第五十五話
「「「着いたー!!」」」
緑あふれる大地。深く息を吸えば、新鮮な香りが肺をみたし、活力を与えてくれる。
「ここが林間学校の場所か」
「木が多いね〜」
「虫多そう⋯⋯」
皆が口々に言い、辺りを見渡す。
風が吹き、葉を揺らす。ざわざわと音が鳴り、木々がおしゃべりをしているようだ。
「荷物を宿舎に置いてからここに再集合なー」
担任の号令で皆が宿舎に向かって歩き出す。
林間学校は一泊二日で行われる行事だ。今年も例年通り、昼に班でカレーを作り、夜で肝試しをしてから、広場でキャンプファイヤーをする。そこで皆で何かするのだそう。
「結構綺麗だな」
「外観は汚いのになー」
宿舎は二つあり、その二つの間に入浴施設が置かれている。
夜は寝室で布団を広げて雑魚寝。風呂は大浴場に入る。横には壁一枚隔たれて、女湯があるのだ。
「来てすぐにカレー作りかぁ」
「腹減ってたしちょうど良いだろ」
荷物を置いてからすぐに集合。前から決めていた班に分かれて、作業を始めた。
「長末は薪を割っててくれ。あとで取りに行くから」
「おう!」
「ユウナは食器とか、アカリはサクラの補助を頼む。トウマは⋯⋯何かあった時のサポートな」
シュンが皆の前に立ち、役割を振っていく。
「シュンは何をするんだ?」
俺の質問に、シュンはウインクしながら答えた。
「味見役⋯⋯。痛って!」
すぐにユウナの鋭い物理的なツッコミが飛んできた。
「うそうそ、ちゃんとやることあるから」
ユウナを宥めながら弁解する。その姿は尻に敷かれている旦那のようだ。
オチが着いたところで、それぞれのするべきことに取り掛かった。
というか、俺が一番やることが曖昧だったな⋯⋯。
◇◇◇◇◇◇
(北見アカリ視点)
「私は料理得意ですので、頑張ります!」
サクラちゃんは袖を捲って、鼻息を荒くしていた。
むう、サクラちゃんは料理もできるのか⋯⋯。
サクラちゃんは少し年季の入った飯盒を水で濯いでから米を入れた。
水を入れて、指の関節で適切な水の量を測る。
ほえ、そんな方法があるの⋯⋯?
私は料理をしたことがないから、何をすればいいか全くわからない。お野菜を着れば良いのだろうけど、ね、猫の手? だったかなぁ。そんな感じの手で押さえて切るような⋯⋯。
こんなことになるんだったらお母さんに料理教えて貰えばよかった!
「そんなはかり方があるんだな」
トウマくんがサクラちゃんの横に立ち、飯盒を覗き込んでいる。
ト、トウマくんが取られるかも⋯⋯。
ユウナに教わったことを実践していかなきゃ!
「トウマくん、薪取りに行こう?」
「あぁ、それだったら俺一人で大丈夫だよ。サクラを見といてくれ」
ななな、名前呼び!?
いつの間にそんな仲良くなったの?
私だって名前で呼ばれたいのに。サクラちゃん、おとなしいと思ってたけど、案外大胆なんだなぁ。
⋯⋯って、私も負けないようにしないと。
あれ?
どうして私ってサクラちゃんに対抗意識を燃やしてるんだろ⋯⋯。
むぅ、なんか胸がモヤモヤする。
トウマくんが友達だから?
