第四十七話
チハルが死んだ。そもそも、どうしてここにコウセイが?
近づいて来ていたとは思っていた。でも、俺たちがいたマンションに侵入していただなんて⋯⋯。
伸ばした手を握り込む。
もう、約束した相手はいない。
「ハッ⋯⋯」
声が漏れた。
⋯⋯いや、感傷に浸るのはやめだ。今は、コウセイを殺すことに専念する!
立ち上がり、コウセイを睨みつける。
「これで、残ったのは僕とトウマくんだけだよ」
慈しみを込めた目で俺を見る。対して、俺の目は冷え切っている。
コウセイが俺に近づいてくる。
「トウマくん、殺し合おう」
俺の顔に触れようとした。寸前、弾き飛ばす。
「馴れ合いはやめだ。死ね、コウセイ」
最後の戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
コウセイはホルスターからゴールデンイーグルを抜こうとする。もちろん、そうするのは予想していた。一瞬で距離を詰め、腕を掴んだ。
ここから落とす!
振り回し、屋上の際まで投げ飛ばした。
「もう遅いよ」
コウセイの手には必殺の拳銃。すぐに貯水タンクの裏に隠れる。ここでやり過ごして、正気を掴むしかない。
「距離を取ったら勝てないでしょ? トウマくん」
「俺の方が強えぞ。コウセイ」
「僕にゴールデンイーグルは効かないよ?」
「知ってる」
俺が勝てる方法。それは、殴り合いだけだ。コウセイはすでに神の盾を購入している。拳銃は効かない。なら、どうやって殴り合いに持ち込ませるか。
考えるべきはそれだ。ゴールデンイーグルを向けられている間は、太刀打ちはできない。
なら、拳銃の必要性をなくせばいい。
簡単な話だ。
「隠れても無駄だよ」
瞬間、俺のLPが2も減少する。⋯⋯掃除機の効果か。あまり悠長にしてられないな。
近くになった小石を拾い上げ、コウセイに向かって投げた。瞬間、下に降りるためのドアまで走る。まんまと闘争は成功。俺は下へと駆け降りる。
「待ってよー」
コウセイが追いかけてくる。俺の勝つための方法は、五百メートル先にある。
階段をジャンプでおり、飛ぶように逃げた。エントランスのガラスドアをぶち破り、外に出る。狙撃されることは一切考慮せず、まっすぐ走り抜けた。コウセイに狙撃の技術はないはずだ。
コウセイは俺の遥か後ろ。百メートルほど後ろだ。
ゴールデンイーグルの有効射程距離がどれくらいかは知らないが、一般の拳銃と変わらないだろう。大丈夫。
俺の視線の先にいるのは、ハンターだ。俺の方を見ると、ハンターはマスケット銃を構えた。ギリギリを見極め、銃弾を回避する。一発。二発。三発。
全てを紙一重で交わし、ハンターに接近する。
俺は拳銃を取り出した。ハンターの額にぴたりと合わせる。照星は一直線だ。引き金を引く。
ハンターは、音もなく崩れ落ちた。
勝ち筋。
『P-device』を起動し、ストアに直行。神の盾を購入した。
さあ、殴り合いだ。
コウセイも俺の立ち姿に違和感を覚えたのか、途中で立ち止まる。
「どうした? 撃たないのか?」
「やられたね⋯⋯」
コウセイも気付いたようだ。一歩後退る。
「どうした? 勝てないと分かったら逃げるのか?」
俺の挑発に、少しだけ目元をヒクつかせた。
「来いよ」
顎を引き、視線で射止めた。
腰を落とし、右腕を腰にひきつけた。息を長く、深く吐いた。コウセイも構えた。俺とは、真逆の構えだ。
先に動いたのは、俺だった。
地面に手をつき、地面スレスレの蹴りを放つ。コウセイはジャンプし、俺の蹴りを避けざまに踵落としを放つ。地面を転がり、飛びかかった。襟を掴み、顔面をぶん殴る。
地面に花火が飛び散る。
コウセイも黙ってはいない。俺の喉めがけ、手刀を繰り出す。が、俺には届かない。今の俺は冷静だ。今の俺なら、どんなやつでも倒せる気がする。
コウセイの殴り、蹴り、掴み。
全てを極小の動きで避け続ける。
完膚なきまでに追い詰め、殺す。これが、俺の使命だ。鳩尾に一発。こめかみに一発。
コウセイのLPがどんどん削れていく。
残りのLPは19。⋯⋯削り切る!
