第五十八話
夏休みに入り、一週間が経とうとしていた。
俺は妙な寝心地を感じるベッドから飛び起き、けたたましく叫ぶスマートフォンのアラームを停止させる。
今日はアカリの言っていたクラス会の日だ。各自現地集合し、現地解散。全てが海で行われる。
俺たちのいる地域は海から離れているため、電車で行くことになる。俺はいつも待ち合わせているユウナと一緒に海に行くことになった。
「おはよー」
「遅いぞ」
「たった十分だよ〜」
手をヒラヒラさせながら、ユウナは答える。
「水着持ってきた?」
「なかったから、適当な半ズボン持ってきた」
「あははっ、トウマ適当すぎ」
「郡元はどうなんだよ」
「新調してきたおニューの水着だよ。皆にダサいとか思われたくないし〜」
そう言って、片手に持っていた半透明の手提げ袋をこちらに見せつけた。
電車に乗るなり、ユウナはスマートフォンをいじりだす。俺はぼーっと車窓から見える景色を眺めるだけだ。
「何分かかるっけ」
「四十分くらい」
「うげ、とお」
「そうだな」
「⋯⋯ん」
ユウナは俺に水着の入った袋を俺の手に押し付けた。持てってことか。
俺は抵抗せずに袋を持った。
「トウマってさ、案外優しいよね」
「な、なんだよ急に」
「なんか、あたしの荷物持つし、アカリに気に入られてるし」
「やめてくれよ。急にそういうこと言うの。思い出すから」
俺の脳内に、一人の少女が浮かんでくる。
「何を?」
「知らなくても良いことだよ」
「ま、あたしは助かるから良いけどね〜」
「そう言ってくれると助かるよ」
浮かんだ少女はたちまち霧散する。
俺は再び、流れる景色を眺めた。
◇◇◇◇◇◇
「着いた〜。皆はどこいる?」
「もっと向こうの方だってよ。行こうぜ」
「って、
その前に、水着に着替えなきゃ」
「んじゃ、先行ってる」
先行する俺の肩をユウナが掴んだ。思ったより強い力に、俺は引き戻される。
「ナンパとか、迷ったらどうするの?」
「大丈夫だろ。それに、水着とかって、一番最初は彼氏に見せたいもんじゃないのか?」
⋯⋯⋯⋯。
「あはははっ! はは! はははっ!」
「ちょ、なんだよ、笑うなって」
「いや、だって⋯⋯。くくくっ」
「おいおい⋯⋯」
「そんなの無いって。夢見すぎ!」
ユウナはひとしきり笑い、俺を散々馬鹿にした後、トイレの中に入って行った。
やっぱり、俺はこういうの言わない方がいいな。いつ墓穴を掘るかわからない。
熱を帯びた頬を手で隠しながら、ユウナを待つ。
五分ほどでユウナは出てきた。
ユウナは白のタンクトップに、ショートパンツ姿で出てきた。ユウナらしいとしか言いようがない姿だ。
「似合ってるっしょ〜」
「あぁ、似合ってるよ」
「トウマは着替えないの?」
「もう着てるよ」
「帰りは?」
「⋯⋯どうにかするよ」
俺はまたユウナに笑われた。
人混みを掻き分け、クラスメイトのいる方へ向かう。そこには、クラスメイト全員が集まっていた。
俺たちが最後みたいだ。
「篠村さん、こんにちは⋯⋯」
話しかけてきたのはサクラだった。
「おう。⋯⋯サクラさん似合ってるね」
「そ、そうですか?」
サクラの着ている水着は、淡いラベンダーのビキニに、白色のパレオが付けられているものだ。そして、同時に、男子たちの視線が刺さるのを感じる。視線は定まっており、一点に集中している。皆の注目を集めているようだ。当の本人は全く気づかないが。
「いたんだね、トウマくん」
後ろを振り返ると、そこにはアカリがいた。アカリは恥ずかしそうにしながら、俺を上目がちに見た。
アカリは、水色のフリル付きの上下に分かれた水着を着ていて、上から淡いグレーのカーディガンを羽織っている。
「似合ってるな。北見さんも」
「そ、そう? なら良かった。今日のために買ってきたんだから」
「行きたくなかったんじゃ?」
「水着見せたかったから」
「誰に?」
「と、トウマくん⋯⋯に」
そう言って、顔を背ける。その仕草や言葉に、妙なむず痒さを覚えた。後ろでは、サクラが声にならない声を出す。
「あぁ、そう⋯⋯」
なんて返せばいいんだよ。それ。
頭の中に浮かんでくる言葉は何もない。あったとしても、自分が思ってるような、心の底からの言葉じゃなかった。
「む、もっと褒めてよ」
「いや、なんていうか⋯⋯」
「?」
「なんて言えばいいかわからない。可愛すぎて」
「ふぇ、あう⋯⋯。う、うん⋯⋯」
絞りに絞った言葉は、アカリの頬を赤く染める。