うん、友達だから。大事な友達だから、取られたくないからだよね。
きっとそうだよね。
そういえば、長末くんが薪を割ってるはずだから、取りに行かないと。
トウマくんの肩をそっと叩いた。
「トウマくん。薪取りに行かない?」
「あぁ、そうだな。行こうか」
トウマくんが歩き出すのを見て、隣に立った。クラスメイトから好奇の視線にさらされる。
私がトウマくんと歩くのってそんなに変なのかな⋯⋯。
私が見られるのはいつものことだけど、今回の視線は一味違う。
所定の場所まで行くと、長末くんが汗を垂らしながら薪を割っていた。
「き、北見さん⋯⋯と篠村」
「嫌そうだな」
「ふん」
軽口を叩き合いながら、トウマくんは薪を十数本とり、ヒョイと持ち上げた。
「私も持つよ」
「そうか?」
そういって、トウマくんは私に薪を二本渡してきた。
「長末も、薪はもう十分じゃないか?」
「もういらないのか」
「多分な」
三人で歩いていると、サクラちゃんがいるのが見えた。サクラちゃんは水が入ったバケツを持っていて、数歩進むと、バケツを地面に下ろして休むのが見えた。
危なっかしいなぁ。それに、サクラちゃんには重そう。
私は薪を二本しか持ってないし、私が手伝おうかな。
「長末、俺の薪、北見さんと持っていってくれ。俺、サクラさんの方手伝うから」
「お、おう」
それだけ言うと、トウマくんはサクラちゃんの方へいってしまった。
「ふ、二人きりですね。北見さん」
「⋯⋯長末くん」
「はい」
「サクラちゃんのことどう思う?」
長末くんは少し考えたあと。
「いい女房になりそうです。⋯⋯それが何か?」
「何も」
「心配しなくても、俺は北見さんのことしか見てないですよ」
「そういうのじゃない」
「⋯⋯」
バッサリ切り捨てると、長末くんは真っ白に燃え尽きてしまうようにして黙ってしまった。ちょっとやりすぎたかな⋯⋯。
トウマくんの方を見ると、サクラちゃんの持っていたバケツをもち、横に並んで話していた。何がトウマくんをそこまで惹きつけるんだろう。
私になくて、サクラちゃんにあるもの⋯⋯。
おっぱい?
やっぱりそうかな。
下を見下ろしてみる。薪で塞がれてなければ、本来であれば青々と雑草たちが生えている地面が綺麗に見える。
対して。
サクラちゃんは歩くごとに、ほんの少し揺れている。あの大きさ⋯⋯クラスで一番大きいよね。
「長末くん」
「何でしょうか」
「やっぱり男の子って、おっぱいおっきい方が好き?」
「大体の男がそうでしょう。しかし、俺は小さい方が⋯⋯」
「聞いてない」
「⋯⋯」
今度は灰になってしまったかもしれない。
◇◇◇◇◇◇
(篠村トウマ視点)
「「「完成だー!!」」」
今、俺たちの前には、立派なカレーが置かれている。湯気を立ち上らせながら、香ばしい匂いを運んでくる。
「いただきます」
スプーンでルウと白米を掬い、一気に口に放り込んだ。
熱い。だが、それがいい。空気を取り込んで冷ましながら、次の一口。
大きめにカットされたジャガイモが口の中で主張する。かち割ると、ホクホクの断面が口を揺らした。
「むふ〜。サクラのカレーうま〜い」
「あ、ありがとうございます」
「結婚したいわ〜」
「ええ! それはちょっと⋯⋯」
「ごめんごめん。サクラには心に決めた人がいるもんね〜」
「ど、どうしてユウナさんがそれを⋯⋯!」
ユウナがサクラをおちょくっているようだ。サクラは顔を真っ赤に否定しながら、ユウナの言葉にあわてている。図星か。
しかし、心に決めた人がいるのか。
とすれば、ここにいる班の可能性が高い。シュンは彼女持ちだから違うとして、俺は論外。じゃあ長末か⋯⋯。いいと思う。男らしいし、アイツ。
いや、もしかして、アカリを狙っているのか?
