第五十話
なんで、ナツメは俺を助けたんだ?
俺のことなんか放っておいて、ロウとの一騎打ちに臨めばよかったのに⋯⋯。
俺なんか、助けなくてもよかったのに。どうして。
右頬が熱くなっていく。自分の存在を示すかのように、ジンジンと痛みを帯びていく。
息が荒くなっていく。
ナツメは最後に、俺にキスをした。
触れるか触れないかの瀬戸際。だと言うのに、それがどうしようもなく熱くなっていく。
「お前、わかってなかったのか?」
ロウが俺に語りかける。頬杖をつきながら。
「そこまでされて、まだか?」
「何が言いたい⋯⋯」
机に爪を突き立てながら、ロウに反駁した。
「まだ、気づいてないふりをしてんのかって、言ってんだよ。⋯⋯オレが焼きプリンだと認めたやつが、ウジウジすんな。イライラすんだ」
怒気を孕んだロウの声。それはあまりにも身勝手な怒りだ。
そこまで言われて、右頬の熱は少しづつ冷めていく。ナツメの想いが浸透していくように。
俺は、ナツメに好意を寄せられていた?
⋯⋯いや、そんなはず、ないよな。
俺が好かれる道理なんて、どこにもない。
「もう、真意も聞けない⋯⋯」
ナツメがいくら俺に好意を寄せていようとも、俺は知る術がない。俺がいくらナツメに応えようとも、ナツメが微笑むこともない。
俺は、ナツメを不幸にしてしまった⋯⋯⋯⋯。
俺なんかと出会ってしまったから。
「オレの読みが甘かったか⋯⋯」
ロウは落胆した。心底悲しそうな声で呟いた。
「無駄死にか⋯⋯」
ナツメの死を小馬鹿にするようなセリフ。
俺のささくれだった心に、ロウの言葉が引っかかる。
ナツメが死んだ原因は間違いなく俺だ。俺が言えたことじゃない。ただ、許せなかった。ナツメの死を悪し様に言われたことが。
「今、なんて言った?」
自分でも驚くほどの冷たい声。誰もが震え上がり、縮こまるような声音。しかしロウは、笑っていた。瞳に殺意の炎を灯しながら。
不甲斐なさに俯かせていた顔を、ゆっくり上げる。
「それだよ、それ」
ロウと目が合った。
「その顔だ」
ロウが指し示していた俺の顔は、俺には見えない。ただ、今までにない表情をしていたのは確かだろう。
だって、その口から絞り出された声は、何よりも燃え盛っていたから。
「ぶっ殺してやる」
◇◇◇◇◇◇
「お前は、どこまで行っても焼きプリンなんだなァ⋯⋯」
この舐め腐ったやつを、殺してやる。ルールは完璧に把握した。
「覚えてるか、トウマ。あん時の約束を⋯⋯。その続きだ。⋯⋯張ろうぜ、タイマン」
思い出される鬼ごっこ。見晴らしのいいマンションの屋上で半強制的に交わされた約束。
「はっ、随分とお花畑だな」
それを鼻で笑った。
「どうなっても知らねぇぞ」
勝てる手札は揃ってる。俺の手札にはジョーカーがある。それだけでいい。
ロウは最初のカードを出した。
次に俺。そしてロウ。
喋ることはない。時々、ロウが唸りながら、カードを出すときだけ、声が聞こえる。
唸りながらも、ロウは笑っている。配られたカードを見ながら。
どちらが指摘するか、指摘に失敗するか。手番と残りの手札的に、俺が先に上がるため、ロウはどこかで指摘しなければならない。殺すときはその時だ。
「お前だけだぜ」
ロウが口を開いた。
「オレと喰い合えるのは。他の連中はみーんな、オレを見ると逃げ出しやがるからなァ」
「⋯⋯」
俺はロウの言葉を無視しながらカードを出した。
「寂しくもあったんだぜぇ? オレという人間がまるで理解されなかったんだからよぉ」
「⋯⋯」
「でもよぉ、そこにお前が来てくれた。ただの有象無象としてじゃなく、焼きプリンとしてなァ」
「⋯⋯」
「嬉しかったぜぇ。なんせ、初めて焼きプリンを見たんだからなァ」
「⋯⋯」
「あんときゃあ、お前が」
