第四十一話
(篠村リク視点)
ショウタはレンの顔を見ることなく、自陣営の駒を全て動かしていた。
飛車である僕も、一マスだけ動かされた。
これで、いつでもこのゲームを終わらせることができる。後は、どちらがこのゲームの勝者となるのか。
レンはショウタの周りを取り囲むようにして、駒を動かしている。ショウタがどう動いても駒を取ってしまうようにしていた。
「少し、二人だけでいたい」
そう言って、ショウタは一歩後ろに下がり、金将を持ち駒送りにする。その言葉に答えるように、レンは駒をショウタに近づける。それをショウタが受け取り、自陣営に引き込んでいく。
双子。その言葉を体現するかのように、黙々と、示し合わせたように駒を取っていく。
レンの陣営の場所には、双子以外はいなくなっていた。ショウタの背中から、様々な思いが感じ取れる。焦燥、不安、憎悪。他人の僕が感じ取れるのだから、レンは僕の何倍も強く、重く感じ取っているのだろう。
「俺は、お前を死なせたくないんだ。親に顔向けできねえし、俺も自分のことが嫌いになっちまうよ」
「私だって、ショウタを死なせたくない。ショウタには生き残って欲しいから」
「お前はまだ未来があるんだ。まだ、恋愛もしたことねえだろ? 俺がずっと邪魔してたから。俺が消えたら、お前だってもっと楽しく高校生活を送れるはずだ⋯⋯」
ショウタは自分の思いの丈をレンにぶつける。震える手を握り込んだ。戒めるように、はち切れそうなほど強く。
「良い男捕まえてさ、子供産んで、幸せになってくれよ。お前は可愛いし、料理もできるし、運動だってなんでも来いだ。だから⋯⋯。だから⋯⋯⋯⋯」
ショウタは言葉に詰まりながら、なんとか紡ごうとする。だが、それはできないらしい。
ショウタの目には、涙が浮かんでいた。
「そんで、両親を楽させてやってくれよ。俺の分まで」
ボタボタと大粒の涙が溢れる。きっと、ショウタは自分の思い描く、レンの未来を想像したんだろう。そこに自分はいない。片割れの晴れ姿も、片割れの子供も、生涯拝むことはない。そのことがありありを脳裏に浮かんできたのだ。
目の奥が熱くなってきた。当事者じゃないのに。ほんと、情けないな僕は。この結末を見届けないといけないのに。二人の姿があやふやになってしまう。
「私は、ショウタのことを邪魔だなんて思ったことないよ」
レンは涙を溢すショウタに、言い聞かせるように語りかけた。
「ショウタはいつだって私を守ってくれた。ほら、私が七歳の時。犬に追いかけられたことあったでしょ? その時、ショウタは私を助けてくれた」
レンの声はいつもより柔らかく、昔を懐かしむようだった。
「他にも、私が困った時、いつも助けてくれたでしょ。受験の時だって、雷が鳴った時だって、いつもショウタは私は励ましてくれた」
⋯⋯どうしてだろうか。
ショウタはいつも「レンは妹だ」と言っていた。だが、今はどうだ?