確かに、アカリほどの可愛さであれば、女性も惚れされることができるかもしれない。
なんという魔性の女なんだ⋯⋯。
当の本人はリスみたいにカレーを頬張っているが。カレーが好きなのだろうか。
もしかしたら、ユウナの可能性もある。その可能性は低いと思うけど。
一番最初にカレーを食べ終わった俺は、食器を洗い始める。
自分の使った皿を洗い終わり、調理器具を洗った。
使いたてだからか、簡単に汚れは落ちる。これくらいだったら、俺にも洗えるな。
「私も手伝いますよ」
俺が調理器具を洗っていると、サクラが横に来た。
「ゆっくり食べてよかったのに」
「篠村さん一人にやらせるわけにはいかないので」
「でも、サクラさん一人に料理をやらせちゃったようなもんだけどな」
「皆さんのおいしく食べる顔が見れたら十分ですよ?」
こともなげに言い切る。その姿は女神のよう。
「次は肝試しですよね」
「風呂に入ってかららしいけどな。しっかし、風呂に入った後にするって、風呂の意味がないような⋯⋯」
「ふふっ、そうですね」
ちゃきちゃきと食器を洗う音が聞こえる。時間はすぐに過ぎ去っていった。
◇◇◇◇◇◇
時は夜。湯気が立ち上る時間だ。
俺たちクラスの男子は素っ裸になり、温泉に突撃していく。
体を洗うなり、すぐに浴槽に飛び込んだ。
「うあー、気持ちいい」
「染み渡るぜぇ」
クラスメイトたちが口々に言った。皆疲れているんだろうな。かくいう俺もだけど。
しばらくすると、壁を隔てた向こう側から、声が聞こえてきた。女子だ。
数名の男子は壁に耳を貼り付けている。逮捕されそうな勢いだ。
「はぁ、疲れたぁ」
「もう私動けなーい」
などと、こちらと特に変わらない会話を展開している。つーか、壁に耳を付けなくても十分聞こえるぞ。
「なあなあ、北見さんの手作りのカレーどうだった?」
俺に聞いてきたのは、クラスメイトの一人だった。
「北見さんは特に何もしてないな。大体はサクラさんがやったよ」
「波川さんがやったのか。北見さんは手伝っていない。つまり、北見さんは料理ができない。または料理が下手ということになる。⋯⋯くぅ! 解釈一致だぜぇ!」
コイツ、もしかしなくてもやばいな。
それにしても、クラスにはこういうやつしかいないのか。
罵倒されて興奮するやつもいたし。
はぁ、とため息をついていると、長末がポツリとつぶやいた。
「なぁ、クラスの女子の中で、一番胸がでか⋯⋯」
「それ以上は言わせねぞぉ!」
「横で女子が風呂入ってんだよ!」
「俺たちまで変態にするつもりかぁ!!」
クラスメイトたちが長末に飛びかかり、口を封じる。調査兵団さながらだ。
「でもよ」
シュンが言った。それに全員が黙った。ゆっくりと口が開かれる。
「思い浮かべた人は皆一緒だよな!」
「それを言うな」
俺はシュンの頭を叩いた。
◇◇◇◇◇◇
(北見アカリ視点)
服を脱ぎ、浴場に入る。
体を丁寧に洗ってから、浴槽に身を沈めた。
「はぁ、疲れたぁ」
「もう私動けなーい」
クラスの女子のなんでもない会話。すると、男子の方が騒がしくなった。何やら揉めているみたい。
周りを見渡す。皆おっきい。少なくとも、私よりか。
むぅ、なんとなくわかってたことだけど、なんか悔しい。
「良いなぁ。おっきくて」
口からこぼれ落ちた独り言。それはユウナに聞かれていたみたいだった。
「アカリはちっさくても、可愛いから大丈夫だよ〜」
「ひ、ひどい!」
頬を膨らませて反駁しようと向き直ったけど、目の前にあるのはユウナの自己主張。
言うまでもなく私が劣勢だった。
さっきの長末くんのセリフを思い出す。
「大体の男がそうでしょう」
やっぱり、トウマくんもおっきい方がいいのかな⋯⋯。
「ほ、ほら、泳ぎやすいって言うじゃん?」
「フォローになってないから!⋯⋯うわぁん! サクラちゃん!」
私は横にいたサクラちゃんに抱きついた。サクラちゃんは戸惑いつつも、私の頭を撫でて慰めてくれた。
「よしよし、アカリさんはそのままで良いんですよ」
うう、サクラちゃんの手が暖かい。温泉のせいじゃなくて、きっと優しさからくる温かさなんだろうなぁ。私にはないものだ。
包容力っていうの?
それが私にはないのかなぁ。
しかし、サクラちゃんに抱きついていて、わかったことがあった。サクラちゃんは、とっても。
「柔らかい⋯⋯」
「ふぇっ⋯⋯!」
サクラちゃんは可愛らしい気の抜けた声を出した。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




