第三十九話
残りのタブーは二つ。残り時間は四十時間。カウントは『38』。
まあまあ良いペースではないのだろうか。このままのいけば余裕を持ってクリアできるはずだ。
残り二つのタブーは行動か状態か、はたまた別の何かか。
俺はレンとショウタが作ってくれた朝食を摂りながらタブーの種類が何かを考えた。
「どうして、こんなことを考えたんだろうね」
「何がだ?」
不意にレンが呟いた。
「あの神様⋯⋯というか、ちっちゃい子。あの子がデスゲームを開催したって言ってたでしょ? 何を目的にしたんだろうなって」
「さあな。人間じゃない奴の心なんて読めないよ」
ショウタが諦めるように言った。
「どんな目的があったら、人を殺せるんだろう。何か、それに値する目的があったのかなあ」
「わかったとしても、俺は人殺しの気持ちなんて知りたくないね。そもそも、俺は人殺したことないし。なあ、トウマ。お前もだろ?」
ショウタが俺に話を振って来た。
「ああ、俺もそう思う」
俺は嘘をついた。
瞬間、全員の『P-device』が叫び声を上げる。
「なんだ!?」
「⋯⋯」
ショウタは通知音に驚き、レンは自分がしたことを振り返っているようだ。
⋯⋯これは多分。いや、間違いなく俺が原因だ。
俺が嘘をついた瞬間、カウントが減った。つまり、タブーは嘘をつくことだ。
だが、これを入力したらどうなる?
入力されたタブーを見て、二人は何を思うだろうか。きっと、俺のことを人殺しだと糾弾するだろう。もしくは、俺に恐怖して何も言えなくなるだろうか。
「トウマ、思い当たることはあるか?」
「⋯⋯」
「おい、トウマ!」
「⋯⋯ぁ」
「なんだって!?」
「⋯⋯いや、何もない」
このタブーは、嘘をついた者にしかわからない地雷。
『P-device』に入力すれば特定していないタブーは残り一つになる。だが、入力してしまえば嘘をついたことがバレる。
正直、嘘をついたことはどうでも良い。いや、どうでも良くないが、この場合は嘘をついた内容だ。
ショウタは俺に人を殺したかどうか、人を殺す人間の気持ちがわかるかどうかを質問した。
俺はこの質問に答える時に嘘をついた。
つまり、俺がこのタブーを特定してしまえば、俺が人を殺したことがあるとバレてしまうのだ。だが、特定しなければ、嘘がバレることはない。その代わり、このゲームをクリアする確率が減る。
どちらを取るか。このタブーをスルーするならば、まだ判明していないタブーを特定した後、すぐに俺が入力してクリアして、相澤兄妹から離れるしかない。だが、それができる可能性はめちゃくちゃ低い。
「なあ、トウマ」
ショウタが俺の顔を覗き込むようにして問うた。
「⋯⋯お前、タブーがわかったのか?」
息が詰まった。
「わかったなら教えてくれよ」
「そうだよ、トウマ。隠すなんてらしくないよ」
レンは俺の肩を叩いた。それはとても暖かくて、優しくて。
俺は震える手で『P-device』の画面を叩いた。
入力しようとした瞬間、情景が浮かんだ。
ショウタが俺からレンを遠ざけ、レンは俺を侮蔑するように見つめる情景。その情景が、じわじわと色付いていき、現実味を帯びたような感覚に陥る。
それが脳裏に焼き付いて離れない。どうしようもない現実として突きつけらているような、そんな気がする。
こめかみから一筋の汗が流れ落ちる。下着はすでにびっしょりだ。
頭がガンガンする。痛みに目元がひきつく。
なんだよ。おさまれよ。バレるじゃんか。
「トウマ、何か隠してるの?」
レンの何気ない一言。それが俺の胸に深く突き刺さる。
親指が『P-device』の画面に触れようとした。だが、寸前で止まった。どうしても画面は触れない。一回触ってしまえば、流れる水のようにとめどなく打ち込めるのに。親指と画面の間にある数ミリが、途方もなく遠い。
突如、『P-device』が声を上げた。俺がずっと黙っていたせいだ。
余計に頭がおかしくなる。
「ご、ごめん⋯⋯」
「良いから。俺らは何も言わないから話してくれ」
ショウタが俺を包み込むようにして話しかけた。
視界がぐるぐる回る。俺を中心にして世界がめちゃくちゃになっているような感覚だ。
「ぅ⋯⋯ぁ」
何かを言おうとしても、呻き声しか出ない。
「私の顔を見てよ」
レンに言われて、俯いていた顔を上げた。
レンの顔は二重に見えて、色もおかしい。壊れたテレビのように、色彩が狂っていく。
「なんで笑ってんだよ⋯⋯」
ショウタの顔が異物を見るような表情をしていた。
「へ⋯⋯?」
俺はショウタの言葉が信じられなかった。すぐに自分の顔を触る。確かに俺は笑っていた。いつの間にか、顔が引き攣っていたようだ。
「いや⋯⋯これ、笑ってるわけじゃなくて⋯⋯」
「⋯⋯トウマ、俺たちを信じろ。俺はお前がどんな人間でも、お前に寄り添うから」
「そうだよ、トウマ。私をみくびってるの? トウマが言ったんでしょ? 仲間に信頼してもらう方法は自分が信頼することって。私たちはとっくにトウマのことを信じてるんだから!」
その言葉に目を見開いた。確かに、それを言ったのは俺だ。でも、本当にそうか?