なんだ、こんな単純な言葉でいいのか。考えた俺が馬鹿だった。
うまくいかないことに頭を掻いていると、シュンがやってきた。
「アカリ、似合ってんじゃん」
「そ、そう?」
「ほんとですよ、アカリさん!」
「サクラちゃんに言われると、元気でるな」
「いくらでも言いますよ!」
サクラはアカリの手をもち、ブンブンと振っている。本心からそう思っているのだろう。今も色々アカリのことを愛でている。
「サクラも似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます。初めてこう言う水着を買ったので⋯⋯」
「でも、ビキニなんて大胆だな。もっと露出抑えるのかと思ってたわ」
「そ、そうですかね」
「あ〜、そういう。⋯⋯わかったよ」
何を口走ったかと思えば、シュンはユウナのところに行ってしまった。そして、ユウナの水着を褒め称えている。それを受けたユウナは、くるっとターンをして、ポーズをとった後、シュンに抱きついている。
「何をするんでしょうか⋯⋯」
サクラはシュンの行動に未だ疑問を感じながら、俺に話しかけてくる。
俺が答えようとしていたその時、長末が号令をかけた。
「今から、スイカ割りをするやりたいやつは出てこい!」
その言葉に、クラスの大半が長末の元に集まった。
「どうする、サクラさん」
「私は見るだけにしようと思います」
「じゃ、俺もそうするかな」
「篠村ぁ! お前は強制参加じゃ。俺と勝負しろ!」
俺の肩を掴むと、長末はクラスの輪に引き摺り込んでいく。
すぐさま目隠しされ、棒を持たされた。
棒を起点に、五回回る。
それと同時に、かけ声が飛び交った。
「左左ー!」
「後ろだ!」
「もっと前だってー」
「ドタマかち割ってやれぇ!」
「上だよ上!」
「上ってなんだよ!」
様子のおかしい掛け声に突っ込みながら、移動していく。大体ここら辺だったよな⋯⋯。
「せい!」
しっかりとした手応え。目隠しを外すと、中身が飛び散ったスイカがあった。
「スッゲ。できてるよ」
誰かの声。ただ、意識はすでにスイカに乗っ取られているようだ。
長末が一番最初にとり、むしゃむしゃと食べ始めた。他のクラスメイトも食べ始める。
「くそ。やりおったな。むしゃ⋯⋯今度は、むぐ⋯⋯気配斬りで勝負だ」
気配斬り。それは、お互い目隠しした状態で棒を持ち、先に棒を相手に開いてたものが勝利のゲームだ。
「俺とか?」
「当たり前だ。お前以外では勝負にならん」
「そうか。やってやるよ」
目隠し。視界は真っ暗だ。そして、俺は目を瞑る。こっちの方がなんとなく集中できる。
棒を起点に五回回転した。棒を中段に構え、一歩歩を進めた。
右後ろから、気配を感じる。首筋に走る妙なざわつき。俺は振り向きざまに横なぎを繰り出した。
「いた!」
長末は痛みの悲鳴をあげ、砂浜に倒れた。
「ぬう⋯⋯今度はビーチフラッグで勝負だ」
寝転がり、顎を伏せた手の甲につけた。
「始めっ!」
俺が走り出した時、長末は立ち上がる頃だった。
圧倒的な差。俺は軽やかに走り、ダイブすることなくビーチフラッグをもぎ取った。
「くそお!」
「勝ったー。⋯⋯って、どうして俺と長末しか遊んでないんだよ!」
俺のツッコミに、クラスメイトは微妙な反応をする。
「いやー、レベル高いし、見てた方が楽しいって言うか」
「なー」
「ったく、俺はもうやんないから、他の奴らと遊んどけよ」
俺はクラスメイトの輪の中から離れ、波打ち際に座る。時々、強い波が来て、俺の足を濡らした。
「疲れました?」
「まぁな」
サクラが俺の右横に座る。
「どこに行ってたの。探したよ」
「んお」
俺の左側には、アカリが座っていた。
「ここにいるぞ」
「そういうわけじゃなくて⋯⋯もう」
アカリは呆れ半分の声を出して、俺の手をとった。
「泳ご」
風が吹き、アカリの来ていた水着のフリルが踊った。
「そうですよ、篠村さん。遊びましょうよ」
サクラも俺の手をとった。サクラのまとっていたパレオが舞い上がり、白い肌を露出させる。
そんな二人に俺は一言。
「俺替えの服とか忘れたから泳げない⋯⋯」
「ばか」
「そうですか⋯⋯」
二人の残念がる言葉。俺に心の中で謝りつつ、二人が波に攫われないか見張ることにした。二人が遊ぶ姿は絵になる。
「そこの君」
「?」
俺に話しかけてきたのは、二人組の女性だった。
二人とも派手なビキニを着ていて、目に悪い。
「なんでしょうか」
「向こうで、一緒に遊ばない?」
これって⋯⋯逆ナンか!?
