第三十八話
「できたよー」
レンの言葉に立ち上がり、食卓につく。
「今日の料理は生姜焼きでーす!」
俺の前に置かれたのは、生姜の匂いを存分に振り撒く豚肉だった。付け合わせに瑞々しいレタスがある。
俺は手を合わせてから肉を頬張った。そこに白米を掻き込む。
「うまうま」
「良かったー。お兄ちゃんはどう?」
「レンのご飯はどれも美味しいよ」
「それしか言わないじゃん!」
俺は食事を楽しみながらも、モニターから目を離していない。いつ減るかわからないからだ。もしかしたら、気が緩む食事時に犯しがちなタブーを仕込んでいるかもしれない。
三枚目の肉をレタスに包み、口に放り込んだ時。
「減ったぞ!」
いや、ただ減ったわけじゃない。一気に『2』も減ったのだ。
「何をした?」
「レン、お前、水を飲んでたよな⋯⋯」
ショウタが少し顔を歪めながら言った。俺は、ショウタが顔を歪めている理由がわかった。頼むから予想は外れてくれ、そう願った。だが、そんなな願いは通用しなかった。
『P-device』がベルの音を鳴らした。
すでに一つ埋まっていた枠が、二つに増えた。
『水を飲むこと』
タブーになって欲しくない行為がタブーだった。
どうやって生きろっていうんだ。水を飲むなって。
「ご、ごめん⋯⋯」
「謝るな。誰も気づけないから、水を飲むのが早いか遅いかの違いだ」
しかし、これは困った。水を飲んではいけないなんて。いや、今はどうでも良い。そんなことより。
「気づいたか?」
俺の言葉に二人は首を横に振った。
「今、カウントが一気に『2』も減ったんだ」
レンがタブーを犯したと同時に、この中の三人がもう一つのタブーを犯してしまった。
一体、何がタブーだったんだ?
「俺は水なんか飲んでないぞ」
「俺もだよ」
ショウタの言葉に俺も同調する。
『水を飲む』こと以外で、タブーを犯してしまったということか。俺はモニターを見ていた。モニターを見るなってことか?
いや、それは無い。そうじゃなきゃ、ゲームが成立しないからだ。唯一タブーを犯したと認識できる代物自体がタブーなんておかしすぎる。
少なくとも、ゲームは成立するように作られてるはずだ。
それはマルバツクイズで判明してる。
「ま、また総当たりする?」
「時間の無駄だと思うぞ」
「じゃあ、何をすれば良いってわけ?」
レンの問いにショウタは答えられなかった。
「何か、ショウタは別のことをしてたんじゃないのか?」
「別に、飯食ってただけだよ。特別なことは何もしてない」
⋯⋯⋯⋯。
「まあ良いや。食い切ろうぜ。そんで、順番に風呂入ろう」
「水を飲むことは避けられないから、できるだけ飲む回数を減らしていこう」
「う、うん」
話し合った結果、俺が一番最初に入ることになった。
◇◇◇◇◇◇
シャンプーとボディソープをもち、浴室に入る。
蛇口を捻ってお湯を出す。
少しゆっくりするか。
自分がタブーを犯さないように、誰かが犯したタブーを見逃さないように、気を張っていたからか必要以上に疲れた。
手を組んで体の前に突き出す。体の中心から腕にかけて、妙な心地よさを感じる痺れが走っていく。そのまま腕を頭上に伸ばした。疲労が飛んでいくように、精一杯伸ばした。
シャワーの水が体に打ち付ける。床から立ち上る湯気が、換気口に吸い込まれていく。少し篭った音が耳に響いた。完全にひとりの空間だ。
手で器をつくり、水を溜めて顔にかける。じんわりとした温かさが顔に染み込む。
さあ、どうしたものか。残り三個。日数的にも、カウント的にも十分に余裕がある。少し休んでたって良いだろう。
あーしんどいな、これ。ずっと続けるの。
心がゆっくりとヒビ割れていくような、そんな感覚がする。ゲームを続けるたびに、元々あった傷が広がっていくような。いつできた傷なのか、それは──────
ただ、何回か塞がったはずだ。それは実感したはずだ。でも、何かある度に、何か起こる度に、その出来事は俺の心を修復したものを上回り、無理やり剥がしていく。
何かで塗り固めても、乾き切る前に引き剥がされる。
そんな感覚だ。
俺の心のヒビを塗り固めた何か。それはきっと──────
「トウマ!」
ショウタの声が響いた。
「どうした?」
「カウントが一個減ったんだ!」
「本当か!?」
「あぁ、まだ上がってこなくて良いぞ。ゆっくりして良いから。俺は報告しに来ただけだからな」
ショウタは俺を気遣ったのか、釘を刺すように言い聞かせると、帰って行く。
多分、カウントが減った直後に俺に言いに来たんだろう。なら、その時俺は何をしていた?
