第五十二話
第四章『青春に支配された世界』開幕です。
「ここ⋯⋯」
転移した場所は、見慣れた場所だった。
「俺の⋯⋯部屋?」
まだ転移してないのか?
いや、それは違う。俺は確かに内側から漏れ出る光を見た。
なら、どうして⋯⋯。
「トウマ、トウマー!」
聞き慣れた母の声。階段を上がる足音が近づいてくる。
「トウマ!」
勢いよくドアが開けられた。
「⋯⋯って、起きてたのね。顔洗って来なさい。遅れちゃうから」
顔を合わせたのは俺の母親だ。偽物でもなんでもない、正真正銘の母親。
「ち、遅刻するって?」
「寝ぼけてるの? 入学式に決まってるじゃない」
困惑していた心が一気に冷え込む。俺は枕元にあったデジタル時計を鷲掴む。
四月八日。
俺の高校の入学式。
ドンピシャだ。一体、何が起こってる?
巻き戻った?
いや、俺は転移するだけなはずだ。時間軸が戻ったり、進んだりすることもあるけど、世界はそのままに、時間軸だけが変わるなんててことは今までになかった。
「もう、ボーッとしてないで、制服に着替えて」
口調とは裏腹に丁寧に渡された制服は、ホコリすらかぶっていない、下ろし立て同様だ。
心臓がズキリと痛む。
生唾を呑んだ。
「ご飯作ってるから、食べなさい」
降りていく母親についていき、朝食を食べる。視線は制服に釘付けだ。
あれに袖を通すのか⋯⋯。
そう思うと、朝食も喉を通らない。
「私は車で行くから、トウマは電車で行きなさい」
この言葉に、懐かしさを感じた。俺が家を出る直前のやりとりだ。
そういえば、こんな感じだったっけ。
「トウマ。時間だから、早く!」
「⋯⋯わかった」
制服の袖を通した。ひんやりとした感触が俺の肌を刺激する。パリッとした制服が俺を包んだ。
カバンを背負い、玄関のドアを開けた。
「行ってきます」
◇◇◇◇◇◇
入学式を終え、自分が配属されたクラスの教室に入る。
俺が教室に入ったのは遅い方だったため、皆の視線がこちらを見た。
「⋯⋯ッ」
息が詰まりそうになるのを感じながら、自分の席につく。直後、クラスメイトがざわついた。開かれた扉を見ると、一人の少女が立っていた。
背中まで届く、息を呑むほどの艶をもつ黒髪。
儚げな瞳。
白い肌に、彩を添える桜色の頬と唇。
クラスメイトがざわつくのも無理はないと頷ける。
それほどまでに綺麗な少女だった。
「ホントに同い年かよ⋯⋯」
「可愛い⋯⋯」
「モデルみたい」
口々に発せられる言葉は決して誇張されたものではなかった。
さっきまでクラスメイトにビビっていた俺も、見惚れてしまうほどだ。
⋯⋯って、ジロジロ見るのって失礼だよな。
口を引き結んで、視線を逸らす。
ここは異世界だ。いくら綺麗な同級生がいるからって、羽目を外すわけにはいかない。それに、ここがただの世界じゃなく、宇宙人に侵略されそうになってるとか、今にも戦争が起きそうになってる世界かもしれないんだ。
気を引き締めろ、俺。
「アカリ〜!」
ざわついていた教室を上回るような大きな声。それは一人の少女から発せられていた。
その少女は走り寄り、例の少女に抱きつく。
行動からして、教室をざわつかせていた少女はアカリという名前っぽいな。
「同じクラスでよかった〜!」
「私も嬉しいよ、ユウナ」
アカリは、ユウナの頭を撫でる。そして、ユウナの後ろにいた男子にも声をかけた。
「シュンくんも、よろしく」
「おう」
シュン、と呼ばれた男子は一言返すだけだ。会話からして、仲がいいのかもしれない。
その時、担任と思われる教師が教室に入ってきた。生徒が散らばり、自分の席へとつく。
アカリは、俺の右横に座った。
そして、俺の前にはシュン、と呼ばれた男子がいる。アカリの後ろには、ユウナ、と呼ばれた女子が一人。
もしかして、俺って邪魔か?
