第三十一話
「ま、それは最後の切り札ね。流石に危なすぎるわ。倒せるという保証もないし」
「え?」
なんだよ、せっかくカッコつけたのに。
「でも、トウマくんが仲間で良かったわ」
「急だな⋯⋯」
「だって、頭が悪かったり、協調性がなかったらただの囮にしかならないでしょ?
その点、トウマくんはちゃんとしてるから、仲間として信頼できる」
「ちょっと判断が早すぎやしないか?」
「あのね、誰かに信頼してもらうには、その人のことを信頼するしかないの」
「そうか?」
まあ、確かにそうか。俺もそんな感じだったような気がする。
「そうよ。私がそうだったもの」
「ま、概ね同意だ」
「あ、『探索』してくれない? 私はまだできないから」
「いや、俺はまだしないよ。もしかしたら使うかもしれないし」
「どういうこと?」
「もしかすると緊急事態が起こるかもだから、俺は温存しときたいんだ」
俺の発言はナツメにとって、意味のわからないことだったらしい。
「近くに鬼がいたらどうするの?」
「大丈夫だよ。ここら辺をうろついてるのはチーター鬼だけだよ。ここに何人も人数をかけるのは非効率だろ?」
「⋯⋯まあ、それもそうね」
納得したのか、ナツメは黙り込んだ。
俺は『P-device』をポケットから取り出し、ホーム画面を開いた。残り時間は二時間を切っていた。
「ナツメさん。そろそろ移動した方が良いかも。もう二時間を切ってる」
「本当ね。⋯⋯慎重に行きましょう」
◇◇◇◇◇◇
マンションから出る直前、ナツメが『探索』を実行し、チーター鬼が近くにいないことを確認し、家の陰に隠れながら入り口に向かって進み始めた。
俺が先頭で周りを警戒しながら歩く。
「ナツメさん」
「何?」
「もし鬼と会ったら、全力で逃げてね。俺が足止めするから」
「何カッコつけてんのよ。仲間なんだから、私も戦うわ!」
「いや、ダメだ」
俺が突っぱねると、服の裾を掴んできた。
「私が女だから言ってるの?」
「違う。俺は⋯⋯知ってる人に死んでほしくないんだ」
「それを私が思ってないとでも?」
「⋯⋯それでもだ」
「あっそ」
拗ねたみたいだ。まあ、俺の言うことを聞いてくれたと言うことにしておこう。
喋らなくなったナツメを連れて入り口に向かって進んだ。
俺がいたマンションは入り口から一番遠い場所だったから、それなりに時間はかかる。もちろん、移動する距離も多いため、必然的に鬼と遭遇する可能性は高くなる。
正直、チーター鬼以外だったら、走って逃げれる可能性は高い。鬼だから、人間より身体能力は高いはずだが、チーター鬼より速いなんてことはないだろう。
「『探索』使ってくれる?」
「わかった」
拗ねてはいるが、素直に使ってくれた。
「近くにいるわね。チーター鬼が。誰かを追いかけてる感じだわ」
「家の中に逃げるか」
「こっちよ」
俺とナツメは近くの一軒家に逃げ込んだ。直後、悲鳴を上げながら逃げる数名の女性がいた。が、すぐにその悲鳴は途絶える。首から血が吹き出る。バランスを失い、地面に倒れ伏す。
「酷いわね⋯⋯」
「そうだな」
ナツメは口を手で覆いながら呟いた。顔が若干青くなっている。
気分が悪くなったのだろうか。
「大丈夫か?」
「⋯⋯ええ」
明らかに無理してるだろ。
チーター鬼は、獲物を探すように周りを見渡してから、どこかに走り去った。
「うっ⋯⋯」
「本当に大丈夫か?」
「⋯⋯」
返事もできないようだ。俺は丸くなったナツメの背中を優しくさする。触るなと言われそうだと思ったが、そんなことはなかった。
「どうしてトウマくんは平気なの? あんな近くで人が死ぬところを見たのに」
言えない。ここで「見慣れてるから」とか、「俺も人を殺したことあるから」とか言ったりしたら絶対に引かれる。何かないか。角が立たない返事は⋯⋯。
「⋯⋯俺、グロ動画見漁ってたからさ。案外耐性あるんだよ」
「そんなので耐性はつかないわよ⋯⋯」
「いやいや、つくって」
「そう⋯⋯」
