第二十四話
「アレスくん達、すっごい明るかったね」
「まあな。恐怖の対象が、俺みたいなぽっと出の高校生にボコられたからな。そりゃ明るくなるよな」
俺らは学校を出て、研究所に向かっていた。
「ゴーアはどうなるんだろうね」
「今までのツケを払わされるんじゃないか?」
生徒たちの尊厳や矜持を踏み躙ったツケだ。きっと莫大なものだろう。
ふと、フィーナが思い出したように口を開いた。
「そういえば、研究所には支部があるんだよ」
「支部?」
「多分、お父さんが勤めてた研究所じゃ機械とか、そういうのが足りなかったんじゃない?」
「スペースがなかったってこと?」
「うーん、どうだろう。他の研究を同時並行したかったんじゃないかな」
「何かあるんじゃないか? そこの支部っていうところに」
「⋯⋯確かに、行ってみよう。お兄ちゃんたちももしかしたら向かってるかもしれないし」
「そうだな。そうするか」
目的地が変わった。どうやら、研究所の支部に向かうらしい。
そこでも研究はやっているはず。もしかしたら、ゾンビ化を無効化する血清のようなものもあるかもしれない。そうしたら、この惨劇に終止符を打つことが出来るかもしれない。
この島で日々生きている人間たちを救えるかもしれない。
行ってみる価値はある。
「すぐに行こう。研究所にはゾンビウイルスが漏れることも想定されてるだろうから、警備が厳重なはずだ。人間も残ってる可能性が高い。別に誰もいなくても、俺たちの安全な拠点に出来るかもしれないから」
「わかった! 研究所と支部は近いから、いつでも研究所にも行けるしね!」
◇◇◇◇◇◇
支部の近くまで来た。ここまで来ると、人気は全くしない。町からは少し離れた位置にいた。
俺は銃を持ちながら警戒して進む。すると、道に生えていた背の高い雑草が不自然に倒れているのが目に入った。
まるでモーセが通ったあとみたいだ。
「フィーナ、これなんだと思う?」
「⋯⋯うーん、獣道じゃないかな」
「この島に鹿とか猪はいる?」
「いるとは思うけど、まだ町も近いし、もっと森の深いところにいると思うな」
「ならこの不自然な倒れ方は⋯⋯」
動物ではない何かが通った道。つまり⋯⋯。
「キャッ!」
突如フィーナが悲鳴をあげ、倒れ込んでしまった。
「どうした!?」
「針が刺さって⋯⋯」
そう言うフィーナの肩口には、注射器のようなものが刺さっていた。
「麻酔針か!」
すぐにフィーナの肩から麻酔針を抜き取り、手に持った。頭をできる限り出さずに周りを見渡した。
よかった。ここの雑草の背が高くて。低かったら今頃俺も麻酔針の餌食になっていただろう。
チラリとフィーナを見る。
麻酔針に即効性はない。どこぞの名探偵みたいな麻酔針はフィクションだ。
現に、今もフィーナは体を動かしながら、射線に入らないようにしている。
敵はずっと前から俺たちを観察していたはずだ。だから、俺がいると言うことはわかっているはず。俺が立ち上がるのを今か今かと待ち望んでいるのだ。
だが、そんな馬鹿なことはしない。まだ敵の位置がわかっていないからだ。優秀なスナイパーは一度撃った場所は移動するというが、フィーナを撃った人間はどうか⋯⋯⋯⋯。
俺は少しだけ頭を出し、撃ったであろう位置に目を凝らした。だが、そこには影もない。
敵は移動している。銃で威嚇射撃をしても良いが、それで相手を刺激したら危ないのは明白だ。
「フィーナ。まだ動けるか?」
「う、うん」
「なら、俺に背負われてくれ。匍匐前進でここから逃げるぞ」
「わかった」
フィーナが俺に体を預けてくる。ゆっくりと地面を這いながら、森の中に入ろうとする。だが、視界の左端でキラリと光るものがあった。銃のスコープの反射だ。
今が倒すチャンス──────
フィーナを降ろし、立ち上がる。握り込んでいた麻酔針の先端を、スコープに向けてぶん投げた。直後、短い悲鳴が上がる。
相手は実銃じゃなく、麻酔銃を使っていた。人間を殺すことが目的じゃない。何か別の目的がある。人間を殺すことができないのなら、距離を詰めるまで!
