第三十六話
また歴史系か。しかし、今度は知らない人が出てきた。こんな人いたっけな。
「マルです。コウセイさんもわかりますよね」
「うん。わかるよ。リクくんの言うとおりだ」
すぐに答えが判明する。
バツに流れた人は何人かいた。
透明な壁がせり上がる。
「答えは、マルである」
その答えを聞いた直後、コウセイは俺の腕を取り、透明な壁まで走った。
「うおっ!」
急に引っ張られたことでつんのめる。
「何するんだ!」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「トウマくんを借りるよ!」
コウセイは透明な壁につくと、俺の手を離した。
少し手がヒリヒリする。
「どうした?」
「見てみてよ。この人たち」
コウセイは、透明な壁に手をつき、バツ側を眺めた。
バツに残った人は、今にも潰れそうだった。天井が降りてきているのだ。何問目かは覚えてないが、ものすごく苦しそうにしていた印象だ。
「幸運だよね。こんなに早く死ねるなんて」
「お前、なんて言った?」
背筋が凍りそうな一言に、俺は戦慄した。コウセイはまるで、新しいおもちゃをもらった犬のように、輝いた目をしていた。
「僕も早く死にたいよ」
うっとり、という表現が似合うような、頬を紅潮させながら呟く。
「答えろ!」
俺はコウセイの胸ぐらを掴んだ。コウセイは俺よりも身長が高い。そんな気はないのだろうが、俺は見下されたような感覚に陥る。
「どうしたんだい?」
「何だよ、その言い方。死ぬのが幸運だってか?」
なんでこんなに怒ってんだ、俺。どうかしてんじゃないのか?
「まあまあ、落ち着いてよ。何も、人の死を喜んでるわけじゃないよ」
いや、違うよな。理由は何となくわかる。
「このゲームに参加してる人たちは皆、死にたくないからゲームに挑戦してんだよ。それなのに、お前はさっさと死にたいだなんてほざきやがる! そんな死にたいんだったら、次の問題で間違えて死ねよ!」
言い切った後、我に帰る。力んだ手を服から手放した。
「ご、ごめん。言い過ぎた⋯⋯」
謝罪の言葉を吐き、コウセイの目を見つめる。
その目は、静かに笑っていた。
「僕はね、完璧主義なんだ」
唐突に語り出す。
「僕は、結果である『死』を最高なものにするために、過程である『生』を妥協したくない。僕はわざと死ぬなんて野暮なことはしない。でも、僕は優秀だから、きっと死なない。誰かに殺してもらわないとね、完膚なきまでに。⋯⋯そして、ようやく出会えたんだ。僕を殺してくれる君にね」
コウセイは俺の髪をかき揚げ、顕になった額に親指を滑らせた。
「さっきの言葉で確信したよ。⋯⋯君は僕を殺してくれるかい?」
俺は問われた。きっと、俺の答え次第で、全てが変わってしまうかもしれない。コウセイの人生の幕引きも、俺の人生の終わり方も。
このゲームの行く末も。
言葉を選ぼうと、慎重に口を開いた。だが、それとは裏腹に、俺は言葉をすでに紡いでいた。
「わかった。俺が殺してやる。手も足も出ないくらいにな」
言ってから、慌てて口を閉じた。だが、やってしまったなどとは思わない。それどころか、すんなりと口に馴染む。きっと、これが俺の本心だったのだろう。
俺の言葉を聞いたコウセイは、俺を熱く抱きしめた。
「待ってるよ」
「放せ」
「あ、ごめんごめん」
コウセイは謝りつつも、俺を離さない。そんな中、機械音声が響いた。
「九問目。宇宙に重力は存在しない。マルかバツか」
「いい問題だね」
「いいかげん放してくれ」
俺は未だにコウセイに抱きつかれたままだ。
「トウマくん。どこ行ったのよ⋯⋯って居た!⋯⋯ていうか、あんた離れなさいよ!」
そう言って、ナツメがコウセイの頭を引っ叩いた。
「ゲ〜! トウマ、お前ホモだったのかよぉ!」
「ちげえ!!」
ナツメについてきたロウが俺の状態を見るなり叫んだ。
俺は否定するために、コウセイの腕を掴んで自分の体から引き剥がす。
「つーか、次の問題わかるやついるか?」
周りを見渡すが、誰も手をあげない。
