第五十三話
教室に着くと、何人かの生徒が団欒していた。俺の顔をチラリと見た後、すぐに話に夢中になる。
あぁ、あの子じゃなかったか、と。
席につき、もらった教科書に名前を書いた。
すると、一人の男子が俺の前に立った。
「篠村⋯⋯トウマだったよな」
「あぁ、そうだけど」
「ど、どうやって北見さんにお近づきになったんだ?」
「は?」
「トボけるなよ。昨日一緒に弁当食ってたじゃねーか」
「あぁ」
確かに、第三者視点からすれば、空気だった俺が、学年一の美少女とご飯を食べているという、摩訶不思議な光景を目にしたはずだ。
「特に何もしてないな」
「なワケ! 弱みとか握ったんだろ?」
「俺をなんだと思ってるんだよ⋯⋯。つーか、あっても言わねーよ」
「く、くそっ。なら、力づくでも⋯⋯」
その時、アカリが教室に入ってきた。俺を見て一言。
「おはよう、トウマ君!」
にっこりと、いい笑顔で、俺の名を呼んだ。
誰もが羨む響き。だが、今の俺に取っては、地獄の門が開いたも同然だ。
「お前、いつの間にぃ⋯⋯」
「長末くんも、おはよ」
アカリの挨拶。それだけで、永末と呼ばれた男は涙を流していた。
「くっ、き、北見、さんに、俺の、俺の名前を⋯⋯」
「泣くほどか!?」
「うおおおん!」
泣き叫びながら、永末は自分の席についた。
「大丈夫だった?」
「助かった」
一言交わして、ホームルームが始まる。
「今日は、体力テストを行う。男子は教室で、女子は体育館で着替えるように。着替え終わったら、グラウンドに集合」
体力テストか。元の世界ではテストする前に学校に行かなくなったからな。やる価値はあるかもしれない。異世界で鍛えた身体能力を測れる絶好のチャンスだ。
女子が教室を出てから、早速着替え始める。すると、前にいたシュンが俺の体を見て一言。
「でか」
⋯⋯⋯⋯。
「何がだ?」
「いや、筋肉」
「⋯⋯まぁ、鍛えてたから」
シュンは俺の腹筋を触り始めると同時。
「お前らこっちこいよ。トウマの腹筋やべえぜ!」
「お前、やめろ!」
シュンはこの教室において、ボス的な存在だ。トップはアカリだが、仲が良いからだと思う。それと同じ理由で、ユウナもボス的存在だ。後、顔が良いから。
男子がゾロゾロと筋肉を見にきた。俺も変なテンションになってポージングをしてみる。
「俺よりもあんじゃん」
「やるじゃねえか、トウマ」
「俺もでかいぜ!」
言ったのは、今朝絡んできた永末だった。
「帰宅部のお前には負けてらんねえよ。ラグビー部の肉体、見せてやらあ!」
バサッと豪快に脱ぎ、背筋を見せつけた。
「「でっけー」」
「いったれ永末ぇー!」
「ふーん、どうだ篠村。俺の肉体はぁ!」
「腹筋6LDKかい!」
「二頭がいいね、チョモランマ!」
「大胸筋が歩いてる!」
突如、ドアが開けられた。
「早よせんかお前らぁっ!!」
「すんません!!」
◇◇◇◇◇◇
最初に行われるのは、五十メートル走だった。
俺はシュンと走ることになった。
「シュンって去年は何秒だったんだ?」
「俺は6.7秒だった。トウマは?」
「覚えてねえ。多分、シュンよりかは遅いよ」
色々話してる間に、歓声が上がった。見てみれば、レーンにはアカリとユウナが並んでいた。
「二人とも運動得意だからな。面白いぞ」
シュンが俺の肩を叩きながら言う。
「用意⋯⋯ドン」
掛け声と共に、二人が地を蹴った。出だしはアカリの方が早い。だが、後半からユウナが追い上げ、ついには追い越した。
すぐに、二人はシュンと俺の方に戻ってくる。
「あたし6.9秒だった〜! 7秒切った!」
「私7.3秒だったぁ⋯⋯」
「いや、二人ともすごいよ」
シュンはすかさず褒め、二人のフォローをする。
女子の測定が終わり、男子の順番になる。