慰めるように、子守唄を歌うように、優しく言葉を吐くレンは、泣きじゃくる弟を慰める姉に見えるのだ。
「俺だって助けられたさ⋯⋯。どんな辛いことがあったって、レンがいてくれれば耐えられた。そんなレンがいなくなるのが、怖いんだよ⋯⋯」
ショウタは全てを赤裸々に語った。
ショウタはいつも兄のように振る舞っていた。きっと、レンに弱音を吐くこともなかったのだろう。
「俺は弱いんだよ。でも、レンは俺がいなくてもどこまでも行ける。だから⋯⋯お前が生きろ。生きて、幸せになってくれよ」
再び、ショウタは同じ言葉をレンに投げかけた。
「私も弱いよ」
「そんなわけ、無いだろ」
「そんなわけあるよ。だって、双子だもん」
レンの言葉は、ショウタだけではなく、僕の胸をも打った。僕は、二人がどんな人間なのか、詳しくは知らない。今までどんな人生を歩んできたのかも知らない。
でも、今繰り広げられている優しい兄妹喧嘩を見ていると、二人の心、絆、歴史が将棋盤に揺蕩っているような、空気が温かくなるような。本榧の香りがフレグランスとなって、二人の周りを幻想的な空間に昇華させていた。
どこかの大聖堂に描かれた壁画みたいに、一種の神々しささえも感じる。
今だけ、時間がゆっくりと流れている感覚に陥る。
「ショウタは私のことを妹だって言ってるけど、私も、ショウタのこと弟だって思ってるよ」
「⋯⋯レンは、俺のことを弟だと思ってるんだな」
「うん。だって、ホラー映画見る時、いつも私にくっついてるでしょ」
レンはその時の様子を思い返しながら、ふふっ、と笑う。
「お兄ちゃんだったら、怖がる妹を励ますでしょー」
「ははっ、そうだな」
ショウタは苦笑しながら、レンの顔を見た。そして。
「何、泣いてんだよ⋯⋯」
ショウタは俯いていて、レンの顔を見ていなかった。レンはずっと泣いていたのだ。
自分が片割れから離れてしまう。その事実に、レンも静かに涙をこぼしていたのだ。
口角はかろうじて上がっている。その笑顔は今にも消えそうで、でも、確かにそこにあった。頬を流星群が流れる。
「だって、これから人生を歩むショウタの隣に居れないだなんて⋯⋯すごく、悲しいから」
あぁ。どうしてこんなにも無慈悲なんだろうか。どうしてこんなにも美しいのだろうか。
二人の誰に聞かせるわけでもない、心の告白。それがどうしようもなく、胸の奥深くまで突き刺さってしまって。
「酷すぎる⋯⋯」
二人の運命を決定付けた幼い神に悪態をついた。
「ショウタは、私のことが大事なの?」
「あぁ、俺なんかより、ずっとだ」
ショウタは即答した。きっと、心からレンのことが大事なのだろう。だから、あんなにも意固地になってレンを生かそうとしたのだ。
「私のこと、大切だと思ってる?」
「あぁ」
「私の全て、受け入れてくれる?」
「あぁ」
「私の言うこと、聞いてくれる?」
口を開きかけたショウタ。その目は黒ずんでいて。
「⋯⋯」
何も言えなかった。
半開きの口をそのままに、何を言うべきか迷っているようだ。
レンは、頬を流れる涙を拭った。
「私のことが大切なら、言うことを聞いてくれるよね」
スッと体の芯まで冷えるような低い声。涙を幾度となく流していたレンから出た声とは、到底思えない。
「⋯⋯ぅ、ぁ」
「私のことが大事なら、私の言うことを聞いてくれるよね」
レンは止まらなかった。
「お兄ちゃんなら、妹のわがままを聞いてくれるよね」
「っ、ぅ」
ショウタの息が詰まる声がする。
「ど、どうして、レンは俺に⋯⋯」
「答えて」
レンは縮こまったショウタを見ていた。顎をあげ、蔑むような目。
思わず生唾を呑んだ。
ショウタはもう折られた。どちらかが死ぬことでしか終わらないゲームの中、自分が助けようとしていた相手、それも双子の片割れに救済を拒絶され、侮蔑され、打ち据えられた。
もう、ショウタには反抗する意思は消え失せていた。
膝から崩れ落ちる。
「あぁ、わかった」
認めた。全てを。レンの全てを肯定した。
「ショウタ、私を見て」
レンの言葉。ショウタは操り人形のように、力無く見上げた。そこには、両手を広げ、全てを受け入れるつもりのレンがいた。
ショウタの後悔も、苦痛も、悲哀も、自分の死も、何もかもを受け入れるレンの姿。
とっくに弱り切ったショウタ。レンの姿を見た。
「おいで、ショウタ」
甘く囁かれた言葉。打ちひしがれたショウタが耐えられるはずもなく。
王手。
ショウタは、レンに抱きついた。
「ご、ごめん。俺が、俺が弱いせいでっ⋯⋯!」
「もう泣かなくて良いよ。落ち着いて」
「でも、でも⋯⋯。俺⋯⋯!」
「謝らなくて良いよ。ショウタは私のわがままを聞いてくれたんだから」
レンはショウタの頭を優しい手つきで撫でる。時折髪を梳き、今まで触れられなかった分を、自分が生きている間に取り返そうと、何度も何度も。
マッチポンプ。レンがショウタを打ち据え、ショウタに救済を与える。そうすることで、レンは自分の望みを押し通した。
『勝者、相澤ショウタ』
機械がゲームの結果をアナウンスする。喧嘩に勝ったのは、レンだった。
「ショウタ、私がいなくても、頑張ってね」
瞬間、レンは消えた。光の粒子となって。死体すら残らない。初めからいなかったように、レンはこの世を去った。
『ゲームを終了します──────』
◇◇◇◇◇◇
(篠村トウマ視点)
「マジかよ⋯⋯」
リクから聞いた話に、俺は頭を掻きむしるだけしかできなかった。レンがショウタのために死んだだと?
