第四十八話
『勝者は扉を開け、中へお進みください。そこが、最終ゲームの会場です』
アナウンスと共に、俺の背後に扉が現れた。重厚な漆黒の扉。
入るのに少し躊躇う。が、意を決して取っ手を掴み、押した。
そこには、大きな丸いテーブルと、三脚の椅子が置かれていた。
『椅子にお掛けください』
言われるがままに着席する。あとは、二人の参加者を待つだけ。
それにしても、最終ゲームか。休みは入れず、すぐに最終ゲームを行うなんて。
この部屋に来る参加者は誰なんだろう。
俺の知らないやつか。ロウか、リクか、ナツメか。
そうこうしているうちに、漆黒の扉が現れた。
現れたのは、ロウだった。
「お、トウマじゃねーか」
「久しぶり」
「意外だな。コウセイが上がってくると思ってたぜぇ」
ロウは椅子に座りながら、俺を見てニヤニヤと笑う。
「喧嘩はトウマが強くて、それ以外はコウセイが強えと思ってたからなぁ」
「ま、そうだな」
ロウは欠伸をしながら、椅子を後ろに傾け、足をぶらぶらさせた。
両手を頭の後ろに回し、天井を見ている。
「ロウは最後、誰と戦ったんだ?」
「知らねえ女だよ」
「どうやって」
「別に、殴り殺したよ」
なんとなしに言い放つ。そうだった。こいつはそういうやつだった。
ずっと顔を合わせてなかったから、忘れていた。
「だってよぉ、LPとか意味わかんねーだもんよぉ」
ロウは視線をこちらへと向け、獰猛に伸びる犬歯を見せつけた。
「最後の一人は誰になるんだろうなぁ」
「さぁ」
喋っていると、突然、漆黒の扉が現れた。
そこから出てきたのは──────
ナツメだった。
放心状態のナツメだ。不意に俺を見た。そして、一筋の涙を流した。
「と、トウマ⋯⋯くん」
その声は声にならない。
「トウマくん!」
ナツメは俺にしがみついてきた。
引き剥がし、何があったのか問おうとするが、必死なのか、全く引き剥がせない。
ナツメにこんな力ってあったか?
ナツメは堰を切ったように泣き出し、俺の胸元でワンワン泣いている。
「ナツメさん。落ち着いて、何があったのかゆっくりでいいから話してくれ」
「私⋯⋯私、守れなかったあっ!」
埒が開かない。どうすれば泣き止ませられる?
どうすれば話を聞いてもらえる?
⋯⋯やるしかないか?
「ナツメさん。ナツメさん。⋯⋯⋯⋯ナツメ!」
「ひぐっ⋯⋯なに?」
俺の強い言葉に、ナツメは感情が膨れ上がるのを、少しだけ抑えた。
ナツメの肩を掴み、目を合わせた。
「落ち着け」
「グスッ⋯⋯」
ああもう、どうしてそんな悲しい顔をするんだ。
「落ち着いて、俺に話してみてくれ」
「最後に、私と、リクくんが残って、それで⋯⋯それで⋯⋯」
また感情の波が来たようで、目にみるみる涙がたまっていく。
ああくそ!
「安心しろ、ナツメ」
俺は、ナツメを抱きしめた。力一杯抱きしめた。
顔を胸に埋めさせ、呼吸を整えさせる。
こうするしか泣き止ませられない⋯⋯。
って、こっちみてニヤニヤしてんじゃねえぞ、ロウ。
「ふう、ふう」
「よしよし、ゆっくり息吐いて。そんで、吸って、また吐いて」
「ふう⋯⋯ふう⋯⋯」
ナツメが、俺の肩口の裾を掴んだ。その手は震えていた。
「俺しかいないから、お前が安心できるまでこうしてていいぞ」
「⋯⋯ぉ」
「俺もいるぞ」と言おうとするロウを、睨みを利かせて黙らせる。
だいぶ息も整ってきた。そろそろ離していいな。
「ナツメさん。離れられる?」
「やだ⋯⋯」
ナツメは俺の首に手を回し、首元に顔を埋めた。
「まだこうしてたい⋯⋯」
「わかった」
背中をさすってやり、安心させる。
「頭撫でて⋯⋯」
案外注文が多い。拒否はしないけど。
言われた通り、頭を撫でてやる。ナツメの髪は、滑らかだった。しっとりとしていて、心地いい。
「ずっと、守ってくれたの」
ナツメがポツリとこぼした。
「私が襲われた時も、リクくんが守ってくれて⋯⋯。ハンターに撃たれそうになった時、縦になってくれて、そして、二人きりになって⋯⋯最後は、私の方が年上だから、死のうと思った。でも、リクくんが⋯⋯」
ナツメの声が震え出す。
「私を生き残らせるために、高いところから飛び降りて⋯⋯」
これ以上、ナツメは言わなかった。ただ子鹿のように震え、俺にしがみついた。
「リクは、何か言ってたか?」