ギアを1段階あげ、より早く、より重い拳をコウセイに打ちこむ。
「くっ!」
コウセイが呻いた。その顔は苦悶の表情を浮かべている。余裕のない息遣い。
もう一発。瞬間、コウセイが反撃に出た。攻撃した直後に、俺の顔面へとパンチを繰り出した。当然、避けれるはずもなく。
「ぐぶっ!」
俺のLPがガクンと減り、残りのLPは6となった。すぐに『命の水』を使い、9まで回復する。左頬がかあっと熱くなり、次第に痛みが広がっていく。
くらったのは一発だ。だが、ここまで響くなんて⋯⋯。
コウセイのLPは13。俺とほぼ同じLPにまで減った。このまま押し切れば⋯⋯。
コウセイが『P-device』に触れた。画面にはストアが表示されている。
させるか!
懐に飛び込み、鳩尾にアッパーを突き立てる。コウセイの体が一瞬だけ宙に浮く。
吐き出された唾が、俺の頬に飛び散った。そのままの勢いで首を引っ掴み、地面に引き倒す。
マウントを取り、顔面をひたすら殴る。『瞬間移動』は使わせない。
コウセイの持っている『命の水』を全て使わせて、抵抗できないようにするのだ。完全に、どう足掻いても、何をしても、俺が勝つように、徹底的に折る。
殴るごとに、コウセイの腕が、足が跳ね、死にかけの虫みたいに醜く蠢く。
コウセイは『命の水』を使いきり、最終的なLPは6になった。
もう逃げられない。『瞬間移動』を使って、俺から逃げたとしても、回復する手段はなく、『掃除機』にLPを吸い殺されるだけだ。
「どうだ、コウセイ。今の気持ちは」
「素晴らしいよ。僕が勝てそうにないなんてね」
コウセイは、血だらけになりながらも、俺を見てニヤついていた。この後に及んでも、笑っている。
「どうして、先にチハルさんを殺した」
「君との約束を、誰にも邪魔されたくなかったからね」
「⋯⋯そうか」
コウセイの純粋な思いに、俺は言葉を返せない。
「ねえ、トウマくん。まさか、自分が勝ったとは思ってないよね?」
俺の腰に背中に激痛が走る。
コウセイの手には、ナイフが握られていた。
LPが7も減り、瀕死状態になる。冷や汗が出てきた。
コウセイから離れ、最後の『命の水』を使う。
もう、回復する手段は残っていない。
どうして。見てたじゃないか。あの女性が殺された時、コウセイがナイフで殺していたのに。頭から抜け落ちていた。ずっと殴り合ってたから、ナイフを持っていないと錯覚していた。くそ⋯⋯。
俺のLPは9しかない。コウセイが『掃除機』を持っていないとは思えない。あとは、アイテムを駆使しての戦いになる。俺も、殴り合いたくない。コウセイのLPも6しか残っていない。コウセイも同じ思いなはずだ。
「いやあ、まさかこんな簡単に引っかかってくれるとはね、トウマくん」
立ち上がったコウセイは、俺の血がついたナイフをペロリと舐めとる。
「あとは、『掃除機』で吸い殺されるだけだね。僕が持ってる数は三個しかないが、君を殺せる」
『P-device』を取り出し、画面をタップした。胸が刺されたような痛みに襲われる。
残りのLPは7。
今度は俺だ。『掃除機』をコウセイに向けて使う。だが。
「痛いねえ」
コウセイは余裕たっぷりだ。
「まだ残ってるからな」
再び、コウセイに向けて『掃除機』を使用する。
「残念。『反射鏡』」
一言呟くと、俺のLPが減っていた。そうか、『反射鏡』を持っていたのか。だから、俺の攻撃を余裕を持って耐えれたのか。俺の残りのLPは5。コウセイは、あと『掃除機』を一つ残している。
「君なら、僕を殺してくれると思ったのになあ」
至極残念そうに、落胆しながらコウセイは呟く。
コウセイが画面をタップすると同時、俺のLPが減った。残り3。
「僕はあと一つ『反射鏡』を残してるから、攻撃しても君は死ぬ」
ズグン。
残り1LP。攻撃したら、反射されて俺は死ぬ。どうすることもできない。
「さあ、攻撃してごらん? トウマくんが勝つ方法はそれしかないんだから!」
コウセイは笑った。酷く醜く笑った。そして、泣いていた。
また、死ねなかった、と。
自分はこのまま、寿命を迎えるまで生き続けるしかないのか、と。
もう、俺には勝つ方法がない──────
とでも思ったか?