ショウタにとって、レンの死は相当堪えるはずだ。
絶望のどん底に叩き落とされたショウタの心情は言うまでもない。
先ほどの表情からも、メンタルは大分削られていることがわかる。
「はぁ⋯⋯」
「どうしたんですか。ため息なんかついて」
「ショウタが自暴自棄になって何かやらかすかもしれないからな」
俺は顔を撫で、前髪をかきあげる。
「どうしてこうなったんだろうな⋯⋯」
「それは、神のみぞ知るってやつじゃ無いですかね」
「はっ、言えてるな」
リクの言葉に乾いた笑いを一つ。ともに過ごした時間は長いとは言えないが、言葉を交わし、ともに協力した仲だ。ショウタほどではないが、俺だって悲しい。
リクは俺の目を見て、少し首を傾げた。
「どうした、リク」
「⋯⋯いえ、何も。⋯⋯トウマさんも休んだほうがいいですよ」
リクは何か含みのある返事をして、休むために自分の部屋に帰ってしまった。
何が言いたかったんだ、アイツ。
重くなった両足を動かし、俺は自分の部屋へと向かった。
ドアを開けて、俺は一番にベッドにダイブした。
疲れた。人間将棋が終わって、自分の部屋で休んでいたはずなのに。
リクの話を聞いてから、それ以上に疲れた。
最悪な日だ。この世界に転移してから、一日たりとも最悪な日じゃないことなんてなかったけど。
「くっそ」
枕に顔を埋めて発した言葉は、枕を通り抜け、部屋にこだました。
◇◇◇◇◇◇
『次のゲームは『臓器ブラックジャック』です』
目覚めた矢先、目に飛び込んできたのはこの一文だった。
「朝から気分悪くなるなぁ」
悪態をつき、顔を洗った。
『臓器ブラックジャック』か。ゲームの名前的に、ブラックジャックのことだよな。ゲームで賭け事をやらせるのか。悪趣味だな。今までもだけど。
「飯、食うか」
食堂に向かうと、一人でうどんを啜るショウタがいた。顔色は依然悪い。
俺は適当にご飯をとってショウタの横に座った。
「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「⋯⋯あぁ、トウマか」
ショウタは俺が話しかけたのにも関わらず、返事をするのが遅かった。何か考え事でもしてたのだろうか。
「レン、残念だったな」
切り出すと、ショウタは俺の顔を見た。
そして、話し始めた。
「俺さ、人殺しになっちまったよ。なることなんてないと思ってたのによ」
「ショウタは不可抗力だったろ。俺とはワケが違う」
「いや、俺のせいだ」
俺のフォローを、ショウタは切り捨てる。
「俺が弱かったせいだ。俺がレンに甘えることもなけりゃ、ここにいて、美味い飯を食ってたのはレンだったのにな」
ショウタの目には涙が浮かんでいる。
「気負うなよ。お前は託されたんだ。生きてくれってな」
「⋯⋯俺が生きてても、なんの役にも立たねえよ」
ショウタは悲観的になっていた。レンが死んでから、何度も考えたのかもしれない。
あの時、自分が折れなければ、と。
その後悔は遅い。ショウタはわかっていたはずだ。それでも、考えずにはいられなかったと言うのか。
「自殺したりすんなよ。お前がいなけりゃ、カウント・アウトで死んでたんだ」
「ありゃレンのおかげだよ」
ショウタは、何を言っても聞かなかった。全てを否定し、レンの名前を呼び続ける。
「⋯⋯」
