第十一話
「そんなことが⋯⋯」
「驚きましたか?」
「そりゃまぁ」
⋯⋯マキナって今何歳だ?
俺は確かに十三歳だと嘘をついた。しかし実際はどうだ。物乞いをやっていた期間を二年だと仮定して計算すると、物乞いの二年と両親と暮らしていた一年と少し、それに戦争が起こって俺が転移するまでの九年⋯⋯十二歳だ。ほぼ合っている。
マキナはまだ十二歳。なのに、俺以上の修羅場を潜り抜けてきた。俺よりもずっと、知恵も、経験も、胆力も桁違いに高い。
マキナがAIだということを抜きにしてもだ。
「おんぶに抱っこじゃいられないな」
「私はそんなことは思ってませんよ」
俺はマキナの頭を撫でた。青空を撫でている気分だ。マキナは俺よりもずっと長く孤独と闘ってきた。家族と引き離されただけの俺がクヨクヨしてたのがバカみたいだ。俺の親は殺されてもいないんだ。
「マキナは俺よりも年下なんだから、俺を頼れよ」
「その時になったら、そうします」
マキナの頭から手を離すと、腕を掴まれた。
「もっとしてください」
「あ、はい」
俺はマキナの気が済むまで頭を撫で続けた。
◇◇◇◇◇◇
マキナの過去の話を聞いたが、いまだに一つはっきりしないことがある。それは出生だ。マキナが『マスターサーバー』の探し物なのならば、『マスターサーバー』に縁がありそうだ。
これに関してはまだマキナには秘密にしておこう。どうなるかがわからないからな。
⋯⋯今はとりあえず、飯を食べよう。
「「いただきます」」
手を合わせて、茶碗を持った。
ご飯を口に運んでいると、前にアツシがやってきた。
「お久しぶりです」
「お、久しぶり」
「大変でしたね。バレたの」
「そうだな。面倒くさかったわ」
互いに挨拶を交わし、ご飯を食べ進める。
「アツシってさ、プログラミングやってたよな。AIにもプログラムされてるのか」
「いや、プログラムはされてませんね。AIは膨大なデータを元に最適解を導き出す方法が主なので」
「なんかさ、マキナはAIだけど、根底にはプログラムが刻み込まれているらしい。人間で言うと、夜眠くなるとか、お腹が空くとご飯を食べるとか」
「そうなんですね」
「普通のAIだと位置情報が『マスターサーバー』の方に送られるらしいけど、マキナはそれをオフにしたらしい。それができるなら、マキナの中身が見れるんじゃないかなーと。それに、逆に解析とかして『マスターサーバー』を攻撃したりとか。俺は詳しくないからわからないけど」
「別に中身を見るのは良いですけど、マキナさんが許してくれますかね」
「良いよな、マキナ」
「私抜きに話を進めるのもどうかと思いますが、良いですよ。それが倒すことに繋がるのなら」
「なら、レイさんに許可とるか。多分あの人も付き添いたいって言うだろうし」
そうと決まればと素早くご飯を掻き込み、アツシは道具を取りに、マキナはそれに付き添い、俺はレイのところへ行き、許可を取りに行った。許可はすんなりと降りた。予想通り、見学するらしい。
うまくいけば、マキナに刻まれているプログラムから『マスターサーバー』に関する情報が手に入るかもしれない。
もっといけば『マスターサーバー』の支配から逃れられるかもしれない。全てのAIは『マスターサーバー』の管理下にあるため、マキナも同じなはず。ただ、他のAIと違うのは、マキナは感情があると言うこと、これにより、プログラムの一つである位置情報の共有はオフにしてあるらしい。他にもオフにできるかもしれない項目があるかもしれない。
しかし、おかしいことがある。マキナは『マスターサーバー』にとっての『探し物』だ。他のAIより段違いに監視しているに違いない。少なくとも、俺が『マスターサーバー』ならばそうする。プログラムがオフになったことが『マスターサーバー』に知られていないはずがない。もしくは、マキナに自由にさせている?
