第三十三話
脱出用の扉が開くまで、残り五分となった。
デスゲームに参加している他の人たちも、いつでも扉に駆け込めるように、周りの民家に隠れている。見ただけで三十人以上は周りにいる。
『P-device』で確認すると、残りの生存者は八十三人まで減っていた。最初は二千人もいたのに、たった四人の鬼だけで十分の一以下にまで減らすなんて。
「すぐに行動できるようにしとけよ」
「ああ」
「もちろんよ」
二人の返事は、俺の心配で揺らぐ心をしっかりと支えてくれる。
残り一分。
「出るぞ」
俺の掛け声で三人一緒に家を出る。そして、出口であるゲートに近づく。周りに鬼がいないことは『探索』済みだ。
他のグループも出てきた。俺たちを同じように、何人かで協力し合って生き抜いてきたようだ。お互いを信頼し合い、危機を切り抜けたグループ。歴戦の猛者のように見える。
だが、それは俺たちも同じだ。
カウントダウンが始まった。10。9。8。7⋯⋯。
ゲートが開いた。生き残った人々を誘うように、大きな門扉が動く。
「出られるぞ!」
誰かが叫んだ。それが伝播し、大きな波となって、生き残った人たちに伝わる。誰もが駆け込んだ。いの一番にゲートを潜り抜けようとする。
「トウマくんも行きましょう!」
「おう!」
それは俺たちもだった。
先頭に立つ人間がゲートを潜り抜ける、その時だった。
ゲートの先から、漆黒の手が伸びてきた。金色の長い爪を光らせ、先頭にいた人の頭を握った。直後、最も簡単に握りつぶす。血が飛び散り、中身が爆散する。
地獄から這い出したような異形が、ゲートから姿を現したのだ。
「きゃあああああああ!!」
「逃げろおおお!」
ついさっきまで歓喜していた人間たちが、一瞬で阿鼻叫喚する。
「なんだあれ⋯⋯」
思わず口からこぼす。
身長は三メートルほどか。赤い瞳に、黒いツノに漆黒の体。腰には虎の毛皮を巻き、右手には身長の半分ほどの金棒が握られている。
まさに、絵に描いたような鬼。黒鬼だ。
全身が粟立ち、今すぐ逃げろと本能が警鐘を鳴らす。だが、その命令をかき消すほどの圧倒的存在感。
「くん。⋯⋯トウマくん!」
「!」
釘付けになっていた意識を振り払ったのは、ナツメの呼びかけだった。
「逃げるぞ!」
「今逃げてもあのゲートは潜れないわよ!」
「でも、アレと戦うのは無理だ。無理ゲーだ!」
「それをなんとかするのよ!」
「ロウ、ロウは?」
「そこにいた⋯⋯って、鬼に向かって行ってる!」
ナツメの視線を先にロウはおらず、とっくの昔に黒鬼へと向かっていった。
「デザートより、主菜が先だよなあ!」
啖呵を吐きながら、黒鬼に向かって全速前進。危険など顧みなかった。
「止めるぞ!」
「ロウを囮にして逃げれるかもしれない!」
「そんなことするわけないだろ。ナツメさんだけゲートをくぐれ!」
黒鬼は逃げそびれた人間の頭に向かって金棒を一振り。頭がひしゃげ、中身が飛び出ながら、跡形もなく粉砕する。
先を行くロウを追った。
ロウは人を潰している黒鬼の背後をとり、勢い良く跳びかかる。後頭部に向かって足を振り上げ、踵落としを狙った。
完璧に入った。ように見えた。ロウの攻撃が黒鬼に通ることはなかった。黒鬼は背中に目がついているかのように、手を後ろに回し、ロウの足を掴んだ。そして、思い切り地面に叩きつけた。何度も何度も。子供が癇癪を起こして、モノに当たるように。
何度も叩きつけた後、地面に放り投げた。金棒を逆手に持ち、倒れ伏すロウの頭に狙いを定めた。金棒で潰すつもりだ。
何か、何か無いか!
あたりを見まわし、何か手段が無いか見つけようとする。
金棒が吊り上げられ、落とされる寸前。
咄嗟に、俺は近くにあった拳大の石を拾い上げた。
「こっちを見ろおおおお!!」
叫びながら全力投球。石は鬼の後頭部に当たった。黒鬼の動きが止まる。首だけがこっちを向いた。赤い瞳をぎらつかせながら、俺を睨んだ。殺意、という言葉だけでは形容しきれない何かを向けられる。
その瞬間、悟った。買ってはいけない怒りを買ってしまったと。
鬼が地面を割りながら走ってくる。
とりあえず避けろ。反撃なんか考えずに、避けろ。避けろ。避けろ。避けろ。避けろ!
