第三十五話
「答えは、バツである」
「よし!」
「当たってたわね」
機械音声から告げられる答えは、リクが即答した答えと一致していた。
マルに行っていた参加者はそこそこいる。数にして二十人ぐらいか。
一問目の時と同じように、透明な壁が登ってきた。
透明な壁が二つの床を分ける。直後、天井がゆっくりと下降してくる。
どうやら、間違えた人たちは圧殺されるようだ。
だんだんと天井が迫ってくる。間違えた人たちは絶望にかられて、声すら出せない。
本能に従って、最後まで生きようと、這いつくばるようにして床に伏せった。
しかし、天井は止まらない。間違えた人を殺すまで、その天井の進撃は止まらない。
とうとう、伏せった人に天井が触れた。
「ぐ、うううううう⋯⋯!」
「ああああ⋯⋯!」
押しつぶされる人の最期の悲鳴が聞こえてきた。
誰もが苦痛に満ちた声を発し、逃れようと、こちら側に手を伸ばす。
骨が軋む鈍音。肉が潰れる不快な音。赤く染まる顔。滲み出る鮮血。いっそう赤く光る床。
この人たちは先ほどの男とは違う。この人たちは、必死に考え抜いて、自分の頭をフル回転させて、その結果マルを選んだ。だというのに、容赦なく殺されていく。それが、どうしようもなく酷いのだ。
思わず目を逸らす。だが、最後まで見届けようと思い直し、見据えた。だが、すでにあの人たちは消え失せていた。最初から存在しなかったかのように。
確かにいたはずだ。ここで苦しんで死んだはずだ。なのに、その痕跡はどこにも見当たらない。赤い床が濡れて見えるのは、俺の錯覚なのだろうか?
透明な壁は役割を終えたと言いたげな風に、すぐに下がる。
「トウマくん?」
「⋯⋯どうした?」
「顔⋯⋯怖いわよ」
ナツメの指摘に、すぐに顔を揉んだ。
「何でもない」
俺はナツメを安心させるために、すぐに返事をする。
「何かあったら、私に言いなさいよ」
「ああ、ありがとな」
「トウマさん、あまり思い詰めないでくださいよ」
「リクも、心配させてごめんな」
俺は深呼吸をし、次の問題に備える。
「三問目」
俺はすぐに耳を傾ける。
「ドラえもんの耳がないのは、ネズミに齧られたからである。マルかバツか」
何だよこれ。さっきの問題とは大違いだ。
「これ、あれだよな。マルだよな」
「そうだと思います」
「ええ、私もよ」
三人の答えが一致した。すぐに移動する。他の人もあまり迷っていないようで、すぐにマルに移動していく。中には残ろうとした人もいるが、他の人たちの行動を見て、マルに移動していく。
本来ならば、さっきの問題もこうなるべきだった。二問目は答えがあっていた方が多かった。だというのに、死んだ人もいた。それは、間違えた人が中途半端に多かったからだ。
マルに移動した人がほんの数人なら、マルに行った人は自分が少数派なことに不安を覚えて、考え方を変える。これは人間の心理だ。
これは自分を助けることもあるが、自分を死に至らしめることもある。これは自分との戦いでもあるのだ。
「答えは、マルである」
バツに行った者は誰もいなかった。透明な壁がせり上がることもなかった。
「四問目。カマキリを漢字で書くと『蟷螂』である。マルかバツか」
「マルですね」
「リク⋯⋯」
「簡単です。漢字を知ってたら誰でも解けますよ。移動しなくて良いです」
即答だった。生存する分には良いが、少し拍子抜けだ。
皆が制限時間が終わるまで待つだけだ。その間にも、マルに行ったりバツに行ったりする人はいる。そして、何人かの人がバツに行く。
「あれってさ、コウモリじゃね?」
「確かに、カマキリってもっと別の漢字だよな」
そんな声が聞こえてくる。
そして、制限時間を迎えた。
「答えは、マルである」
透明な壁がせり上がる。その瞬間、バツにいた男が透明な壁を乗り越えようとしていた。助走できる距離をとり、一気に透明な壁目掛けて走り出した。未だ透明な壁は腰の高さしかない。男の身体能力が高ければ、あの高さぐらいは越えられるはず。
「死んでたまるかぁ!」
男は気合いの声を発し、跳躍した。軽々と透明な壁を越える高さだ。あれぐらい跳べれば、死ぬことを回避できるのか?