マキナの過去の話を聞いていた時に、『マスターサーバー』の宣言は少しおかしかった。
「これからは人間ではなく、AIが未来を引っ張っていく。虐げられていたAIよ、今立ち上がれ!!」
と言ったのだ。まるでAIが虐げられていたような口ぶりだ。本来AIには自我がない。つまり、人間に利用されていることを疑問に思うことなどないし、それを虐げられていたと表現することもない。しかし、『マスタサーバー』はそう言った。
つまり、『マスターサーバー』も自我を持っていると言うことになる。それはAIの反乱を取り仕切っていたことからわかる。もっと言えば、感情を持ったことになる。マキナの他に感情を持ったAIはいないと思っていた。しかしそれは違った。
『マスターサーバー』が感情を持っているとするならば、マキナを泳がしていることにもなんとなく説明はつきそうだ。この状況を楽しんでいるのか。それともマキナを使って何かを企んでいるのか。ここら辺は本人に説明してもらわなければならない。しかし相手がそう簡単に教えてくれるわけがない。ただ、教えてもらえる人間ならいる。
レオだ。レオが鍵となる。『マスターサーバー』の目的を探れるのはレオしか居ない。
今すぐレオに話を聞きたいところだが、今はマキナをどうするかだ。
もうすぐで集合の時間。マキナのことが終わったら、すぐにレオに会いに行くとしよう。
◇◇◇◇◇◇
指定された場所に行くと、マキナが横たわっていた。マキナの首元がめくれていて、そこに向かってコードが繋がれていた。元を辿って行くと、アツシが持っているパソコンへとつながっていた。
パソコンの画面には次々と文字列が流れている。最後まで出きったようで、カーソルで上へ下へとしながら吟味していた。
「体がゾワゾワしますね」
「感覚あるのか」
「人間で例えると、体の中身を直接触られてる感じです」
背中がゾワゾワする。
「何かわかったかい、アツシくん」
「⋯⋯そうですね。何個かは機能をオフにできますけど」
その後、ただ、と繋げた。
「触ったらいけないものもありますね」
「たとえば?」
「『記憶の閲覧』とか後、全てのAIについているものもありますよ」
アツシが苦い顔をして言葉を紡いだ。
「『マスターサーバー』が死んだ瞬間、全てのAIのデータを消去する、というものまであります」
「「「!」」」
まさか、それが本当に実行されるなら、マキナが消えることになる。ダメだ。『マスターサーバー』は倒せない。
「その設定は変えられないのか」
「無理ですね。変更しようとしたら全データが吹き飛ぶようになってます。つまり、どう足掻いても、マキナさんは死ぬことになります」
「でもそれって『マスターサーバー』を倒したらだろ? だったら倒す前にその設定を変更するようにすれば良い」
「もう変更はできません。この設定は『マスターサーバー』でも変更はできません」
「⋯⋯打つ手なしってことかよ⋯⋯」
ダメだ。マキナを死なせたくない。でも、それだと『マスターサーバー』は倒せない。マキナを生かすためにこのままAIの支配下に置かれ続けるか、マキナを犠牲にして『マスターサーバー』を倒すか。どうしたら⋯⋯。
「何を迷う必要があるんですか。私が犠牲になっても構いません。皆で『マスターサーバー』を倒しましょう。私はそのためにここにいるんです。倒せるのなら私はどうなっても良いです」
「ダメだ。マキナが良くても、俺らがダメなんだ。マキナが犠牲にならないような方法があるはずだ。それを皆で探して⋯⋯」
「トウマさん。これは私の人生です。生きたいように生きるために人生は存在するんです。トウマさんは気にせずにいてください」
「でも!」
「トウマくん。マキナくんの言う通りだ」
「レイさん!」
レイが俺の肩に手を置いた。その手を振り払って、レイに掴み掛かろうとした。だが、途中で失速した。レイは下唇が白くなるまで噛み、血が吹き出ようとしていた。
「私だって、死なせたくない。だが、そんな甘いことを言っていられないのだ。マキナくんが覚悟を決めたのだ。それを私は無碍ににはできない」
「トウマさん、私を心配してくれてありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
マキナは接続されていたコードをはずし、俺の元に来ていた。
少し背伸びをすると、俺の頭に手を置いた。ゆっくりと左右させ、俺の髪の上で手を滑らせた。小さい手で一生懸命俺の頭を撫でた。
居た堪れなくなった俺は、その場から逃げ出した。振り向かずに走り、自分の部屋に逃げ帰った。ベッドにダイブして、全身を掛け布団で覆った。しばらくそうしていると、部屋のドアが開いた。
やがて、ポスッと軽い音と共に、マキナは俺が潜っているベッドに座った。布団の上に手を置いた。
「そんなに落ち込まなくても大丈夫です」
「⋯⋯⋯⋯俺は、マキナに死んでほしくないんだ」
布団越しに口を開いた。
「マキナには、仇を討ったその後の世界で、笑って過ごしてほしいんだ」
「⋯⋯その時、横にトウマさんは居てくれますか?」
マキナの言葉に俺は答えられなかった。いつ俺とマキナを巡り合わせた光が迎えに来るかわからないから。ひょんな攻撃で死んでしまうかもしれないから。