俺たちの番はすぐにきた。
「用意⋯⋯ドン!」
走り出した。足は常に最高速。横にシュンはいなかった。すぐにゴールする。
「タイムは!?」
6.4秒。
「結構速い⋯⋯」
「俺去年と変わらなかったわー」
シュンが愚痴をこぼしながら俺の結果をのぞく。
「トウマ速くね?」
「思ったより」
すぐに永末が駆けつけてきた。
「タイムはなんだ篠村ぁ! 俺は6.7だったぞ!」
「6.4」
「くそお!」
◇◇◇◇◇◇
全ての項目を測り終わった。結果を見てみる。案外、俺の数値は高かった。
50m走:6.4秒
長座体前屈:63cm
上体起こし:38回
反復横跳び:76回
立ち幅跳び:288cm
20mシャトルラン:128回
1500m走:4分45秒
ハンドボール投げ:39m
握力:右手68kg
左手61kg
「まあまあか」
「バケモンだよ」
俺の独り言にシュンがツッコむ。
「いたのか」
「お前とペアだったからな。ずっと見てるから」
「確かに」
俺とシュンが喋っていると、アカリとユウナもやってきた。
「シュン、結果見せて〜」
「ほい」
ユウナはじっくりと見た後、俺の血も見せるように言った。言われるがままに手渡す。
「篠村トウマ⋯⋯いや、篠村ゴリラ!」
「は?」
「トウマじゃない、ゴリラだ〜!」
ユウナは俺を指差しながら、恐れ慄くように言った。
「どこがだ?」
「全部だよ全部」
ユウナはアカリに俺の結果が書かれた紙を渡した後、俺に詰め寄ってきた。
「何かスポーツとかしてた?」
AIと戦争してたとか、ゾンビと戦ってたとか、デスゲームやってたとか、言えるわけないよな⋯⋯。
「筋トレ」
「嘘つけぇ!」
俺の白々しい嘘は、瞬く間に看破される。
「筋トレでどうこうなる次元じゃないでしょ、これ」
「ユウナ、それは違うぞ」
「シュン⋯⋯」
「筋肉に限界はない」
「なに筋肉の妖精みたいなこと言ってるの、いつものシュンに戻ってぇ!」
弱々しいパンチで、シュンの胸をポカポカと叩く。それを眺めていると、アカリが俺に囁いて来た。
「トウマ君て、運動できるんだね」
「まぁな」
囁かれた耳に恐ろしいほどのむず痒さを覚えながら、なんとか絞り出す。
アカリの方を見ると、アカリは汗ばんでいた。
アカリの汗と柔軟剤が混じった、なんとも言えない香りが、俺の頭をノックする。
「なんで逃げるの?」
「早く着替えてくれば?」
近くにはいられなかった。
◇◇◇◇◇◇
帰り。俺は一緒に帰る人はいないため、ぼっちだ。久しぶりに体を動かしたせいか、体に妙な重たさが残る。
電車を待っている間、ホームの椅子に座って伸びをしていると、視界の端から、一人の女子高生が通った。
「お、トウマじゃ〜ん」
「あ」
「あ、ってなんだよぉう、あ、ってぇ〜」
「シュンはいないのか?」
「シュンはチャリで通学してるから」
「なるほど」
そのまま通り過ぎるかと思えば、ユウナは俺の横に座った。
「どうした?」
「あたしもこっちだから」
「いいのか?」
「なにが?」
ユウナはスマートフォンを見ながら、俺と話し始める。
「俺と一緒にいて。勘違いされるんじゃないのか?」
「なワケないじゃ〜ん。あ、もしかして、トウマは勘違いされたいの〜?」
「な訳あるか!」
むふーと笑うユウナの顔が白々しい。この人はこういう人だった。忘れてた。
「それとも〜、アカリじゃないのが残念だった?」
「うるさい」
「図星〜」
「ちげえよ! はあ、疲れるよ、ほんと」
「あはは!」
ユウナは無邪気に笑っている。その笑顔が眩しい。だから、シュンは惹かれたのだろうか。
「あのさ、どうして郡元はシュンと付き合ったんだ?」
俺の質問に、ユウナはきょとんとした。
なんだ、俺の質問がそんなにおかしかったか?
