第二十二話
ひとまず、ゴーアには反抗的な態度は取らないようにした。そして、学校に到着してから最初の日は、体を休めることを徹底した。
二日目。俺はこの学校の仕組みやルールを知るフェーズに入っていた。
この学校は漢字の日の構造になっていて、二つの校舎が三つの渡り廊下で繋がれている。
片方の校舎が男子専用。もう片方の校舎が女子専用とのこと。男子は女子のいる校舎に入ることは午後七時から禁止されていて、女子の方も同じだった。
だが、一人だけ女子の校舎に入ることを許された人間がいる。
そう、ゴーアだ。あいつだけは女子の校舎に入ることを許されている。
夜中、度々女子の校舎に入るところを目撃している。俺はそれを何度も目にし、女子が校長室に連れ込まれるのを見た。その度に、手の平に爪が食い込むほど握り込んだ。
そして、俺は生徒から話を聞くことにした。
渡り廊下の手すりにもたれ、通りすがった男子に声をかける。
「ちょっといいかな」
「どうした?」
「聞きたいことがあってさ」
俺は一人の男子を捕まえ、ゴーアが何者なのか質問した。
「もともと先生は体育教師だったんだよ。優しくてさ、皆から好かれてたんだ。でも、ゾンビが発生してから、人が変わっちゃって⋯⋯」
「そうか、どういうふうに変わったんだ?」
「僕らをよく殴るようになったし、女子にはセクハラしたり、終いには⋯⋯レイプしたりで」
言い淀んだ。
「反抗しなかったのか?」
「⋯⋯勝てないんだ、僕らじゃ。力も強いし。それに、一人だけ歯向かった生徒がいたんだ。でも、酷い目にあって」
そこまで言って、黙ってしまった。
「わかった。ありがとう」
答えてくれた生徒から離れ、別の生徒に話しかけた。その生徒は、俺とフィーナを校長室まで案内した男子だった。
「ちょっといいかな」
「⋯⋯お前。彼女は大丈夫だったか?」
「?⋯⋯ああ」
「良かったな」
なんだ、急に。
「質問があるんだけど」
「なんだ?」
「ゴーアはこの学校で何をしているのかを聞きたいんだ」
「そんなこと聞いてどーすんだ」
「どうするって⋯⋯」
その男子は俺に敵意を孕んだ視線を向けてきた。そして、周りを見渡した後。
「移動しよう」
俺は男子と一緒に、フィーナと話た場所に移動した。
「で、なんでそんなことを聞いたんだ?」
いやに高圧的な態度だ。まるで、俺らがゴーアに反抗するのをよく思ってないみたいだ。
だが、それで止まってはいられない。
「⋯⋯皆を助けたい。皆、困ってるみたいだし」
「⋯⋯」
男子の目がさらにキツいものに変わる。
「やめとけやめとけ。きっと、不幸な目に遭うぞ。お前の彼女もな」
違和感。
「まるで体感してきた風に言うな?」
言った。言ってしまった。相手の顔は見れなかった。
何か言い返すと予想したが、何も言われない。チラリと手が見えた。その手は、今にも潰れそうなほどに握り込まれていた。
ゆっくりと顔を見上げる。視界に入った顔は、あの時、俺とフィーナを校長室に案内し終わった後。目に焼きついた顔と同じだった。
「お、俺の⋯⋯」
男子が、震えた声で話し始めた。
「俺の彼女が、ゴーアのやつに殴られたんだ」
ゆっくりと、話し始めた。
「そんで、俺は彼女を守るために、ゴーアを殴った」
男子の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。それが男子の上履きに落ち、シミを作った。
「でも、勝てなくて俺がボコボコにされた。そんで、彼女が俺を守るために、なんでもしますって言って⋯⋯」
落ちた涙が、シミを作る前に再び落ちる。
