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異世界冒険奇譚〜異世界行ったけどイージーじゃなかった〜  作者: ああるぐれい
屍人に支配された世界

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第二十話

グレースが犬に向かってショットガンを撃ち込んだ。すぐに犬はズタズタになり、跡形もなくなる。


「くそっ」


俺は転びそうになっているグレースを支え、ボロボロになった家に運び入れた。どうして俺は気づかなかったんだ。いくら身体能力が高いとはいえ、真正面に現れた直後に背後に現れることなんてないのに。


グレースの足首から流れた血が、俺を責めているように見えた。

とりあえず、どうにかしないと。


「グレースさん、いますぐ足を切断しましょう。今なら、間に合うはずです」


足の調子を確かめていたグレースは顔をあげると。


「無理だよ。たとえ、足を切ったとしても、この島は片足で生き残れるほどヤワじゃない。あたしは詰んだってわけさ」


何か悟った風に、言葉を吐いた。


「なんですぐにそうやって諦めるんですか。俺はまだあなたに死んでほしくないんですよ!」

「なんでって⋯⋯。あたしはトウマの足を引っ張りたくないのさ」


グレースは、俺の目を見つめた。


「ここから東に二十キロぐらいかね。そこに人が集まってる。そこに行きな」

「⋯⋯⋯⋯どう言う意味ですか?」

「あたしを殺して、そこにいくべきってことさね」

「殺してなんて、軽々しく言わないでください!」


グレースは頭を振って、答える。


「あたしは、人間として死にたいんだよ、トウマ。あんな醜い姿に成り果ててまで、あたしは生きようとは思わない。だから、人間である今のうちに殺して欲しいのさ」

「そんな⋯⋯」


言葉を失った。

ふと、俺の頭に一つの疑問が浮かんできた。今はそんなことを聞く時じゃないのに、無性に気になっていた。


「どうして、そのことを知ってるのに、あなたはそこに行かなかったんですか? そしたら、もっと楽に暮らせたはずだ」


グレースは少し間を置いてから。


「あたしは他人が嫌いだからね」

「なら、どうして俺を助けたんですか」


俺の問いにグレースは沈黙した。流れる血が、時を過ぎていくのをまざまざと見せつける。グレースの顔色はどんどん悪くなっていた。


「トウマが、孫に似ていたから。ゾンビに喰われた孫にそっくりだったからだよ」


グレースは泣きそうになっていた。その時のことを思い出したのかもしれない。

俺は口を開いたが、何も言えなかった。


「さ、死にかけの老いぼれがこれ以上弱音を吐く前に、殺してくれ」


その言葉に、俺はもらった拳銃を取り出した。震える右手を押さえ込むようににして、左手で包み込む。銃口をゆっくりと持ち上げ、グレースの額に照準をピタリと合わせた。右手の人差し指で引き金に触れた。


途端、汗が噴き出てきた。息が乱れ、浅い呼吸が混じるようになる。何度唾を飲み込んでも、次々に湧き出て来る。


俺は今から人殺しになる。俺は今から人を殺す。たった二週間。されど二週間。俺はこの人にお世話になった。そんな人を俺が殺す。⋯⋯人を殺す。


歯を噛み鳴らし始めた。


グレースは祈るように目を閉じている。


どうにかしてこの場から逃げ出したかった。俺は今まで何度も銃をこの手に握ってきた。だが、今持っているのはなんだ?


まるで鉛の塊みたいに、重く、痛い。今すぐ投げ捨てて、楽になってしまいたい。足はとっくに震えていた。


銃を撃ちこまれたように、胸が痛かった。涙が出てきた。視界がぼやける。これを言い訳にして、どこかに飛び去ってしまいたい。そこらへんの木陰にでも逃げ込んでしまいたい。


既に弾は込められている。あとは引き金を引くだけ。そうだ。引くだけだ。それだけなのに、俺にはそれができない。誰かの命を奪うのはこんなにも苦しいことだったなんて。


俺が今まで殺してきたのは、人間ではないAIや、動く屍であるゾンビだけだ。俺は強くなったと思っていた。AIの元締めを殺したから。大切な人を失ったから。それで心は強くなったと思っていた。


