第十九話
さっきのゾンビは一体なんだったんだ?
俺が今まで見てきたゾンビとは訳が違う。俺が振るったシャベルを避け、体重が乗った足を的確に狙ってきた。それに、ジャンプしてきた。今までのゾンビとは身体能力が桁違いだ。変異体だったのかもしれない。
ともかく、引き続き警戒しなければならない。
◇◇◇◇◇◇
そろそろ町を抜けようかという頃、近くに大きなスーパーがあった。それを見て腹の虫が暴れ出す。そういえば、昨日から何も食べてないんだった。
「缶詰くらいはあるかな」
いざ中に入ってみると、強烈な悪臭が鼻を突いた。おそらく、放置された肉や生物が腐敗したのだろう。首を吊っていた死体を思わせる臭いだ。脳裏によぎる度、胃液が食道を駆け上がってきそうだ。
硬く口を結び、食べることのできる食料を探す。
戸棚の奥や、放置され腐敗した食料をかき分けていく。すでに誰かに回収されたのか、ほとんど残っていない。
「別のところを探すか⋯⋯」
肩を落とし、出る寸前。
「待ちな」
「!」
声をかけられた。首を巡らせ、声の主を探す。しかし見つからない。棚に隠れているのだろうか。
「何ですか?」
「武器を下ろして、スーパーから出るんだ」
「どうして」
言い掛けた。
鼓膜を震わす爆音が鳴り響く。銃声だった。シャベルを地面に放り、スーパーからでた。
「あんた、噛まれてないかい?」
「はい。それが?」
「今は人手が足りないからな。仲間を探していたところなんだよ」
「⋯⋯」
「もう武器を拾って良いよ」
シャベルを拾い上げた。すると、後ろから声の正体がやってきた。
声の正体は年配の女性だった。七十代前半だろうか。
銀髪で、深緑の眼鏡をかけていた。手にはショットガンが握られている。
「びっくりしたかい?」
「お元気ですね⋯⋯こんな地獄なのに」
「こんな場所で元気じゃなきゃ、とっくに死んでるさね」
確かに。
「ここはあたしの縄張りなんだよ。このスーパーにはまだあたしが隠した保存食がたっぷりあるんだ。そこに誰かが居りゃ、警戒ぐらいするもんさ」
ということは。
「他にも生き残った人間がいるということですか?」
「そうね」
一言返すと、背中を抜けて帰っていく。その後ろ姿に声をかけた。
「あの、俺も連れてってください」
女性は振り向かずに、手をチョイチョイとした。
それを見て女性の横に並ぶ。
「あんた、名前は?」
「トウマです」
「あたしはグレースだ」
一通り自己紹介したあと、喋ることもなくグレースの隠れ家に着いた。隠れ家はちょっとした山にあり、町から見てもなかなか気づかない。
「ここがあたしの家さ」
内装は喫茶店のような風貌だ。壁には誰かが書いた絵画が飾ってある。オレンジ色の明かりが天井からぶら下がっていて、ロフトがある。きっとそこで寝るのだろう。なんというか、魔女の家みたいだ。
「お腹減ったかい?粗末なモンしかないけどね」
「いただきます」
出てきたのは鯖の水煮の缶詰だった。確かに粗末だ。だが、文句をつけるつもりはないし、一日ほどご飯を食べていない俺にとって、懐石料理に見えるほどだ。
味わうように食べていると、俺が缶詰を食べている様子を見ていたグレースが口を開いた。
「トウマはいくつだい?」
「⋯⋯十五歳ですね」
「家族は?」
「⋯⋯⋯⋯いないです」
「そうかい、辛かったね」
嘘だ。俺に家族はいる。ただ、この世界にいないだけ。
「それにしても、こんな狭い島に一人取り残されるなんてね」
「島⋯⋯?」
「知らないのかい? この島は研究施設のために作られたんだ。
今は夜だから見えないけどね、向こうの山のてっぺんに研究施設があるんだよ。昔はその施設の研究で島民は潤ったんだけどね、今は皆の憎悪の対象さ」
そう言ってグレースは俺の背後にある小窓を指差した。
つまり。
「研究施設のせいでゾンビが発生したと?」
「そうさね」
なんというか、ベタな展開だ。言ってる場合じゃないのだろうけど。研究施設のせいでゾンビが発生した。でも、なんの対策もなしにゾンビウイルスを生み出すというバカをやらかすわけがない。
多分、天文学的な確率でゾンビウイルスが誕生したとか。そうでなければ、意図的に誰かがウイルスを外に漏らしたか。
