にないことから、それはなんとなく予想はつく。
他の二つの世界。フィーナと会った世界と、ナツメと会った世界。この二つを『俺』が経験したかはどうかわからない。ただ、マキナと会っていないとすれば、他の世界に転移していない可能性もある⋯⋯。
胸の奥がモヤモヤする。
この世界の『俺』は俺のはずなのに、俺とは違う経験をしているっていうことに。
俺の仲間たちに会っていない『俺』は、どんなことを思いながら、家に引きこもっていたのだろうか。
何を思い、生きていたのだろうか。
こんな世界線、俺は到底耐えられない。でも、それは俺が転移を知っているからだ。
転移を知らない可能性のある『俺』は何も思わない。
「気持ち悪いな」
『俺』のことを悪し様に罵った。
ここに俺がいなくて良かった⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
ちょっと待てよ。
ここに『俺』がいたってことは、他の世界にも『俺』がいたってことじゃないか?
それか、別の存在に置き換わられていたとか?
俺は今まで転移した三つの世界のうち、一度も俺らしい人物を見たことがなかった。
もしかしたら、その世界にも『俺』はいたのかもしれない。
俺が見なかっただけか⋯⋯死んでいたか。
でも、どこまで行っても可能性だけが残る。俺が確かめられる術はないし、答えがどこかに転がっているわけでもない。
可能性──────
それだけに注目すれば、この世界に俺が生まれ落ちることも、可能性としてはあるわけだ。
可能性。それは無限大の言葉。どんなパターンだって存在しうることを肯定し、否定もできる言葉。
なら、俺がマキナを死なせず、グレースだって、ケインだって、ナツメもロウもコウセイもリクもレンもショウタも誰一人死なせず⋯⋯全てがうまく行った俺もいるわけだ。
「なんでだよ⋯⋯」
抑えることはできなかった。
「なんで、俺は俺なんだ⋯⋯」
俺だって、全てがうまく行った『俺』になりたかった。俺が無限の可能性を持つなら、俺はハズレってことか⋯⋯。
「トウマー、ご飯だから降りてきなさーい」
階下から母親の呼び声が聞こえる。それが俺の意識を現実に引き戻した。
「今行くよ」
返事をして、下に降りていく。食卓には、いつもの様子があった。
席につき、黙々と食べていく。
「トウマ、友達とはどう?」
「まぁ、上手くいってるよ」
「彼女はできた?」
「できるわけないだろ」
母親のニヤケ顔を睨みつけながら言い返す。その仕草に、母親は笑みをこぼした。
「お母さん、安心したのよ。あんたってあんまり社交的じゃなかったから」
「そうだっけ」
「わかってないの? 高校に入ってから見違えたわよ。友達と夜遅くまで遊ぶなんて、考えられなかったわ。まるで、人が変わったみたいにね」
何気ない言葉が俺の胸に刺さる。
どうやら、『俺』はあまり明るくなかったらしい。
ここにきて気になる情報が出てきた。
「中学生のとき、俺って部活してたっけ?」
「帰宅部だったでしょ、何いってるの?」
「あぁ、そうだったね」
なんだ、ここも違うのか。世界ごとに、俺の性格は異なってくるのか?
俺は中学の頃はサッカー部だったから、『俺』とはかなり違う人生を送っていることがわかる。
他にも、調べることはありそうだな。
「ご馳走様。出かけてくる」
「どこいくの?」
「散歩」
◇◇◇◇◇◇
家を出て、駅までの道のりを辿っていく。俺が自分以外が同じな世界に転移したと思っていたから、何か見落としていると踏んだのだ。
ただ、記憶の中では、全てが同じだ。といっても、細部まで覚えているわけじゃない。小さな違いには気づかないかもしれない。
一つ一つ注意深く観察する。
ついには駅まできたが、確信を持って言えることは何もない。他のところも探すか。
俺は公園に来ていた。近所の公園だ。そこそこ大きくて、ランニングコースもある。
元いた世界では、運動不足にならないよう、昼時にここを走るのが習慣として根付きつつあった。
駅までの道のりよりかは細部を覚えているはず。何か、手がかりはないか?