「本当に、俺を信じてるのか?」
「「うん、信じてる」」
二人は双子らしく、ハモりながら言い切った。
それを聞いた俺は否定しようとした。
まだ心のどこかで疑ってるんじゃないか? って。
でも、その心は飲み込んだ。
俺は二人のことを信じるしかないみたいだ。それ以外の選択肢はどこにも見当たらない。なら、俺はその言葉を受け取ろう。
俺は、ずっと遠くにあった画面に触れ、タブーを打ち込んだ。
陽気なベルの音が部屋にこだまする。
『嘘をつくこと』
このタブーを見た二人は、俺を見つめた。
口の中がカラカラに乾く。これから、俺はどんな──────
二人は、そっと俺を抱きしめた。
「もう抱え込まなくて良いから、落ち着いて」
「そんなの、誰だってやるよ。だって、このゲームに参加したんだぜ? 自分が生き残るために、他人を蹴落としたことだってあるはずだ」
俺の心の底は晴れなかった。俺は赦されたわけではない。二人の勘違いに救われただけだ。このゲームに参加してから、俺は人を罠に嵌めたりしたことはない。
俺が意識していたのは、前の世界で犯した殺人のことだ。それがバレてしまうのではないかと、心底焦った。俺は白状することで、罪を逃れようとした。だが、俺の心に澱のように積み重なった罪悪感は取りきれないらしい。
赦されたように思えた。実際はそんなことはない。きっと、俺はこの気持ちを一生背負って行くんだろう。
⋯⋯それが俺の責任だ。
ショウタは映画を見終わったように、背伸びをして。
「残ったタブーは後一つだけだ。⋯⋯トウマ、何暗い顔してんだよ」
ショウタは笑いながら俺の胸をこづいた。
「いや、そういうわけじゃなくて⋯⋯」
「何か言いたいならはっきりしてよねー」
レンも加わって、俺の髪をくしゃくしゃにする。
「いや、なんかさ、俺はずっと背負っていくんだなって」
「別にしょうがないだろ、殺しちまったもんは。その分お前が生きていけば良いんだよ」
ショウタは気楽に行こうぜ、といった後。レンと一緒に昼ごはんを作るため、キッチンに立った。
俺は二人の背中を見つめながら、タブーを犯さないように歌を口ずさんだ。
◇◇◇◇◇◇
夜。俺は風呂に入っていた。二人は先に寝ている。
シャワーを浴びながら、タブーを破らないように俺は歌を歌っていた。
「神様、この歌が──────」
残り一つのタブーはなんだろうか。おそらく、水を飲んだ時に、一気に二つカウントが減った時、未解明のタブーを犯したんだろう。そのカラクリさえわかれば、このゲームはクリアできるはずだ。
しかし、手がかりは全くない。なぜ一気に二つ減ったのか、その理由らしい理由も見つからない。
明日が最終日。明日で残り一つのタブーを特定して、ここから生きて脱出する。
残りのカウントは『34』。
まだ余裕はある。焦っては見つけられるタブーも見つけられない。
心に余裕を持とう。
◇◇◇◇◇◇
朝。最終日。
「おはよー」
「おはよう」
「⋯⋯」
ショウタは真っ先に洗面台にいく。それに俺らもついていった。歯を磨き、最初で最後の水を飲んだ。カウントは『6』減って、『27』になった。
前と同じだ。水を飲むと、カウントが通常よりも減るのだ。今日はこのタブーを特定しなければならない。
通常よりもカウントが減ったのは水を飲んだ時だけだ。これに共通していた行動、状態を見出し、『P-device』に入力する。至難の技だ。
「いつもより減ったのは水を飲んだ時だけだよね。だったら、水に関係することなんじゃないのかな?」
レンが考察を口にした。
「そうとは限らないかもしれないぞ。何か全く別の条件が隠れてるかもしれないし、一つの物事に関することでタブーが重なるなんてことはなかった」
「そっか。そうだよね。別のタブーが存在するかもしれないのかぁ⋯⋯」
レンは頬をむにむにさせながら、形のいい眉を八の字にする。
ショウタも似たようなことをしながら考えている。こういうところは双子よろしく、挙動がそっくりだ。二卵性だから全てが同じというわけではないが。
ご飯を食べながら二人の様子を眺める。二人は仲睦まじくしている。
レンが髪をかき上げた。瞬間、耳に触れたような気がした。
全員の『P-device』が渇いたベルの音を鳴らす。
「うわっ!」
ショウタが驚いて声を上げる。どうやら⋯⋯。
「わ、私が耳を触っちゃったかも⋯⋯」
しかし、それだけではない。カウントは『2』も減っていた。『1』だけではない。
俺は今、未解明のタブーの一端を経験したということだ。
俺は今何をした?
