第四十話
第三のゲーム『カウント・アウト』を終え、俺は自分の部屋に戻ってきていた。
自分の一挙手一投足を気にしなくて良いのは久しぶりだ。俺は存分にベッドを転がりながら、身体の自由を感じていた。
「行動を制限されるってこんなにもストレスだったのかぁ」
気の抜けた声で呟いていると、『P-device』が震えた。
画面を見てみると、次のゲームの告知が出されていた。
「次のゲームは『人間将棋』です」
人間将棋。ゲームの内容は文字通り将棋に関する何かだろうな。
開始は明日。
人間将棋って、実際にあるものだよな。人間を将棋の駒に当てはめて将棋を指すっていう。このゲームはこれがモチーフになっているのかもしれない。まあ、名前から察するに俺の予想が当たっていそうだ。
『トウマくん。次のゲームはどう?』
「文字通りだと思うぞ」
返信して、俺は明日に備えるために早めに寝た。
◇◇◇◇◇◇
ゲーム開始十分前。俺は『Eブロック』に飛ばされることがわかった。ふむ、仲間がどこに飛ばされるか把握しとくか。
俺は全員に連絡を飛ばし、反応を待つ。⋯⋯お、返ってきた。
ナツメは『Aブロック』、ロウは『Bブロック』、レン、ショウタ、リクは『Dブロック』、俺とコウセイが『Eブロック』だ。
コウセイと一緒か。コイツを殺すと意気込んだが、アイツを見る度妙な視線を感じるため、あまり一緒のゲームにはなりたくない。
まあ、アイツがいればゲームで負けることはなさそうだから、そういう点では安心か?
心労は絶えなさそうだけど。
時間が来たのか、白い光に包まれた。直後、足元は巨大な将棋盤に変わっていた。
「すっげ⋯⋯うおっ!」
「トウマくーん!!」
後ろからコウセイが抱きついてきた。いわゆるバックハグ。周りの人の好奇の視線にさらされる。
首筋にコウセイの吐息が当たった。
「おい、離れろって!」
「少しくらい良いじゃないか。僕たちは運命の赤い糸で結ばれているんだから!」
「気持ちわりぃ!」
俺は未だ抱きしめるコウセイの腕から抜け出し、距離をとる。
「ふふっ、照れ屋だなぁ」
「⋯⋯⋯⋯」
悪寒が走った。なんだこの生き物。心底気持ち悪い。
「今からルール説明をしまーす」
どこからともなく少年───神の声が聞こえてきた。神は人の命がかかっているとは到底思えない、明るい声色でルールを告げる。
「第四ゲーム『人間将棋』は、人間が駒になり、王将、玉将陣営に分かれて、戦うゲームです。駒を動かせるのは王将、玉将のみであり、誰にどんな駒の能力を持たせるのかも大将が決めることになります。そして一つだけルールがあります」
神は少し間を置いてから、口を開いた。
「このゲームが終了するまでに、全ての駒を動かすこと。⋯⋯じゃ、以上でーす。頑張ってね!」
神はどこかへ消えてしまった。そして、壁にはモニターがあり、ルーレットが回った。この場にいる参加者の顔が次々と入れ替わり、別の顔が表示される。ここにいる参加者からランダムで選ばれるのだろう。
今は王将を選んでいるようだ。⋯⋯あ、一瞬俺の顔が映ったぞ。数多の参加者の中から選ばれたのは、コウセイだった。
「へえ、見る目があるじゃないか」
そう言って、コウセイは口角を上げる。コイツが王将。大丈夫か?
