第五十七話
(篠村トウマ視点)
林間学校も終わり、いつもの日常が帰ってきた。たかが一泊二日の非日常だったが、それぞれの顔つきは若干変わっている。
まず、サクラ。
彼女は、しきりにアカリに視線を送るようになった。林間学校で仲良くなったらしいが、何か喧嘩でもしたのかもしれない。
次にアカリ。
しきりに俺と目が合うようになった。なぜ俺をみているのかはわからない。
後、長末の表情が悲しそうなことくらいか?
とりあえず、こんな感じだ。
すると、担任が入ってきた。
「席替えするぞー」
「「「「うおおおおおおおお!!」」」」
クラスメイトのボルテージが一気に上がった。
中には立ち上がっているものまでいる。
「横に北見さんがきてくれたらなぁ」
「ばっか、俺のとこに決まってんだろうが」
「私の横にもきてくれたら、お近づきなりたい⋯⋯」
男子は少しキマった目をして、女子はうっとりとした表情をしている。
両方危ない人にしか見えない。
「クジ作ってきたから、適当に取れよー」
◇◇◇◇◇◇
「よろしく」
「よろしくお願いします⋯⋯」
俺の横はサクラになった。アカリは俺の二個前だ。
ユウナとシュンは最後尾の列で隣同士になっている。
「奇遇ですね」
「そうだな」
サクラは頬を赤く染めながら、こちらを見た。そのまま動かなくなる。
「どうした?」
「あぁ! いや、何もないです」
両手をブンブン振りながら慌てて答えた。そして、さらに顔を赤くする。
まるでりんごだ。
「もうすぐで、期末テストだから、対策しとけよー」
クラスメイトのいやそうな声が響き渡った。
「私だって問題作るの嫌なんだからなー」
「それ言っちゃっていいんですか?」
すかさずシュンがツッコむ。
「独り言だよ独り言」
担任はため息をつきながら教室を出て行った。
「篠村さんはテストに自信ありますか?」
「いや、あんまりないな」
中学の時、最高でも30位以内かどうかのところだったからな。平均より上だろうが、得意というほどでもない。そこそこと言ったところか。
普段は50位をうろうろしてるだけだ。
「サクラさんはあるのか?」
「私は勉強が好きなので、他の人よりか、多少はできると思いますよ⋯⋯だから、その⋯⋯」
「ん?」
サクラは言い淀んだ。そして、アカリの方を見る。
「一緒に勉強しませんか?」
「というと?」
「ほら、私は勉強が得意なので、篠村さんがわからないところも教えられると思いますよ」
「いや、サクラさんの勉強に邪魔になるから」
そう断ろうとした。しかし、サクラは食いついてくる。
「教えることで得られる学びもあるので⋯⋯!」
「で、でも⋯⋯」
そこまでいうと、サクラは目を伏せた。
「私じゃ、いやですか?」
少しばかり潤んだ瞳で見つめられた。上目遣いなのもあって、効果は倍増。
「⋯⋯いいよ」
断れるはずがなかった。
「他の人とか呼ぶの?」
「ん。アカリさんとかどうですか?」
「わかった」
立ち上がり、先ほどから俺たちの会話に耳をそば立てていたアカリに声をかける。
「何も聞いてないよ!?」
「そうじゃない。⋯⋯勉強、一緒に行かないかって、サクラさんが」
「私がいてもいいの?」
「なんじゃそりゃ」
アカリは困った表情を浮かべ、サクラの方を見る。俺もそれに釣られて、サクラを見た。サクラは、大きく頷く。
「じゃ、じゃあ一緒に勉強しよ。いつがいい?」
「今度の土曜日とか?」
「わかった」
「俺がサクラさんに伝えとくよ」
◇◇◇◇◇◇
当日。
俺はアカリから教えてもらった住所を頼りに、スマートフォンで地図を見ながら家へと向かっていた。
サクラはすでについているらしく、先に勉強を始めている。
勉強する場所はアカリの家になった。アカリ曰く、自分の家が一番大きいからとのこと。
「ん、ここか⋯⋯」
地図から目を離せば、見上げるほどの家。というより、屋敷だ。
「でっか」
格差を感じながら、家の門を叩く。インターホンから声がした。
『入ってくださーい』
門をあけ、中に入った。門を潜ったらすぐに玄関のドアがあるわけではなく、七メートルほどの小道を経由しなければならない。小道の脇には、色とりどりの花が咲き、小さな池までもがある。
玄関のドアを開けると、アカリが出迎えた。
「いらっしゃーい」
「これ、手土産」
「ほんと!?」
渡したのはアルフォート。高級感あふれるチョコレートだ。
「ありがと。上がって上がって」
「ん」
促されるままに靴を脱ぐ。すると、奥から顔を覗かせる人がいた。
頭を下げておく。
「お邪魔します」
「男の子⋯⋯」
「はい?」
「ああ、アカリが、男の子を⋯⋯」
な、なんだこの人。
「ちょっと、ママ。恥ずかしいから!」
「あぁ、ごめんねアカリ。お母さん、つい⋯⋯」
なるほど。アカリの母親か。⋯⋯似てるな。
「どうも、北見アカリさんのお友達をやらせてもらってます、篠村トウマです。つまらないものですが、手土産を北見さんに渡しておきましたので、よかったら召し上がってください」
これであってるか?