男の体は透明な壁の真上に到達。あとは床に着地するだけ。
瞬間、ゆっくりと動いていた壁が、高速で動き始める。
男はその壁に引っかかり、天井まで運ばれた。直後、天井と壁に挟まれ、両断された。内臓が飛び散り、血の雨が降る。その雨は、青い床を赤く染め上げた。
てらてらと赤く血濡れた壁が二つの床を分断する。
そして、バツの方の壁に刃物が現れた。銀色の刃物だ。一目で念入りに研がれたことがわかる。
その刃物が、次の瞬間には部屋を水平に移動していた。
バツにいた人たちは皆、時が止まったように動かなくなる。だが、ほんの少しだけ動いた。ゆっくりとゆっくりと。ただ、動いたのは首だけだった。熟れた果実が木から落ちるように、頭がボトリと落ちる。血が噴水のように噴き出た。頭を失った体が痙攣しながら床に倒れる。
そこら中を血で満たした。
しかし、次の瞬間には、すべてが消えていた。何もかも、すべてがなかったことにされていた。透明な壁が下がる。
無機質な機械音声は言葉を紡いだ。
「五問目。狼に一番近いDNAを持つ犬はシベリアンハスキーである。マルかバツか」
次の問題は犬に関する問題か。
「誰かわかるか?」
「私はわかるわ。本で読んだから。これは間違いよ、一番近いのは柴犬」
「わかった。バツに移動するぞ」
ナツメのおかげでこれもクリアできそうだな。
バツに移動しようとしていると、怒声が聞こえてきた。聞こえてくる方角を見ると、そこだけぽっかりと空間ができている。
男二人が言い合っているようだ。
「ねえ、トウマくん。この声って⋯⋯」
「ん?」
ナツメの意味深な言葉を受け、耳を傾ける。
「この声、ロウの声じゃないか?」
「だろうと思ったわ」
「誰ですか、それ」
「私たちが鬼ごっこの時に協力した人よ」
俺は野次馬をかき分け、口論をしている空間に辿り着く。
そこには、ロウともう一人の男が言い合っていた。男の方には、引き留めている女がいる。
「たまたま当たっただけじゃねえか。そんなにグチグチいうことじゃねーだろ」
「たとえわざとじゃなくても、当たったことは謝るべきだ!」
「もう良いから、クイズに集中しようよ⋯⋯」
ふむ、何となくわかった。ロウが女に当たったんだろうな。それで男が怒っていると。
俺は仲裁をするため、乗り出した。
すると、別の男も出てきた。
「「まあまあ、落ち着いて」」
「「ん?」」
セリフが被った。この男は二人と関係があるのだろうか。
「ロウ、落ち着けよ」
「トウマか。コイツ、どうにかしてくれよ。うるせーんだ」
「うるさいだと!?」
ロウのモラルのない発言に、男が激昂する。
男の方は、女が宥めている。
俺はとりあえず、二人の言い分を聞くことにした。
「ロウ、何をしたんだ?」
「五問目の答えがわかったからよ、移動しようとしたら、コイツの後ろにいる女の乳に腕が当たったんだよ。そんで、コイツがキレてきた」
「君の言い分は?」
俺は男の方を向いた。
「コイツが俺の妹に触れたから、謝罪を要求したら逃げようとしたんだ。だから引き留めた」
なるほど。二人は兄妹の関係だったのか。まあ、兄が怒るのも頷ける。
「当たったぐらいでそんなキレるかよ。普通」
「お前⋯⋯!」
「ストップストップ」
ロウがボソリと文句を言うと、兄が今にも飛びかかりそうな体勢をとった。
すると、俺と一緒に喧嘩を止めようとした男が割って入ってきた。
「今は時間がない。移動してからにしようか」
男の言うとおりに、バツへ移動する。皆がついてきた。全員、答えがわかっているようだ。
「正直、迷惑しているんだ」
男が言った。
「君たちの叫び声で問題が聞こえなかったらどうするんだい? 君たち自身も死ぬことになるじゃないか。少しくらい、人の迷惑も考えようね」
ぐうの音も出ない。ロウは舌打ちをし、兄妹の兄はシュンとした。
「すみません。ウチのロウが⋯⋯」
「オレをガキみてえに扱うんじゃねえ!」
とりあえず、これで喧嘩は終わったな。
俺はとりなしてくれた男性にお礼を言うために向き直る。瞬間、俺は上を向かされた。目の前には、男性の顔がある。
俺は、顎クイをされていた。
「君は良い目をしているね。君なら、僕を殺してくれそうだ」
「⋯⋯⋯⋯」
俺は何も言えなかった。男性に顎クイをされ、意味不明な言葉を吐かれた事実に混乱していた。
「何、してんのよ!」
ナツメが男性の頭を叩いた。その衝撃で、顎クイの状態は解除される。
「あいたた⋯⋯。いやあ、すまない。少しこの子が気になってしまってね」
男性は俺に流し目をしながらナツメに建前の謝罪をする。