『ダイソン』は相手から3LP奪い、自分のものにするという効果だ。
なら、これを自分に使ったら?
1LPしかなかったはずが、3LPに回復すると言う、錬金術みたいなことができるはずだ。
「残念だったな、コウセイ。死ぬのは、お前だ」
「何?」
『P-device』をタップし、ダイソンの対象を自分に変更する。
コウセイ、お前が負ける瞬間だ。
俺のLPが0になり、3へと早替わりした。
コウセイは反射鏡しか残ってない。そして反射鏡を使っても、俺を殺すことはできない。
「お前の負けだよ。コウセイ。お前が勝つ道は残されていない」
言い放つ。その言葉に、コウセイは顔を赤らめた。
そして、両の瞳を潤ませる。
「これで、終わりかあ」
端から見れば、これ以上生きられないと悟った人間の悔やみだと思うだろう。実際は、この人生から解き放たれる瞬間を、クリスマスを今か今かと待っている、子供の如き希望に満ち溢れている。
「でも、その前にさ、ちょっと話そうよ」
コウセイは近くにあった階段に座り、横に座るように促す。
罠か⋯⋯?
いや、違うな。もう燃え尽きたんだな。
横に座り、コウセイを見た。
「僕は、完璧主義なんだ。前にも話したと思うけどね」
「あぁ、覚えてるよ」
「僕は八歳の時、車に撥ねられたんだ。その時、死にかけたんだ。⋯⋯臨死体験ともいうね」
コウセイは両手を合わせ、指を絡ませた。その仕草には、少し未練が含まれているような気がした。
「その時かな、僕が死に魅入られた時は」
風が吹いている。
「人が一度しか体験できないことを、僕は体験したんだ。一度ね。気持ちよかったよ。ふわふわしてて。そして、こうも思ったんだ。体験版でこれなんだから、実際はどんなにすごいんだろうってね」
コウセイの気持ちは理解できない。でもそれでいい。理解できなくていい。
理解できなくても、何も変わらない。
「早速死のうと思ったよ。でも、僕は完璧主義なんだ。だから、自殺なんて生温いことはしなかった。結果である『死』を完璧にするために、過程である『生』を妥協することは決してしたくなかったよ。⋯⋯誰か、僕を殺してくれと願ったよ。このままじゃ、僕は寿命か病気で死を迎えるだろうからね」
コウセイはずっと前だけを見ていた。
「そして、死ねないまま大人になって、このまま僕は死ぬことができないと思ってたら、デスゲームが始まったんだ。⋯⋯心踊ったよ。こんなお誂え向きなことが起きるなんてね。でも、誰も僕を殺せなかった。人外の領域にいる鬼でさえも、僕を殺すことはできなかった。絶望したよ。デスゲームでも、僕は生き残ってしまうのかって⋯⋯」
だが、不意に俺を見た。
「そこで、君が現れたんだ。僕を見る美しい瞳。すぐにわかったよ。君が僕を殺す運命にあるって。僕が、君に殺される運命にあるって」
俺もコウセイを見ていた。
コウセイは照れくさそうに笑った。
「まあ、それで、僕の読みは当たってて、今僕は死にそうになってるってとこ。⋯⋯どう、感動した?」
「いや、別に。なんも思わないよ」
「⋯⋯そっか。⋯⋯じゃ、殺してよ」
コウセイは立ち上がり、両腕を広げた。
俺は『P-device』をタップし、コウセイのLPを削った。
4。
2。
「最後に一つだけ質問していいかい?」
「なんだ?」
コウセイは俺に疑問を投げかけた。
「どうして、僕の願いを叶えてくれたのかな?
僕は、君の隣にいた女の子を殺したのに」
どうして願いを叶えたか⋯⋯か。そんなの決まってる。単純だ。
「お前が俺の仲間だからだよ、コウセイ。お前がいたから、俺が生きてる。だから、めんどくさくても、お前の願いくらいは叶えてやるよ。それが⋯⋯」
一瞬、ためらった。でも、言ってしまったのはしょうがなかった。
「それが仲間ってやつだろ?」
コウセイの目は見開かれる。すぐに治ったが、動揺してるのは見てとれた。
「そうか。⋯⋯仲間か。感謝するよ。篠村トウマ」
「じゃあな」
俺は、コウセイの名前を呼んだ。
「死ね。南屋コウセイ」
0。
「⋯⋯⋯⋯よっしゃ」
コウセイは、子供のように笑った。
『勝者、篠村トウマ、篠村トウマ。これで、ゲームを終了します──────』
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