「何してんの、トウマ」
「うわっ!」
後ろには、学校の体操服を着て、ランニングシューズを履いたユウナが立っていた。
「びっくりした」
「あたしもだよ。いっつもここで走ってるから。見慣れない人がいるな〜って思ったら、トウマだったか〜」
ユウナは少し汗ばんでいて、頬に滲んだ汗をタオルで拭き取る。
そして、向こうを指差した。
「ベンチ座ろ」
言われるがままにベンチに座る。横にユウナが腰を下ろした。
「トウマも走ることにしたの?」
「いや、散歩でもしようかなって思ってさ」
「あ〜、夏休みは家に篭りがちだしね!」
「そうそう」
ユウナはマイボトルに口をつけ、気持ちよく喉を鳴らして中身を飲み干した。
「ぷはっ、あっち〜」
ユウナは笑って足をパタパタと揺らす。
「あのさ」
今がチャンスかもしれない。
「何?」
「中学生の時ってさ、北見さんってどんな感じだったの?」
「気になる?」
「あぁ」
俺が首を縦に振ると、ユウナはジト目でこちらを見る。ただ、口角は少し上がっており、怒ってないことはわかる。
「すっごい可愛かったよ〜、天使って思うくらいにね!」
「⋯⋯やっぱり、男子から人気だった?」
「そりゃもう。他校の男子からも告られたりしてたね〜」
「有名人だな」
「当たり前だよ」
そうか⋯⋯。
一つわかったことは、俺のいた世界にアカリはいないということだ。
他校の男子からも人気だったのであれば、知らないわけがない。
ユウナの口ぶりからして間違い無いだろう。
「そうか、ありがとうな。教えてくれて」
「むふふ、礼には及ばんよ、ワトソン君」
「なんだよ、急に」
「迷える子羊を導くのがあたしの任務なのだよ」
「⋯⋯はぁ」
ユウナは目を閉じ、腕を組んで言葉を紡ぐ。
「やっぱり、あたしがいないと⋯⋯⋯⋯」
「何いってるんだ?」
「な〜んにも?」
「はっきり言えよ。ホームズ気取り」
何かを呟くユウナに質問をぶつけるも、躱されてしまった。
そして、片目を開き、こちらを見た。
「で、本当の目的はなんだい。⋯⋯ワトソン君?」
ニヤリと笑った。まるでこちらの頭の中を見透かすように。
俺は降参の意を示しながら。
「探し物だよ」
◇◇◇◇◇◇
「俺は髪飾りを探してるんだ」
「髪飾り?」
「あぁ、ピンクの花の刺繍が施されてるやつだ」
俺の言葉に、唸りながら考えるユウナ。
そんなユウナを見ながら、俺は考えを巡らせる。
嘘は言ってない。俺が異世界転移した証拠は、その髪飾りだけだからだ。本当のことを言っていないが、嘘も言っていない。
「その花ってどんなやつ?」
「ピンク色で⋯⋯花びらじゃなくて、細いやつが集合してできてる感じなんだ。見た目はちょっと違うけど、たんぽぽっぽいかな。あれも花びらには見えないだろ?」
「ふむふむ」
ユウナはスマートフォンを取り出し、検索エンジンを起動させ、俺の言う特徴を打ち込んでいく。やがて、一つの花の画像を俺に見せてきた。
「これ?」
視界に飛び込んできた花は、俺の記憶とすぐに合致する。
「そう、それそれ!」
「これか〜。⋯⋯オジギソウ。⋯⋯あ、触ると葉っぱが閉じるやつね!」
「それの刺繍が施された髪飾りをなくしてさ、もう無いかもだけど⋯⋯」
「これって大事なものなの?」
ユウナの素朴の疑問。
返そうとしたが、すぐにユウナが遮る。
「ま、こんなに探してるから、大切なものに決まってるよね。変な質問しちゃった」
ユウナは立ち上がり、大きく伸びをする。
「探しに行こ!」
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