「そんで、俺の彼女は、あいつに⋯⋯⋯⋯⋯⋯あいつに⋯⋯⋯⋯あいつに⋯⋯」
「わかった。言わなくていい。それ以上は、言わなくていい」
俺は男子の方に手を置き、言葉を紡ぐ前に制止した。この男の痛みはわかった。自分の大切な人が奪われ、酷い思いをした。それを感じ取った故の涙。
いや、それだけじゃない。何もできなかった自分を悔いている、その涙でもあるんだろう。
「⋯⋯どうするんだ?」
未だ泣き止まない男子は俺を見た。
「あいつを潰す」
俺は端的に言い放った。
「そんなの無理だぜ。俺より小さいお前なんかが、勝てるわけねえ」
「それはわからないだろ」
「なら、喧嘩で俺に勝てるってのかよ」
「ああ、多分な」
俺の言葉に、カチンときたのか、男子はファイティングポーズをとった。
そして、ストレートを打って来た。俺はひらりと避け、男子のお腹に一発。
すぐにダウンした。
一応AIと殺し合いしてたからな。そこらへんの学生には勝てる。だが、ゴーアには厳しいかもしれない。何せあのガタイだ。相当タフに違いない。
「ありがとな。教えてくれて。⋯⋯名前は?」
「⋯⋯ア、アレス」
「ありがとな。アレス」
俺はお礼を言ってフィーナに会うことにした。
「フィーナ。そっちはどうだった?」
「酷い話ばっかりだった」
「こっちもだよ」
今、俺らが話している場所は、俺が先ほどまで男子生徒を捕まえて質問していた渡り廊下だった。
「ゴーアってやつは、相当酷いやつらしい」
「うん、私も何度か体触られたから」
「⋯⋯一人になるなよ」
「分かってるよ」
情報交換をしていると、ゴーアがやってきた。
「何をしているんだい? もうすぐ午後七時になるから、校舎に帰らないといけないぞ」
「いやあ、ちょっと込み入った話をしてまして。先生はどちらへ?」
「女子生徒に用事があってね。校舎に来たんだ」
「⋯⋯⋯⋯じゃ、フィーナ。また明日」
「う、うん」
俺は背中を向け、男子専用の校舎に帰ろうとした。そして、ゴーアは徐にフィーナの腰に手を回そうとする。それを、翻った俺が叩いた。
「あんま調子乗んなよジジイ」
釘を刺して置き、今度こそ男子専用の校舎に帰った。
◇◇◇◇◇◇
三日目。
この日は学校の周りを彷徨くゾンビを殺す日らしい。殺しに行くのは男子だけだ。
女子はゴーアと学校の中で待つらしい。その間、ゴーアは女子に暴行を働くというわけだ。
外にいる時間は五時間。五時間以内に帰ってくると教育という名の暴力を振るわれるとのこと。
だが、何日も男子全員でゾンビを駆逐しているため、学校の周りにはほとんどいない。ただゴーアから見えないところで時間を潰すだけ。⋯⋯今がチャンスかもしれない。
「なあ、聞いてくれないか?」
俺の言葉に、多くの男子生徒が興味を持った。
「正直に言ってほしい。⋯⋯ゴーアを良く思ってないやつは手をあげてくれ」
その場にいたほぼ全員が手をあげた。もちろん、その中にアレスもいる。
そして、俺は疑問に思った。
「どうしてこんなにいるのに、ゴーアをタコ殴りにしようとかしないんだ?」
「だって、喧嘩が一番強いアレスがボコボコにされたんだ。俺らじゃ無理なんだよ」
一人の男子生徒がそういった。俺はその言葉に胸を締め付けられた。
動物は、小さい頃に自分じゃ動かせないもので繋がれていると、大人になって動かせるようになっても、動かせないと思い込むらしい。
彼らはまさにそれだった。初めから勝てないと思い込んでいるのだ。ある種の洗脳だ。暴力による洗脳だ。恐怖で意思をねじ伏せ、隷属させる。これがゴーアのやり方。
なら、彼らを救うにはどうすればいい?