俺のいつも見ていた景色が正しいとするならば、宇宙に重力は存在しない。テレビの中継とかで、宇宙ステーションにいる宇宙飛行士がフワフワ浮いてるのを見たことがある。
「あのさ」
ショウタが口を開いた。
「多分だけど、俺は重力はあると思ってる」
「その理由は?」
ナツメが即座に聞き返した。
「俺、最初はないと思ってたんだ。宇宙飛行士がフワフワ浮いてるのを見たし」
俺と一緒だ。奇遇だな。
「でも、宇宙飛行士がいるところって、落ち続けてるんだよ。エレベーターが目的の階層についた瞬間、一瞬フワッとするだろ。あれがずっと続いてるんだと思う。フワッとするけど、地球にいるから重力は存在しているって考えた。まあ、スケールは違うけど」
確かにそうだな。落ち続けている限り、浮き続ける。⋯⋯うん。合っていそうだ。
「ショウタの言う通りにしよう。バツに行こうぜ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「?」
「俺が間違ってるかもしれないから、そんな簡単に信じるなよ。それで死んだらどうすんだよ?」
ショウタは困惑してるようだった。ああ、ショウタ目線だと、まだ俺たちのことを信用していないから、俺たちもショウタのことを信用していないと思ってるのか。
「別に、俺はショウタのことを信じてるよ。それに、仲間になるには、信頼することが大事だって、どっかの誰かさんが言ってたしな」
言いながら、俺はナツメの方をチラリと見る。ナツメは、自分の言葉が使われたことが嬉しいのか、口角が上がっている。
わかりやすいヤツだ。
ナツメに釣られて、俺も少しだけ微笑みながらバツに向かう。誰も文句は言わない。
大部分がマルに流れた。バツにいる方が少数派。だが、不安になんかならない。
「答えは、バツである」
瞬間、透明な壁がせり上がり、赤いエリアを覆った。今まで、散々死ぬ奴らを見てきたからか、誰一人声をあげない。
直後、床が消滅した。誰かが悲鳴をあげる。その悲鳴が、時間が経つたびに小さくなっていく。
そして、電池が切れたようにぷつりと悲鳴が途絶えた。消えていた床がぼんやりと浮かび上がり、姿を確定させた。透明な壁が下がる。恐る恐る赤い床を踏み締める。しかし、床はびくともしない。さっきまで消えていたのにだ。謎の力が働いているのだろう。
「十問目」
来た。これが最後の問題。
「今回は答えが二択用意されています。どちらかを選んでください」
機械音声が告げるとともに、残りの人数を移していたモニターの画面が切り替わる。
「6÷2(1+2)=?の答えは『1』か『9』かどちらか。『1』だと思う人は赤い床へ、『9』だと思う人は青い床へ移動してください」
簡単な計算式だった。
こんなのは誰にでもわかる。答えは『9』だ。カッコの中の計算が優先されるから、数字を足した後、左から計算して『9』。簡単だ。
「これ、『9』だよな」
「「「⋯⋯⋯⋯」」」
「皆?」
なんだ? 皆の様子がおかしい。それに、周りの人も。
「私も『9』なのだけど⋯⋯」
「僕は『1』になりました」
「どうやって『1』になるんだよ」
「カッコの数字に『2』をかけて、それで『6÷6=1』になります。ですが⋯⋯」
「これ、どっちの答えも正しいよね」
リクが言おうとしていた言葉を、レンが引き継いだ。
⋯⋯確かに、『1』でも正しい。
「じゃあ、どっちも正しいサービス問題ってことで良いのかよぉ?」
ロウがあくびをしながら呟く。
「コウセイはどう思う?」
「僕は君に任せるよ。僕を殺す君の決断を見届けたい」
だめだ。役に立たない。
「ショウタは?」
「俺は『1』だな。でも、確かに『9』でもあってるんだよな」
いや、両方正しいなんてこと、このゲームであり得るのか?
だって、このゲームは「マルバツクイズ」だぞ。どちらかが正しくて、どちらかが間違いなんだ。絶対そうだ。じゃなきゃ、マルバツクイズが成立しない。
俺が見落としてることがあるのか?
でも、このゲーム会場には俺が見落とすような要素はどこにもない。だとしたら、俺はもう目にしている?
