第三十話
第三章『神々に支配された世界』開幕です。
「レディースエーンジェントルメーン! 良っくおこしくださいました!」
そんなふざけた言葉に頬を叩かれ、意識が覚醒した。
周りを見渡すと、大勢の人がいた。皆同じように上を見上げている。俺は寝そべった体勢のままなため、何を見上げているのかわからなかった。
すぐに立ち上がり、皆と同じように上を見上げた。そこには、宙に浮く少年がいた。弱冠十二歳。小学六年生くらいの背丈だ。だが、その矮躯からは計り知れないほどの存在感が感じ取れる。
雪景色のような銀髪が、ゆらゆらと踊っていた。
「君たちは、僕の楽しい楽しい実験に使われることになりました。拍手ー!」
そう言って、少年が拍手した。周りの人間は、誰もそれに続かない。むしろ、その表情は楽しげではなく、畏怖や困惑に満ちていた。
「なんだ、ノリ悪いなあ」
しょんぼりとした顔で拍手をやめる。
「あ、それどころじゃないのかな?」
少年はニヤニヤしながら、下にいる俺たちを眺めた。
「もう一度言うけど、君たちは僕の実験に選ばれたんだよ!⋯⋯そうだな、端的に言えば、『デスゲーム』にね」
その響きに、首筋がヒヤリとした。
『デスゲーム』。漫画でしか聞かない単語だ。まさか、現実でこの単語を耳にするなんて。
もしかして俺、めちゃくちゃヤバい世界に転移したんじゃ⋯⋯。
「でも! ただデスゲームをさせられるだけじゃ、あなたたちが可哀想だから、ご褒美を用意しました。それは──────」
少年は次の言葉を紡ぐまでに、少々の時間を要した。
「どんな願いでも、一つだけ叶えてあげましょう」
その言葉は、全員の耳朶を打った。脳に刻み込まれる。少年は人差し指を立てて、クスリと笑った。そして、表情をすぐに戻す。
「まず、君たちには『鬼ごっこ』をしてもらうよ! 鬼は本物の鬼を用意するから、安心してねー」
何を、言ってるんだ?
うまく状況が飲み込めない。あの少年は今、デスゲームって言った。デスゲームって人が死ぬやつだよな。ゲームに失敗したり、負けたら殺されるやつだよな。
人の命が、ティッシュよりも軽くなるってことだよな。
それを俺が⋯⋯。
「情報の詳細は、ゲーム開始時に教えられるから。ま、皆知ってる『鬼ごっこ』だから、ルールはわかるでしょ?」
少年はぺちゃくちゃ一人で喋っているだけだ。
「じゃ、行ってらっしゃーい!」
その掛け声と共に、視界は暗転した。
◇◇◇◇◇◇
気がついたら、俺は街に飛ばされていた。⋯⋯いや、俺たちか。先ほどよりかは少ない人数だが、それにしても人数は多い。ざっと数えても一千人は下らないだろう。
さっきまでいた場所は、数えきれないほど人間がいた。
「なあ、一体何が起こってんだ」
「知らねえよ。聞くなって」
「私、帰りたいんだけど」
皆が口々に不安を口にした。それが波のように人の心をゆらめかせる。
「ちゅうもおーく!」
声の主はあの少年だった。
「これから、ルール説明をしまあす!」
言いながら、口の前で人差し指を立てる。
「このゲームは『鬼ごっこ』です。そして、君たちを追いかける鬼は、五人います。まず、一人目紹介しましょう。カモーン!」
少年は虚空を指さした。その瞬間、一人の人型が現れた。その人型は恭しく礼をした。
赤い服を着ていて、いかにもと言った風貌だ。
「一人目はチーター鬼! めちゃくちゃ足が速い! 続いてはー」
また別のところに人型が現れた。
足がウサギのような形状をしている。
「ジャンプ鬼! めちゃくちゃ高くジャンプできる! 続いてはー」
今度は、少年の背後から現れた。背後には誰もいなかったはずなのに。
「ハイド鬼! 周りの景色と同化できるよ! 続いてはー」
出てきたのは、真っ白の人型だった。
「人間鬼! 人間に擬態できるよ! 以上!」
鬼は四人しか公開されなかった。先ほどの五人いるという発言は間違いだったのか?
あの軽薄さだ、きっと言い間違いでもしたのだろう。
「あとの情報は『player device』通称、『P-device』に情報を送信するから、自分の目で確かめてねー」
言い残し、少年は煙のように消えてしまった。
それと同時に後ろの門か何かが開いたようで、そこに人が流れ込んでいく。
そして、『P-device』に残り百八十分と表示される。
三時間逃げ切れということだろうか。
俺は人の流れに乗って、街に隠れることにした。
◇◇◇◇◇◇
俺は入り口から遠く離れた場所まで来た。俺が隠れたのはマンションで、逃げ込める部屋もあるし、鬼を見つけやすいと判断したからだ。
ここなら鬼が来る時間も遅くなる。対策を講じる時間も、俺より入り口に近い人よりかは余裕があるはずだ。
まずは『P-device』をどうやって使うかを調べなければ。
俺は持っていた『P-device』の画面をタップし、ホーム画面にたどり着いた。基本的な動作はスマートフォンを同じようだ。ホーム画面にはマップと時間が表示されている。
そして、参加人数も表示されていた。
二千人か⋯⋯。
これがどれくらいまで減るか。鬼がこちらに来るまでに確かめて、難易度の確認をした方がいいな。まあ、最初のデスゲームだし、難易度は低めに設定されてるだろう。
マップをタップすると、拡大されて表示される。赤い点が俺の現在地を表示しているようだ。そして、白い点がある。これは入り口のところだろうか?