ただゴーアから解放させるのは意味がない。彼らの洗脳を解いた上で、ゴーアを倒すことが条件だ。なら、簡単だ。同じ暴力でゴーアをねじ伏せればいいのだ。
暴力で洗脳していた元凶が別の暴力によって倒される。これで彼らは解放される。心も、体も。
作戦は整った。あとは機会を待つだけ。
五時間が経過し、俺らは校舎へ帰った。
すぐに作戦を実行するため、すぐにベッドに潜り込んだ。すぐに眠りにつけるだろう。だが、そうはいかなかった。
女子の校舎から悲鳴が上がったのだ。そして、鈍い音が遅れて聞こえてくる。俺は飛び起き、すぐさま女子校舎へ向かった。
そこには、一人の女子生徒が倒れており、フィーナの綺麗に束ねた金髪の髪が、ゴーアに鷲掴まれていた。
「なっ⋯⋯!」
「痛い!」
「俺に逆らったらどうなるか、お前の体に教え込んでやるよ!」
「待て!」
俺がゴーアの腕を掴み、制止させた。遅れて他の男子生徒もやって来た。
「一体何が⋯⋯」
「私と同じ部屋の子が連れていかれそうになったから、私が止めたの⋯⋯」
フィーナがうめきながら答えた。
「その手を放せ!」
「いーや、こいつには教育が必要だ。へっ、校長室でじっくりと教え込んでやる」
「だったら、俺を殴れ!」
その言葉に、ゴーアは怪訝な顔をした。そして、しばし沈黙した後。
「いいぜ、後悔すんなよ?」
掴んでいた髪を乱暴に放し、俺の顔面を殴りつけた。
鼻血が飛び散り、窓ガラスに付着する。さらにもう一発。顔面を殴った後、俺を突き飛ばし、転ばせる。そして、腹に蹴りを入れた。
「ごふっ!」
「やめて!」
フィーナが止めに入るも、体を振るわせただけで弾き飛ばした。
確かに痛いが、これで良い。昼頃、威勢よくゴーアをよく思わないといった俺がボコボコにされている。それを見た男子生徒たちがの顔面が、蒼白に染まっていく。
でも、これで良い。俺が見せしめに殴られた分だけ、恐怖による支配は強まる。だが、その反動で解放した分の洗脳の解け具合も強くなるはずだ。
そして、こいつも俺を支配したかったはずだ。コイツは明らかに自分をよく思ってないと、まだ反抗の意思があると、そう思っている。
実際そうだ。
ゴーアはその意思をここで折ろうとして、躍起になっている。だが、罠だ。ゴーアが本気で俺を殴り、蹴る度に、俺の作戦の成功度合いは大きく向上する。
あぁ⋯⋯なんか、いじめられた時を思い出す。これよりかは弱いけど。
どかどかと何回も俺に蹴りを入れたゴーアは一息ついた後、「ヤる気が失せたぜ」と言って、戻ってしまった。
すぐにフィーナが寄ってきて、体を起こしてくれた。
「トウマ! 大丈夫?」
「あぁ、大丈夫⋯⋯」
「嘘吐き! な訳ないでしょ! ここに保健室あるでしょ!案内して!」
「わ、分かった」
フィーナの問いに返事をしたのはアレスだった。
俺はアレスに抱えられ、保健室に運び込まれた。
◇◇◇◇◇◇
「どうしてあんなことしたの⋯⋯」
「フィーナに危害を加えさせないためだ」
「私のことはいいから」
「良いからとかじゃない。俺はフィーナの叔父さんと、レオンに無事に届ける義務がある。それを破るわけにはいかない」
右目あたりの視界が悪い。右目の上が腫れているのだろうか。
「氷、なんてあるわけないか」
フィーナは俺のことがよほど心配だったのか、目を潤ませていた。
「⋯⋯アレス。ちょっと外にいてくれないか」
「⋯⋯分かった」
アレスは素直に言うことを聞いてくれ、出ていった。
「あれは作戦だったんだ」
「どんな⋯⋯?」
「生徒たちはさ、恐怖によって支配されてるだけじゃなくて、洗脳されてるんだ。
ただゴーアを倒すだけじゃ意味がない。生徒たちの洗脳も解かないといけない。そのために、俺が殴られる必要があった」
俺の言葉にフィーナは黙ったままだった。
「あの、もう入っても?」
「ああ、良いよ」
すぐにアレスが入ってきた。そして。
「ちょっと、フィーナさんは出てもらって良いですか?」
「なんで?」
「男の話があるんで」
「ん」
フィーナはアレスの言葉を理解してくれ、出てくれた。
「どうしてあんなこと言った?」
「なんのこと?」
「俺と一対一で話した時、あんたはゴーアを潰すって。⋯⋯なのに、ボコボコにされて。
あんたは反撃すらできていなかったじゃないか」
「⋯⋯そうだな」
「やっぱりダメなのかな」
これも作戦の内だ。
「さあ、あの時は俺を殴れって言ったからな。俺が反撃するのは筋違いだったろ?」
「あんな奴に、筋なんて通さなくて良いでしょ」
「確かにな。でも、俺は正々堂々と潰したいんだ。そのほうが後腐れもないしな」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯嘘吐き」
そう言い、アレスは出て行った。俺の頭の中には、彼にかける言葉なんて見つからなかった。
フィーナは戻ってこなかった。多分、俺が休めるようにしてくれたのだろう。
確かに、作戦だ。アレスに失望されるのも、なんとなく分かっていた。これも作戦の内。
だけど、やっぱり。
「辛ぇな」
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




