第五十九話
夏祭りか。この世界にも、俺のいた世界と同じ夏祭りがあるのか。
アカリと二人で夏祭りに出かける。⋯⋯服装はどんなのがいいのだろうか。
アカリは何を着てくるのだろうか。
浴衣だろうか。聞いてみた方が良いな。
スマートフォンを起動し、メールを送った。
すぐに既読がつき、返信もすぐに来た。
『来てくるよ。トウマくんは?』
俺か。男が着るのは甚兵衛だよな。俺は甚兵衛なんか持ってないし、かといって私服でくるのもな⋯⋯。
まあいいや。私服で。
「私服で行くよ」
『わかった。浴衣楽しみにしといてね』
少しのやり取りで終わってしまった。
しかし、三日後。何を着るかくらい考えるか。
◇◇◇◇◇◇
夏祭りは高校近くの商店街で開かれる。それなりに規模が大きいため、通行止めになる道路があったりする。もちろん、青春を謳歌する高校生や、大人びた大学生、社会人、家族連れ、派手なヤンキー、誰でもやってくる。
商店街につくなり、音質の悪いスピーカーから流れ出す音楽が耳に飛び込んできた。子供達のはしゃぐ声、叫ぶ声、それぞれが主張を激しくしている。そして、人の多い方へ売り子が集まっていく。
俺はスマートフォンに視線を落とし、アカリがどこにいるかメールを飛ばした。どうおやら、まだついてないらしい。先に何か買っておくか。
俺は歩き出し、いい匂いのする方向へ進んでいく。長蛇の列の先を辿っていけば、オニオンリングの屋台が鎮座していた。
これってこんなに人気なのか。
俺は並びたくないため、別の屋台を探す。比較的、人が並んでいない焼き鳥屋に並んだ。
二分ほどで自分の番がやってくる。
「焼き鳥九本ください」
「部位は?」
「胸と、皮と⋯⋯砂肝を三本ずつ」
「お味は?」
「全部塩でお願いします」
「あいよぉ」
すぐに出来立てが渡された。
代金を払い、俺は皮の串を取り出し、思い切りかぶりつく。
「うまうま」
焼き鳥を食べていると、アカリからメールがきた。
『どこいる?』
「迎えにいくから、駅で待ってて」
そう送って、俺は歩き出す。
「お母さん、あれ買ってぇ」
「後で神社行こうぜ」
「今、向こうでお好み焼きやってまーす!」
「ラムネ、ばっちり冷えてますよー!」
様々な人の声が飛び交い、騒々しい。祭りが始まって五時間程度だから、これからさらに騒がしくなっていくだろう。
「トウマくん!」
喧騒が飛び交う中、澄んだ声が聞こえた。
視線の先には、アカリが立っていた。カラコロと健気な音を立て、こちらに走り寄ってくる。
「どう?」
「すごい似合ってるよ」
「やったぁ!」
アカリが来ている浴衣は、薄紫の生地に、青い花柄が施されているものだった。帯は黒で、キリッとした印象を受ける。浴衣で可愛らしさを表現し、黒の帯でクールな一面を見せてくる。アカリを表すにはぴったりの色合いだ。
手のひらサイズの手提げ鞄も、薄紫色で統一されている。
「簪も綺麗だね」
「でしょ!⋯⋯髪型も変えたんだよ」
アカリのつけている簪はピンク色のガラス玉が連なって垂れており、明るたびに揺れ、光を反射している。
アカリはいつものまとめずに背中に流したロングの髪型ではなく、団子にしている。そこに、棒状の簪が差し込まれているのだ。普段は見えない白いうなじが俺の目に飛び込んでくる。
「何から買う?」
アカリは俺の横にならび、上目遣いで聞いてくる。
「先に焼き鳥は買っといたけど、食べる?」
「いいの?」
「結構買ったから」
「食べる」
アカリに胸の部位を渡す。アカリは鞄を肩にかけ、手で皿を作ってかぶりついた。
「鞄持とうか?」
「これくらいなら大丈夫。⋯⋯それにしても、人多いね」
「ここからさらに増えるだろうな」
「離れないでね、迷子になるから」
アカリは俺に近づき、肩をとん、と当てた。
その仕草にドギマギする。
「金魚すくいやろうよ」
「ん、いいよ」
人並みを掻き分け、屋台を探す。いかんせん人が多いため、屋台を探し、たどり着くのも一苦労だ。ようやく辿り着いたが、人が並んでおり、だいぶ待つことになるだろう。
「どうする?」
「並ぼ」
アカリが先に列に入り、後に俺が続いた。並んでいる間は、無言になる。
俺は無言は苦じゃないため、喋ることなく焼き鳥を胃の中に収めていく。