これを推理しても特に意味はない。今は生き残ることが優先だ。そして、島からの脱出。
「船はまだこの島には残ってるんですか?」
「ないよ。皆すぐに逃げちまったい。私は乗り遅れたのさ。まあ、そいつらが国のお偉いさんに島の惨状を伝えてくれて、国から救出してくるのを信じているけどね。もう二年待ってるけど」
二年⋯⋯か。国もゾンビウイルスにビビってるのだろう。もし国土に持ち込んでしまったが最後、国が滅亡するからな。慎重になるのは当たり前だ。
俺は缶詰の残りを掻き込んで、手を合わせた。
「早く寝るんだよ。明日は食料を取りに行くから」
「はい」
直後、部屋の電気が消された。グレースはロフトで、俺はソファで寝ることになった。
すぐに上からグレースの寝息が聞こえてきた。すぐ近くからは排気口の音が聞こえてくる。
俺は何度か体を動かして、寝るのに最適なポジションを導き出し、眠りについた。
◇◇◇◇◇◇
朝。
俺はグレースと共にスーパーに向かった。道中には武器がいる。しかし、喋るを持ってはいない。俺はグレースから拳銃をもらった。名前はわからない。グレースはショットガンを持っている。
「気を抜くんじゃないよ」
その言葉に、顔を引き締める。
グレースの家からスーパーに着くまでは十分ぐらいかかる。走ったら五分程度だろうか。
「グレースさんはここに住んでたんですか?」
「そうさね。知り合いは皆、死んじまったけどね。⋯⋯ゾンビだ」
グレースがさし示した方向には、あてもなく歩き回るゾンビが三体いた。
「トウマ、銃は使えるかい?」
「ええ、多少は」
「撃ってみな」
俺はゾンビに狙いを定め、引き金を引いた。俺が撃った三発は綺麗にゾンビの額に吸い込まれた。
「やるじゃないか。あたしより上手いよ」
「まあ⋯⋯」
腐っても前の世界で銃を使っていたのだ。トロトロ動くゾンビにヘッドショットするのは簡単だ。おまけにこっちを向いてゆっくり歩いてくるだけだからな。
「ゾンビってどんなのがいるんですか?」
「あたしが見たことがあるのは、トウマさっき撃ったやつと走るやつだねえ。走るやつを初めて見た時は腰を抜かしたさ」
俺が見たことがあるのと同じか。
「あとは⋯⋯犬とか鳥がいたねえ」
「犬?」
「そうさ、犬が感染してたんだよ」
それはまずいな。犬は人間より元々の身体能力が高いから、動きが素早いかもしれない。
それに鳥まで。空も警戒しなければならないと言うことか。まさか、人間以外にも感染するなんて。もし蚊が感染していたら、滅亡一直線だ。
「この島に蚊はいるんですか?」
「いるよ」
まじか。
「安心しな。蚊で感染したって話は聞かないから」
それは蚊に吸われた人間が感染したからでは?
いや、悲観しても無駄だな。とりあえず、蚊では感染しないと思っておこう。
そんなこんなでスーパーにたどり着いた。グレースはスタッフルームに行くと、すぐに保存食を手にして出てきた。
「あと一ヶ月ぐらいは持つかねえ」
「持ちますよ」
「良い。トウマは寄ってくるゾンビどもを撃ち殺せば良いんだよ」
そうか。しかし、足が悪いようだ。悪いのは左足だろうか。歩く時に重心が右に偏っているように見える。左足を庇うような歩き方だ。
俺は家に帰る途中、寄ってきたゾンビを全てヘッドショットで倒していった。
◇◇◇◇◇◇
そんな生活を続けて二週間。ある日、奇妙なことが起こった。
いつも通り寝る準備をして、俺はソファーに、グレースはロフトにいった。
電気を消して目を瞑った数秒後。
何者かが窓ガラスをバンバンと叩いてきたのだ。俺はその音で飛び起き、枕元に忍ばせてあった拳銃を構えた。グレースもそれに気付きショットガンを持って降りてくる。
「何かがいますよ」
「ありゃゾンビだね」
「ゾンビにしては珍しいですよね。こっちのことを視認してないのにやってくるなんて」
「こいつはきっとあたしたちの生気を感じ取ったんだろうね」
「生気?」
「たまにいるんだよ。こうやってくるゾンビが。そいつらに限って傷は少なかったりするんだ。あたしの予想じゃ、ゾンビパニックが起こってすぐに感染したんだろうね」
一体どう言うことだ?