三時間逃げ切るだけだったら、この表示はいらないはずだ。何か入り口が関係しているのかもしれない。覚えていた方が良さそうだ。
赤い点をタップすると、『探索』というコマンドが表示された。押してみると、青い点が四つ表示された。その点がものすごい勢いで移動している。
これが鬼を表しているのか!
もう一度『探索』を押したが、十分後に使用してください、と表示されてしまった。これは使える。
逐一使用した方がいいだろうな。これで鬼の位置を把握して、できるだけエンカウントしないように立ち回るのが無難だ。しばらく観察していたが、青い点は一分ほどで消えてしまった。
まだこちらに向かって来る青い点はなかった。何か武器になりそうなものを探そう。
俺は何か武器になりそうなものを探しながら、これからのことを考えていた。
青い点は四つ。それぞれの点に早さの違いは多少あったな。一番早く動いていたのがチーター鬼だろうか。
一人じゃ危ないから、誰かと合流したいけど、そこに人間鬼が紛れていたらと思うと、群れる気も失せてしまう。
「お」
俺の視線の先には、消化器があった。目眩しに使えて、鈍器にもなる。ここはマンションだから、消化器もたくさん備えられていて、補充も簡単。君に決めた。
消化器を手に取る。案外重いが許容範囲内だ。
部屋につながるドアノブを回すと、簡単に開いた。鍵はかかっていないようだ。中に入ると、生活感満載の部屋が目に飛び込んできた。
シンクに溜まった食器。付いたままの明かり。首を振り続ける扇風機。ヘタったソファ。
電気は通っているようだ。蛇口を捻ると水も出てくる。インフラは整っている。
だが、人の気配は一切しない。人だけが急に消え失せたような感じだ。
特筆すべきことは何もないため、部屋の外に出た。
『P-device』の『探索』は使えるようになっていた。
俺は廊下の壁に背を預け、『探索』を実行した。マップ上に青い点が表示される。
俺がいるマンションは入り口から見て北にある。東に一つ、西に一つ、南に一つ。そして、北に一つ。
「!」
青い点は、俺のいるマンションに位置していた。それどころか、自分を示す赤い点と重なっていた。
いや、俺の見える範囲に鬼はいない。マップが拡大状態でないから重なって見えるだけか?
すぐにマップを拡大するも、点は重なったままだった。
どこだ!?
瞬時に首を巡らせ、周りを見渡すが、どこにも特徴的な外見を持つ人型は見当たらない。
どこに⋯⋯。
いや、一人だけいたじゃないか。見えなくなる鬼が。
刹那、俺の首筋がチリチリと熱くなる。俺の生存本能が、壁に張り付く異形の存在を脳に知らせていた。
首のチリつきが頂点に達した瞬間、膝の力を抜き、しゃがみ込んだ。地面からの反発のベクトルを上から横向きに変更し、その場から飛び退く。
直後、異常に発達した両腕がベアハッグの軌道を描きながら空を薙いだ。
それとともに、見えなかった姿がうっすらと見え始める。
俺の予想通り、ハイド鬼だった。
ハイド鬼は俺を恨めしそうな表情で睨みつけたあと、素早い動きでマンションを後にした。『P-device』のマップを確認すると、ハイド鬼と思われる青い点は、逃げるようにマンションから遠ざかっていた。
◇◇◇◇◇◇
「⋯⋯危なかったあ」
極度の緊張から解放された俺は、深いため息を吐いて床に座り込む。
本当に危なかった。後零コンマ一秒遅かったら鯖折りにされていたところだ。
いまだに心臓が早鐘を打っている。
「君、大丈夫?」
「どわぁ!?」
急に声をかけられ、情けない声をあげてしまった。後ずさりながら声が聞こえた方を見ると、少女が立っていた。
「そ、そんな驚くとは⋯⋯」
どうやら俺の驚きっぷりに若干引いているようだ。
いや、しょうがないだろ。
「いや、さっきまでハイド鬼と一緒だったからさ。ちょっと敏感になってたというか⋯⋯」
「ああ、そういうこと。よく捕まらなかったわね」
「まあ、うん。そういう君は?」
「私はずっと部屋に隠れてたから」
少女は少し得意げに言った。
「君、名前は?」
「俺? 俺は篠村トウマ。君は?」
「私は桐谷ナツメ。よろしく、トウマくん」
「あ、ああ。よろしく」
少し吃りながら挨拶を返す。
良かった。人と合流できた。これで少しは生存率は上がるだろうな。
安堵していると、ナツメが質問してきた。
「ところで、トウマくんはこの鬼ごっこのルールに気付いてる?」
「? いや、少ししか」
「マップを見たらわかると思うんだけど、この白い点、私たちが入ってきた入り口を示してるでしょ?」
