第二十五話
「あ、そうだ。これ返しとくね」
言いながら、リノは俺に拳銃を返した。
「いや、まだ使うかもしれないから持っとけ」
断るも、リノは拳銃を俺の手に握らせる。
安全装置を確認すると、すでにオンになっていた。案外細かい。
「僕に物騒なものは似合わないからね」
「メスを俺に向けたことは忘れたのか?」
「それはしょうがないってやつだよ。トウマ」
コミカルな動きで、やれやれ、と首をすくめる。
「都合の良いヤツだな」
「リノは防護服は脱がないのか?動きにくいだろ」
ケインがリノに質問をした。
「確かに動きにくいけど、これって案外頑丈なんだよ。もし三人がゾンビに噛まれても、防護服のおかげで僕はゾンビにならないからね。安心して!」
「なんだそりゃ」
リノのズレた言葉に、レオンがツッコミを入れる。
「早く行かないのか?」
「大丈夫だよ。僕たちが暴れてることは向こうにバレてるから、今フィーナちゃんで実験してる暇はないはず」
リノは余裕たっぷりにケインの質問に答える。続けて。
「ここには侵入者を足止めするための罠が仕掛けられてるんだ。迂闊に走ったら罠に引っ掛かっちゃうよ」
「罠の位置は覚えてるのか?」
「なんとなく、だね。僕はここの責任者でもないし、設計した人間でもないからね。全部はわからない」
言いながら、キョロキョロと天井や床を見回す。
「あ、ここ気をつけて」
指差したところには、他の壁とは微妙に色が違っていた。目を凝らさないとわからないレベルだ。確かに、迂闊に行動していると引っ掛かってしまいそうだ。
色が違う箇所には切れ込みが入っていた。そして、微かに点滅している光が見える。これがセンサーだろうか。
「えい」
その点滅している光を、リノが体で覆った。
「これで通れると思うよ。罠は防護服を着ている人間には反応しないからね。ほら、早く行って」
サラッと重大なことを言いながら、俺らを急かす。
「だったら、リノが殺した同僚の防護服を回収した方が良いか?」
レオンが言った。
「やめといた方が良いよ」
リノがレオンの言葉にノーを言う。
「なんでだ?」
「気持ち悪くない? 死体が入ってた服着るの。これ通気性良くないから、臭いと思うよ?」
リノはそう言って、防護服をつまむ。
「言ってる場合かよ」
「だってさ、ここで死ぬかもしれないのにさ、死体の匂いがする中で死ぬって嫌じゃない? 少なくとも、僕は嫌だなぁ」
「リノ、早く罠を解除してくれ」
ケインが嗜めるように言った。
「叔父さんは防護服を回収しなくて良いの?」
「フィーナは今、怖い思いをしているはずだ。一刻も早く助けれやらないといかん」
「⋯⋯ま、そうだね。じゃ、着いてきて!」
急に走り出したリノに、俺らは必死に追い縋った。
何度道を曲がり、罠を見破り、避けただろうか。
「ここから地下に行くよ」
ずっと走っていたリノが止まった場所には、ボタンが設置されていた。ボタンは一個しかない。
「この研究所に二階はないからね。地下に行くボタンしかないよ」
リノがボタンを押してから数秒でエレベーターがやってきた。
電子音と共にドアが開く。リノが隅々まで点検する。エレベーターに罠は仕掛けられていないようだ。
「意外だな。エレベーターにゾンビを詰め込んでると思ってたのに」
レオンが構えていた銃を下ろす。
「命令できるゾンビに数は限られてるからね。無駄遣いしたくないんでしょ」
そこら辺でうろついてるゾンビと違って、とリノが付け加える。命令できるゾンビを効果的に使うには、俺だったら、エレベーターが降りた先。エレベーターの鼻先にゾンビを設置しておくだろう。
そして、多分、相手もそうするはずだ。エレベーターに乗り込む。すぐに下に降りていく。
「警戒しろよ」
どうやら、ケインも同じ考えのようだ。俺はリノから返してもらった拳銃を手に持つ。
エレベーターが止まった。ドアが開いた。だが、そこには何もいなかった。研究員も、アーマーをまとったゾンビも。不気味なほどに静かだった。
「リノ、どういうことだ?」
「どういうことって、わからないよ。叔父さん」
リノも想定外のようだった。戦うことを放棄したのだろうか。もしくは、俺たちと入れ違いになるようにどこかに隠れているのか。