でもそれは、人の命一つを前にして呆気なく崩れ去る脆いものだった。

いや、殺したは正しい言葉ではない。倒した、が正しいだろう。


俺にはできない。


引き金に触れている指を離そうとした瞬間、グレースが口を開いた。


「リ⋯⋯ァ⋯⋯⋯⋯ス」


きっと、それは、孫の名前だった。俺はその言葉に鳥肌がたった。その瞬間、俺の目にはグレースがとてつもなく可哀想な人間に見えてしまった。


⋯⋯⋯⋯俺が、救ってやらないと。


俺は、先ほどの葛藤が嘘だったかのように、すんなりと引き金を引いた。



◇◇◇◇◇◇



グレースから流れている血は一箇所からではなく、二箇所に増えていた。足首と、額。俺は放心状態のまま、グレースから言われた場所に行こうとした。だが、寸前で足を止めた。


供養しないと。


俺は銃をもらうまで武器として使っていたシャベルを手に取り、家の裏側に回った。良い感じに土は柔らかかった。俺はシャベルを地面に突き刺し、そこにあった土を別の地面へと放り投げた。また地面に突き刺し、土を放り投げた。


俺は、一体何をやってるんだ?

こんな無意味なことをするより、先にやるべきことがあるんじゃないのか?

でも、こうしたかった。無意味だとしても。


土を掘り返す速度はだんだん上がっていった。それに伴い、汗が噴き出てくる。肌にミミズが這うような不快な感覚を感じ取ったが、無視した。何度も何度も、地面に突き刺した。


そして、いつしか、掘り進める手は止まっていた。シャベルの持ち手に手を置き、そこに額を当てていた。


「クソクソクソクソ⋯⋯」


汗が目に入った。


「あああああああああ!!」


ひとしきり叫んで、また掘り始めた。人を一人埋める穴は案外大きくないといけない。野犬が掘り起こしたり、雨で土が流れ、野晒しになってしまうからだ。もう野犬なんていないだろうけど。


ガシュ、ガシュ、ガシュと土を掘り起こし、後ろに放り投げる。


ガツン、と拳ぐらいの大きさの石にシャベルが当たった。俺は手で使ってそれを掘り起こした。そして、町に向かって放り投げる。指と爪の間に泥が入り込んだ。


また掘り進める。俺が人一人埋める穴を掘り終わった頃には、朝になっていた。


すでに冷たくなったグレースを抱え、穴のところまで持っていた。慎重に穴に入れて、上から土を被せた。


段々、グレースが見えなくなっていく。グレースを埋め終わり、家に戻った。家の中はゾンビの死体で埋め尽くされていた。足元から肉を踏み躙る音が聞こえる。俺は落ちていたショットガンを拾った。それを持って、埋めた場所に戻った。そして、グレースを埋めた場所に突き立てた。


墓標代わりのショットガンだ。銃口は空を鋭く見上げていた。


俺はそれをひとしきり眺めていた。そして、俺は墓に背中を向ける。


もう、戻ってくることはないだろう。


俺は山を降りて、スーパーに行った。スタッフルームへ行き、残っていた保存食を全てカバンに突っ込んだ。カバンにはシャベルを括り付けてある。そして、腰にはグレースからもらった銃を提げた。


「東に二十キロ⋯⋯⋯⋯か」


俺は太陽の位置を確かめ、それに応じて、東に向かった。



◇◇◇◇◇◇



どれくらい歩いただろうか。少なくとも十五キロは歩いたはずだ。足はすでに棒になっていて、踏み出すだけでも難しい。


どこかで休もうかと思っていると、エンジン音が聞こえてきた。俺はその場に伏せ、周りを見渡した。すると、ジープのような車がやってきた。乗っているのは人間だった。二人乗っていて、一人は男で、もう一人は女だった。