「横の君、よろしくね」
しかし、入学したてだから、時期的に名前順だろう。そればっかりはどうしようもない。
「ねえ、ちょっと」
俺の周りは全員知り合いらしい。気まずいな⋯⋯。
「ねえ」
つん、と右肩を突かれた。
「ひゃい!?」
変な声を出しながら、横を向く。俺の目の前には、アカリがいた。
「君に言ってるんだよ?」
そう言ってクスッと笑う。どの瞬間を切り取っても、絵画として成立してしまうような、そんな笑顔だ。
「ご、御用は何でしょうか」
「横の席、私だから。先に挨拶しておこうと思って⋯⋯。よろしくね」
「よ、よろしく」
それっきり、アカリはユウナと喋り始める。
ほっと胸を撫で下ろした。俺みたいな人間にはああいうのは心臓に悪い。
あまり関わらないでおこう。
「一人ずつ、自己紹介してもらうぞ」
担任の一声で、出席番号が一番だと思われる生徒が立ち上がり、自己紹介を始めた。順々に自己紹介を終えていき、アカリの番になった。
「北見アカリです。出身中学はーーーーで、好きな食べ物は甘いもの全般。よろしくね」
うおおお、と、男子たちの密かなボルテージが上がっていく。アカリの一端でも知れたことが嬉しいようだ。
「あたしはの名前は郡元ユウナでーす。アカリはあたしの親友だからー、話しかけるならあたしを通してね♪⋯⋯そして、そこの男子はあたしのカレシだから、手ぇ出さないでね♪」
キャピッというような擬音がつきそうな声だ。そして、ユウナが指差した男子というのは⋯⋯。
「芝山シュンです。えー、ユウナは俺の彼女なんで、手、出さないでくださいね」
ニコリと言ってみせる。そうか、二人は付き合ってるのか⋯⋯。って、じゃあ俺、もっと邪魔者になるじゃねーか。
そして、次は俺の番だ。
「⋯⋯篠村トウマです。⋯⋯⋯⋯」
あぁ、何も思い浮かばない。
「よ、よろしく」
特に付け加えるでもなく、何か言いたげな妙な間を開けての挨拶。圧倒的な悪目立ちだ。
死にそうだ。恥ずかしくて。
自己紹介が展開されていく中、シュンが俺に話しかけてきた。
「よう、トウマ」
今度、俺に声をかけたのはシュンだった。
「久しぶりだな、中三の時、同じクラスだったろ?」
それを聞いて、頭がフリーズした。
俺はここに転移してきたばかりだ。なら、どうして俺の家がある?
俺の母親にそっくりな人間は、俺のことをトウマと呼んでいた。
そして、シュンの言動。俺に中学生時代があったことを示唆するような言葉。
もう一度いうが、俺はさっき転移して来たばかりだ。だから、俺がこの世界で中学生時代を過ごしていたなんてことはあり得ない。
「どうした?」
「あぁ、いや、何もないよ。久しぶりだな」
もし、もし、俺の予想が正しければ⋯⋯。
「色々あってさ、物事を忘れるようになったんだ」
この世界には、この世界の『篠村トウマ』がいたことになる。
◇◇◇◇◇◇
何が何だかわからないまま、学校初日を終えた。帰り道も、近所の公園も、俺の家の位置も、俺の元いた世界と何ら変わらない。
ただ、俺の周りの人間が違うだけ。
たったそれだけだ。
家のドアを開けた。
「ただいま⋯⋯」
「おかえり」
母親が出迎える。母親からすれば、俺は息子に見えるのだろう。だが、俺からしたら、母親に似たナニカだ。
「学校、どうだった?」
「楽しかったよ」
適当に会話を済ませ、自分の部屋に駆け込む。
今回の転移は何かおかしい。こんなことになるなんて。
⋯⋯でも、考えても仕方ない。
決めたはずだ。どんな世界に転移したって、そこに骨を埋める覚悟で過ごすって。
本番は明日からだ。
明日は一日遠足がある。遠足へ行く場所は動物園だ。
この遠足で友達を作れという、学校からのメッセージだろう。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
「いい天気だな」
気候に恵まれ、涼しげな風が吹き、太陽が燦々と地面を照らしている。
遠足日和というやつだろうか。
俺たちはすでに入場し、各々回る人と一緒になって歩き出している。
もちろん、俺は一人だ。
なに、わかってたことだ。
一人で楽しもう。
俺は適当に歩き、フラミンゴのいる檻にたどり着いた。
フラミンゴは片足で立ち続け、首を動かしている。
俺も片足立ちをやってみる。体幹は一切ブレない。これでも鍛えられているからな。
しかし、目を閉じた瞬間、バランスを崩してしまった。
「次行くか」
と言っても、どこに行こうかなんて決めていない。フラミンゴを見に行ったのも、たまたまだ。だって一緒に回る人がいないから、何を見ても暇だ。
俺って、恵まれてたんだな。
AIと戦争してたって、ゾンビが蔓延る島だって、デスゲームにだって、仲間はいた。この世界よりも、ずっと過酷な世界なはずなのに。
どの世界にも仲間がいた。
「はぁ⋯⋯」
俺が今歩いている通路の外には、木々が生えており、そこに鳥が住んでいる巨大な檻がある。中に入ることもできるそうだ。
外からでもいいから、鳥を見ようと思った。ただ、見れなかった。俺の視線は、外の柵にもたれかかっている、一人の少女に注がれた。
「北見さんだ⋯⋯」
アカリは、柵にもたれたまま、動こうとしない。何か様子がおかしい。すぐさま駆け寄り、声をかけた。
「大丈夫?」
アカリは俺をチラリと見た後。
「大丈夫。⋯⋯だから、ほっといて」
嘘だ。顔が青い。無理してるな。快晴だから、軽い熱中症にでもなったのか?