「まあ、ラッキーじゃねえのか?俺たちもフィーナの場所までさっさと行けるだろ?」
レオンが口を開いた。
「た、確かにそうだけど、これはなんかおかしいよ」
リノが動揺する。だが、すぐに落ち着きを取り戻す。何か悟ったような顔だ。
その顔を見て、俺はリノの手にそっと拳銃を握らせた。リノも、それを受け取る。少し前まで、物騒なものは似合わないと言っていたのにだ。
天邪鬼なヤツだ。
でも、俺にはその意図を読み取れた。
「フィーナちゃんのところまですぐだから、急いで行こう」
◇◇◇◇◇◇
「ここだよ」
リノが指差した場所には、俺が閉じ込められていた部屋と同じようなドアがあった。
ケインが勢いよくドアを開け、中に飛び込む。レオンもそれに続いた。その部屋の中には、フィーナがいた。だが、ガラスに仕切られていて近づけない。
そして、その隣には、一つの試験管が置かれていた。中には赤い液体が入っている。
「ごきげんよう」
不意に、天井から声が降ってきた。若干ノイズが混じった声だ。
「後ろだ」
レオンの言葉に振り返る。
そこには、四十代ぐらいの男性が立っていた。ねばつく笑みを浮かべている。
「君たちがこの子を助けにきたのか」
「ああ、そうだ」
男性の質問に、ケインが返す。
「⋯⋯リノを取り込んで、ここまできたと言うわけか」
「違うよ」
即座にリノが否定する。
「僕は自分の意思でこっちについたんだ」
断言した。
「そうか」
男は一言言うだけだ。
「おっと、自己紹介がまだだったね。私は、ここの研究所の主任の、シウバだ。よろしく」
クックックッと含んだ笑いをする。その度に、ハウリングを起こし、耳障りな音が響いた。
「早くフィーナを解放しろ!」
レオンが声を荒らげた。
「まあまあ落ち着け。君たちには一つ決断をしてほしいんだ。とっても簡単なね」
「簡単?」
ケインが訝しんだ。
「そう、簡単だ。ククッ。そこに見えるだろう? フィーナと試験管が。その試験管の中に入っているのは、血清だよ。ゾンビの感染を無効するものだ」
「ッ⋯⋯!」
唐突に出た衝撃的な言葉に、息を呑む声が聞こえた。
「選べ。大事な家族か、世界の希望か」
その言葉が重くのしかかる。フィーナを助けて、世界を助けるか、フィーナを見捨てて、世界を救うか。
「迷うことなんてあるかよ。フィーナだ! フィーナを返せ!」
即座にレオンが吠えた。
「ああ、俺もだ」
ケインも大きく頷く。当たり前だ。俺だってフィーナを助ける。
俺はスーパーヒーローでもないし、正義の味方でもない。家族一人と、他人百人を天秤にかけられたって、俺は家族を選ぶ。俺は、顔見知りの人には死んでほしくない。たとえ、それがクズであっても。
この島の、この世界のどこかの家族が、ゾンビのせいで不幸な目に遭うかもしれない。でも、俺はそれを知ることはできない。だから、それはどうでも良い。
俺は、自分の助けられる範囲の人は、全員助けたい。
だから。
「俺も、フィーナを助けたい」
「⋯⋯わかった。貴様らは、世界を見捨てると言うのだな」
ゆっくり、吐き捨てるように言った。
「決して私を殺そうなど思うな。私兵であるゾンビがいるからな。そして⋯⋯」
シウバは続けた。
「リノ、こちらへ来い。一度は裏切ったが、今戻れば許してやる。この研究所は他の建物と比べたら、セキュリティが段違いだ。お前の持っている、研究者専用のカードでこちらのドアを開けて来い」
「⋯⋯」
「それに、お前は優秀な部下だ。お前を失うのは惜しい」
リノは黙ったままだった。ケインとレオンの射抜くような視線が、リノの背中に突き刺さる。やがて、リノは歩き出した。シウバがいる部屋に向かって。
「お、おい⋯⋯」
レオンが声をかけたが、リノは止まらなかった。俺たちを見向きもせず、ドアを開けた。
パタリ、とドアが閉まる。リノは向こうへ行ってしまった。
「リノから、言うことがあるそうだ」
シウバの、笑みを含んだ声が聞こえた。リノに捨てられた俺たちを、嘲笑する声だった。
「僕は、生き残るためになんでもするんだ。だから、ごめんね」
ブツリ、と音が途切れた。途端に、キイ、とドアが開く。出てきたのはリノだった。着ている防護服が、赤く染まっている。