そもそも、この問題自体が問題として曖昧すぎる。はっきりしていないんだ。問題の答えは白黒つけとかないと、意味がないのに。俺は顎に手を当てて考えた。できるだけ情報をシャットアウトするために、上を向いた。照明の過度な光が目に飛び込んでくる。
たまらず下を向いた。床の鮮やかな色が目に入った。
「残り二分」
だが、一つだけ、くすんだ色があった。灰色の床。俺はその色を見た瞬間。
「──────あ」
「どうした、トウマ」
ロウの言葉なんて入ってこなかった。
ただ、全てが繋がっていくような感覚が頭の中に染み込む。
「おい、返事しろって」
「お前ら」
ロウの少しイラついた言葉を遮る。
その行為に、ナツメが訝しんだ。
だが、そんなことはどうでも良い。俺は、全員に言い聞かせるように、口を開いた。
「俺に、命を賭けてくれるか?」
誰もが、俺の表情を見て驚いている。きっと、俺は誰にも見せたことのない顔をしているのだろう。唯一、コウセイだけが俺の表情を見て、恍惚としていた。
「わかったのか?」
「説明してる暇はない。俺を信じれるやつだけ着いて来い」
ショウタの質問に言葉を吐き捨て、俺は灰色の床に足を踏み入れた。
「残り一分」
後は、誰がついてくるか。
「私は行くわよ。どっかの誰かさん見たいに、トウマくんを信じてるから」
ナツメは俺の肩を叩きながら、笑って見せた。
「んじゃ、オレも行くかぁ」
ロウも俺についてきた。
「トウマが死んだらタイマンできねーしよ」
「僕も行きます」
「僕も行くよ。トウマくんに命は託したからね」
リクとコウセイも灰色に足を踏み入れる。
「お兄ちゃん。私は行くよ」
「⋯⋯あぁ、レンを信じるよ」
レンとショウタもついて来た。
この問題は答えが決まっていない。
「残り十秒」
どっちが答えなのかは曖昧だ。どっちつかず。白黒つかないままだ。
「残り五秒」
だから、どちらの色でもない、この灰色こそが答え。答えがないことが答えになる。
「⋯⋯答えは、灰色の床」
瞬間、透明な壁が灰色のエリアを取り囲むようにして出現した。俺たちを守るようにして。
同時に、灰色の床を踏んでいない参加者は皆、火に包まれた。呼吸ができない苦しさと、生きたまま焼かれるという壮絶な痛みに、参加者はのたうち回った。
それはまるで、風にゆらめく蝋燭の火のようだった。
命も、動きも、風前の灯火のように、ゆらゆら、ゆらゆらと。
そして、消える。何事もなかったかのように。
「生存者、七名」
無機質な音声が告げる。だが、それは自分は生き残ったと自覚するには十分すぎるほどだ。
「生き残ったのか、俺」
呟いた。
「うん、生き残ったわ」
ナツメには聞こえていたらしく、俺に呼びかけるように答えた。
「お疲れ様ー」
会場に、八人目が現れた。
このデスゲームの主催者である少年だった。
少年はにっこり微笑みながら、俺たちに近づく。
「何の用だ?」
「いやーちょっとね」
少年は答えになっていない答えを返す。
「君は、『面白い』人間だなって思ってね。⋯⋯楽しみにしてるよ」
意味深な言葉を紡いだ少年は会場から消え失せようとする。寸前、俺は質問を投げかけた。
「あんた、名前は?」
少年は振り向く。そして。
「神って呼んで♪」
◇◇◇◇◇◇
気づけば、俺は自分の部屋にいた。どうやら転送されたようだ。血を浴びたため、風呂に入ろうとすると、ポケットに入っていた『P-device』が身を震わせた。
ナツメからメールが来ていた。
『なんで答えがわかったの?』
「あの問題は曖昧だったんだ。答えが出ない問題だった。だから、どちらでもない色、灰色の床を踏んだんだ」
うまく言語化できない。でも、直感でそう思った。その直感を言語化できるほど、俺の語彙は多くない。
これで伝わるだろうか。
『なんとなくわかったわ。教えてくれてありがとう』
伝わったみたいだ。俺は『P-device』をベッドに放り投げ、浴室に飛び込んだ。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




