第二十一話
牢屋に拘束されてから三日目。
二日目は何もなく過ごせた。文字通り何もなく。
だが、三日目。俺は男が唸る声で目を覚ました。
体を起こして男に言葉を投げかけた。
「ふう、ふうふうううううう!」
「大丈夫ですか?」
俺の言葉に反応した男はチラリとこちらを見て。
「水⋯⋯」
と、ポツリと呟いた。
こりゃダメだ。もうゾンビになるのは確定だ。水を欲しがるのにこんなに狂う必要はない。昨日も水をガブガブ飲んでいたからな。近づかない方が良い。
⋯⋯でも、ゾンビになるのなら、水を飲ませても良いかもな。
いわゆる末期の水ってやつだ。俺は水が入った容器を手渡した。
男は俺から容器をもぎ取り、浴びるように飲んだ。
「ぷはあ、はあ、はあ、ああ、あああああああ!!」
本格的に不味くなったようだ。俺は誰か見回りの人がいないかどうか外を見た。瞬間、俺は目を見張った。
外には、大量のゾンビが蠢いていた。
俺はすぐさま大声を出し、外の異常性に気づかせようとする。だが、それは阻まれた。
「ううああああう!」
俺の横にいた男が完全にゾンビと化したのだ。
「くそっ!」
俺はその場を飛び退く。飛びかかったゾンビは顔面から格子に突っ込んだ。
「ゔゔ⋯⋯」
恨めしそうにこちらを見るゾンビ。正直に言うと、こんな奴を相手している暇はない。今すぐにここを出て、自分の荷物を取り返し、逃げ出したい。
だが、手錠で両手を拘束、体を鎖で繋がれているため、逃げ出すことはできない。誰かが俺に気づいてくれるしかない。
ふと、叫び声が聞こえた。聞こえてきたのは、俺がフィーナと一緒にこの牢屋まで歩いてきた道だった。もうゾンビに突破されたのだろう。早くここを脱出しなければ、俺がいる牢屋はゾンビに埋め尽くされる。
再びゾンビが飛びかかってきた。俺は壁に繋がれている鎖を巻き取り、壁に引っ付くことで、ゾンビのダイブを回避した。
ゾンビは歯を剥き出しにしながら、壁に引っ付く俺に向かって手を伸ばす。
奥の方から銃声と叫び声が乱反射して、こちらまで響いてくる。誰かがこちらに走ってきていた。
「トウマくん!?」
「フィーナ!?」
思いがけない人物に思わず声が出る。
「待ってて、今開けるから!」
そう言ってフィーナは背負っていた荷物を置き、持っていた鍵をいじり始める。それに気づいたゾンビが俺から離れ、フィーナの方に走り寄った。
だが、フィーナに到達する前に、鎖がゾンビの足止めをした。鎖の長さが足りなかったのだ。
ようやく扉が開く。
俺はフィーナに鍵を投げてもらい、手錠を外した。いまだ扉にすがるゾンビに蹴りを入れ、牢屋から脱出した。
「俺の荷物は?」
「ここにあるよ」
そう言って自分の足元を指差す。そこには、俺が持っていたバッグがあった。
中身を確認するが、不足していたものは何もなかった。
「ありがとう。ところで、フィーナのお兄さんは?」
「わからない。でも、きっと生きてるよ。ほら、早く逃げないと!」
「お、おう」
俺はフィーナに先導され、道を阻むゾンビたちを蹴散らしていく。
「フィーナの荷物は?」
「先に外に投げておいたから、回収しに行く」
「わかった。俺も着いてく」
「トウマくんは今すぐここから逃げて」
「一人にさせるわけないだろ! 助けてもらったんだ、俺もフィーナを助けるよ」
俺とフィーナは荷物を回収し、アジトから逃げ出した。