普段使わないから、少し言葉が違うかもしれない。
「まあまあ、ありがとう」
笑顔を浮かべ、俺の言葉に感謝を述べる。柔和な笑顔を浮かべた。
「お若いですね」
早く勉強したい⋯⋯というか、緊張するから早く逃げたい。すでにどうやって会話を繋げればいいかもわからない。
「あら⋯⋯」
俺の言葉に、口元に手を当てた。
「アカリ、お母さん、若いだって」
「最近白髪増えてきたって言ってたでしょ。⋯⋯トウマくん。二階行こ」
「お、おう」
二階に上がると、部屋幾つもあった。多すぎだろ。
アカリは迷いのない足取りで、一つの部屋のドアを開けた。よく迷わないな⋯⋯って、当たり前か。
「篠村さん、来てたんですね」
「ん」
部屋にはすでにサクラがいた。床に座って、ちゃぶ台にノートを広げている。
サクラのノートは、びっしりと文字や数式が書き込まれている。
目眩がするほどだ。
「数学用のノートか」
「そうですよ」
サクラの足元には、他のノートも置いてある。
その他には、使い込まれた参考書が。
「勉強、頑張ってるんだな」
「学年一位を取り続けるためですよ」
「中学の時も一位だったの?」
アカリがサクラの参考書を手に取りながら質問する。
「そうですよ。私には、他の人と比べて何かが突出してできるわけでもないし、人に自慢できるような趣味もないので、勉強ぐらい、人より頑張ろうって、それで⋯⋯」
随分と後ろ向きな理由だ。
「そんなことないよ。サクラちゃんは優しくて、気が利いて、可愛くて、頭が良くて」
「買い被りですよ」
俺は二人のやりとりを見ながら、安堵感を覚える。
「トウマくん?」
「⋯⋯ちょっと、トイレ借りていいか?」
「部屋を出て左に曲がって、突き当たりを右に行ったらあるから」
「わかった」
そそくさと部屋を出て、トイレに向かう。別にトイレがしたかったわけではない。ただ、俺がいない方が良いと思ったからだ。うまく言葉にはできないが、そんな空気を感じ取った。
トイレに入り、時間が経つのを待つ。時間を潰そうとポケットからスマートフォンを取り出そうとしても、部屋に置いてきたしまったことを思い出して、頭を掻いた。
「三分は経ったかな⋯⋯」
トイレを出て、元きた道を辿る。ホテルみたいな通路だ。廊下の両脇にドアがあるのだ。
そう言えば、どのドアだ?
全部が同じドアなため、区別はつかない。アカリを呼ぼうにも、スマートフォンはないし、大声を出して呼ぶわけにもいかない。アカリの母親の迷惑になるし。
ふむ、困った。完全に迷子だ。
手当たり次第ノックしていくか?