俺は何も言わず、ショウタを観察した
「次のゲームで同じになったらよろしくな」
俺は別れの言葉を告げ、自分の部屋に帰った。
そして、次のゲームが始まるその時を待った。
◇◇◇◇◇◇
時間が来た。『P-device』が身を震わせ、『臓器ブラックジャック』が始まることを知らせる。体の中から光が漏れ出て、あたりを白く染める。
あまりの光量に目を瞑った。直後、俺が椅子に座らされていた。純白の椅子だ。肘掛けはざらついていて、少し安心感を覚える。目の前には、黒い丸机が置かれており、異様なコントラストを醸し出されている。
そして、目の前にいたのは──────
「ショウタ⋯⋯」
「トウマか」
目の下に濃く浮き出たクマをつけたショウタがいた。生気の無い顔で、俺を見ていた。
「気持ちワリいか」
「は?」
「ずっと引きずってる俺が」
ショウタは自嘲の笑みを浮かべながら、俺に問うた。
「なわけないだろ。誰だって、家族が死んだらそうなるだろ」
「⋯⋯そう、だな」
ショウタは髪をかきあげながら肯定する。
「何が言いたいんだ?」
俺はショウタの意を確かめるべく、単刀直入に突っ込む。
「俺を殺してくれ」
二人しかいない空間に、ショウタの願望はいやに響いた。
俺の鼓膜を震わせ、奇妙な感覚に陥らせる。
「何、言ってんだよ」
俺が絞り出した声は、自分でも予想していなかったほど低かった。
あぁ、俺、キレてんだ。
「ふざけんなよ。お前は、レンに生かされたんだぞ!」
それなのに、ショウタは死にたいだと?
「お前の思い通りにはならなかったかもしれないけど、お前は託されたんだよ、レンに!」
机を叩き、俺は立ち上がった。
「託されたんなら、生きろよ!」
「お前に何が分かるんだ?」
怒気を孕んだショウタの声。それは俺が言葉を詰まらせるには十分すぎた。
「もう一人の自分だと思ってた人に裏切られて、先立たれて、それで生きろ?
ふざけんじゃねえ⋯⋯。ふざけんじゃねえ!」
ショウタも立ち上がり、俺の胸ぐらを掴んだ。
首元が閉まって顔がかあ、と熱くなる。自然と拳を握った。
「お前にはわかんねえだろうよ。何も失ったことがねえんだから」
頭の中で、何かがプツンと切れた。
「俺が何も失ってないだと?」
これだけは、これだけは⋯⋯!
「ふざけたこと言ってんじゃねえ! 俺だって何度も失ってんだよ! 自分の手で、他人の手で!」
俺の心のヒビから滲み出た何かが、口からとめどなく溢れ出た。
「何度後悔したって遅いんだよ、もう戻んないんだよ! だから今は何も失わないようにゲームを勝ち残ってんだよ! 妹一人守れねえ奴が俺に文句垂れんじゃねえよ!!」
俺の言葉は、ショウタの怒りのラインをいとも容易く超えてしまった。
「言いやがったな⋯⋯」
ショウタは拳を振りかぶり、俺の頬を殴りつけた。口の中が切れ、鉄の味が広がる。鼻の奥がツンとする。
俺もやり返そうとして、力を全身に込めた。瞬間。
『ルール説明をしますので、着席してください』
どこからともなく降ってくる機械音声が俺とショウタの熱を覚ました。
ショウタは俺の胸元を乱暴に放し、席に座った。
俺は口元を拭ってから着席する。
痛ってえ。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