◇◇◇◇◇◇
「ここまで逃げれば大丈夫⋯⋯」
「そうだね」
フィーナは服をパタパタさせながら、水を飲んだ。
俺のバッグの中には、二週間分の缶詰と、予備の銃弾と、水が入っている。そして、バッグの背中にはシャベルを括り付けてある。
フィーナのバッグには、水と拳銃が入っている。
「ここからどうするんですか?」
「敬語はやめてよ。私たちはもう、仲間なんだよ?」
「⋯⋯は、はい」
「ヨシ!」
俺の返答にフィーナは嬉しそうにサムズアップして見せる。
「で、ここからどうするんだ? 行くところでもあるのか?」
「うん。私は研究所に行こうと思う」
「研究所って⋯⋯あの?」
俺の言葉にフィーナは神妙に頷いた。
「私のお父さんがね、研究所で働いてたの。でも、ゾンビが発生した日からいなくなっちゃって⋯⋯。だから、探そうと思ったんだ」
「でも、お兄さんは?」
「お兄ちゃんはきっと私と同じように、研究所を目指すと思う。だから、きっとそこで出会うから。気にしなくて良い」
「そっか。なら、研究所を目指そう」
その言葉に、フィーナは顔を顰めた。
「だめ。トウマは巻き込めない。きっと、研究所は危ないから」
フィーナは俺を突き放した。だが、俺はそこで終わらない。
「いや、着いていくよ。言ったろ? 君を助けるって。だから、フィーナのお父さんを見つけるのも、助けるよ」
俺はまっすぐ、フィーナの目を見つめる。そうすると、フィーナはニコッと笑って。
「じゃ、助けてもらおうかな」
そう言った。
◇◇◇◇◇◇
「とりあえず、どこか眠れる場所を探さないとな」
「⋯⋯そういえば、私たちがいた場所と、もう一個大所帯のところがあるんだよ」
「どこにあるの?」
「この島にある唯一の学校」
この島に学校はあったのか。まあ、そりゃそうだ。学校がないと教育が成り立たないからな。
「もしかしたら、そこにお兄ちゃんと叔父さんが待ってるかもしれない」
「叔父さん?」
「うん、叔父さんがあそこのリーダーをやってたの」
あの襲撃されたアジトのことか。それにしても、案外親戚は生き残っているのかもしれない。でも、母親のことは聞かされていない。⋯⋯聞いてみるか。
「お母さんは?」
「⋯⋯お母さんは、ずっと前に病気で死んじゃった」
「⋯⋯」
フィーナに残された身寄りはレオンと叔父さんか⋯⋯。
なんと過酷な人生なのか。
「トウマの家族は?」
聞かれると思っていなかった質問に瞠目しながら、俺は答えた。
「い、いないよ。いない」
「そっか。ごめんね」
「いや、良いよ。俺も聞いたし」
少しの間、沈黙が流れた。
「学校に行こう」
「うん」
早速学校に向かって歩き始める。俺はここの土地勘なんて皆無なため、フィーナに着いて行くことになる。
だが、進んでいるため、どうしてもそこら辺を歩いているゾンビと鉢合わせることになる。
「トウマ、あそこ」
「いや、迂回したほうがいいな。あまり弾を消費させたくないから」
「確かに!」
ゾンビが前を通り過ぎるのを待ち、再び出発する。
「そういえば、トウマって何歳なの?」
「十五だな」
「へっ!?」
「どうしたの?」
フィーナは大きな声をあげて、俺の顔を見た。なんだ、俺の顔に何かついてるのか?
「私、同い年かと思ってた⋯⋯」
「な、何歳なの?」
「二十一⋯⋯」
まじか。結構年上だった。今からでも敬語に戻したほうがいいか?