よし、それで行こう。なんかあったら間違えましたで乗り切ろう。
そう決心し、一つ目のドアをノックした。反応はない。二つ目のドアをノックした。
これまた反応はない。三つ目のドアをノックしようとした、その時だった。
「何をしているのかしら」
「あ⋯⋯」
「そこは勉強部屋ではないはずだけど」
「その⋯⋯迷子になって」
「あるあるね。⋯⋯ついてきなさい」
母親はそう言うと、俺のそばを通り過ぎる。
と思えば、俺の横で止まった。
「あなたがノックしようとしていたドアは、アカリの部屋だから。勝手に入ってもいいけど、何も盗らないでよ」
「滅相もございません」
飛んだ冗談だ。じょ、冗談だよな⋯⋯。
「部屋を教えるついでに、アカリの学校生活のことを教えて欲しいのだけど」
「なんでしょう」
母親は頬に手を当て。
「アカリ、クラスメイトとお話ししてるかしら」
なんだ。そんなことか。
「たくさん喋ってますよ」
「シュンくんとユウナちゃん意外にも?」
「はい。たまにですけどね」
「そ、良かった」
母親は歩き始めた。そのスピードはゆっくりだ。
「アカリは、人と関わるのが嫌いなの。あの子可愛いでしょ? それで、男の子からは言い寄られて、無理やり遊びに誘われたり、女の子からは好きな人を取られたって言われて、うんざりしてたのよ」
母親は目を伏せた。
「でも、シュンくんとユウナちゃんは違ったから、あの子たちは特別なの。私、あなたが家にきた時びっくりしたのよ? シュンくん以外の男の子を連れてきたから」
「そうなんですね」
遠足の時に、本人から少しだけ聞いてはいたが、第三者からの話を聞くと、結構参っていたことがわかる。
「だから、仲良くしてちょうだいね? あの子は不器用だけど、いい子だから」
「当然ですよ。お母さん。大事な友達ですから」
すると、母親は頬を赤くさせ、口に手を当てた。
「どうしました?」
「お母さんだなんて、気の早い⋯⋯」
「勘違いです。それと、僕の口が滑っただけです」
「まぁ、後継は大事だし、アカリのことを大事にしてくれるなら⋯⋯」
「冗談がお上手ですね!」
そう言って二人して声を上げて笑う。
じょ、冗談だよな⋯⋯。冗談であってくれ。
なぜか戦慄することになったトイレの帰り道。俺はアカリとサクラのいるドアを開けた。
「よぉ、トウマ」
「トイレにしては遅かったね〜。アカリの下着でも盗んでた?」
「シュン。それに、郡元⋯⋯って、聞き捨てならないことを言われたぞ」
シュンは寝っ転がって英単語帳を読み、ユウナに至ってはスマートフォンをいじっていた。
「勉強しにきたんじゃないのか?」
「ん〜、やる気出ない」
「ユウナはいっつもそれだよね」
「いーじゃん、順位高いんだし」
アカリの呆れ声に不貞腐れたような声音で返した。
サクラは一心不乱にノートに書き込んでいる。
ま、俺もやるか。
俺は机に向き、ノートを広げた。
◇◇◇◇◇◇
「テスト返すから、席順で取りに来い」
少し気怠げな担任の声に、生徒たちが立ち上がっていく。
すぐに俺の番がきた。
A4サイズの紙をもらい、席に戻る。
「篠村さん、何位でしたか?」
「46位だったよ。サクラさんは?」
「1位でした!」
「おぉ! すごいじゃん!」
「頑張りましたよ」
胸を張って答えるサクラ。その仕草が男たちの視線を惹いた。
「おい、やっぱり、サクラさんってEはあるよな⋯⋯」
「それ以上かも知れねぇ」
男たちの会話は、サクラの耳に入ったようだ。
「なんの会話をしているのでしょうか」
「大学の判定の話じゃないかな⋯⋯」
「トウマくん、何位だった?」
お茶を濁したところに、アカリがやってきた。
「46位、北見さんは?」
「8位だった。5位以内は入れなかったなぁ」
「いやいや、十分すごいですよ!」
少ししょんぼりするアカリをサクラがフォローする。サクラはアカリの頭を撫でながら。
「シュンさんとユウナさんの順位はどれくらいなんでしょうか?」
「シュンが3位、ユウナが13位だって」
アカリが間髪入れずに答えた。
へぇ、二人ともすごいな⋯⋯って、二人ともろくに勉強をしてる様子なんてなかったけど。
「高いですね」
「あの二人は勉強しなくても点数は取れる人たちだから」
ユウナの順位は高いという発言は本当だったか。って、俺もそれなりに勉強したはずなのに、46位。
⋯⋯もっと勉強しよ。
「ところで、トウマくんとサクラちゃんは来るの?」
アカリの唐突な質問に、俺たちの頭の上に疑問符が浮かんだ。
「何にですか?」
「何って、クラス会よ。期末テストお疲れ様でしたっていうことらしいよ」
「なんじゃそりゃ」
「さあ、皆集まってストレス発散したいだけじゃないの? 夏休みに入るし。私はシュンとユウナが行くからついていくけど、二人はどうする?」
アカリはすでに行く気のようだ。本人はそういうのに興味なさそうだけど。
現に、アカリの表情は芳しくない。
「俺はどっちでも良いかな」
「私は行きたいです。皆と仲良くしたいので」
意外だな。サクラが行くなんて。いや、そうでもないか?
思ったより明るいし、社交的だし。
「トウマくんも来る? 私としては、いてくれた方が嬉しいかな」
「確かに、アカリの顔は暗いしな」
「だって、水着着るじゃん。着たら⋯⋯だって⋯⋯ごにょごにょ」
だんだん声が小さくなっていき、後半は聞き取れなかった。
アカリは項垂れ、顔を机に預けた。
「サクラちゃんは良いなぁ⋯⋯」
「何がですか?」
「そういうとこ」
謎の会話を繰り広げる二人を見て、俺は首を傾げた。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