言われた通りマップを見た。確かに白い点はある。だがそれは、俺も気付いていたことだ。
「それは俺も知ってるぞ?」
「これには意味があるはずなの。大事なね」
「それが?」
「このゲームは簡単すぎるの。生き残るだけなら、私みたいにずっと狭いところに閉じこもってればいいわけ。でも、それだとあまりにも人間が有利でしょ」
ナツメは腰に手を当てながら、俺に自分の理論を聞かせ続ける。
「生き残るにはある程度のリスクを取らなければいけないの。そのリスクの元となるのがこの白い点。どう、わかった?」
「いや、全然」
俺の言葉に大袈裟に頭を抱えるナツメ。
なんだ、俺が馬鹿みたいに見えるじゃないか。
「私の予想だと、この白い点は出口になるはず。⋯⋯これでわかったでしょ」
「ああ、だけど、それはナツメさんの予想だろ?」
「そう、予想。でも、私は間違えないから。今までも、これからもね」
「はあ?」
急によくわからないことを言ってきた。
「何言ってるの?」
「⋯⋯もう良い」
なんだそりゃ。
俺が内心ツッコんでいると、ナツメはおもむろに『P-device』を取り出し、操作し始める。そして、画面を俺に見せつけてきた。
俺とナツメがいるマンションの近くに青い点が迫ってきている。
「これ、ハイド鬼じゃない?」
聞かれている質問に耳を傾けながら、青い点が何者なのか精査する。
「いや、ハイド鬼じゃないな」
青い点は逃げ出すハイド鬼より数段動きが速い。
「多分チーター鬼だと思う。この足の速さならな」
「そう、わかった」
淡白な返事をするナツメは、身を乗り出して外を見始める。先にチーター鬼を見つけようという魂胆だろうか。
「四階行くか。そのほうが見やすいだろ」
「そうね」
ナツメは俺の提案を飲み、すぐに階段を登り始める。
なんというか、合理的だな。この人。キビキビ動くタイプだ。こういう人がデスゲームを生き残っていくのだろうか。
「何ボーッとしてるの?」
「ああ、ごめん」
すぐにナツメに追いつく。四階から見る街の景色は良い気分に浸らせてくれる。それほど見渡しが良かった。周りに他のマンションがないことも大きいが。
「いた」
ナツメの視線の先には、赤い服をきた俊足の人型がいた。人を追っているようだ。
チーター鬼は瞬間移動のような素早さで、走っている人間に追いついた。そのままのスピードで後頭部に触れた。人間の頭はその衝撃に耐えられず、果実が木から落ちるようにもげた。
流れるような手捌き、あの動きを駆使して人間を殺しているようだ。
⋯⋯やりようはあるな。
「移動する?」
「どうして?」
「ナツメさんの予想が的中するなら、少しでも出口に近づいた方がいいだろ?」
「そうだけど、チーター鬼が近くにいる今、無闇に動くのは危険よ。それに、このマンションはアイツにとって狭いはず。自慢の速さも活かすことはできないわ」
「確かに」
ぐうの音も出ない。全くの正論だ。
「トウマくんは武器持ってる? 持ってるなら太刀打ちできるかもしれないけど」
「消化器は持ってるよ。鈍器にもなるし、目眩しにもなるからさ」
「そう、私みたいな華奢な乙女には持てないわね」
「それ自分で言うのかよ」
「何か間違ってる?」
「いや、全く」
なんだよ。急に睨みつけてくるの。怖いからやめてくれよ。
ナツメはムッとした顔をした後、フン、と鼻を鳴らす。
「ナツメさんは何か武器持ってるの?」
「私はナイフを持ってるわ。さっきまでいた部屋から拝借したの」
何が華奢な乙女だ。ナイフなんて物騒なものを持ち歩いているくせに。
「もしかしたら、鬼を倒せるかもしれないの。昔話に出てくる鬼も、豆に弱かったり、動物でも戦えてたでしょ」
「そうだな。桃太郎とかな」
「そう。でも、この可能性は低いわね」
そう言って顎に手を当て、これからどうするか悩むナツメ。その姿を見て、先ほどの会話を思い出した。
「もしかしたら倒せるかもしれないぞ」
そんな言葉に、ナツメは疑念を抱いた。
「言ってみなさい」
「ナツメさんはさっきリスクって言ったよな。だったら、これもそうなんじゃないか?
殺されるリスクがあるけど、鬼を倒せるリターン。どうだ? ナツメさんの言ってたこととは矛盾しないだろ?」
「へえ⋯⋯」
ナツメは少しだけ驚くそぶりを見せた。だが、それはすぐに隠れた。
そして、少しだけ口角を上げながら俺の肩に手を置いた。
「確かにそれもそうね。なら、覚悟はできてる?」
そんなの決まってる。
「おう!」
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