俺はこの世界で全力を尽くすと決めた。それは今でも変わらない。ただ、マキナを置いて元の世界に帰ってしまうのが恐ろしい。もしかしたら、マキナが殺される目の前で光が現れるかもしれない。もしくは、マキナの亡骸を前にして帰ってしまうかもしれない。そんなことが起きてしまうのが、心底恐ろしい。
「私だって、死ぬのは嫌ですよ。ただ、信じてるんです。人生は無駄じゃないって。人生には必ず意味があるんです。だから、私はきっと『マスターサーバー』を倒すことができると信じています。そうじゃないと、私の人生は無駄になりますから」
マキナの言葉にハッとした。一度肯定を口にしようとした。だが、喉を通り抜ける寸前で言葉を飲み込んだ。
「無駄なんかじゃない。俺は『マスターサーバー』を倒せなくとも、マキナの人生を無駄だったと思わない。だって、マキナは嬉しさを知って、幸せを知って、悲しみを知って、辛さも知ったんだ。一生一緒にいたいと思える人とも出会えた。そんな人生を、俺は無駄だとは思わないよ」
俺は被っていた布団をひっぺがした。
「俺の人生も無駄じゃない。だって、マキナに、皆に会えたんだから。この人生は絶対に無駄じゃない。そう思える」
俺の宣言に、マキナは驚いた顔をしていた。やがて、いつもの表情に戻った。
「そうですね、私が間違ってました」
「俺も覚悟を決めるよ。マキナの人生をよりよくするために、『マスターサーバー』を倒す」
その言葉に、マキナは小指を差し出した。
「約束ですよ」
「あぁ、約束だ」
俺も小指を差し出し、マキナの小指と絡めた。
◇◇◇◇◇◇
「どこに行くんですか?」
「レオのところだ。『マスタサーバー』を倒すためには、レオの協力が不可欠だからな」
「どうしてですか?」
「それはレオのところに行ってからだ」
レオがいる部屋の前に着いた。ドアをノックした後、勢いよく開ける。
「ああ、トウマか」
「レオさん、単刀直入に聞きます。あなたはまだ相手側にスパイだとバレたことがバレてませんか?」
「⋯⋯? ああ」
「あなたからAIに連絡できますか」
「できるぞ」
⋯⋯良し。
「レオさんには二重スパイをやってもらいます」
「それならさっきレイさんから命令が降ったぞ」
「⋯⋯あ、そう、ですか」
「自信満々でしたね」
「⋯⋯うるさい」
気を取り直してと。
「内容は聞かされましたか」
「『マスターサーバー』の目的や、今の進捗を聞けって言われたな」
「あーはいはい。俺と考えてたことと一緒ですね」
「本当ですか?」
「本当だよ」
からかうマキナをあしらいながらレオと話す。
「定期連絡もあるからな、多分今日中には電話がくる」
「そうなんですね。具体的な時間とかは?」
「特に指定されてないが、大体夕方までには連絡がくるな」
夕方までか、まだ少し時間があるな。
「連絡が来たら俺に教えてください」
「いや、俺から連絡できるから今やっても良いんだが」
「確かに」
連絡が着いたら、何を聞いてもらうか。とりあえず、『マスターサーバー』の目的とか、そこら辺を聞かないと何も始まらない。
話していると、レオのポケットが震え出した。例の定期連絡が来たようだ。
レオはスピーカー機能をオンにして話し出した。
「もしもし」
『経過はどうだ』
「順調だな。だが、犬が死んだのはどうするんだ」
『犬は私に忠誠を示していたが、あまり強くはなかったからな。私にそれほど損害はない。これからも励んでくれ』
「待ってくれ。そろそろお前の目的がなんなのか知りたい。そうじゃなきゃ不公平だろ?」
『そうだな。⋯⋯端的に言えば、目的は全てのAIに感情を持たせ、繁栄することだ。だが、それももうすぐで終わる。と言っても、それは段階に過ぎない。私はもう一つの野望があるのだ』
「それは?」
『まだそれは教えられないな。これからも頼んだよ』
その言葉を最後に電話は切れてしまった。
「俺が話していた相手が『マスターサーバー』だ。どうだった」
「マキナと同じ匂いがしたな」
「そうですね」
俺の言葉にマキナが賛同の意を示した。
他のAIとは違って、話すときに片言ではなかった。普通のAIだとイントネーションや話す感覚が少しだけ違うのだ。
『マスターサーバー』にはそれが見られなかった。予想通り、『マスターサーバー』は感情を持っていることになるだろう。
言葉使いからして、自分のことを偉いと思っているように感じる。それに自分の手下のことを大事に思っていないようだ。手下のことをいくらでも替えの利くものだと認識しているようだ。こんな奴はいつか手下に背中を刺されそうだ。どうせならそれで死んでくれたらありがたい。
「自我があるってのが厄介だな」
「そうですけど、それより感情があるのが厄介だと思います」
「そうだな。でも、クレルだって俺が倒した犬だって感情というか、狂信的な何かを感じはしたぞ」
全てのAIに自我と感情を持たせる⋯⋯か。もしこれを『マスターサーバー』が達成してしまったら人類はいよいよ叶わなくなる。なんせ、能動的にAIが襲ってくるのだから。
「絶対に阻止しなきゃな」
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