しかし、アカリはそうじゃないみたいだ。
「ここにね、ユウナとシュンくんもいるんだって」
「カップルとかは多いだろうね」
「あったら気まずいね」
「確かにそうだな」
ははっ、と笑いながら四本目の串を平らげた。七本目に取り掛かろうとしたところで、金魚すくいの順番が回ってきた。
アカリは、店主のおっちゃんからポイをもらい、ビニールプールで優雅に泳ぐ金魚を凝視する。黒いデメキンを標的にしたようだ。慎重にポイを見ずに入れ、デメキンの下にポイを移動させる。しかし、掬い上げる前に破けてしまった。
「わぁ⋯⋯!」
「はっはっはっ、嬢ちゃん、一個おまけしてやる」
そう言って、店主のおっちゃんがポイをアカリに渡してきた。すると、アカリは俺にポイを押し付ける。
「トウマくんやってみて」
「俺?」
焼き鳥をアカリに預かってもらい、アカリが狙っていた金魚を観察した。
ポイを水面と平行にし、掬った金魚を入れるためのカップをできる限り水面に近づける。
「⋯⋯ホイッ」
「やるな、にいちゃん!」
見事一匹目を仕留め、ポイからお椀に金魚を移す。
一匹だけじゃ物足りないな⋯⋯。
二匹目の金魚を狙い、ポイですくい上げる。
四匹目をすくったところでポイが破れてしまった。巾着型のビニール袋に、水と金魚が注ぎ込まれる。
「はい」
「よ、四匹も⋯⋯」
「足りなかった?」
「いやいや、十分すぎるよ!」
アカリは金魚を眺めながら、目をパチパチさせる。
嬉しいみたいだ。よかった。
「今度は何する?」
「向こうに神社あるから、御神籤引かない?」
「うん、行こう」
ここの神社はこの町では一番有名な神社で、この夏祭りに来たら、御神籤を引くのが定番になりつつあるのだ。これも俺の元いた世界と同じだ。
お金を払い、御神籤を数ある中から一つだけ抜き取る。
「私大吉だ!」
「末吉か⋯⋯」
俺は御神籤を紐にくくりつける。悪い御神籤はくくりつけたほうがいいと聞くから、こうした方がいいだろうな。
「どうだった?」
「意中の人と親密になれるかもしれないだって!」
そういうアカリの表情は綻んでいて、緩み切っている。いつもの、少し凛とした表情とは程遠い。
「良かったな」
「う、うん」
俺の言葉に、アカリは吃りながらも言葉を返す。
「俺、飲み物買ってくるから、ここで待ってて」
「ラムネあるなら買ってきてくれる?」
「うん、わかった」
俺はその場を離れ、ラムネを売っている屋台に向かった。ラムネやコーラの缶が、でかいクーラーボックスの中に入っていて、氷水に浸されている。
俺はキンキンに冷えているラムネを二本買い、アカリの元に戻る。すると、アカリのそばには男が一人立っていた。友達だろうか。にしては、アカリの表情は明るくない。
近づくと、アカリはこちらに助けを求めてきた。
「トウマくん」
俺の名前を読んだだけだ。でも、それで十分だ。
男はアカリの手首を掴んで離さない。
「あの、その手、放してもらえません?」
「何」
「俺の連れなんですよ」
俺が下手に出ると、男たちは鼻で笑った。
「彼氏でもないだろ、お前」
「彼氏ですよ」
「えぇ! 私、彼女だったんだ⋯⋯」
「嘘ついてんじゃねーよお前!」
華麗に嘘をついてこの場を脱しようとしたが、アカリが俺の嘘を否定するような反応をしてしまった。アカリの顔は紅潮している。
何顔を赤くさせてるんだよ。今だけは黙って欲しかった⋯⋯。
「放す気はありませんか?」
「ねーよ。つーかお前は関係ないだろ」
「放してください。じゃないと、痛い目に遭いますよ」
「ほーん、やってみろよ」
俺は右手を上げた。男は未だアカリの手首を掴んでいる。お誂え向きだ。
上げた右手は脱力させる。極限まで。そして、一気に振り下ろす。膝の力を抜き、自分の体重を右手に集中させた。インパクトの瞬間も、脱力したままだ。
「ってぇ!!」
男の表情は苦悶に満ちていき、右手首を庇った。俺は少しヒリヒリするだけだが、男はそうはいかない。青痣ができており、なんとも痛そうだ。
とうとう膝をつき、右手首を腹に抱え込んでいる。
「ぐおおぉぉ⋯⋯!」
「早めに病院行ってくださいね。それじゃ」
俺はアカリを引き連れ、その場を離れた。
◇◇◇◇◇◇
「今のどうやったの?」