「『あなたが死んだら、トウマさんが悲しむでしょうし、あなたも悲しいでしょう』って⋯⋯『皆によろしくって伝えてください』って⋯⋯」
「ナツメさんは、リクに守られてたんだな」
「ご、ごめんなさい。私が弱いから⋯⋯。リクくんを死なせて⋯⋯」
「大丈夫だよ。安心して。ナツメは強いから」
⋯⋯そうか。リク。
お前、やり遂げたんだな。俺と同じ状況だったんだな。
守るべき人がいて、それを守り抜いたんだな。
俺にはできなかった。油断してたから、死なせてしまった。
かっけえよ、お前。俺じゃできなかったことを、お前はやり遂げたんだな。まだ中坊だってのに。
もし、お前が、この世界においての俺だとしたら、嬉しいよ。お前みたいな奴が、俺の代わりでいてくれて。
ありがとう。
「ナツメ。椅子に座ろう」
「で、でも⋯⋯」
「俺は怒ってなんかいないよ。お前が生きていてくれて、それで十分だ」
ナツメは顔をあげ、俺を見た。
「生きてていいのかな⋯⋯」
ナツメは俺にそう言った。その言葉に、俺は少しだけモヤっとする。そうやって心を病み、死んだ人をみたことがある。
「いいか、ナツメ。お前は、リクに託されたんだ。生きてくれってな。だから生きろ。お前がメソメソ泣いてちゃ、リクも浮かばれねえからな。だから、最後まで生きろ」
俺はナツメの顔を包み込み、諭すように言う。
「うん。わかった」
ナツメはこくりと頷き、空いている一つの席に座った。
これで、すべての参加者が出揃った。
『今から、ルール説明をします』
これで、機械音声を聞くのも最後だ。
『最終ゲーム『ダウト』を始めます。ルールは、1からKまでのカードを小さい順に出していき、一周したら、再び1からカードを出していくというルールです』
よくあるやつだ。俺もやったことはある。
『そして、出すべきカードがない時も、カードを出してもらいます。嘘のカードを出してもらいます。そして、出されたカードが嘘だと思ったら「ダウト」と言って指摘してください。指摘が成功すれば、今まで出されたカードを、指摘された者がすべて受け取り、指摘が失敗すれば、指摘した者が出されたカードを受け取ります』
俺がやってきたやつとなんら変わらない。
『参加者の誰かの手札をすべて消費した時、一番手札が多かった参加者が脱落となります。
そして、参加者に暴力を振るった参加者は、問答無用で脱落となりますので、ご注意ください。以上でルール説明を終わります』
アナウンスが終わると同時、カードの山札が中空から降ってきた。
『臓器ブラックジャック』と同じカードだ。
その山札が、くるくると回り始め、俺たち一人ずつ、カードを配っていく。やがて、配り終わる。手札は十八枚。これは皆同じだ。
『それでは、最終ゲーム『ダウト』の始まりです』
◇◇◇◇◇◇
カードをめくり、手札を確認する。
A(×2)
3
4(×4)
6(×2)
7(×2)
8(×2)
9
J
Q
K(×2)
これで全部だ。
中盤は嘘をつかずに突破することができる。問題は後半だ。一枚しかないカードが多い。バレずに手札を消費するのは難しいな。
⋯⋯だが、それは相手にも言えることだ。
俺の最大の強みは、4のカードがすべて俺の手札にあるということ。これさえあれば、山札を相手に押し付けて、俺が生き残ることもできるはずだ。
ただ、勝つ気は毛頭ない。
俺はロウを殺すだけでいい。あいつを殺して、俺はナツメに勝利を譲ろう。
生きるのはナツメでいい。俺も、リクみたいにやり遂げよう。やり遂げて、気持ちよく死のう。
それで十分だ。
ロウだけを狙う。
『黒名ロウから始めてください』
「オレかぁ」
ロウはしばらく手札を眺め、一つのカードを置いた。
「A」
「ダウト!」
叫んだのは俺だった。ここで指摘して、失敗してもローリスクだ。これで嘘をついていれば棚ぼた。ついてなくても、俺のAのカードが増えるだけだ。
俺が指摘すると、カードがひとりでに裏返る。
出されていたカードはAだった。
「早すぎんぜ、トウマぁ。もっと考えようぜぇ?」
「考えた結果がこれだ、ロウ」
俺は粛々とカードを引き取った。
これでAのカードは3枚。
『桐谷ナツメ。カードを出してください』
「私なのね⋯⋯」
ナツメは一つのカードを手に取り、机の中央に置こうとする。
動揺したような口ぶりだったが、カードを選ぶ時間は一秒にも満たない。おそらく、あれもAのカードだろう。