何を見た?
さっき減ったのはレンがうっかり耳を触ったからだ。その時は『2』しか減っていない。『3』ではなかった。何が違った?
俺はレンがタブーを犯す様子をみていた。阻止するまでもなかった。しかし、ショウタは違う。ショウタは気づいていなかった。証拠に、『P-device』が音を立てた時に驚いていた。
タブーを犯せば『P-device』に通知がいく。これはこのゲームにおいての常識だ。それに驚くなんてことはしないはずだ。つまり、ショウタはレンがタブーを犯したことを知らなかった。
見ていなかった。見ていない。見て。見る?
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
まだカウントは『25』もある。力技で解決するか?
「聞いて欲しいことがある」
俺は首を捻って考えている二人に呼びかける。
「レンはもう一回水を飲んでくれないか?」
「へっ?」
レンは間抜けを出しながら俺を見た。躊躇っていたが、俺の真剣な顔を見て頷く。
「まだ特定してないタブーがわかるかもしれないんだ。レンが飲んでみて、その後ショウタが飲んでみてくれ。実験をするから」
俺の言った通りに、レンは水を飲んだ。瞬間、カウントは『3』減った。『P-device』がブルブルと震える。
残ったカウントは『22』。
「今度はショウタが飲んでみてくれ。そして、レンはショウタを見といてくれ」
指示を出した後、俺は目を瞑った。
直後、『P-device』が叫び出す。モニターに映し出されているカウントは『20』だった。さっきとは減り方が違う。
これだ。これこそだタブーなのだ。
俺が今行ったのは対照実験だ。俺の仮説が正しいことだと仮定して、それが正しいかどうかの実験。うまく行った。
「わかったぞ。最後のタブーが!」
「本当!?」
「マジか!」
俺の宣言に二人は声を上げる。
「多分、このまま何もしなかったら、俺らはこのゲームをクリアできなかった。でも、レンがタブーを犯してくれたおかげでわかったんだ。ほんと、このタブーを作ったやつは性格が悪いなあ」
「どういう意味?」
「レンが耳を触った時、俺はその様子を見てたんだ。でも、ショウタは見てなかった。で、カウントは『2』減った。いつもだったら『3』減るはずだろ? 今回はそうじゃなかった」
俺は早口で続ける。
「俺とショウタがしていた行動の違いはなんなのか考えてた時、わかったんだ。ショウタはタブーを犯すところを見てなかったんだ」
俺の早口に、ショウタがまとめた。
「つまり、最後のタブーは『誰かがタブーを犯したところを目撃する』ってことなのか?」
「そうだ!」
「でも、なんで性格が悪くなるの?」
レンは俺に質問をした。
「このタブーは人の心理を利用したタブーなんだ。だって、解明したタブーは誰も犯さないだろ? カウントを減らしたくないから。誰も無闇にタブーを犯そうとしなかったら、このタブーの存在を認知できないんだ」
あぁ、くそ。うまく言いたいことがまとまらない。俺ってこんなに口下手だったっけ?
俺がモヤモヤしていると、またしてもショウタが言いたいことをまとめてくれた。
「このゲームにおいて、タブーを特定する方法はタブーを犯した時しかできない。でも、俺たちが最後に見つけたタブーは、タブーを犯した時にしか発動しないから、自分から見つけることはできないってことか」
「そう!!」
「はっ、確かに性格悪いな」
「ちょっと! わかりやすく教えて!」
未だ会話に混ざれないレンが、ショウタの方を掴んで前後に揺らす。
「俺たちはタブーを犯さないように生活してただろ? でもそれじゃ、最後のタブーはわからないままだ。つまり『慎重にやればやるほど』このタブーには辿り着けない」
ショウタの話を聞いたレンは。
「性格悪ーい!!」
俺たち三人は『P-device』に最後のタブーを入力し、このゲームをクリアした。
『他人がタブーを犯したところを目撃すること』
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