俺の行動だけで推測はできない。カウントが減った時の二人の様子も聞いてから決めよう。
俺はさっさと用を済ませ、体を拭いた。髪を乾かすのもそこそこに、俺は二人に質問を投げかける。
「カウントが減った時、二人は何してた?」
「レンと話してたよ。椅子に座って、向かい合ってな」
「何もタブーは犯してないよ」
「そうか⋯⋯」
なら、カウントが減った原因は俺にある?
とすれば、俺がしていて、二人がしていない行動で明確な違いは⋯⋯。風呂に入っていたこと。ただ、それがタブーであるならば、レンが部屋を探索していた時にカウントが減っていなければいけないはずだ。
レンは浴室で何かないか探していたからだ。
⋯⋯くそ、頭まわんねえ。
「ごめん。俺、先に寝かせてもらうわ。もう頭まわんねえ」
「わかった。俺らもタブーを探しとくから休んどけ」
「そうだよ、私たちに任せて!」
二人の頼もしい言葉を受け、俺は寝室に行き、ベッドに潜り込む。いつも、数十分は悶々とするはずだが、今夜は数分で意識はベッドに沈んだ。
◇◇◇◇◇◇
次の日。カウントは『45』から『42』に減っていた。
「マジかよ」
俺が寝る時は『45』のままだったはずだ。それなのに、『3』も減ってるなんて。
新しくできた謎に頭を悩ませていると、レンが目を覚ました。
「おはよー、トウマ」
「あぁ、おはよう。⋯⋯これ、どう思う?」
俺の言葉に、レンはモニターを見た。
「トウマが寝てから『1』減ったはずだよ。その後の『2』減ったのはわからない。多分、私たちが寝た後なんだと思う」
「そうか」
人数分カウントが減ったいうことは、全員がタブーを犯した可能性が高い。俺たち三人が共通してした行動は『寝る』。
つまり⋯⋯。
俺は『P-device』を取り出し、『寝ること』と打ち込んだ。しかし、あの陽気な音はならない。違う。
なら、ベッドで寝ることか?
試したが、これも違う。お手上げだ。モニターを見ていない中で一番わかりやすいタブーの起こり方だったが、これ以上何を打ち込めば良いのだろうか。
「もしかして、行動じゃないんじゃないの?」
「行動?」
「今までで発見したタブーは『水を飲むこと』『耳を触ること』。今まで行動がタブー視されてるけど、これって偶然じゃないのかな」
レンは寝癖で暴れている髪を手で梳きながら、自分の考察を口にする。
確かに言えてる。何も、タブーの種類が全て行動にまつわることとは限らない。
なら、他に俺がしていた時の行動以外の何か。それを突き止めるとこができたなら、このタブーの正体がわかるはず。
「トウマにも寝癖ついてるよー」
そう言いながらレンは俺の頭をポフポフを撫でる。
「髪スベスベー」
「⋯⋯そろそろやめろ」
俺はレンの手をどかす。
「行動に付随するも持ってなんだと思う?」
「⋯⋯なんだろう。⋯⋯結果とか?」
結果か。確かにそれもありそうだ。でも、行動した結果はカウントが減るってことじゃないのか?