おぉ、俺みたいなやつにもくるのか。まじか。驚きの事実だ。
「いや、今日は連れがいるので」
「いいから、あっちいこ」
「そうだよ、そこで座ってるより、私たちと遊んだ方が楽しいよ?」
腕を触られ、背中を触られた。鳥肌が立ちそうになった。
「いやいや、今は無理で⋯⋯」
「大丈夫」
しかし、どう断ろうか。
「あ、あの!」
「「?」」
「トウマくんを放してください。だ、大事な友達⋯⋯なので」
頬を赤くして、吃りながらも女性二人に言った。二人の女性は、目を丸くして、口に手を当てていた。
「あぁ⋯⋯」
「なんて⋯⋯」
何かを言っているようだが、俺には聞こえない。
「そ、そうですよ。篠村さんを放してください!」
サクラもやってきて。俺に抱きついた。
「ぜーったい、放しませんよ!」
俺の体が柔らかさに包み込まれる。
う、う⋯⋯うあああああああああああああああああああああああああああ!!
「サクラさん、離れて下さい⋯⋯」
「二人が離れるまで嫌です!」
俺は二人の女性を見る。二人の女性は鼻血を出していた。そして、俺の肩を叩く。
その姿は、酸いも甘いも経験したマダムの姿だ。貫禄を醸し出している。
「大事にしてやりなさい」
そう言って、どこかへ去って行った。
な、なんだったんだあの人たちは。
「サクラさん。もう行ったから大丈夫」
「ほ、本当ですか?」
サクラはキョロキョロ周りを見渡しながら、俺から離れる。
「もう大丈夫だから、二人で遊んできな」
すると、アカリが俺の背中に抱きついてきた。俺の胸に手を回し、ぎゅっとしてはなさない。
「北見さん?」
「⋯⋯ずるい」
「何が?」
「サクラちゃんが抱きついた時、叫びそうだったのに。今はそんな気配、全然ないじゃん」
「あー、あれは急だったからなぁ」
俺がそんなことを言っていると、俺の前にやってきて抱きついてきた。
「どう?」
「どうって⋯⋯優しいです」
「ふん」
アカリは嘆息して、俺から離れる。サクラを呼んで、また二人で遊び始めた。
結局、何が言いたかったんだアカリは。
首を傾げながらそれを見ていると、号令がかかった。
どうやら、クラス会はここまでのようらしい。遊びたいやつは残って、そうでない奴らは帰るとのこと。⋯⋯帰るか。
俺は腰を上げ、伸びをした。泳ぎもできなければ、誰かと喋ることもないしな。いる意味は特にない。
夏休みの課題も残ってるし、早く済ますことに越したことはない。
「ちょっと待って」
俺が帰ろうとした矢先、アカリに呼び止められた。
「どうした?」
俺が向き直ると、アカリは顔を赤くしていた。手にはスマートフォンが握られている。
アカリはスマートフォンを突きつけ。
「連絡先、交換しよ」
「俺と?」
「トウマくん以外に誰がいるのよ」
「あぁ、そう」
違和感を感じながら、連絡先を打ち込み、交換する。
すると、横からサクラが顔を出した。
「わ、私もいいですか?」
「⋯⋯うん」
サクラは嬉々としてスマートフォンを取り出し、俺と連絡先を交換した。
◇◇◇◇◇◇
家に帰り、風呂に入ったあと、ベッドにダイブした。手に持っていたスマートフォンから通知音がなる。
画面を見ると、アカリからメールが来ていた。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




