第五十一話
「おめでとう。キミの勝ちだ。さあ、なんでもひとつだけ願いを叶えてあげよう」
その言葉を聞いて力が抜けて、膝が地面についた。
終わったのか⋯⋯⋯⋯?
ようやく、この地獄から解放されたのか?
もう、誰かの死を間近で見ることはないのか⋯⋯?
「何ボーッとしてんのさ、早く願いを言ってよ」
願い。あぁ、そうだ。確か、最後の一人になったら願いを叶えられるんだっけか。ただ、目の前の死から遠ざかることだけを考えてたから、そんなの覚えてなかった。願い。俺が願い事を叶える。今まで儚く散っていった生命を見て、俺が言うことはひとつだった。
「⋯⋯⋯⋯ください」
「え、聞こえないなぁ」
「⋯⋯⋯⋯皆を生き返らせてください」
神は、人差し指を顎に当てて「うーん」と唸ったあと。
「うん、良いよ」
神はニヤニヤしながら俺の願いを快諾した。
両手を前に突き出し、そこに光を生み出した。
その光を見て、俺は安堵した。これで今まで失った数多の命が戻ってくるのだ。全てが元通りになるのだ。
後は皆が生き返る時を待つだけだ。
だが、神が俺に話しかけてきた。
「でも、良いの?」
なんの脈絡のない質問だ。意図がわからず、聞き返すことしかできない。
「何がだ?」
「僕が生き返らせるのは本人じゃないよ」
「は?」
言っている意味がわからない。いや、今、確かに言った。生き返らせるのは本人ではないと。
「それ、どういうことだよ。お前、何言ってんだよ」
「少し言葉が足りなかったかな。僕が生き返らせるのは確かに本人だよ。好きな人も、嫌いな食べ物も、遺伝子もそっくりそのままのね。でも、それは本人じゃない」
それは同じ本人ではないのか?
「何が違うって言うんだ」
「僕の生き返らせるっていう行為は、復元するんじゃなくて、新しい体を構築するんだ」
「同じことだろ」
「全然違うよ。復元するなら確かに一緒だけど、新しく構築するのとは全然違うよ」
神はたとえば、と切り出す。
「君がずっと大切にしていたぬいぐるみを無くしたとしよう。そして、全く同じ材料、工程で作ったとしても、君が抱いていたその時の温もりはどこにもない。それでも良いなら、僕は生き返らせるよ」
そう言い放ち、手元に浮かんでいる光の光量を強くする。
「ま、待って!」
咄嗟に叫ぶ。神の説明を聞いて、全身に鳥肌が立っていた。立毛筋が痛くなるぐらいに。服の裾を鷲掴んだ。
全部が同じ人間だが、決して同じ人間ではない。俺と同じ空気を吸い、ともに戦い、ともに言葉を交わし合った皆は生き返らない⋯⋯⋯⋯。
神に生き返らせてもらっても、それは⋯⋯それは⋯⋯。
「でも、どうしろって言うんだ⋯⋯」
「うーん、別に他の願いを叶えてほしいんだったら、人間を生き返らせるのはやめるけど」
神が発生させた光を見つめながら、頭をフル回転させる。
俺が皆を生き返らせる。でもそれは、皆じゃない。⋯⋯⋯⋯ダメだ。絶対に、それだけは、ダメだ。それは皆の命に、人生に対する冒涜だ。
他に皆が納得する方法。何かあるはずだ。でも、俺には見当たらない。
「どうして君は、自分の利益を考えないの?