「な、何をしたんだ⋯⋯」
ケインが言葉を詰まらせながら、リノに問いかける。
「殺しといたよ。トウマから借りた銃でね!」
そう言って、俺たちに銃を見せびらかす。
「いつ貸したんだ? トウマ」
「さっき、エレベーター出た時だよ」
俺の言葉に、レオンがあんぐりと口を開ける。
気づいてなかったらしい。
その間に、ケインが囚われていたフィーナの拘束を解いていた。
「起きろ、フィーナ」
「⋯⋯んむ」
ゆっくりとフィーナの目が開かれる。瞬きを二、三度した後。
「お、叔父さん!? それに、お兄ちゃん!」
驚いたのか、ケインから抱き抱えられていた状態から飛び抜け、ペタペタと顔を触り始める。
「生きてたんだ!」
しばらくペタペタと触った後。
「トウマくんは?」
と、キョロキョロし始める。
「いるよ」
短く返事する。すぐに近くにやってきて、俺の顔をムニムニ揉み始めた。
「無事で良かったー!」
大丈夫みたいだ。いつも通りのテンションで安心する。
「フィーナも無事で良かったよ」
「怖かったんだからね⋯⋯って、そこの人は?」
視線の先には、リノがいた。
「俺たちを助けてくれたんだ」
「どーも、リノです!」
リノが敬礼すると。
「私はフィーナ。よろしくね!」
にっこりと笑い返した。
「知ってますよ。僕はロッドさんにお世話になりましたから!」
「お父さんに?」
「はい、ロッドさんは僕の上司なので」
フィーナとリノが談笑していると、レオンが声を上げた。
「あのさ、あの血清、盗んで良いってことだよな」
「良いと思うけど、意味ないと思うよ?」
「はあ?」
レオンが疑問を口にした。俺もだった。血清なんだから、意味はあるはずだ。
「あれ偽物だよ。命令に従うゾンビと同時並行して、血清も作ってた僕が知らないわけないじゃん。完成したって言う報告も聞かなかったし」
とんでもない情報を後出ししていく。
「いくら主任でも、一人で完成させるなんて芸当は無理だし、そもそもレシピすらわかってないのにね。赤く着色した水かなんかだよ」
「おま⋯⋯先に言えよ」
「ごめーんね」
俺のツッコミに、思ってもない謝罪を口にした。
「ま、だからこそ、僕が主任を殺せたんだけどね」
その言葉に、皆が黙った。リノがいなければ、フィーナを助けられなかったかもしれない。そのことがリノの言葉に再確認させられる。
「ところで、これからどうするの? フィーナちゃんを助けた今、目標はないはずだよね」
「いや、お父さんを探しにいくの。きっと、本部である研究所にいるはずだから」
「危ないよ?」
「それでもだよ」
フィーナの決意の言葉に、リノは少しだけ頷く。そして、うんと背伸びをした。
「僕はここでお暇させてもらうよ」
リノが唐突に口にした。だが、誰も異を唱えない。
「ここからどこに行くの? 決まってなかったら、学校に行けばいいと思う」
「あそこ、おっさんがキモいって噂だったけど」
リノが首を傾げる。ゴーアの噂は、通信機能もなくなった島でも轟いているらしい。アイツの異常性がここでさらに浮き彫りになるなんて。
「トウマくんがやっつけたから」
「ほへー、そうなんだ! やるじゃんトウマ! 僕たちにはあっけなく捕まったけどね」
「うっせー」
茶化すリノに俺がツッコむ。いちいちそういうことは言わなくて良いのだ。
リノが歩き出した。俺たちも、それについていく。エレベーターに乗り、一階へ向かう。外に出た。風が強くなっていて、森の木がざわめいている。
「助かったよ」
「あんがとな」
「ありがとね。リノ」
「いえいえ、僕もフィーナちゃんを助けたかったので!」
手をパタパタさせて話す。そして、俺に向き直った。
「これ、返しとくよ」
そう言って、リノは俺に拳銃を突き出した。
「良いのか? これが無いと危ないぞ。全部が終わった後に返してくれればいいから」
「言ったでしょ?」
言いながら、拳銃を俺の手に握らせる。そして、俺の肩に手を置き、耳元で囁いた。
「僕に物騒なものは似合わないって」
面白いと感じたらブックマーク、感想等お願いします。
誤字・脱字報告も受け入れているので送って下さい。