危ない。バレるところだった。もうちょっと嘘が上手くならないとな。
「どうする? 少し休むか?」
「不本意だけど、そうさせてもらうわ」
ナツメは申し訳なさそうに言った後、横になって目を瞑った。
◇◇◇◇◇◇
ナツメの目が開いた。
「良く眠れたか?」
「ええ、ごめんなさい。時間をとらせてしまって」
「良いよ。皆そういう反応するだろうし」
そんなことより、と俺は切り出した。
「後三十分で一時間を切るぞ」
「⋯⋯私、そんなに寝てたのね。起こして良かったのに」
「いやあ、気持ちよく寝てたからね」
俺が揶揄うふうに言うと、ナツメはしおらしい態度をとった。
「トウマくんは優しいのね」
「そうか?」
なぜか褒められた。
「できるだけ入り口に近づいておくぞ」
「ええ、そのつもりよ」
家を出る前に『探索』で鬼が近くにいないか確認する。
「全員遠くにいるわね」
「進むなら今のうちだな」
小走りで民家と民家の間を抜けていく。できるだけ車道は通りたくない。広いし、障害物もないし、見つかりやすいしで人間にとって不利すぎるからだ。
できるだけ狭い場所を通り、入り口に近づいていく。何十分か走っていた時、『P-device』に通知がきた。
『残り一時間で出口が開くぞ☆脱出を目指そう!』
これ⋯⋯!
俺は通知に目を通した後、ナツメを見やった。
ナツメは得意げな顔でこう言った。
「私の言ったとおりでしょ?」
「だな」
肯定する他なかった。
「やっぱり私が間違うことはないわね」
今度は独り言のように呟いている。よほど予想が的中したのが嬉しいのだろうか。
「ナツメさん。『探索』できる?」
「ええ、今からするわ!」
ニヤニヤしながら『P-device』の画面をタップする。だが、その笑顔はすぐに消え失せた。
「トウマくん。止まって」
「どうした?」
「こっちに、鬼が向かってきてる!」
「誰だと思う?」
「速さ的にチーター鬼だと思うわ!」
「わかった。家に隠れよう」
俺たちは手近な家に転がり込み、チーター鬼が通り過ぎるのを待った。やがて、チーター鬼がやってきた。俺たちが潜んでいる家の真横を通り過ぎ、どこかへ行ってしまった。
「すぐに進もう。時間がなさそうだ」
家を出て、出口に向かって進んだ。だが、途中で四車線の道路に出くわしてしまった。
「まずいな⋯⋯」
「ここを通るしかなさそうね」
「ああ、全速力で走れよ?」
「わかってる!」
若干ムキにになりながら答えるナツメ。その様子を眺めて。
「今!」
走り出した。
ナツメが前で走っている。案外速い。俺よりかは遅いけど。
中央分離帯まできた。
このままいけば大⋯⋯丈⋯⋯⋯⋯夫。
四車線の向こうに、一つの人型が見えた。その人型は陽の光のせいで、返り血を浴びたように赤く光っていた。
チーター鬼だ。
最悪のタイミングだ。最悪のタイミングで、一番会いたくない鬼にあった。
「⋯⋯っ、走れ! そのまま!」
ナツメは俺より前にいるため、脇道に隠れることができる。だが、俺はそうはいかない。
チーター鬼は全速力で走ってきた。名前に恥じない速さだ。
見つかった以上、死ぬまで追いかけられる。
「トウマくん! 早く!」
「逃げろって言ったろ!」
「私は逃げない!」
くそっ、どうして。さっきはいうことを聞いてくれたと思ったのに⋯⋯。
俺は脇道に逃げ込み、持っていた消化器の安全ピンを抜いた。
チーター鬼は曲がり角で止まり、その場でジャンプし始めた。タイミングをずらして俺を殺すつもりなのだろう。
「トウマくん、逃げよう!」
「先に行ってろ! 後から行くから!」
「嘘じゃないのね!」
「ああ、約束する!」
俺の力強い言葉に、ナツメは返す言葉もないようだ。時々後ろを振り返りながら、先に進んで行った。
「⋯⋯」
ゆっくりと深呼吸をする。俺が今いる脇道は細い一本道だ。チーター鬼は正面から突っ込んでくるしかない。チーター鬼が狙うのは決まって頭だ。その殺し方は俺が目視した限り、変えたところは見たことない。