俺は立ち上がり、声を上げた。


「おーい!」


声をかけた瞬間、ジープはこちらに向けて向かってきた。

俺の横に止まり、運転席に座っていた男が窓を開けて、俺に問うてきた。

男は茶髪の天然パーマの髪をしている。


「お前、人間か?」

「当たり前だよ」

「へぇ、もう人間なんて見かけないと思ってたのにな。不思議なこともあるもんだ」

「もう、お兄ちゃん。失礼なこと言わないで!」


そう横槍を入れたのは金髪のポニーテールの女だった。


「私はフィーナ。よろしくね!⋯⋯えっと、君の名前は?」

「あ、トウマです」

「そっか、よろしくね。トウマくん!」

「レオンだ」


お兄ちゃんと呼ばれた男、レオンは短く自己紹介をした後、俺にジープに乗るよう指示した。


それに従い、後部座席に座った。すると、フィーナが助手席から後部座席に移動してきた。


「トウマくん。手、出してくれる?」


俺は言われるがままに両手を差し出した。直後、俺の手には手錠がかけられた。


「え?」

「ごめんね。トウマくんが感染してるとも限らないから、手錠をかけさせてもらったの」

「はぁ⋯⋯」


確かに、理にかなった行動だ。俺が嘘をついているとも限らないしな。


「俺は人が集まってるって言う場所を目指してたんですけど、お二人はどこに行かれるんですか?」


俺の問いに、レオンが答えた。


「お前の言ってる場所だよ。俺らはそこで暮らしてて、見回りの当番をこなしてたんだ。今日は俺らの番だったからな」


どうやら、俺は運がよかったらしい。このままいけば目的の場所に着けそうだ。


「つーか」


レオンが続けて言った。


「お前、どうやって今まで生きてきた? この島は一人で生きてけるほど易しくないはずだぜ」

「確かに。私も気になるな」


フィーナもレオンの言葉に同調してきた。俺は少しだけ言い淀んだ。


「一緒に過ごしてた人がいたんだ。でも、ゾンビに噛まれて⋯⋯⋯⋯俺が殺した」


言い終わると、ジープに沈黙が走った。


「そりゃ、残念だったな」


しばらくして、レオンはルームミラーでチラリと俺の顔を見やった。


「ごめんね」

「いや、もう過ぎたことだから。気にしないで良いよ」

「その割りには、しみったれた顔してっけどな」


レオンは俺の心を見透かすような発言をした。


「いつ殺した?」

「⋯⋯⋯⋯⋯今日」


再び、沈黙が走った。


「辛かったね。私に言われるのはムカつくと思うけど」

「⋯⋯いや、大丈夫」


なんだこのムードは。いや、絶対に俺の言動のせいだが、レオンもいちいち聞かなくても良いだろう。


そのまま、俺は目指していた拠点に到着した。


「お疲れさん。⋯⋯そこにいるヤツは?」

「新しく見つけたんだよ。そこらへんほっつき歩いてからさ、保護したんだよ。リーダーに牢屋開けといてくれって言ってくれないか?」

「はいよ」


レオンは門番の男としばらく話した後、俺とフィーナをおろして車を車庫に戻して行った。


⋯⋯なんだ、牢屋って。俺は今から捕まるのか!?


「あの、牢屋ってどう言うことですか?」


俺は前を歩いているフィーナに質問を投げかけた。


「ゾンビに噛まれてから、最大三日でゾンビになっちゃうんだよ。だから、本当にゾンビに噛まれてないか、牢屋に三日間拘束して確かめるの。⋯⋯⋯⋯大丈夫。そんな顔しないでって。ご飯はちゃんと食べさせてあげるから」

「よ、良かった」

「ていうか、敬語はやめてよ。私はトウマくんと仲良くしたいから」

「あ⋯⋯はい」


というか、さっきから拠点の中を歩いているのだが、通りすがる人の視線が痛い。俺の手には手錠がかかっているため、犯罪者みたいな格好だ。捕まった犯罪者は皆、こういう気持ちなのだろうか。