「け、結構年上なんですね⋯⋯」
「敬語はやめて!」
「はい」
俺はフィーナの横を歩きながら再び話す。
「フィーナって身長高いんだね」
「私は女の子の中だと身長高いほうだからね。百七十三だったかな?」
負けた。俺は百七十二だ。
「負けた」
「ほんと? やったー!」
そう言って喜ぶフィーナの金色の髪が、横に揺れる。
全くもって緊張感がない会話だ。そこらへんにゾンビがうろついているというのに。だが、先ほどからあまりゾンビを見かけない。今通っている道は平坦で、ゾンビでも登って来れそうな道だ。特に障害物が道を塞いでるというわけでもない。
と、いうことは、誰かがゾンビを駆逐しているということだ。一体誰がやっているのかはわからない。
だが、先ほどから一度もゾンビをみていないということは、相当広い範囲で活動しているはず。これほどの範囲を一人でこなすのは至難の業だ。
つまり、団体である可能性が高い。今、俺たちはそのグループの縄張りに入っているということだ。
「フィーナ、気をつけて。近くに誰かいるかもしれない」
「私には見えないよ?」
「見えなくてもどこかにいる。学校までどれくらいだ?」
「後二十分ってところかな」
なら、学校に住んでいるグループの可能性が高い。
「多分、学校に住んでる人たちだと思う。ここら辺にはゾンビがいないんだ。きっと、学校にいる人たちがゾンビを倒してるんだと思う」
「⋯⋯⋯⋯確かに、さっきからゾンビを見てないね」
周りを警戒しながら歩いていると、フィーナの言うとおり、学校が見えてきた。
◇◇◇◇◇◇
学校は広かった。校舎は遠くにあり、たどりつくには、校庭を突っ切って行かなければいけなかった。
錆びた校門がこの島の学校の異常さを醸し出している。動かないため、校門の上を行くことになった。
「なんか、怖いね」
フィーナが周りを見渡しながら俺に言った。
「周りが森に囲まれてるからじゃないか?」
そういうと、急に風が吹いて森の木々を揺らし始める。
一つの生き物のように動いて見えた。
正面玄関に着いた。中に入ろうとすると、上から呼び止められた。
「止まれ!」
見上げると、数人の男女が見下ろしていた。
その場に佇んでいると、すぐに数名の男子が降りてきた。
全員武装している。
「ゾンビに噛まれてないか?」
一番ガタイの良い男子が強い口調で聞いてくる。
「噛まれてないよ」
「私も」
「⋯⋯よし、入って良いぞ!」
なんて杜撰な確認方法だ。フィーナたちがいた拠点は、牢屋に三日も拘束されていたと言うのに。今まで拠点が崩壊していないのが奇跡に思える。
中に入れという合図があり、前を行く男子についていく。中にいたのは、全員同じ服装をしていた。多分、学校指定のジャージだろう。
「君たちがこの学校を取り仕切ってるの?」
「⋯⋯いや、違う。ここには一人の先生がいるんだ」
少し遅れて返事をする男子。すると、こちらに振り向き、俺の耳のそばで伝えた。
「絶対に先生に逆らうんじゃないぞ。そんで、そこのお前の彼女のことは諦めろ」
すぐに男子は何事もなかったかのように前を向き、歩き始める。
か、彼女?
いや、そこに引っかかってる場合じゃなくて。
今この男子は「先生に逆らうな」と言った。そして、「彼女のことは諦めろ」とも言った。
つまり、ここの先生は結構ヤバいやつなんじゃないか?
「ここに先生は何人いる?」
「⋯⋯一人だ」
眉を顰める。もしかして、独裁体制なのか、この学校は。周りを見ると、生徒が何人もいるが、誰もが暗い顔をしている。それか、引き攣った笑みを浮かべている。
一体、何が⋯⋯。
「ここだ」
男子が案内した場所は校長室だった。男子がドアをノックする。
「なんだ?」
ドアの向こう側からくぐもった声が聞こえた。
「避難者が訪問したので、合わせようと思いまして」
「待ってろ」
男子の言う、先生が返事をした後、衣擦れの音がした。やがて、ドアが無造作に開けられる。
出てきたのはラグビー選手のような体格をした男だった。身長は百九十センチあるかないか。無精髭を生やして、好印象は持てない。
服装はジャージで、裾がはみ出していた。息遣いも荒い。
男は俺を一瞥し、すぐにフィーナへと目線を向ける。釘付けになった。そして。