「体調悪そうだけど」
「いい。一人にさせて」
そこまで言われると、俺はどうしようもない。
立ち去ろうとする。
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」
鼓膜を震わせる苦しそうな声。聞いてしまったら、見捨てることなんてできなかった。近くの自動販売機まで走り、スポーツドリンクを買った。
すぐに戻り、アカリに差し出す。
「これ飲んで、あっちの屋根がついてるベンチで休もう。立てるか?」
「⋯⋯」
アカリは話すことなく、首を横に振る。動けないか。なら、飲ませて、十分に休ませてから移動させるか?
ただ、木が生えていて、木陰を作っていたとしても、完全に防げているわけではない。
「北見さん。抱き上げるけど、大丈夫そう?」
「⋯⋯」
今度はさっきよりも反応が遅かったが、首を縦に振った。
「よし、捕まっててな」
俺は足の裏に手を通し、傍に手を入れ、一気に持ち上げた。
お姫様抱っこだ。
そそくさとベンチまで連れていく。すぐに降ろし、スポーツドリンクを飲ませた。
細い喉が音を立ててスポーツドリンクを飲み干していく。
「ぷはっ」
すぐに空になってしまった。
⋯⋯というか、この人とは関わらないって決めたじゃないか。
早く離れよう⋯⋯。
困っていたから助けただけだ。いくら関わるのを避けようとしても、困っているなら見捨てるのも嫌だしな。
「体調は大丈夫?」
「うん」
「じゃ、俺はもういくから⋯⋯」
そう立ち上がろうとする。寸前、手を掴まれた。
「まだ、ここにいてくれる?」
強烈な上目遣い。
もちろん、断れるはずもなく。
「あぁ⋯⋯」
しばらく休んでいると、アカリの体調はすぐに良くなり、喋り始めた。
「ユウナとシュンってね、酷いの。私は彼氏いないのに、目の前でずっとイチャイチャしてるんだよ!」
「そ、そうなんだ」
「私だって彼氏欲しいのにぃ⋯⋯」
机に額を押し付け、項垂れるアカリ。
「もしかして、一人で回ってたのって、それが理由?」
アカリはすぐに顔をガバッと上げた。
「そう、そうなの! ま、まあ、一番の理由は二人の邪魔をしたくないからなんだけど。⋯⋯でも、どうしても嫉妬しちゃう。ああいうの」
こういう人でも嫉妬ってするんだな⋯⋯。
っていうか、この人めっちゃテンション高いな。初めて見た時は、お淑やかなお嬢様みたいな感じだと思ってたけど、どっちかというとお転婆娘が正しいな。
「自己紹介の時とは全然違うね」
「あれは作ってるの。ああした方が寄り付かないかなぁって。嫌いな男の子がね。私は彼氏は欲しいけど、私の気持ちを無視して言い寄ってくる人は嫌いなの」
「へえ⋯⋯。まあ、確かに近寄りがたかったかもね」
「でも、トウマ君は別だよ。特に危なそうじゃないし」
「ソーデスカ」
謎にテンポの良いツッコミをした後、はたと気づいた。
もう、俺がいなくてもよくね。
「⋯⋯元気になったみたいだし、俺、別の場所にいくから」
「いてくれるって言ったでしょ」
「⋯⋯」
なんも言えねえ。
「でも、もうすぐで昼飯の時間だから、広場に行かないといけないぞ。友達と食べるんだろ?」
「いないよ。友達はユウナとシュンだけ」
「じゃあ、その二人と食べれば⋯⋯」
「邪魔したくない」
「じゃあ、どうするんだ?」
アカリはイタズラっぽく笑う。
「トウマ君、一緒に食べよ?」
「お、俺じゃなくても、北見さんとご飯食べたい人はいるだろ⋯⋯」
「私は、私の気持ちを無視する人は嫌いなの」
「でも、俺は北見さんが助けなくていいってのを無視したけど?」
「それは良いの。私を助けてくれたから」
「なんじゃそりゃ」
アカリの物言いにツッコミ。ただ、そんなのが許されるほどの美しさ。
「トウマ君だって、私と食べたいんでしょ?」
「は?」