「なんとなく。それより、手首大丈夫?」
「うん、痛みもないよ」
「良かった」
俺はアカリの質問を交わしながら、ラムネ瓶を呷った。中に閉じ込められたビー玉が音をたて、ラムネが俺に流し込まれるのを阻止する。俺は怪訝な顔をして、ラムネとの格闘を始めた。
すると、アカリがある方向を指差た。そこには、少年と歩くサクラの姿が。
彼氏か? それにしては妙に背が低い。
アカリがサクラの名を呼びながら手を振る。サクラもそれに気づいたようで、こちらを一瞥すると、逃げるように少年の手を引きながら去っていく。
「なんであっち行っちゃうんだろ。⋯⋯追いかけよ、トウマくん!」
「あ、あぁ」
すぐに追いつき、アカリはサクラの肩を掴んだ。
「どうして逃げるの、サクラちゃん」
「い、いや、お二人のデートを邪魔するのもなんなので、視界から消えようかなと⋯⋯」
「この人たちってねーちゃんの友達?」
ふと、少年が口を開いた。口ぶりから察するに、サクラの弟だな。
「君、名前は?」
「おれはリュウト。かっこいい名前だろ?」
「ふふっ、そうね、かっこいいよ」
アカリはしゃがみ込み、リュウトの頭を撫でながら質問した。
「君は何歳なの?」
「十一歳」
「そっか、これからおっきくなるね」
「でも、お姉ちゃんはちっさいね」
「そう? 私、これでも女の子の中ではおっきい方なんだけど⋯⋯」
アカリは困惑した表情を浮かべながら、俺と身長を比べるように頭に手を当てる。
「リュウト、そういうのは言わないの」
「なんで? ねーちゃんの方がでかいから?」
「はぁ⋯⋯最近いつもこうなんですよ⋯⋯」
そう言って、アカリはため息をつく。
心中お察しします。
「サクラちゃんより、私の方がおっきいよ?」
「あははっ! お姉ちゃん面白いね!」
「そうかな⋯⋯」
アカリは顎に手を当て、何やら考え込んでいる。
「身長のことじゃないのかな⋯⋯」
そう小声で呟く。
知らぬが仏。言わぬが花。俺は何も言わないさ。
「それより、サクラさんは家族と?」
「いや、弟がどうしてもいきたいっていうので⋯⋯。私は勉強しようと思ったんですけどね」
「そう言ってる割には浴衣着てるし、ノリ良さそうだけど」
「そ、そうですかね⋯⋯」
サクラが来ている浴衣は、ピンクの無地の浴衣で、暗めの赤の帯を巻いている。浴衣という衣服の特性からか、体のラインが普段よりも出ていて、魅力的に映る。
「じゃ、一緒に遊ぶ?」
「いや、お二人で楽しんでください。私たちは気にせずに」
「なんで! おれだって二人と遊びたい!」
リュウトはサクラの浴衣を引っ張って抗議した。それにより、サクラの浴衣がはだけそうになり、それをアカリが止めた。
「私たちは気にしないから、遠慮しないで」
「いや、でも⋯⋯」
「いいって言ってるからいーじゃん!」
「もう⋯⋯」
サクラは返す言葉もないようだ。俺も特に異論はない。人が増えても困ることはないしな。
俺はリュウトと、アカリはサクラと歩くことになった。
「にいちゃん腕太い!」
「ちょっとだけ鍛えてたからな」
「おれもそんなふうになれる?」
「なれるぞ。諦めずに鍛え続けたらな。強くなって、ねーちゃん守れるようになれよ」
「守るんだったら、ねーちゃんじゃなくて、好きな子守りたい! ねーちゃん怖いもん」
リュウトはまだ十一歳。何を話していいか悪いか、区別はついてないようだ。
「ねーちゃん、家だとうるさいんだよ。ねーちゃん風呂長いし」
「リュウト、変なこと言ってない!?」
「大丈夫だよ、サクラさん」
「ねーちゃん彼氏いたことないし!」
リュウトは腕をブンブンと振りながら歩く。俺の方を見上げながら、楽しそうに話してくれる。
「できないんじゃなくて、作らないだけだから⋯⋯」
「私もいたことないなぁ」
「お姉ちゃんはできるよ、可愛いもん」
「そ、そうかな」
アカリは照れくさそうに頭をさすった。簪から垂れたピンクのガラス玉がキラリと揺れる。
そこで、放送が鳴り響いた。
『これから、花火が打ち上がります──────今年は例年より多く花火が上がるので、楽しんでください──────』
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