俺は地面を駆け、悲鳴をあげた本人に肉迫した。が、横から別の人間が麻酔銃を持って出てきた。
「なっ⋯⋯!」
至近距離で撃たれ、奥深くに麻酔針が刺さる。そこから麻酔液が身体中に広がる感触が伝わってくる。だが、ここで二人倒せば⋯⋯。
俺を撃った人間に向き直る。が、その人間は奇妙な格好をしていた。真っ白の防護服に身を包んでいたのだ。
いや、それがどうした。たった二人だ。この人数なら俺でも⋯⋯。
瞬間、周りから次々と白の防護服を身につけた人間が飛び出してくる。瞬時に目を巡らせ、近くにいる人間に手を伸ばす。一人目を殴り倒し、二人目の股間を蹴り上げ、三人目を投げ飛ばした。
四人目に手を伸ばした瞬間、後ろから首を絞められた。
ガッチリとホールドされ、視界が赤くなる。
意識が落ちる直前、ずっと遠くで、二人組の人間がこちらを見ていたことに気づいた。
◇◇◇◇◇◇
「おい⋯⋯お⋯⋯」
なんだ?
「おき⋯⋯って」
静かにしてくれ。寝られないだろ。
「起きろーー!!」
「ぬわっ!」
耳元で叫ばれ、驚いたことにより、覚醒した。ずっと目を閉じていたため、部屋の光がいやに眩しい。
すぐに体を起こす。どうやら俺はベッドに寝かされていたようだ。俺が居る部屋は真白に塗られていた。
近くには白い防護服を着た人間が立っていた。背景と同化していて、顔の部分にある、曇ったガラスの暗い色しか見えない。
俺の両手首には鈍色のリングが嵌められていた。
「やいお前!お前が僕に麻酔針を刺したせいで大変だったんだぞ! ふらふらになりながら歩いたんだからな!」
急に俺を叱咤し始める防護服。顔も口も見えないため、着ぐるみが大袈裟な動きをしているように見えるだけだった。
俺は未だ大声をあげる防護服に近づこうし、ベッドから降りた。だが、足が鎖で繋がれていた。また、まだ麻酔の影響が残っているのか、足取りがおぼつかない。
「そもそも、お前が撃ってきたんだろ?」
「口答えするなあ!」
「ぐあっ!」
俺が文句を言うと、すぐに顔面を殴ってきた。案外力は弱かった。
「あったま来た! 僕がお前の実験をしてやる!」
そう言うと、後ろにいる仲間の防護服が。
「お、おいリノ。一人は危険だぞ」
「大丈夫だよ。こいつをわからせてやるんだ。それに、こう言うのは一人の方がやりやすいだろ?」
「そ、そうだが⋯⋯」
「さあほら、行った行った!」
半ば強引に仲間を部屋から追い出し、ドアを閉めてしまった。そして、懐からメスを取り出した。
「ふっふっふ。怖いかい?」
「俺が足を拘束されてたとしても、お前には勝てると思うぜ?」
「それはどうかな」
防護服が手に持っていたリモコンを操作した。瞬間、手首についていたリング同士がぴたりとくっついてしまった。
「なっ⋯⋯」
驚いた俺を見て、防護服は高笑いをした。
「はっはっはっは! どーだ、怖いだろ!」
言いながら、メスを高らかに掲げ。
「ごめーん!」
途端にメスを放り投げた。そして、地面に激突しそうな勢いで頭を下げる。
「は?」
「いや、さっきのは演技だったんだよ。ごめんね、痛くして」
「い、いや。説明してくれ」
「そ、そうだね」
防護服はかけない頭を触りながら。
「僕はさ、ロッドさんにお世話になったんだ」
「ロッド?」
「ああ、フィーナちゃんのお父さんね」
俺の疑問に答えてから防護服は続ける。ついでに、手の拘束も解除してもらう。
「それでさ、僕たちはこの研究所で人間を使って実験してるんだけど、被験体が死んじゃうから、補充するんだ。
それで君たちが捕まったんだ。
でも、僕はロッドさんに昔お世話になったから、フィーナちゃんに悪いことはできないなって。だから、君と話をしたかった」
「つまり、仲間を裏切るってことだな」
「そうなるね」
「なら⋯⋯」
俺が言葉を発しようとした瞬間、誰かがやってきた。足音が複数聞こえてくるため、一人ではないようだ。俺は今すぐ、防護服に落としたメスを拾わせ、切っているように見せかけた。俺は苦悶の表情を浮かべ、唸っておく。
誰かがドアを開けた。それは見たことのある茶髪のパーマ──────
レオンだった。手にはアサルトライフルが握られている。
「避けろ、トウマ!」
「待って!!」
俺は手で制止させた。今防護服を撃たれたら大変だ。
「仲間なんだ」
「お前の首を絞めてたように見えたが?」
俺の言葉に言い返したのは、見たことのない男だった。
「誰?」
「ケインだ。レオンとフィーナでいうところの叔父さんだな」
「ああ、そういえば」
フィーナが言ってたっけ。レオンは襲われた拠点のリーダーをしていた叔父さんと逃げたって。
「フィーナちゃんが危ないかもしれないんです」
防護服が言った。
「話を聞こうか」
◇◇◇◇◇◇
一通り話を聞いたレオンとケインは、すぐに行動した。
「君、フィーナのいる場所はわかるかい?」
「僕はリノです!」
「リノ、場所はわかるか?」
「ついてきてください!」
すぐにリノが前に出る。そして案外早い足で先導する。すぐにつきそうだった。だが、そうはいかない。
「止まって!」
リノが制止した。リノの前には複数体のゾンビが、そして、数人の研究員がいた。
「なーんか物音がすると思ったら」
「リノ、お前、裏切ったのか」
リノは平然としていた。だが、違和感があった。
ゾンビにアーマーのようなものがついていた。皮膚の代わりに、金属片が縫い付けられている。そして、ゾンビが研究員を襲わないのだ。俺たちよりも、研究員の方が圧倒的に近いのに。
「何が起こってんだ?」
レオンの困惑した問いに、リノが返した。
「あれが実験の成果。まだ人間の頃に脳をイジって、感染させて従順なゾンビに仕立て上げるって感じだよ。まだ成功数も少ないけど」
リノは恐ろしい言葉を淡々と語る。
なんという⋯⋯⋯⋯悍ましい実験だ。こんなことがあって良いのか?
