第二十三話
俺が保健室に連れ込まれてから、二日たった。
体はすっかり元通りになり、傷も残らなかった。
むしろぐっすりと眠れたことにより、怪我を負う前よりも元気になった。これも作戦の内に入っていたのかもしれない。
そして、今日。作戦を実行する日だ。
まあ、やり方は簡単だ。喧嘩を売るだけだ。ただ、それだけじゃない。大多数の生徒の目の前で喧嘩を売るのだ。
そして、ゴーアは決して逃げることはできない。俺の喧嘩を買わないということは、俺に屈したことと同義だからだ。
そして、タイマンに持ち込む。そこでコテンパンにすることで、俺の作戦は成功する。
俺は保健室を抜け出し、生徒たちがいる場所へ向かった。
フィーナは俺が寝込んでいる間にも、何度か会いにきてくれた。だが、アレスは来なかった。だから、アレスと話すのは二日ぶりだ。
「おい、アレス」
「⋯⋯トウマ」
「仲間集めてこい」
「?」
「ゴーアに喧嘩売るんだよ」
俺が言いながらニヤリと笑うと、アレスは力無く頷いた。
そんなことになりつつも、アレスはすぐに行動してくれ、二十人ほど集めてくれた。
その集団を従え、ゴーアがいる校長室に殴り込む。
ドアをノックせずに開け、ゴーアを呼び出す。
昼寝していたゴーアは、起こされたことにイラつきながら、俺のところまで来た。
「なんだ?」
「俺とタイマン張れ」
端的に、短く。
ゴーアは少しだけ驚いた表情をした。しかし、すぐにいつもの表情を取り戻し。
「俺は忙しいんだ。お前みたいな雑魚を相手にしている暇はない」
言いながら、ドアを閉めようとした。寸前、足を挟んでドアの動きを止めた。
「おいおい、ビビってんのか? 俺みたいな雑魚によお」
できる限り挑発するように。
「おい皆! コイツ、俺相手にビビってるらしいぜ!」
言い聞かせるように。そうしたら、コイツは。
「い、いいぜ。半殺しにしてやる」
喧嘩を買わざるを得ない。
◇◇◇◇◇◇
「トウマ、お前何してんだよ!」
「皆でボコボコにするんじゃねえのかよ!」
「まあまあ落ち着け」
ゴーアに喧嘩を売った後、俺らは体育館に来ていた。
今は、ゴーアとタイマンを張るという大それたことをやろうとしている俺を、男子生徒が口々に引き留めようとしているところだ。
「俺に任せろ」
「お前ちょっと前にボコボコにされてたじゃねーか」
「⋯⋯それは置いといて。安心しろ。絶対勝つから」
俺の力強い言葉に、一同が黙る。
「トウマ!」
「フィーナ⋯⋯」
「勝ってよ!」
「分かってる。絶対に勝つから」
フィーナと約束し、目の前にいるゴーアに向き直る。
この戦いが全てを決める。俺が勝てば、生徒たちは解放され、ゴーアが勝てば、生徒たちの洗脳は決定的になり、フィーナは無惨に貪られるだろう。
勝たなければいけない。そして、それはゴーアも分かっているはずだ。本気で俺を倒しにくる。最初から全力で⋯⋯。
ゴーアが一歩踏み出した。それに合わせて俺も踏み出す。
一歩、また一歩と距離を詰める。
突然、ゴーアがラリアットをかましてきた。だが、大振りで予備動作も大きい。避けるのは簡単だ。
するりと脇を抜けて、背後に回った。背骨を折る勢いで蹴り付ける。
「ぐうっ!」
「「「わあああああ!」」」
俺の蹴り一つで歓声が上がった。あの恐怖の対象が、一撃もらったという事実に震えたのだろう。
蹴られたことで、つんのめって倒れたゴーアは、俺を突き刺すような視線を送りながら立ち上がった。そして大きな体格を生かして突進してきた。
俺はサイドステップで避け、追撃としてもう一度蹴りを入れようとした。だが、想定されていたのか、足を掴まれる。そのまま振り回され、投げ飛ばされた。
床を転がり、摩擦で火傷を負う。すぐさま立ち上がり、距離を詰める。