もっと自分のために願いを叶えてほしいって僕に言えば良いじゃないか。せっかく生き残ったんだからさ」
神の何気ない言葉に、俺の一つの記憶が胸を貫いた。思い出した。俺のたった一つだけの約束を。
⋯⋯約束、果たさないとな。
この約束を果たすことが、俺の叶えるべき願いなのかもしれない。
だが、その前に一つ聞きたいことがあったのだった。
「⋯⋯一つ聞きたいんだけど、どうしてこんなことをしようと思ったんだ?」
神は少しだけ口角を持ち上げながら、顎に手を当てる。
「好奇心⋯⋯かな」
「なんだよ、それ」
「ふふ。ここはね、僕の庭なんだよ。君たちが土いじりをしたり、花を植えるように、僕も地球を寒くしたり、暑くしたりするんだ。一昔前はね、人間はすごく面白かったんだ。何かわからないことがあったら、わかるまで研究したり、人と言葉を交わしあったりね。⋯⋯今となっては、スマートフォンを見て、どうでも良いことを話すばかり。面白くなくなったんだよ」
神は表情をコロコロ変え、身振り手振りを目一杯使って俺に説明する。
「それで、好奇心ってのは」
「君たちと同じだよ。ゾウとサイはどっちが強いのかとか、本当に幽霊はいるのかとか。気になるでしょ。知りたいでしょ?」
神は一呼吸おいてまた話し始める。
「僕はね、知りたかったんだ。面白くなくなった世界で、誰が一番面白いんだろうってね。もう一度言うけど、ここは僕の庭だ。僕の庭に、面白くない人間なんかいらないんだよ。⋯⋯⋯⋯だから、僕はこのゲームを作ったんだ」
言い終えて、神は虚空からマイクを取り出した。それを俺の頬に押し付ける。
「で、僕の演説を聞き終えた感想は?」
「⋯⋯俺の仲間は、お前如きの尺度で測れるもんじゃない。それより、もう良いか? 願いを言って」
「君から聞いてきたクセに⋯⋯まあ、良いや。君の願いはなんだい?」
神は、下から値踏みするようにして俺を見つめた。不敵に笑い、俺がどんな願いを言うのか待ち遠しいようだ。
そんな神に俺は、端的に。
「親友との約束を果たす」
拳を固く、固く、握りしめた。拳が白くなるぐらい、握りしめる。覚悟を決め、奥歯を噛み締める。
「⋯⋯⋯⋯そんなんで良いの?」
「ああ、それで良い」
神の目を見据えた。
「キミはそう思うんだね」
「神の力オフっとけよ」
見てるか、お前ら。これが、クライマックスだ。
即座に一歩踏み出し、振りかぶる。左足を前に出し、全体重を乗せて踏み込む。弾かれるように飛んでいく拳が神の頬にめり込んだ。頬が何重にも撓み、不細工になる。
「ぎゃうっ」と呻き声をあげながら崩れ落ちる。落ちていく顎を下から蹴り上げた。完全にキマり、地面に大の字に倒れる。しばらく動けないだろう。それを感じ取り、すぐさまマウントを取った。
「ぅぅううああぁぁああああああぁあぁぁあああッッッ!!」
叫びながら殴った。両の拳で神の顔面をこれでもかと殴った。神の顔の骨が軋む音が聞こえる。自分の固めた拳が悲鳴をあげている。それに構わず、俺はただ拳を突き出す。もう一撃。もう一撃。
見てるか、ショウタ。これがクライマックス。俺流の盛り上げ方だ。
今頃、口に入れようとしてたポップコーンを取り落として、魅入ってんのかな?
もしかしたら、ショウタの他にも、クライマックスを見てる奴らは他にもいるのかもしれない。
なら、せいぜい、楽しんでくれよ。無様に泣く俺を。物語の終わりを。
神の眼が開いた。
「ど・け!」
神の怒りに触れるよりも早く、後ろに飛び退る。
神の周りに蒼いスパークが迸り、空気を焼き焦がした。
両手が燃えるように熱くて痛い。今までは自分にダメージが来ないように配慮して殴っていたが、さっきのラッシュはそんなことを忘れるぐらい、殴るのに必死だった。
神はダラダラと、唾液と血が混じった液体を口から垂らしている。
「君、どうして僕を殴ったのか教えてくれる?」
「⋯⋯⋯⋯」
「ねえ、早く言ってよ」
「⋯⋯わかんねえよ」
「あ?」
痛みに震える右手をギュッと握りしめて、前に突き出した。
「仲間の絆を鼻で笑うようなヤツに! 仲間の思いを託された俺を突き動かす理由なんて! わかんねえって言ってんだよ!!」
「答えになってないよ。⋯⋯それに、君がいくら僕を殴ろうと、君の仲間はもう帰ってこないからね〜」
神は血だらけになった口を、歪に持ち上げ、歯を剥き出しにして俺を嘲笑した。
その後、「でも」と繋げる。
「ここは僕の庭だ。住まわせてもらってる分際に僕に手を上げた。その罰として⋯⋯君を殺してあげるよ!!」
突き出した腕を天に向かって振り上げた。それと同時に俺の体が淡い光に包まれる。時間が来たようだ。
神が腕を俺に向かって振り下ろすと、豪雷が降り注いだ。視界が明滅し、耳が爆発したかと勘違いするほどの轟音。空気が焼き焦げる匂いが鼻腔に広がる。
「あれ、当たってないな。君、別の世界の人間だったのか!」
神は俺につかみかかったが、すでに触れられないようで、俺の体を通り抜けた。
意識が霞んでいく。
「君の顔、覚えたからね」
消えゆく寸前、神の悪態が聞こえた。
◇◇◇◇◇◇
戻って来た。
星空を見上げていた。惜しげもなく輝いている星を見ていると、今までのことが全部無かったことになるような──────
両手が痛んだ。世界が変わっても、彼らの輝きを忘れることなんて、一生ない。あの一等星のように、輝く光を俺は忘れることなんてできない。
俺が見上げている空のどこかに、ともに戦った仲間がいる星がある。
「寂しいな⋯⋯⋯⋯」
ドーナツのような穴がポッカリと胸に空いた気分だ。取り戻そうとしてもあまりにも遅く、何物にも変えがたい。
いつか、これを埋められる日は来るのだろうか?
俺は、誰かの星になることができるのだろうか?
第三章『神々に支配された世界』完結しました。
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