あまりの外道さに顔が歪んでしまう。
「おいおい、リノ。それは社外秘だぜ?」
得意気に話す研究員。何かがおかしいのか、肩を震わせて笑っていた。
「行けえ! ゾンビどもお!」
研究員の言葉に、三体のゾンビが走り出した。銃を撃つも、アーマーに弾かれてしまう。
俺は咄嗟に背中に背負っていたバッグから、シャベルを取り外した。向かってくるゾンビの顎に、シャベルの切先を合わせて振り抜いた。下顎が吹き飛び、黒ずんだ汚れが流れ出す。
レオンとケインはマチェーテで胴体を切り裂いて真っ二つにしていた。
すぐにゾンビを撃破した。だが、まだ改造されたゾンビは多い。
「成功例は少ないって言ったよな」
「うん、たった数百だよ」
「くそっ!」
すぐにゾンビが流れ込んだ。俺は同じ要領でゾンビをノックダウンさせようとする。だが、避けられてしまった。
コイツら、学習能力があるのか!
噛みついてくるゾンビにシャベルの柄を噛ませ、蹴り飛ばす。体勢が崩れたところで頭をかち割った。
「リノ、お前も戦えよ!」
「僕に戦闘を求めないでくれよ。僕はしがない研究員なんだからさ!」
そう言いつつも、何か武器になりそうなものがないか探すリノ。俺はそれを見て。
「これ使え!」
リノに投げ渡したのはグレースからもらった拳銃だ。
「大事に使えよ」
「わかったよ」
リノは辿々しい手つきで拳銃を構える。シャベルを渡しても良かったが、力の弱いリノに渡しても扱えないはずだ。なら拳銃で牽制してもらった方がいい。誤射するかもしれないけど。
すぐに前線に戻り、遅いくるゾンビを薙ぎ倒しながら進む。着々とゾンビを従えている研究員に近づく。
「リノもゾンビを操れないのか?」
「無理だよ。あれはその人専用なんだ。他の人の命令は聞かないよ。それに、僕にだって良心はあるからね、ゾンビを奴隷にしようだなんて思わない」
ゾンビを従えてここを突破するのは無理か。どうにかしてここを突破する方法を考え付かなきゃ。
さて、どうするか。
「でも」
ふと、リノが付け加えた。
「仲間を殺す覚悟はあるよ」
言いながら、拳銃を構える。葛藤している様子は感じ取れない。
冷静に、向こうにいる研究員に狙いを定めた。引き金を引いた。瞬間、向こう側にいた研究員の着ている、防護服の額らへんが赤く染まった。
力なく崩れ落ちる。続けて三発。全員の研究員の額を打ち抜いていた。それと同時に、襲ってきたゾンビたちも動きを止める。
それを見たリノは一言。
「さ、行こう」
簡潔に言った。
「お前⋯⋯」
叔父さんが言い淀んだ。
その状況にリノは目を丸くさせ、声を上げた。
「何々、僕が非情だって言いたいわけ? 君たちも元々人間だったゾンビたちを殺してるじゃないか。やってることは変わらないよ?」
抗議するように腕を組む。
「心外だなあ。僕だって真剣なのに」
「いや、そうじゃないんだ。やる時はやるやつなんだなってな」
レオンが口を開いた。
「ふうん、ま、それは置いておくよ。今はフィーナちゃんを助けなきゃだしね」
そう言って、リノは歩き出した。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