「っと、忘れてた。僕は南屋コウセイ。男性。年齢は二十六歳。牡牛座。よろしくね。トウマくん?」
何だコイツ⋯⋯。
俺が辟易していると、リクが口を開いた。
「コウセイさん。少し気持ち悪いですよ」
「おっと失礼。僕は僕を殺してくれそうな人に対しては目がなくてね。こうして暴走してしまうんだ」
コウセイは開き直ったのか、頭を振って答える。リクのド直球な罵倒を喰らうが、どこ吹く風だ。
「あまりにもトウマくんが僕を殺してくれそうだったからね。これはしょうがない」
やれやれ、といった風に続けた。
そして、言っている意味がわからない。俺がコイツを殺す? なぜ。どうやって。いつ。
様々な疑問が降って湧いては消えていく。
「どう言う意味だ?」
「知りたいかい?」
コウセイは含みのある言葉を俺に投げかけた。真っ直ぐにコウセイの目を見つめる。
やがて、コウセイは口を開いた。
「それはね⋯⋯」
「答えは、バツである」
コウセイが言おうとしていた言葉は、機械音声に阻まれる。
「おっと、機会がなくなったね。話すのは、このゲームが終わってからにしようか」
コウセイは言い残し、分断する透明な壁に向かって進んでいく。
「何だぁ、アイツ」
ロウの不機嫌な声が聞こえてきた。
「さあ」
俺は生返事しか返せない。
「ところで」
兄が声を上げた。
「トウマ、あんたは、ロウってやつの仲間なのか?」
兄の視線が俺に突き刺さる。
「ああ、そうだよ。ところで、あんた達には、俺の仲間になってほしい」
「あ?」
「このゲームを切り抜けるには、多くの知識が必要だ。人は多くいた方がいい。どうだ?」
「私は良いよ?」
声を上げたのは、兄を引き留めていた妹だった。
「レン、何言ってるんだ?」
「うるさいよ、ショウタ。私は妹じゃないんだからね。過保護すぎ。ていうか、今は協力しないと生き残れないかもしれないじゃん!」
「うっ⋯⋯」
「変なプライドは捨てて、協力しよ。ね?」
ショウタ、と呼ばれた男は、目を伏せて下唇を噛んだ。その後。
「ああ、レンの頼みだ。協力してやる」
少し⋯⋯いや、だいぶ不服そうだが、協力はすることになった。
残りの参加者は百五十三人だった。
◇◇◇◇◇◇
「六問目。無量大数の定義は10の58乗である。マルかバツか」
この問題は随分と数学的だな。俺はわからない。
「誰か、知ってるやついるか」
「知らーん」
ロウは呑気に頭の後ろで腕を組んでいる。
「私もわからないわ」
ナツメも知らないみたいだ。
そもそも、無量大数に終わりの概念なんてあったのか。それ自体知らなかった。無限の数字を表したものを無量大数だと思っていたのに。
「私わかるよ」
「僕もわかります」
「俺も」
レン、ショウタ、リクが手を挙げる。
「一人ずつ言ってくれるか?」
「私は68乗だと思ってる」
「俺も」
「僕もです」
わかるやつは皆一緒。なら、これが答えだろうな。
「バツだから移動しなくて良いな」
このまま時間制限が来るまで待つ。
「答えは、バツである」
マルのエリアに目を向けると、何人かの人がいた。その人達は皆剣山で串刺しにされるだけだった。直後、フッと跡形もなく消える。
「七問目。田沼意次の息子は田沼意知である。マルかバツか」
おっ。これは何となく覚えてる。マルなはずだ。息子はどこかで殺されたはず。お城の中だったっけ。よく覚えていない。ただ、意次には息子が居り、その名前が意知だとお言うことは覚えている。中学生の時に習ったような気がする。教科書の隅に書かれていただけか?
「俺、わかるよ」
「僕もわかるよ」
「うわっ!」
俺の背後から、耳元に囁かれる声。そこを飛び退き、振り返ると、コウセイが立っていた。
「びっくりさせちゃったね」
「お前、離れたんじゃ⋯⋯」
「いやいや、あれは死に様を見るために足を運んだだけだよ」
当たり前のように外道の行為を語るんじゃない。
「この人、危ないわよ」
「俺もそう思う」
耳打ちしてきたナツメに、同意の意を示す。
「答えはマルだね。移動しようか」
コウセイの一声で移動し始める。バツに残る人は何人かいるみたいだ。しかし、俺らが移動しているのを見て、思い直したのか、マルに進んだ。
こうも大きくなってしまうと、周りから浮いて目立ってしまう。まあ、人が死なない分には良いか。
透明な壁がせり上がり、機会音声が答えを言った。
「答えは、マルである」
バツに残った人はいない。今回も死亡者はゼロだ。
「八問目。エレキテルを作ったのは平賀源内である。マルかバツか」
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