もし俺の考えが正しいのなら、結果以外で行動に付随するものが答えなはずだ。
「二人とも起きてたんだな」
背後にはショウタが立っていた。にしても、なぜか少しくらい顔をしている。
「どうしたんだ?」
「いや⋯⋯レンがトウマの頭を撫でていたように見えてさ。俺の見間違いか?」
そうだった。コイツ、シスコンだったわ。
「寝ぼけてたんじゃないのか?」
「トウマの髪スベスベだったよ」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
部屋に沈黙が流れた。俺はもとより、ショウタが仇を見るような目で俺を見つめる。レンはなぜそうなったかわかっていないようだ。だが、ショウタの顔を見て何かを察したようで、寝室に逃げ込んだ。
おい待て。お前しか弁解出来る者はいないんだ。俺を置いていかないでくれよ!
ショウタが歩み寄り、俺の頭に手を伸ばした。あ⋯⋯⋯⋯。
瞬間、『P-device』が叫び出した。
直後、モニターに映し出されたカウントが『3』も減った。
「ショウタ! モニター見ろ! 減ったぞ!!」
俺を処刑しようとしていたショウタは首をだけを動かして確かめた。
「なんでだと思う?」
「知らねえよ」
「ねえ皆、減ってるじゃん!」
寝室に逃げ込んでいたレンが声を上げる。
「レンは何をしてたんだ?」
「私は毛布にくるまってたけど。てゆーか、ショウタは何をしようとしてるの!」
レンはショウタの魔の手を俺から遠ざけた。
「トウマがレンを誑かしたからな。罪を償わせようとしたんだ」
「近づくだけで罪なのかよ!」
「もう!⋯⋯ほら、これで良い?」
レンは文句を言いながらショウタに抱きついた。
見える、見えるぞ。ショウタに生えている見えない尻尾が。ヘリコプターみたいにブンブン回っているのがわかるぞ。
「今回は許してやる」
助かった。ひと段落済んだ後、俺は切り出した。
「茶番は置いといて。なんでカウントが減ったか考えようぜ」
「茶番?」
「滅相もない」
再び燃え上がりそうなショウタの心を否定の言葉で鎮火する。
「問題は一気に『3』も減ったことだ。俺たちが同じタブーを犯したか、別のタブーが発動したか。これのどっちかだ。正直、後者は追えそうにないから前者の可能性を考えるしか⋯⋯」
「だったら、まずベッド関連は違うんだろ」
「そうだね。私たちが寝た時も『3』減ったけど、トウマが打ち込んで違うってことを確認したから、別のことだと思う」
あの時、俺たちは何をしていた?
⋯⋯いや、違う。行動がタブーではないのなら、もっと別の何か。
行動に付随するもの。それは⋯⋯。
「なあ、もしかしてタブーは『沈黙』じゃないのか?」
ショウタが言った。
「あの時、俺らは黙ってたよな。トウマも俺も、レンも。寝た時にカウントが減った理由も沈黙がタブーなら合点がいくと思う」
「でも、沈黙って認定できないでしょ? 明確な条件がないから」
「そうだな、レン。でも、沈黙を沈黙と定義できるなら条件があるはずだ。なら、その条件を特定した上で、確認しよう。沈黙を定義できる条件といえば⋯⋯」
「時間じゃない?」
今度はレンが言った。俺は黙ったまま、二人の会話に耳を傾ける。
耳を傾けながら、俺は時計に目を見やった。
秒針が刻む音が鼓膜に響く。きっかり一周。瞬間。
「うわっ!」
皆の『P-device』がけたたましい音を鳴らした。
「何をしたんだ?」
「数えてた。俺が黙ってた時間をな。沈黙の条件は一分だ」
「⋯⋯なら、私が入力してみるね」
レンが画面の上で指を踊らせる。俺も自分の『P-device』の画面を見守った。全員が予想した通り、三つ目の枠が埋まった。
「よし!」
タブーを特定したのは良い。問題はこれからだ。
「二人とも、これから喋り続けろよ。一分以上喋らないことがないようにしないといけない。寝る時はしょうがないから、カウントが減るのは許容できる。でも、日中で減るのは看過できない」
俺の言葉に二人は力強く頷いた。
「「わかった」」
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