「ご苦労さん。帰っていいぞ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい」
俺たちを案内した男子は、消え入るような声でつぶやいた後、泣きそうな顔で、歯を食いしばりながらその場を去った。
「中に入れ」
言われるがままに部屋の中に入る。空気は澱んでいて、酸っぱい匂いが充満していた。校長室には、校長室にあると想像したとおりの椅子と机があった。
そして、その奥には広いベッドがあった。そして、そこには制服をきた女子が寝転がっていた。運動した後なのか、胸が激しく上下に動いている。そして、制服がはだけていた。
「よくここにきてくれたよ」
机の上に置いてあったタオルで額の汗を拭った。少ない髪がタオルに持ってかれていく。
俺と目が合うと、ニッコリと口の端を持ち上げた。
「⋯⋯はじめまして」
「はじめまして」
教師はニッコリと不気味な笑みを絶やさずに続けた。
「どうやってここまできたんだい?」
「前、過ごしていた拠点がゾンビに襲撃されちゃって⋯⋯」
俺が答えるよりも先に、フィーナが口を開いた。
「ほうほう、怖かっただろうね」
そう言いながら、教師はフィーナを値踏みするような視線を送った。
俺がその目をみていたことに気づいた教師はすぐに話題を変えた。
「名乗り忘れていたね。俺の名前はゴーアだ。よろしく」
「フィーナです。で、こっちはトウマです」
「ほう! フィーナちゃんか、良い名前だね」
そう下卑たような笑みを浮かべた。
「ところで、トウマくんの持っているバッグの中身はなんなんだい? 見せてもらおうか」
俺は言われた通りにし、バッグをゴーアに渡した。
中身を吟味していく。吟味し終わったのか、バッグを俺に突き返した。そして、フィーナが持っているバッグにも手を伸ばす。中身が水だけだと知ると、興味をなくし、すぐに返す。
「挨拶も終わったし、出ていいぞ。俺は用事があるからな」
言いつつ、ベッドで寝ている女子をチラリと見た。
「行くよ、フィーナ」
「う、うん」
校長室を出る直前。
「腰に提げてある銃は渡してもらおうか」
⋯⋯コイツ、案外目聡いな。
「ん」
俺はすぐに手渡し、フィーナとその場を去った。
◇◇◇◇◇◇
「トウマ、どうして銃を渡したの!?」
俺らは今、人気のない場所に移動していた。
「今は反抗するべきじゃなかった。それに、俺らはここに休みに来たんだ。十分に休める場所がここにしかなかったから」
「でも、あの女の子も!」
「分かってる!⋯⋯俺らはまだここの詳細までは知らない。話を聞かないといけない。でも、それは今じゃない。ここの異常性はとっくに感じてるよ。だけど、今は無視するんだ」
俺はフィーナに言い聞かせるようにしたが、フィーナは聞かなかった。
「でも、トウマなら助けられたでしょ!」
「わからないよ!!」
俺の強い反駁の言葉に、フィーナはたじろいだ。
「あいつは俺より圧倒的に体格がいいんだ!それに、俺だって喧嘩が特別に強いわけじゃない。俺があいつを怒らせたら、フィーナに危害が加わるんだ!」
俺はまだ続けた。
「それに、俺らの目的は、フィーナのお父さんを探すためだ。助けるためだ! ここにいる人たちを救うのが目的じゃない。⋯⋯俺だって嫌だよ。あんなのを目にするのは」
そこまで言って、一息つく。
「⋯⋯でも」
フィーナが続けた。
「私は助けたい」
俺の目をまっすぐと見つめた。
「トウマは、私のこの気持ちを助けてくれる?」
目に涙を浮かべて、そう言った。
フィーナは女性だ。だから、ベッドで寝ていた女子の苦痛や後悔、絶望が痛いほどわかるのだろう。俺でも顔を背けたいほどだった。しかし、俺は目的のために、打ちひしがれている人を見捨てようとした。
いや、目的のためじゃない。目的を盾にしたんだ。
でも、フィーナは立ち向かおうとした。怖いだろうに。名前も知らない人を助けようと決心した。
なら、ならば、俺はそれを手伝おう。
「わかった。助けるよ。銃を取り返さなきゃ研究所に行く前に死んじゃうしな」
「トウマ⋯⋯!」
「でも、今は無理だ。体に疲労も溜まってるし、生徒たちから話も聞かないといけない。今は休もう」
「うん!」
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




