第四十九話
俺がカードを出すターンだ。出すべきカードは1。俺はKのカードを出した。まだ1を出すわけにはいかない。
ロウを殺すために、確実に殺すために。
「ロウの番だぞ」
「んぉー」
適当な返事をしながら、ロウはカードを雑に置く。そして、頭をポリポリと掻いた。
「なぁ、トウマ。お前、なんのために生きてんだぁ?」
「なんだよ、急に」
「さっきよぉ、ナツメの答えに詰まってたじゃねぇか。挙げ句の果てにゃあ、わからないときたもんだ」
「それが?」
「お前は、生きたかったはずだ」
ロウは手札を置き、身を乗り出した。俺の目の奥を覗き込むように。ロウの目は漆黒だった。ハイライトすらない完全な闇。キュウ、と目が窄められる。
「なぁんか、初めて会った時のお前とは違うんだよ。目が」
「お前の勘違いだよ」
「んな訳ねぇ。オレの勘は鋭いんだぜ」
ロウは俺の頬を掴んだ。
「お前は生きたいって目をしてた。生きるために、全力を注いでた。つーのによぉ、今のお前の目は、腐ってやがらぁ」
ロウは吐き捨てるように続ける。俺はそれを甘んじて受け入れる。
全てはロウの言う通りだからだ。
「今のお前は、自分は死んでもいいってツラをしてやがる。一体どういう了見だぁ?」
「お前には理解できないよ。自分が勝つのであれば、全てを捨てることのできるお前には」
「いーや、それは違うね」
ロウは手札の中の一枚をとり、場に置いた。俺から、一ミリも視線を外さず。
「少しは他人を見る目はあるんだぜぇ? このオレにはよぉ」
そして、初めて、ロウの目が逸らされた。視線の先には、俺とロウを具に観察しているナツメの姿。
「誰かを守ろうとするヤツは強ぇ。だが、美味くねぇ。自分のために、全力を注ぐヤツがいっちゃん美味ぇ。だから、お前が焼きプリンに見えたんだ」
「なら、お前の審美眼は間違ってたってことだな。コウセイとでも戦ってればよかったじゃないか」
「抜かせ。あんなん、他人に依存してるヤツと変わらねぇっだろうが。お前はさっきのゲームで、コウセイがどう見えたんだぁ?」
「俺には理解できない異常者に見えたよ」
ロウは鼻を鳴らした。俺を蔑むように。
「オレは自分の人生を終わらせられない臆病者に見えたけどなぁ」
だからなんだよ。それがなんだよ。それを言われて、俺はどうすればいいんだ?
今すぐお前を殺すために心血を注げってか?
もうやってるよ。ナツメのためにお前を殺そうとしてんだよ。
「あん時のお前はどこにいっちまったんだ? 自分のために生き抜くお前はぁ」
「ハナからいなかったぜ」
「それもねーな」
ロウは身を乗り出すのをやめ、椅子に座る。腕を組んで、俺を睨みつけた。
「あん時のお前は確かに焼きプリンだった。そうじゃなくなった原因は⋯⋯」
再び、ナツメを見た。
ロウの表情はぐにゃりとひん曲がる。
「あの女か」
⋯⋯!
「ククッ。見たかったぜぇ。その顔」
コイツ、ナツメを⋯⋯。
「殺るべきなのは、ナツメかぁ?」
ロウの手が強張る。筋張った手が、ナツメに残酷に牙を向く。
「アイツを食って、本当のお前を食ってやんよ」
ロウの目が見開かれた。
あんな目は、未だかつて見たことがなかった。どんな生物も、あんな残虐で、獰猛な目はしているところを俺は見たことがない。
ほんの少し前、ロウの目は漆黒だった。
今のロウの目には、光が灯っている。
瞳の黒よりもさらに黒い、漆黒の炎。
殺意によって焚べられた、明るすぎる炎。
瞬間、悟った。
あれが、ロウの本気の目だと。
◇◇◇◇◇◇
「二人とも、何を話してるの?」
「うんにゃ、何も」
ナツメの質問に、ロウが手を振って答える。その顔には薄ら笑いが張り付いている。
「男の話だもんな。なぁ、トウマ」
「⋯⋯あぁ、ナツメには秘密だ」
ここは乗っておく。ナツメが殺される前に、俺がロウを殺さなければならない。
早急に手を打つべきか。
「トウマくん。考えてくれた?」
ナツメの唐突な質問。
「あぁ、考えてるよ」
俺は確かに口にした。
「ロウを殺す」
ナツメはこくりと頷いた。
「私も、協力する」
ナツメはきっとロウと睨みつけた。
「覚悟しなさい」
「おうおう、おっかねぇや」
対するロウはこちらを半笑いでおちょくるだけだ。
ナツメは3であるカードを出す。
俺は4のカードではなく、7のカードを出した。
7のカードだけ三枚あるから、他のカードと比べて余裕がある。
ナツメをチラリと見た。
ナツメは、ロウの表情や仕草をつぶさに観察していて、眉間に皺が寄っている。
「ナツメさん」
「⋯⋯何」
「ロウにダウトを仕掛けないでくれ」
ナツメの顔が不機嫌になる。
カードを置いた。
「なんでよ。私は戦力外だって言いたいの?」
「いや、違う。俺は、お前にカードを背負って欲しくない。⋯⋯ナツメに死んで欲しくないんだ」
怒ってるだろうか⋯⋯。
ナツメの顔をそっと覗くと、顔を赤くさせ、小さな声で何かをつぶいやいていた。
「わ、私も死んで欲しくないわ。トウマくんにね。だって。⋯⋯だって」
言葉は次第に尻すぼみになり、ついには聞こえなくなった。握られた手は震えている。
「ロウは俺が殺すから」
言葉に出すことで、意識をより強固なものにする。
7のカードを出した。
ロウが次のカードを出した。
今度はナツメだ。