右ストレートが飛んできた。リアレバーですんでのところで避け、カウンターの右フックを左頬にぶち込んだ。
たたらを踏んだゴーアの足首を蹴り上げ、転ばせる。マウントをとり、顔面にラッシュを叩き込もうとする。
しかし、巨体に似合わぬスピードで抜け出され、振り出しに戻った。
俺は左右に揺さぶりながら、ジャブを放った。ゴーアはそれに動じず、俺の大きな動きを感じ取ろうとしている。
俺は左足のミドルキックを放った。ゴーアはそれをみており、しっかりとガードする。
二人の体が硬直する。瞬間、俺はギアをあげ、すぐさま右足のハイキックを放つ。
だが、それもギリギリガードされた。足を引っ込める間も無く、足を掴まれる。
手繰り寄せられ、襟首を掴まれた。そして、持ち上げられ、床に叩きつけられた。
「がっ⋯⋯」
背中を強く打ち、息ができなくなる。体の動きが鈍る。俺はガードもできずに、ゴーアのパンチを顔面に受けた。鼻から血が飛び散り、口の中に鉄の味が広がる。
生徒から悲鳴が上がる。だが、このままやられっぱなしで終わるわけがない。近くにあった足を掴み、膝とは逆方向に曲げる。
「ぎゃああ!」
ゴーアが叫び、がむしゃらに離そうとした。俺も距離をとりたかったため、すぐに足を離した。ゴーアは転びながら俺から離れ、足の調子を確かめるようにしている。
俺は口に溜まった血を吐き出し。
「案外弱いな」
俺の煽りの言葉に反応すらせず、すぐに距離を詰めてきた。コイツは殴ることより、掴みの方が得意だ。
そして、殴ることよりも破壊力がある。距離を取らせるために、ローキックをばら撒き、牽制し続ける。そして、隙ができた瞬間、距離を詰めて顔面を破壊する。
もう何度振ったかわからない左足のローキックが掴まれた。ゴーアは再び投げ飛ばし、俺の体勢を崩そうとした。
だが、そんなことはさせない。
後ろに体重を掛け、動きを止めた。床についている右足で跳躍。掴まれた左足を軸にして体ごと半回転。体重という枷を取っ払い、自由になった右足を、槍のように鋭く突き出した。
どしゅ。
俺の右足はゴーアの顎を寸分違わず打ち抜き、首の可動域限界まで捻じらせることとなった。
「わああああああああ!」
「やりやがった、やりやがったああああ!!」
「すげえぞトウマー!」
ゴーアは完璧に俺に敗北した。顎を打たれたことにより、ろくに体を動かせなくなっている。
だが、体は頑丈なのか、懐から何かを取り出した。
なけなしのプライドと引き換えに取り出したのは銃だった。震える足で立ち上がり、俺の額に照準を合わせた。
さっきまで沸き起こっていた歓声が、嘘のように静まり返る。
「ほら、土下座しろ」
ゴーアが俺に呼びかけた。
「そしたら、許してやってもいいぞ。この俺に楯突いたことにな」
半笑いで続けた。すでに、ゴーアの人差し指は引き金に掛かっていた。
「俺はつくづく運がいいぜ。お前が持ってた銃が役立つなんてよお。⋯⋯おら、さっさとやれ」
「お前、卑怯だぞ!」
観戦していた一人の男子生徒が声を上げた。それに血走った目を向けながらゴーアが叫んだ。
「黙れ黙れ!撃たれたくなかったら黙っとけえええ!」
ゴーアは肩を怒らせながら、銃を生徒に向けた。向けられたことにより、騒いでいた生徒は黙りこくる。
⋯⋯なんだ。撃つ気なんてないじゃないか。
俺はゆっくりと、ゴーアに向かって歩き出した。
「何向かってきてんだ! 止まれ!」
ゴーアの言うことなんか聞いちゃいない。
「てめえ、無視すんじゃねえ!」
ゴーアが叫んで俺の足を止めようとするが、意味はない。
俺はゴーアの目の前に立った。
「な、何なんだお前⋯⋯」
その震える声から紡がれた質問には答えなかった。
「ほら、撃ってみろよ」