金棒が水平に薙いだ。
俺は培った技術も、攻撃を見切ることもしなかった。
ただ、ただひたすらにしゃがんだ。
体が吹き飛ばされそうになる風圧が襲ってくる。転がりながら距離をとり、黒鬼から離れる。
「ぷあっ!」
息が苦しい。呼吸を忘れるほど避けることに集中していたようだ。心臓が肋骨を割って飛び出してきそうだ。頭がガンガンする。呼吸を忘れていたことで、ひどく頭が痛む。
あれが、本物の鬼。先ほどの四体とは比べ物にならない。アレと比べたら四体の鬼なんてミジンコも同然だ。
『P-device』をみた。残り時間は三十分と表示されていた。これがラストだ。これを過ぎた瞬間、俺の死は確定する。
黒鬼は倒れているロウの元に戻ろうとしている。これ以上俺を深追いはしないようだ。ロウが殺される前に、もう一度黒鬼に喧嘩を売るのか⋯⋯。
やりたくねえ、でも、やらなきゃいけないんだ⋯⋯。
いつもだったら、攻撃を見切って、反撃を叩き込むぐらいはやってのけたはずだ。だと言うのに、あの時は、俺はしゃがむことしかできなかった。
圧倒的格上⋯⋯。
それでも。
俺は再び石を拾い、黒鬼に投げつけた。コツン、と小さく音が鳴る。先ほどより小さいとはいえ、野球ボールぐらいの石だ。当たったら相当な傷を負うだろう。だと言うのに、黒鬼は蝿が止まったような感じで、頭を掻きむしっただけだった。
こんなんじゃ止まらない。
俺は黒鬼の攻撃を避けるときに放り出した消化器を拾い上げた。
黒鬼はロウの頭を潰そうとする。
俺は完全に黒鬼の意識から外れた。瞬間、駆け出す。消化器をテイクバックし、ぶん殴る体勢を作る。ロウの頭が潰される直前、ジャンプし、黒鬼の後頭部を強打した。消化器が割れ、中身の粉が黒鬼に降りかかった。黒鬼の頭が煙に包まれる。それで目測を誤ったのか、ロウの頭に突き刺さっていたであろう金棒は、ロウの頭の横に下ろされた。
金棒の衝撃に、地面がえぐれ、破片が隆起する。
「んあ?」
ロウが眠たそうな声を出しながら、うっすらと目を開ける。
コイツ、気絶してたんじゃねえのかよ!
「起きろ! そんで逃げろ!」
黒鬼は背中に飛び乗った俺を捕まえようとして、両手を後ろに回す。俺は身を捻って交わし、背中から飛び降りる。
ロウも状況を理解したのか、すぐに飛び起き、俺の元までやってきた。
「そういやオレ、アイツにボコられたんだったなあ」
苦虫を噛み潰したような顔をして、頭をポリポリと掻く。
「そうだよ、良く死んでなかったな。助からないと思ってたぞ」
「頑丈に産んでくれた母ちゃんに感謝だな」
そう言って、ニヘ、と笑う。
実際は頑丈なんて言葉じゃ表せないほどだ。本当に鉄人かと思った。アレほど地面に叩きつけられたのに、形を保っているなんて。
黒鬼は、地面に突き刺さった金棒を引き抜くと、こちらに向き直った。
「あの女はどこだ?」
「ナツメさんなら逃したよ。危なすぎる」
『P-device』を見た。残り人と表示されている。ここは残った人と協力するべきか。
「ロウ、一旦引くぞ。それで、残った人たちと協力しよう」
「ああ? 二人で凸った方が早えだろ」
「そんな博打はやってられない。⋯⋯ほら、早く来いって」
俺は少し不服そうにするロウを連れて、黒鬼の元から離れた。
◇◇◇◇◇◇
残り四十七人。俺は、今いる人たちと協力することにした。ただ、協力と呼べるほどのことではない。ただ単に、皆で一斉にゲートに向かって走ると言うだけだ。草食動物と同じだ。群れることで、自分が狙われる可能性を少しでも低くする作戦だ。これで、誰もが平等になる。
後は、生き残った人たちに協力してくれるよう頼むだけだ。
俺は適当な民家の中に入った。中には、四人の男女が固まっていた。
「鬼にバレるから、早く隠れろ!」
隠れていた中の一人の男性が、俺たちに向かって忠告する。
「少し良いか?」
「⋯⋯なんだよ」
俺の言葉に、男性は俺に疑いの目を向ける。
そりゃそうだ。初対面のやつに話しかけられたんだ。こうなるのは当然。それに、黒鬼との戦闘⋯⋯と呼べるほどのものではないが、立ち向かっていた俺たちをみていたはずだ。
「協力してほしいことがある」
「話してみて」
グループの中の一人の女性が俺を促す。