そして、玉将は一人の男になった。
つーか、このゲームって、絶対死ぬ可能性があるのって、王将と玉将だけだよな⋯⋯。ただの駒は取られたら敵陣営になるだけだから、このゲームが終了した時に買った陣営にいれば生き残れるはずだ。
考え事をしていると、『P-device』に通知がきた。
『あなたは王将陣営です』
俺は最初からコウセイ側だ。
「トウマくんは僕の近くにいて欲しいから金ね」
「はぁ⋯⋯」
ため息しか出ない。まあ、強い配役をもらったと喜ぶべきだろう。
小一時間ほどで配役が終わり、ゲームがスタートした。
◇◇◇◇◇◇
結論から言おう。
コウセイが圧勝した。百六手で終了してしまった。コウセイは一切迷う様子を見せず、全ての駒を動かすというルールの中で、最善手を繰り出し続けた。最初から仕組まれているような錯覚を起こすほどだ。全てを見通した詰将棋とでもいうべきか。
コウセイを敵に回すのは得策ではない、怒らせてはいけないと、そこにいた全ての参加者に知らしめた。
そして、同時に俺にも視線が降り注いだ。コウセイに気に入られているあの男はなんあのかと。コウセイに文句を言えるあの男はどんな人間なのかと。
武道館のステージに立ったみたいな感じだった。他人の興味が自分に注がれていることに恐怖を覚えたほどだ。
俺らは解放され、自分の部屋に転送される。俺たちのゲームが一番早く終わったようで、『Eブロック』の人間以外は誰もいない。仲間が帰ってくるのを待つばかりだ。
◇◇◇◇◇◇
全てのブロックが終わったようで、帰還してきた人が多くいた。俺はその中からナツメ、ロウ、リクたちを探した。コウセイは俺が部屋に帰ろうとする時、尾行してきたためどうにかして撒いてきた次第だ。
首を巡らせ仲間を探す。その時、ショウタを見つけた。俺は人混みをかき分け、ショウタに近づいた。
「ショウタ!」
俺の呼びかけに、ショウタは俯かせていた顔をあげた。ショウタの顔は、黒い絵の具で塗りつぶされたような、絶望に満ちた顔をしていた。
いつもショウタの横にいたレンは、いなくなっていた。
「お、おい、ショウタ。レンは⋯⋯?」
あの快活に笑う少女はどこに⋯⋯。
「死んだ」
ショウタは一言。
「なんでだよ!」
俺がいくら質問しても、ショウタは口を固く結んで話さない。
俺はショウタたちと同じブロックだったリクと出会い、話を聞くことにした。
「あの時、何があったんだ?」
リクは、ゆっくりと口を開いた。
◇◇◇◇◇◇
(篠村リク視点)
転送された先は、巨大な将棋盤だった。本榧の香りが湧き立ち、毛羽だった心を落ち着かせる。
周りを見渡し、知り合いがいないか探す。すると、マルバツクイズで共にした相澤兄妹がいた。僕は二人に近づき、声をかけた。
「二人とも」
「⋯⋯お、リクじゃないか」
「久しぶりー」
「お久しぶりです」
愛想良く挨拶してくれた二人に、頭を下げて挨拶を返す。
「今回も生き残ろうな」
「はい、協力しましょうね!」
そんなことを話していると、アナウンスがかかった。
「今から説明するので静かにしてくださーい!」
聞き慣れた声に、その場にいた誰もが動きをとめ、声の主を見つめた。
トウマに興味を抱いている神だった。正直、僕よりも小さい。僕は中学二年生だけど、それよりも小さい。威厳も何もないのに、どうしても視線が釘付けになってしまう。
「ルールは君たちの知っている将棋のままでーす。そして、王将、玉将がランダムに選ばれて、誰にどんな駒の役割を持たせるか決めてもらいます。しかし、一つだけ特別ルールがあります。それは、このゲームが終了するまでに、全ての駒を動かすことです。⋯⋯それじゃ!」
神は煙のように消えてしまった。
あっという間だ。
神が消えてから、モニターに参加者の顔の画像が映し出され、それが別の人になり、また別の人の顔に変わる。なるほど、あれが王将と玉将を決めるルーレットか。
ルーレットの回るスピードが遅くなり、やがて止まる。そこに映し出されていた顔は。
「わ、私!?」
相澤レンだった。
レンは動揺している。まあ、当たる確率は低いはずだ。将棋に使われる駒の数は四十。いつものゲームより参加者は少ないけど、四十人の中から自分が選ばれるとは思えないよね。
続いて、玉将のルーレットが始まった。段々遅くなっていく。そして、止まった。玉将に選ばれたのは。
「俺⋯⋯!?」
相澤ショウタだった。
この瞬間、二人のどちらかが死ぬことが決定された。
「ふ、ふざけんなよ! やり直せ、コラァ!」
「ちょっ、ショウタやめてよ!」
ショウタがとっくに消え失せた神に向かって再抽選を要求している。レンはまだ事態がわかっていないのか、ショウタに文句を言いながら宥めた。
「レンさん。あなた、どういう状況かわかってますか?」
「何が起こったの?」
レンは純粋な顔で僕に質問してきた。そのあどけない顔に、残酷な事実を告げることが、どうにも苦しかった。
「これは将棋です。王将か玉将、どちらかが必ず死ぬんです⋯⋯」