少し唸ったあと、カードを出した。
誰も喋ることはない。淡々とカードが出されていく。静寂の水面下で、熾烈な争いが行われている。その気迫は、誰も寄せ付けない。
勝負を仕掛けるのはまだ先だ。
◇◇◇◇◇◇
場には、カードが積み重ねられていた。真実と嘘が混じり合った死への切符。
枚数は四十八枚。
俺たちの手に握られたカードは全員二枚ずつ。指摘のミスが、少しの油断が命取りだ。
今はロウの手番。そして、出すべきカードは4。
あれから、誰も指摘していないため、ロウが4を持っていないことは明白だ。
「もうすぐで誰かが死ぬぜ、トウマ」
「お前だよ。ロウ。死ぬのはお前だ」
「あん?」
俺を訝しむ表情。
「何言ってんだぁ? お前」
そう言いながら、ロウはカードを出した。
俺の勝ちだ。
「トウマくん。待って!」
「どうした、ナツメ」
「指摘しないで。するなら私がする」
ナツメは少し焦っているようだ。
「さっきも言ったろ。ナツメには指摘させないって」
「だめ、だめ!」
ナツメは俺の口を塞ごうとする。
その手を素早く避けた。
「何してるんだよ。ルール違反って見做されたら、お前が死ぬんだぞ!」
「っ⋯⋯」
「何か言いたいことがあるのか?」
ナツメは言おうかどうか迷っているようだ。俺としては言ってくれた方が嬉しい。
「おい、ナツメ。言っちまった方が良いんじゃねえのかぁ?」
ロウの誘うような言葉。その言葉に寒気を覚える。ロウの言うことは聞かない方が良い。
ロウは、今敵対している俺にプラスなことは言わないはずだ。
「ナツメ、何も言うな。ロウの言うことは聞くんじゃねえぞ」
ロウが勧めたってことは、ロウにとって有利なことのはずだ。なら、俺はその逆のことをするまで。
「⋯⋯ダウト」
ロウの出したカードに指を刺した。
「ロウ。お前が出したカードは偽物だ」
誰も喋らなかった。静寂が場を支配する。直後、出されたカードが捲られた。それは、4ではなかった。俺の予想は当たっていた。だが、俺の持っているどのカードにも当てはまらなかった。
そのカードは──────
「ジョーカー⋯⋯」
「ククッ」
ロウの口から、笑い声が漏れた。
「クククッ、クフッ、クハハハハハハハハ!!」
ロウは笑った。高らかに笑った。
「フハ、ハァーハッハッハッハハ!!!」
目には涙さえ浮かんでいる。
場に置かれていた死への切符が全て、俺の手の中に舞い込んできた。
⋯⋯どうして、俺は気づかなかったんだ。
トランプのカードは全部で54枚。ジョーカーも含めてだ。俺はジョーカーが説明になかったから、ないと思っていた。ジョーカーがなかったら、52枚になり、三人に配るときに、誰かが一枚多くなるはずだった。なのに、全員同じ枚数もらっていた。俺はそれを見落としていた。
俺は気づかなかった。
見下ろした手札。そこには、ひょうきんな格好をしたジョーカーがニヤニヤ笑っている。
俺は、ロウに負けた。
ロウの手札は残り1枚。ナツメは2枚。俺は51枚。
次の手番は俺だ。だが、ロウの手番がくれば、俺の負けが決定する。実力行使で止めようとしても、ルール違反とみなされ、俺は死ぬ。
詰みだ。
「どうした、トウマ。なんか言えよ」
ロウは俺を睨め付ける。その顔は笑っていた。
「俺の負けだよ、ロウ」
「そんだけか?」
「あぁ」
これ以上言うことはない。
俺の言葉に、ロウは不服そうにした。
最後に、その顔が見れただけでもヨシとするか。
「⋯⋯ナツメ、ロウに勝ってくれよ。俺も、下で見てるから」
俺はカードを場に出そうとした。瞬間。
「待って!」
叫んだのはナツメだった。
「トウマくん。こっちを見て」
「どうした?」
ナツメは身を乗り出していた。顔が近い。こんな間近で、ナツメの顔を見たことはなかった。
⋯⋯ナツメ、綺麗だな。
「ごめんね」
唐突に告げられた謝罪。疑問を浮かべる暇もなく。
ペチッ。
乾いた響き。俺はナツメに頬を張られていた。とても優しいビンタだった。
俺の頭が急速に冷える。暴力行為はルール違反と見做され、処刑される。
どれだけ優しくとも、神に暴力行為と見做されれば、ナツメは処刑される。
「どう⋯⋯して⋯⋯」
言葉をうまく紡げない。どうしてナツメは俺にビンタした?
ナツメは目に涙を浮かべていた。ただ、力強く笑っていた。
「生きて、トウマくん。そしたら、私の願いは、叶ったも同然だから」
ナツメの声はまっすぐだ。どこまでも突き進んで行く、透き通った声。
近くにあった顔が、さらに近づく。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯チュ。
『暴力行為を発見。プレイヤー・桐谷ナツメを処刑します』
だめだ。守らなきゃ。
俺はナツメを庇おうと、抱きしめる。伸ばした手は虚空を泳いだ。
ナツメは、どこにもいなかった。
最初から何もなかったかのように。
全身が痺れた。ナツメは、ナツメはどこに行った?
いない。いない。どこにもいない。なんで。
何か、ナツメがいた痕跡は⋯⋯⋯⋯。
「ぁ」
はたと手に触れた。
残っていたのは、俺の頬に残る、いやに熱い跡だった。
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