「俺は、このゲームをクリアしたい。すでに何人かは黒鬼を掻い潜って、ゲートを通った。俺たちも続きたいんだ。そこで、今生き残った人間を集めて、一斉に特攻するんだ」
「特攻?」
「いや、俺の言葉が悪かったな。訂正するよ。特攻というより、ゲートに向かって走るんだ。できるだけ多くの人を集めてな。そのほうが生き残る確率は上がるだろ?」
俺の言葉に、少しだけ疑いの目は柔らかくなる。
「それに、ここで隠れてたって、タイムオーバーで死ぬだけだ。だったら、生き残る方に命かけようぜ」
そう言って、俺は手を伸ばした。この手を掴めば、この作戦の仲間入り。掴まなかったら、ここで死を待つだけだ。
ここまで生き残っている人間なら、馬鹿なヤツじゃないはずだ。ここにいる四人だけで黒鬼を攻略するより、生き残った人間全員で、ゲートに走った方が良いとわかるはずだ。もっとも、死んだヤツらでも、これぐらいはわかるだろうが。
「わかったよ」
男は俺の手を握り、立ち上がった。
「人を集めれば良いんだろ?」
「ああ、それでいい。残り五分になったらゲート前に集合だ」
言うべきことは全て言ったため、民家を出る。黒鬼はゲート前で仁王立ちしている。おそらく、そういう習性なのだろう。
「ロウも手伝えよ。人を集める手伝いを」
「オレは一人でも行けるもんよ。群れなくたって大丈夫なんだよなあ」
残り十分。
オレは別の民家に行き、隠れている人を探し出した。
「俺と手を組まないか?」
「無理だ! あんなやつに立ち向かうなんて。俺はこの目で見たんだぞ。人が殺されるのを!」
「俺だって見たよ。それでも、ここで隠れ続けて死ぬよりかはマシだろ」
「俺はやんねえよ。やるならテメーらだけでやれよ!」
コイツは無理か⋯⋯。
「トウマ、残り時間が六分しかないぜ?」
「そろそろ行くか」
◇◇◇◇◇◇
残り五分。
揃ったのは、四十七人中、三十一人だった。
まあまあの人間が拒否をしたのか。なんというか⋯⋯。いや、もう良い。
「行くぞ」
俺の言葉に、誰かが前に歩を進めた。それを皮切りに、別の誰かが歩を進める。
俺も、一歩踏み締めた。カツカツ、と段々感覚が速くなっていく。誰かが走り出した。それに続く。
全員が走り出した。皆、各々が出せる全力で走った。
黒鬼も黙っていない。金棒を手に取り、できるだけ多くの人間を殺そうと、タイミングを測っている。
この作戦は、誰かが絶対に死ぬ作戦だ。その犠牲を囮に、誰かが生き残る。そんな作戦だ。
だから、死ぬことはしょうがない。
先頭が黒鬼と接敵した。瞬間、金棒が振り抜かれる。俺は中央より前にいたため、最初の攻撃の範囲にはギリギリ入っていなかった。
先頭にいた何人かが吹き飛ぶ。五体が千切れ飛び、中身をばら撒きながら宙を舞った。血の雨が降り注ぎ、後続に染み渡る。
次撃が来る。
俺は一瞬で黒鬼の脇を通り抜けた。次撃を交わせば、あとは走り抜けるだけ。
金棒が飛んできた。俺は姿勢を低くすることでそれを回避する。すぐ横で何かがちぎれる音がした。金棒が振り抜かれ、暴風が吹き荒れる。髪が暴れ、視界に出たり入ったりを繰り返す。
俺は完全に黒鬼から遠ざかり、ゲートを潜り抜けた。
やがて、生存者がゼロとなり、ゲートが閉じた。
『P-device』を見る。生存者は十三人だった。
先に通過していた人間以外、皆が血を浴びていた。赤黒く光っていて、鬼のような風貌だ。その血生臭い匂いに耐えきれず、吐く者や、気を失う者まで出てくる。普通にしていたのは、俺とロウだけだった。
「お疲れ様でーす!」
天から声が降ってきた。そこにいたのは、ゲーム開始時にいた銀髪の少年。
「これにて第一のゲーム『鬼ごっこ』は終了です。次のゲームに向けて英気を養い、コンディションを整えてくださいね! それじゃ!」
早口で言い終わると、銀髪の少年は指を鳴らした。瞬間、視界が白に染まる。
気がつくと、そこには大きな建物があった。
転移だろうか⋯⋯。今の能力は。とりあえず、今はこの汚れた体を洗おう。そこから、次のゲームに向けて考えるか。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