「さっさとカードを出したらどうだ?」
ブツクサと喋るロウを黙らせ、カードを出すよう催促する。
「茶番はいらない。さっさとしろ」
「」⋯⋯へぇ」
叩きつけるように、ロウはカードを出した。
「キレてんのか。あぁ?」
「⋯⋯」
俺が出すべきカードは3か。適当な数字を出し、手番を回す。
すでに、3周目に入っている。もう、どちらも本当のカードは残っていないだろう。だが、俺もロウも指摘はしない。中途半端なタイミングで指摘すると、カードだけを取られ、自分の手札が筒抜けになるからだ。
相手が上がるギリギリ。ゲーム終盤に仕掛ける。ただ、唯一の地雷はジョーカー。先に踏んだ方が負ける。
多分、ロウはまだ手番には気づいていない。このまま指摘しなければ、俺の勝ちになることを。
これに気づいた時、焦って自爆するか、冷静に指摘するか。
「オイオイ、無視すんなよぉ。⋯⋯つーかさ、お前の好物ってなんだ?」
「今いうことじゃないだろ」
「ケチだなァ」
「⋯⋯前に食ってただろ」
そこで会話を切る。これ以上、言うことはない。
最終ゲーム『ダウト』は4周目に入った。
◇◇◇◇◇◇
俺の手札は残り3枚。ロウも残り3枚だ。今の手番は俺。
ここまで、互いに指摘はしていない。
さあ、何を出そうか。
俺が持っているカードはA、8、ジョーカー。
この三枚だ。
ロウもジョーカーを持っているはずだ。俺が出すべきカードは5。ここで嘘をついて8を出したとしよう。もし指摘されたら。俺は今度こそ死ぬ。逆転の芽は一切ない。
Aとジョーカーを出すのは論外だ。Aを出したら、ロウが指摘をミスした時、山場がリセットされるため、1を出さなければいけなくなる。出すことはできない。
ジョーカーを出しても、ここで指摘されなければ、大損するだけだ。だから、8を出すしかない。ただ、問題はロウがそれに気づいているかどうか。
気づいていたら、俺の負け。気づいていなければ、ロウの負け。
どっちが死ぬか、この一手で決まる⋯⋯⋯⋯。
深く、息を吸った。落ち着け、俺。ロウには悟られるな。
「震えてるぜぇ、トウマ」
「お前を殺すの想像してたら、武者震いしちまった」
8のカードを手に取った。祈るように、目を閉じた。
そして、そっと場に置いた。
チラリとロウの様子を見る。ロウは悩んでいた。悩みに悩んでいた。
ここで指摘するべきかどうか。
ロウのカードによっては、俺の手札が丸わかりかもしれない。ただ、この様子を見ると、そんなことはなかったようだ。
手が動くか、口が動くか。ロウの答えは──────
パサリ。
ロウは、カードを出した。
思わず声が出そうになる。それを飲み込み、平静を保った。
「ロウ、お前の負けだ」
「あぁ?」
「俺の残りのカードはジョーカーとA。この出番でジョーカーを出せば俺が負けることは絶対にない」
俺の言葉に嘘はないと感じ取ったロウは、床に倒れ伏した。
「あん時だったか⋯⋯」
俺はジョーカーを出した。
「ダウト」
次にA。
『黒名ロウ。敗北。黒名ロウ。敗北。勝者。篠村トウマ』
機械音声が結果を轟かせる。
「負けたー!」
死の匂いが、もうそこまで来ていた。
しかし、それでも笑っていた。
「あーあ、負けちった。⋯⋯やっぱお前、焼きプリンだったわ」
「⋯⋯」
「最後に喰いあえたのが、お前でよかった」
ロウの独り言。それは俺の胸に強くのしかかった。
「じゃあな。美味かったぜ。焼きプリン」
なんて返せばいいのかわからない。だが、口が勝手に言葉を吐いた。
「⋯⋯じゃあな、チョコミント」
俺の言葉に、ロウは目を細めて、少しだけ嬉しそうに息を吐いた。
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