やがて、俺が入る牢屋についた。


「はい、ここがトウマくんの牢屋ね。一人先に入ってるけど、喧嘩しちゃダメだよ?」

「うん」


失礼しまーす、と小声で呟きながら牢屋に入った。壁には鎖が取り付けられていて、地面に垂れ下がっていた。


ベッドが設置されており、部屋の両端にあった。入って右側のベッドには一人の男が寝ていた。両手は鎖で繋がれており、寝ているようだった。


俺は起こさないようにしながら、ベッドに腰掛けた。すると、フィーナまでもが牢屋に入ってきた。


「どうして入ってきたんだ?」

「トウマくんの手錠を鎖に繋がなきゃいけないから」


そう言って、フィーナは垂れ下がっていた鎖を俺の手元に寄せ、手錠に巻き付け、南京錠でしっかりとロックした。


「じゃ、晩御飯持ってくるから。待っといてね」

「えっと、俺の荷物ってどうなった?」

「とりあえず、三日間は預かることになると思うよ。そしたら、返してもらえると思う」


そうか。よかった。


俺は絶対に感染していないと自負している。

三日後には晴れて自由の身だろう。


フィーナからもらったご飯を食べ終え、ベッドに寝転んでいると、さっきまで寝ていた男が体を起こした。


男は、寝転がる俺を見て。


「⋯⋯お前も助けてもらったのか」


俺に呼びかけてくる。


「そうですよ」

「よかったな。ここは、地獄にある束の間の楽園だ」


なんだコイツ。急にポエミーなことを言い出したぞ。


「俺もな、彷徨ってたんだぜ。この地獄を」

「はあ⋯⋯」


曖昧な反応をする俺を見て、男は手近にあったコップをつかみ、呷った。だが、中身がなかったようで。


「君、見回りの人から水をもらってくれないか?」


それを受け、見回りの人を呼び出し、水をもらった。


「妙だな⋯⋯」


見回りの人が俺に水が入った容器を渡す時、つぶやいた。


「何がですか?」

「あの男だよ。気をつけとけよ」


俺が腑に落ちない顔をしていると、見回りの人がため息をついて教えてくれた。


「良いか? 人間がゾンビになる時にはな、水を欲しがるようになるんだ。あいつにはその兆候がある。

だから気をつけとけよって言ったんだ。つーかお前、この島で生きていたのに、知らなかったのか?」

「いや、俺は人がゾンビになるところを見たことがないので」

「へー、運のいい奴だな。俺は気が狂うかと思ったよ。ありゃ夢に出てくるぜ」


言い終わり、見回りの人は言ってしまった。


ゾンビなる兆候は水を欲しがる、か。確かに彼は水を欲しがっていた。だが、俺が見た範囲では普通に喉が渇いた人間にしか見えない。


「水、持ってきましたよ」

「ああ、ありがとう」


俺が見回りの人からもらったのは二リットルのペットボトルだった。この島では水は貴重だろうに、ゾンビになるかもしれない人間にこんなに渡すのか。


俺はベッドに座り、水を飲む男を眺めた。男はペットボトルに口をつけ、勢い良く飲み始めた。水はみるみる減っていき、ついには飲み干してしまった。


「あー美味かった」


男はそれだけ言い、背中を向けて寝転んでしまった。


⋯⋯⋯⋯。


はっきり言って異常だ。二リットルのペットボトルを、一度も口を離さずに飲み切ったのだ。これを異常と言わずしてなんという?

いくら喉が渇いていても、一度で飲みきるのはありえない。


確かに、警戒してたほうが良さそうだ。


「喉、乾いてたんですか?」


寝転んだ背中に質問を投げかけた。


「最近、妙に喉が渇いてね。不思議だよねえ」


男はこちらを見ずに言葉を返した。


「⋯⋯ゾンビに噛まれてたりしませんか?」


今度はだいぶ突っ込んだ質問だ。この質問の反応で何かわかるかもしれない。


「⋯⋯」


男は無言だった。


何か隠していることでもあるのか。はたまた言いたくないだけか。


あまりこの男には近づかないでおこう。

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