「ダウト」
「えっ⋯⋯」
くるり。
顔を見せたのはAのカードだ。
これで、俺のAのカードはすべて俺のものだ。あとは、泳がせて、山札が溜まりに溜まった瞬間、ロウを指摘して、ロウを負けさせる。
「今度は俺だよな」
手番となり、カードをおく。だが、そのカードはAのカードではない。
俺が使ったのはKのカードだ。もっともAから遠く、俺が二枚持っているカード。これ以上に適任なカードはない。俺が嘘のカードを置いたとバレる確率はだいぶ低くなる。
「んで、オレかぁ⋯⋯」
ロウは俺をみながらカードをおく。
そして、口を開いた。
「つーかよぉ、生き残った三人が、鬼ごっこで一緒になった最初の三人組なんてなぁ」
ロウはケッケッケッと笑い、足を組む。
「あんときのことを思い出すぜぇ⋯⋯」
あの時、俺たちは助け合っていた。いや、助け合っていたは過言かもしれない。だが、少なくとも、協力をしていた。それなのに、今じゃ殺し合う羽目になっている。
もっとも、そう見えているのはロウとナツメだけだろうが。
なんて考え事をしている間に、ナツメはカードを置き終わっている。俺が出すべきカードは4。だが、出すはずがない。
これは4と同じく、俺にとっての切り札だ。俺が1をすべて持っていることは予想されているかもしれない。初手で1について指摘していたからだ。だが、1はカモフラージュ。本命は4だ。まだ誰にもバレていない4のカードで仕留める。
俺は6のカードを山札に置いた。
次は5。見ているのを悟られないように、ロウの目線を観察した。ロウの目は右左、そして右に動き、一番左にあるカードを取り、山札に置いた。
俺は5を持っていない。もしかしたら、俺同様にロウも5を一枚も持っていないのかもしれない。ただ、あの視線の動き。あるはずのものの場所を探すような動きだった。指摘はしない方がいいな。
「トウマくん」
「何?」
「トウマくんの願いはなんなの?」
ナツメから投げかけられた質問。俺には答えられなかった。何が俺の願いなのか、俺の胸の中にはない。
というか、考えたことがなかった。
ずっと死なないためにやって来たから。人の為に死のうと思ったこともあった。今もそうだ。さっきもそうだった。でも、結果として俺は生きている。
俺は、何を叶えたいのだろうか。
「わからない⋯⋯」
まあ、はっきり言って、考えなくてもいい。どうせ、俺はこれで死ぬのだから。
「トウマくん」
「なんだ?」
「考えてて」
ナツメはそれだけ言うと、カードを置いた。釘を刺すような一言。ナツメは、俺に何を思っているのだろうか。
俺は手札を見つめ、正直に7のカードを置いた。ロウを見る。ロウはつまらなさそうな顔をして、カードを置いた。
ナツメも置いた。
次は10のカードをおく手番だ。だが、10のカードは持っていない。⋯⋯Qのカードを出すか。
山札にそっと置いた。瞬間。
「ダウトぉ」
指摘したのは、ロウだった。
「どうしてわかった?」
くるりとカードが回る。出てきたのはQのカードだ。
「だってよぉ。頭ん中がピリピリすんだよ。直感つーの? 野生の勘?
まぁ、そんなとこだぁ。⋯⋯ま、山札は、トウマ、お前のもんだ」
積み上げられた山札。合計10枚のカードが俺の手札に加わった。紙でできているはずなのに、妙に重い。
ロウが先ほど言っていたものは、俺の首筋のざわつきに近しい。俺も自分の身に危険が迫った時は、首筋がざわつき始めるのだ。ただ、ロウほど性能は良くなく、カードゲーム程度のものでざわつきはしない。
「トウマくん。何か、やろうとしてる?」
ナツメからの鋭い質問。もちろん、馬鹿正直に答えるつもりはない。
「⋯⋯何も」
手札を入れ替えつつ、これからのことを考える。
まぁ、今はまだ考えなくてもいいか。
手札を整理する。
A(×4)
2
3
4(×4)
5
6(×2)
7(×3)
8(×2)
9(×3)
10
J(×2)
Q
K(×2)
これが今の俺の手札だ。中間の手札は厚くなったが、前半の手札が少し薄い。勝負をかけるなら、中間のカードを出して、指摘を誘発するのがいいかもしれない。
試合はこれからだ。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