「⋯⋯ウソ」
レンの顔が暗くなる。そして、大きな瞳が潤んだ。僕は目を逸らした。これ以上二人の様子を見ていると、心がはち切れそうだ。どうして、こうなるんだ。
『P-device』が身を震わせる。
画面を見ると、僕はショウタ側だということが知らされている。
直後、ゲームが始まった。ゲームが始まるまでに、二人が駒を誰が担当するか選んでいなかったため、僕の役割はランダムとなった。先手はレンのようだ。
立ち位置から察するに、僕は飛車か⋯⋯強い駒だ。でも、今はどうでも良い。問題は、あの二人は殺し合うことができるのか、だ。
ショウタの顔は青ざめていて、ひどく震えていた。
反対側から、レンが声を上げる。
「ショウタ! 私が負けるから、私以外の駒を全部取ってくれない?」
その言葉に、ショウタは弾かれたように俯かせていた顔を上げる。
「だ、ダメだっ! そんなこと。お、俺が、俺が負けるから、こっちに来い!」
「嫌だ!」
レンはショウタの提案をつっぱねて、『P-device』を操作する。すると、レン陣営の歩が一歩前に踏み出した。踏み出した歩役の人は困惑して表情を浮かべている。自分の意思ではないらしい。おそらく、レンが操作したのだろう。
次はショウタの手番だ。
「良いか、レン。俺はお兄ちゃんなんだ。だから、俺が負ける! お前が生きろ!」
「言っとくけど、私たち双子なんだから! 上下関係なんてないんだからね!」
レンは顔を赤くしながらショウタの言葉を否定する。ショウタは自分に従ってくれないレンに苛立ちを覚えているようで、手を握り込んでいる。
「く、クソ!」
言いながら、ショウタが一歩前に踏み出した。
手番が移る。レンは迷わず、先ほど前に進めさせた歩を歩かせる。こうやって、従えている全ての駒をショウタ陣営に移すつもりなのだろう。自分が死ぬつもりでいるから、誰も巻き込まないように。
「フザけんなよ!」
ショウタがまた一歩踏み出す。レンはまた歩を進めた。あと一歩進めば、ショウタ陣営の歩とぶつかる間合いだ。
しかし、ショウタはそんなことは無視して、自分の前にいる歩を歩かせた。玉将は全ての方向に一マス進めるため、斜めに進んでレンの元まで歩むのだろう。
「ショウタってば!」
レンもレンで、ショウタが自分の提案を飲んでくれないことを訝しがっている。
ショウタはただ真っ直ぐ進み続ける。レンの元に辿り着くまで、きっと止まらない。
「もう知らない! ショウタなんかが双子だったなんて信じられない!」
「勝手にしろ! 俺はお前を生かすためなら、お前にだって嫌われてやるよ!」
レンは吐き捨てるように言い、別の歩を動かす。どちらもお互いのことを想い合っているんだ。だから、こんなにも悲しいんだ。二人の罵倒する言葉には、冷たい何かは入っていない。そこにあるのは、思いやりという温かい絆だ。
ショウタが陣営から一歩抜け出す。歩を追い越し、最前線に立った。レンが全ての歩を均等に進めるたびに、ショウタがレンに向かって真っ直ぐに突き進んでいく。
「どけ!」
ショウタは、正面にいた歩をどかそうとして触れた。瞬間、光の粒子となって消えていく。その光の粒子は、持ち駒となって盤面の外に転送された。
もう、ショウタとレンの間に障害物はない。ショウタの覚悟を見て、レンも一歩進んだ。お互い、顔を突き合わせる。今、王手がかかっている状態だ。この状態でショウタがレンに触れて仕舞えば、レンの負けだ。だが、ルールとして、全ての駒を動かさなければならない。
こんなに近くにいるのに、触れることすらできない。
触れることができるのは、このゲームを終わらせる時だけ。
ショウタは、レンの前まできた後、自分の陣営の香車を動かした。きっと、王手をかけるまでに全ての駒を動かしておくつもりだ。
「やっとわかってくれたの?」
レンがショウタの顔を覗き込みながら質問した。
「わかるわけねえだろ。わかってやるつもりもねえけどな」
「バカ⋯⋯バカバカ! どうしてわかんないの?」
売り言葉に買い言葉。レンは飛車を動かし、自分の横につけた。ショウタに取ってくれと言わんばかりに。
しかし、ショウタはレンの思惑を無視して、歩を動かした。
レンは金将も動かし、自分の横につける。
ショウタはレンの顔など見なかった。ただひたすら『P-device』に映し出される将棋盤と睨めっこをしている。今度は、先ほど動かした歩とは別の歩を動かす。
二人は言い合うこともなく、淡々と駒を動かしていく。レンは銀将と歩で小隊を作って敵陣に突っ込ませ、自分の陣営にある駒を減らそうとしていた。
ショウタはレンの動きを無視して桂馬を跳ねさせる。
二人のすれ違いが、駒の動きでありありと見える。それぞれが互いのことを想うあまり、行き過ぎているのだ。ひたすら、沈黙を貫いていた。
この沈黙が晴れる時はいつになるのか、それは誰にもわからなかった。
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