俺はゴーアの腕を掴み、銃口を俺の額に押し付けさせた。
ゴリッ、と銃の重厚な感触が額越しに伝わってきた。ひんやりとしていて、場違いな雰囲気を漂わせた。
「ほら、どうした? お前の人差し指に掛かってる、そのちっこい引き金を引いたら、俺は死ぬんだぜ?」
俺は一度も合わせなかったゴーアの目を、まっすぐに見つめた。
「あ、あ、ああああ⋯⋯」
ゴーアは情けない声を出した後、銃を力無く取り落とした。そして、腰が抜けたように崩れ落ちる。
俺はゴーアが落とした銃を拾い上げ、安全装置を外し、コッキングした。
それを見たゴーアは、体を震わせた後、失禁した。
「所詮お前は、無力な学生を相手に王様を気取ってた薄汚え豚だったんだよ」
ゴーアの耳元でそう呟く。
その言葉にゴーアは、意識を失ってしまった。
「勝った⋯⋯?」
誰かが呟いた。その言葉を皮切りに、砂浜に打ち寄せる波のように。
「勝った、勝ったああああ!」
「やったーー!」
「すげーぞトウマ!」
皆が俺を取り囲み、口々に褒め称えた。皆が涙を浮かべていて、何だか不思議な気分だ。
アレスがやってきて、俺に礼を言った。
「あ、ありがとう。トウマ⋯⋯」
アレスは、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。
「お、おい。そんな泣くなって⋯⋯」
俺が励ましの言葉をかけるも、アレスは泣き止まない。
「やーい。アレスは泣いてるぜー」
「う、うっせー! 泣いて何が悪いんだよ」
よかった。いつも通りになってくれた。⋯⋯後はフィーナはどこだ?
「トウマー!」
「うぇっ!」
変な声が出てしまった。急に飛びついてくるフィーナが悪いだろうけど。
「ちょっと離れて⋯⋯」
「嫌だ。離れたくない! 本当に心配したんだよ? 死んじゃうんじゃないかって!」
「ごめんな、心配かけて。でも、俺は死んでないし、ここにいるよ」
というか、皆に見られてて恥ずかしい。それに俺の胸になんか当たってるし!
「あ、あのーそろそろ離れてくれませんかね⋯⋯」
「おいおい、顔が赤いぞトウマー」
「彼女が甘えてんだから応えてやれよー」
俺は言われなき言葉に反論した。
「まず、照れてないし、そもそもフィーナは彼女じゃないぞ」
「「「は?」」」
◇◇◇◇◇◇
フィーナは、俺がゴーアを倒した後、すぐに俺と自分の荷物を取ってきてくれた。
俺は銃を腰に下げ、すぐにバッグを背負い、体育館を出て行こうとする。
「ちょっと待てよ!」
「どうした、アレス」
アレスは困った顔をしていた。
「⋯⋯出ていくのか?」
「まあ、そうだな」
「残ることはできないのか?」
「ええー何でだよー」
「残ってちょうだい!」
俺とアレスのやり取りを聞いた生徒たちが次々と引き止めてくる。
「俺らには、いくところがあるんだ」
「ゴーアがいなくなったし、アレスくん達で頑張れるでしょ?」
俺の言葉を、フィーナが繋いだ。
その言葉に、アレスは大きく頷いてみせる。
「わかった。でも」
アレスは、少しだけ言い淀んだ。
「疲れた時は、戻ってこいよ。俺たちはここにいるから」
「ああ、わかった」
すると、アレスが手を伸ばしてきた。その手を、しかと握った。
「死ぬんじゃねえぞ!」
アレスが威勢の良い声で言った。
「お前もな!」
俺はニヤリと笑って返す。
俺とフィーナは大勢の生徒達に見送られながら、学校を後にした。
校門を通り抜ける直前、振り返る。初めて見た学校は不穏で、澱んだ空気が漂っていた。
だが、今は違う。
今の学校は、まるで俺がいた世界の学校のように、活気付いて見えた。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