持っていた消化器を噴射した。ピンクの煙が吹き出る。俺の視界はピンクに覆われた。これで俺も、チーター鬼も見えなくなった。これで状況はイーブン。勝率は五分五分だ。だが、俺にはその勝率を十割に引き上げることができる。
ポケットから『P-device』を取り出す。そして『探索』を実行した。俺の居場所を示す赤い点の先に、青い点が表示される。
これで俺は一方的にチーター鬼の居場所を捕捉することができる。ハイド鬼の件で、同期ズレがないことはわかっている。
後は、タイミングよく消化器をぶち当てれば⋯⋯。
青い点が動いた。俺は姿勢を低くし、消化器をハンマー投げの要領で半回転させた。瞬間、チーター鬼が突っ込んできた。
赤い点と青い点が交錯する。
俺が振り回した消化器が、チーター鬼の顔面にめり込んだ。
パキパキと背筋が凍りそうな音を立てたチーター鬼の顔面は凹み、殴られた勢いでその場で一回転した。立ち上がることなく崩れ落ちる。
俺は追撃をすることなく、ナツメのところへ向かった。
◇◇◇◇◇◇
「大丈夫だった!?」
「ああ、問題ない。すぐにここから離れるぞ」
「⋯⋯ええ」
合流した後、すぐに出口近くのマンションに入った。ここなら鬼には見つからないはずだ。
俺は疲労を取るためにその場に座り込んだ。鬼と対峙するのは信じられないくらいに精神と体力が削られる。そう何回もやるものじゃないな。
ナツメは先ほどからずっと黙っている。
「どうした、ナツメさん」
「⋯⋯私がどれだけ心配したと思ってるのよ!」
「!」
ナツメは俺の胸をポカポカと叩いてきた。本気で怒って殴っているわけではなさそうだ。
「なのになんとも無いみたいな顔して!」
「ご、ごめんて。心配かけて⋯⋯」
「トウマくんにとっては短い時間だったかもしれないけど、私にはすっごく長く感じたんだから!」
そう言って俺の服の裾を引っ張ってきた。ナツメの目には涙が浮かんでいる。
これは⋯⋯どうやって対応すれば良いんだ?
「で、でも、俺が死んだからって別にどうってことないだろ?」
「何言ってるの! トウマくんはもう、私の大事な仲間なんだから!」
その言葉が、胸に突き刺さった。
俺は自分のことばっかりで、相手のことを何も考えていなかった。反省しなきゃな。
「わかったよ。もう心配させないから」
「言ったわね?」
「言ったよ」
「⋯⋯言質、取ったから」
言わないほうが良かったかもしれない。
「おいおい、何乳繰り合ってんだあ?」
一息ついていると、男がやってきた。
すぐに臨戦体勢に入り、ナツメを背中に隠す。
「何守ろうとしてるのよ」
「しょうがないだろ」
ナツメのお小言に言い返す。
「お前、さっき鬼ぶん殴ってたろ。カッコ良かったぜ」
「そりゃどうも」
コイツ、身長高いな。百八十五センチぐらいはあるか?
ガタイも良いし。
「何が目的だ?」
「いやあ、なかなか『食い甲斐』があると思ってなぁ」
「『食い甲斐』?」
男は舌なめずりをして、「ついて来い」と言い、マンションの屋上に登って行った。
従ったほうが良いな。
「ちょっと行ってくる」
「何言ってるの。私も行くわよ」
「⋯⋯」
◇◇◇◇◇◇
「オレはな、腹が減ってんだ」
「ああ?」
屋上。見渡しが良く、出口であるゲートもよく見える。ここから走って二分もかからない。
そんな好立地に、よくわからないことを口走る男が一人。台無しだ。
「トウマくん、何を言ってるかわかる?」
「さっぱりだ」
「何ごちゃごちゃ話してやがる」
「いやあ、何も」
本当になんなんだ。コイツ。
「お前、鬼倒したろ」
「倒したというか、倒してないというか」
「ま、一回はダウンさせたな」
「まあ⋯⋯そうだな」
男は俺の答えに少しだけ口角を上げた。何がおかしいんだ?
「やっぱりお前は焼きプリンだったか」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