「だって言ったでしょ? 『俺じゃなくても、北見さんとご飯を食べたい人はいるだろ』って」
その言葉に、俺の顔が熱くなる。俺、とんでもないこと言ってるな。キモいな、俺。
「それは言葉の綾だ。忘れてくれ」
「良いの。もしかして、私を一人にさせる気?」
「⋯⋯わかったよ。一緒に食べるよ!」
そう言う他なかった。
◇◇◇◇◇◇
広場には、すでに大勢の人が集まっている。
「アカリ〜」
遠くからユウナの声が聞こえてくる。声を覚えるまでもなく、アカリを気安く呼べるのはユウナだけと決まっている。
「一緒にご飯食べよ♪」
「いや、シュン君と食べなよ。私は他に食べる人がいるから」
「誰?」
「どうも」
変な空気になる前に、自分から名乗り出ておく。
俺の顔を見たユウナは首を傾げながら。
「え〜っと、キミの名前は確か⋯⋯蓑虫キューマ?」
「篠村トウマだよ」
「ありゃ、間違えちゃった。許してねん♪」
「とんでもない間違え方だけどな」
思わずノリツッコミしながら、周りを見渡す。
皆の視線が俺に突き刺さっている。
まぁ、場違いだよな。
「ユウナ、ここにいたのか」
後から、シュンがやってきた。シュンの手には二つの弁当箱が握られている。おそらく、自分のとユウナの分だろう。
「アカリも一緒に食べようぜ。⋯⋯トウマも」
「いや、私はトウマ君と食べるから」
その言葉を聞いたシュンはニヤつきながら、俺の脇腹を小突いた。
「よかったじゃねえか。見初められて」
「うるせえ」
シュンは俺の小言に笑った後、ユウナと一緒に木陰に入っていった。
「私たちも食べよっか」
「⋯⋯おう」
シートを広げ、座る。
弁当箱を開けると、色々なものが入っている。ハンバーグに、プチトマト、ポテトサラダ、サバの塩焼き。美味そうだ。アカリの弁当を見てみると。
「めっちゃ豪華だな」
「お母さんが張り切ったのかも⋯⋯」
結構良いとこのお嬢様なのかもしれない。
まず、張り切った張り切ってない以前に、弁当箱がよく売られているそのへんのものではなく、なんというか、見たことのないやつだ。なんかブランドものっぽい雰囲気を纏っている。
そんな感じだ。見たこと無さすぎてなんて言えば良いのかわからない。
むむむ、と観察していると、クラスの女子がやってきた。
「アカリさーん。向こうで一緒に食べよー!」
そう言って、アカリの手を引く。
「やめて」
冷たい声。
「私は彼と食べてるの。邪魔しないで」
怒った声だ。これがさっき言っていた作っているというキャラなのだろうか。
「あ、あはは、ごめんね」
そそくさと退散していく。今度は男子がきた。
「アカリさん。俺たちと一緒に」
「あっち行って」
言い終わる前にバッサリと切り捨てる。
かわいそうに⋯⋯。と言いたいところだが、何人かの男子は頬を赤らめている。ご褒美といったところか。業の者だ。
「良いのか?」
「言ったでしょ。私はトウマ君と食べるって」
こうもはっきりと言われると、体がむずむずする。あまり味のしない弁当を食べ終え、帰りのバスに乗り込んだ。
バスは二席連なっている。俺の横?
もちろん空白だ。
ゆっくり寝るとしよう。そう決断し、目を瞑ろうとした時。
「横いい? トウマ君」
「あ⋯⋯どうぞ」
「ん」
アカリが横に座ってきた。長い髪の毛が俺の頬にちくちくと刺さる。
それに気づいたアカリが髪を纏め始めた。
「ごめんね、ほっぺた痛かったでしょ」
「いや、大丈夫」
「それにしても暑かったねー」
そう言って、アカリは服の裾をもち、パタパタと前後させた。見えそうで見えなくなる胸元。その魔性の誘惑が俺の視線を釘付けに──────
って、何やってんだ俺!
「どうしたの、頭抱えて」
「なんでもない」
今日の遠足は、予想していたよりも、ずっと疲れた。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