「感染してゾンビになっている時間が長ければ長いほど特殊になってくるゾンビがほとんどだ。これはあたしの経験だけどね」
初期罹患者になるほど強さが増していくシステムなのか?
そしたら、一番初めに感染したものはものすごく洗練されたゾンビになっているのだろうか。もしかしたら人間みたいに思考能力を有しているのかもしれないな。
「でも、他にもいますよ」
「⋯⋯おかしいね。こりゃ」
窓ガラスを叩いているゾンビの背後には、普通のゾンビらしきものが数十体いる。先頭のゾンビが先導してきたのだろうか。
「トウマ、気を引き締めな」
次第に他のゾンビが窓ガラスを叩いてくるようになった。一体、また一体と。
何体いるかわからなくなった頃、窓ガラスが限界を迎え始めた。
「ここでゾンビを迎え撃つには狭すぎる。外へ出るよ!」
言いながら玄関のドアに飛びついたグレースは、ショットガンを構えながら外へ飛び出した。俺もそれに続く。直後、窓ガラスが一際大きな悲鳴を上げ、砕け散った。津波のようにゾンビたちが流れ込んでくる。俺は玄関の方に駆けながら団子状態になったゾンビに鉛玉をぶち込んだ。
這いずりながら追い縋るゾンビから逃げるようにダイブ。飛び込んだ直後にはあの時の銃声が鳴り響き、後ろを振り返れば、ゾンビの顔は吹き飛んでいた。すぐに立ち上がり、グレースの隣に立つ。
「助かりました!」
「さっさと撃ち殺しな!」
ゾンビたちは愚直にも玄関のドアから襲いかかってくる。大勢のゾンビが通るにはあまりにも小さいため、一体ずつしか通れない。処理するのは時間の問題だった。
◇◇◇◇◇◇
数えるところあと十体と言う時だった。俺の背後で落ち葉が跳ねたのだ。俺は瞬時に後ろを向き、銃を構えた。今度は横で落ち葉が跳ねた。
何かが⋯⋯いる。
「グレースさん! 何かがいる!」
「木に登りな!」
「あなたは登れないでしょう!」
また俺の背後で落ち葉が跳ねた。今度は距離が近い。荒い息が聞こえてきた。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
また、落ち葉が跳ねた。一瞬で首を巡らせ、かろうじて視界に捉えたのは黒い尻尾だった。途端に獣の匂いを感じるようになる。
まさか。
「犬か!」
グレースは今は残ったゾンビの処理をやっている。俺が犬を撃ち殺すしかないか。だが⋯⋯。
俺の視界に黒いモヤのようにしか見えない。今は夜なため、余計に見えづらい。
見えかけたモヤに標準を合わせるも、すぐに消えてしまう。
「グレースさん、犬です。犬がいます!」
「参ったね。こりゃ」
「言ってる場合じゃないでしょう!?」
「すぐにゾンビを片付けるから、それまで持ち堪えな!」
俺の真正面に来たかと思えば、すぐ後ろで大きな息遣いが聞こえた。
ダメだ。いくらなんでも早すぎる。闇雲に発砲しても、玉を浪費するだけだ。だが、慎重になりすぎてもいざという時に、咄嗟に撃てない。できる限り神経を張り巡らせて⋯⋯。
全てのゾンビを処理し終えたのか、グレースが俺の背中に回った。これで背中合わせの状態だ。死角はない。
ただ、暗闇に包まれているため、はっきりと姿は見えない。
「見ようとするんじゃないよ。音を聴くんだ」
俺の耳には依然「パサッ、パサッ、パサッ」と規則的に音が聞こえる。
不意にその音が止まった。最後に聞こえたのは一際大きな足音だった。
それから導き出されるのは──────
「伏せて!」
俺の言葉にグレースがしゃがみ込んだ。俺は最後に足音が聞こえた場所に向かって、銃弾を全弾撃ち込んだ。凄まじい音が鳴り、犬の最後の悲鳴も聞こえなかった。
ドサリ、と犬が地面に落ちる音がした。その場所に行き、犬を拾い上げる。
犬は確かに死んでいた。
「やった! やりましたよ、グレースさん」
俺が振り返ってグレースを見た。グレースもそれに気づいたようで、サムズアップをした。俺もそれを返す。そして、パサッと、グレースの背後から音が鳴った。その事実に血の気が引いた。俺は声をあげる間もなく。グレースは避ける間もなく。
ゾンビと化した犬が、グレースの足に噛みついていた。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