「ん〜、わかんない。気づいたら付き合ってたから。⋯⋯って、なにその顔」
「⋯⋯いや、なんか、そんなものなのか? って思ったから」
「こんなもんじゃない? まあ、あたしたちが特別な方だとは思うけど、トウマは神格化しすぎだよ、そういうの。⋯⋯経験がないからじゃな〜い?」
ニマッと笑い出すユウナ。
俺の二の腕をつつきだす。
「やめろ」
つつく手をペシ、と払い除け。
「電車来るから、乗ろうぜ」
「ん〜」
立ち上がり、止まった電車へと歩きだす。
電車の中は暖房が効いていて、少し暑いくらいだ。
座席は一つだけ空いている。
「郡元が座りな」
「トウマって気遣いできたんだ⋯⋯」
「俺をなんだと思ってやがる」
吊り革が一斉に揺れた。小気味良いリズムを奏でながら、窓から陽光が入ってくる。
「トウマが降りる駅ってどこ?」
「ここから三つ先」
「あたしと一緒じゃ〜ん。明日から一緒に行こうぜ〜」
「いやだよ。疲れる」
「いいじゃ〜ん。あたしみたいな美少女と登校できるんだよ?」
「自分で言うな」
ユウナは距離が近いな。これで何人もの男子を落としてきたのだろうか。まあ、落ちるだろうな。ほぼ初対面に近い俺でさえ、この距離感で接してくれているのだ。
「あたし、たまにナンパされるからさ、居てくれると嬉しいなぁ、なんて」
「わかったよ、しょうがないな」
「やったぁ。⋯⋯明日から、七時にホームで待ち合わせね」
「はいよ」
目的の駅につき、共に降りる。
「あたし、友達待たせてるから、じゃね〜」
「ん」
ユウナは小走りで走り去っていく。ユウナといると、調子狂うな⋯⋯。
◇◇◇◇◇◇
「おはよ〜トウマ〜」
「おう、おはよう」
「言うことはそれだけか〜」
「なんだよ」
俺と会うなり、俺の肩を叩き出す。ユウナは自由奔放だ。
「いや〜、トウマは絡みやすくていいわ〜」
「そうか?」
「気楽に話せるし、揶揄った時の反応面白いし」
「絶対後者の理由が十割だよな⋯⋯」
「そーいうツッコミも〜。ホントに彼女居ないの〜」
「急に話が飛んだな」
「だってぇ、気になるしぃ?」
軽口の応酬をしながら、電車に乗り込む。
壁にもたれかかりながら、ユウナの愚痴を聞き始める。
「最近さ〜、セナの付き合いが悪いんだよね〜」
セナというのは、ユウナの友人だ。
「カレシできたなら、正直に言えばいいのに。そしたら、あたしがカレシに俺を言いに行くから!」
「怖そうだからやめた方がいいぞ」
お礼が何かわからないが、菓子折りではないのは確かだろう。そもそも、友達の彼氏に菓子折りを持っていくというのもおかしな話だ。
⋯⋯お菓子だけに。⋯⋯やめよう。
「そっとしておいていいんじゃないのか?」
「む〜ん。あたしとしては気になる⋯⋯」
「ほっといてやれ。友達にも、隠しておきたい出来事の一つや二つあるだろ?」
「確かに。そっとしておくか〜」
そんなこんなで話してる内に、学校の最寄り駅に着いた。
すぐに降り、通学路を歩いていく。
ユウナは友達と行くらしい。シュンと行かないのかと聞いたが、シュンが嫌がるとのこと。不思議なものだ。
「トウマ君!」
「おはよう、北見さん」
「おはよう!」
そして、途中で合流するアカリ。そんな生活が、一ヶ月続いた。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




