第九話
(マキナ視点)
「君がAIだと言うのは本当なのかい?」
「はい、間違いありません」
もう誤魔化しが効かないのなら、全てを打ち明けるしかありませんね。レイさんは話を聞いてくれるはず。少なくとも、問答無用で殺す人ではないはずです。
「ただ、皆さんを騙そうと潜入していたわけではありません」
「それはなぜだい?」
「私が、人類を助けたいと思ったからです」
「なら、マスターサーバーの居場所を教えてくれるね?」
「マスターサーバーの居場所は、東京セントラルタワーです」
レイさんは眉を顰めて、目を大きくしてみせた。当たり前だ。どこにもいないと思っていた者が眼前に聳え立つ塔にいると言うのだから。
「それは本当かい?」
「はい」
未だ敵意を感じる視線を受けている。しかし、それはしょうがないこと。私は皆を助けたいと思っていても、皆から見れば、自分たちを騙していた敵であるAIにしか見えないから。どれだけ尽くそうと思っていても、拒絶されるだけ。
「私は、皆さんの有益な情報を開示するつもりでした」
「それは?」
「トウマさんが言っていた通り、私は『マスターサーバー』の居場所を知っています。トウマさんもですが」
「なら、トウマ君はなんで君だけが知っているようなニュアンスで叫んだんだろう」
「それは⋯⋯私を助けるためだと思います。私がマスターサーバーの居場所を知っているといえば、すぐに殺されることを回避できると思っていたのでしょう」
「確かにね。でも、レオが君を殺そうとしていた。それについてはどう思う?」
「それは、レオさんが裏切り者だからです」
「⋯⋯⋯⋯わかった」
レイさんは、ゆっくりと立ち上がり、こちらに歩いてきた。そして、私の肩に手を乗せた。
「君を信じるよ」
「はい」
「よし、もうすぐでレオが来るから、私の机の下に隠れて置いてくれるかい?」
「なぜでしょうか?」
「君にもレオの話を聞いて欲しいんだ」
言いつつ、机の下を指差した。どうしたものかと考えていると、レオさんが扉をノックしてきた。慌てて机の下に隠れる。
「入って良いよ」
「失礼します」
机の前方は木の板で遮られているため、レオさんから私が見えることはない。
「早速だけど、レオはどうしてマキナを撃ったのかな」
「あれは、AIだとわかったんで、撃っただけです。ただ後から考えて、あれは早計だったと思っています」
「そうだね。ただ、トウマ君が言っていたけど、電話の件はなんなんだい?」
「それは知りません。トウマのホラ吹きだったんじゃないですかね。それに、もし俺がそんな怪しい動きをしていたらレイさんに話すはずですよ」
「確かにそうだね⋯⋯」
レイは顎に手を当て、背もたれに背中を預けた。今までお腹しか見えなかったが、持たれたことで、顔が見えるようになった。見上げていると、目が合った。少しだけ顔を傾げた。何かの質問の意図があるのだろう。ただ、私はレオさんが電話をしていた件は知らなかった。とりあえず首を横に振る。レイさんはすぐにレオさんに話しかけた。
「私の命令を無視して、地図を渡して行ってしまったのはどうなんだい?」
「そんな昔のことは覚えちゃいませんよ」
レイさんの足が動いた。私の背中をツンと突いた。向き直り、下からレイさんの顔をのぞいた。レオさんが私たちに地図を渡してどこかに行ってしまったのは本当だ。首を縦に振った。
私の推測だと、クロな気がする。電話の件は知らないからなんともいえないけど、トウマさんがあそこで嘘をつく必要はなかった。地図を渡した件については、本当だ。実際、そうだった。後は自分たちでやれ、と言われただけ。これもトウマさんはクロだと認定する判断材料にした。
それにしてもやり手だな。電話の件はトウマさんがレイさんに伝えてないことを良いことに、自分ならこうすると主張して疑う目を薄めた。地図の件については、些細なことだから、下手に言わず、はぐらかした。電話のことは、レオがクロだと思って、それを共有したら皆に被害が及ぶと思ったからだろう。
「先ほどマキナ君と話したんだけどね、彼女はレオが裏切り者だと言っていたよ」
「まさか、AIの言うことを聞いてどうするんですか!?」
「わかってるよ。だから、レオのことを信じよう。マキナには居場所を吐いてから死んでもらうことにする。その時はレオも参加してくれよ」
「当然です。⋯⋯⋯⋯⋯⋯では、失礼します」
レオは私に気づくことなく、部屋を出ていった。
「マキナ君、彼の言葉はどうだったかい?」
「電話の件は知らないのでなんともいえませんが、地図の件に関しては覚えています。命令を無視していたのであまり真面目な人ではないのかなと思っていました」
「はは、レオは超がつくほど真面目だよ。あんな見た目なのにね。ちなみに、さっきの言葉は嘘だよ」
「わかってます。わざわざ私の目の前で言う必要はありませんから」
部屋を出て行こうとした。すると、レイさんが呼び止めてきた。
「聴き損なったから聞くけど、どうして人類を助けたいと思ったんだい?」
少し逡巡した後、口を開いた。
「少し長くなりますけど良いですか?」
「もちろん」
「それは──────」
◇◇◇◇◇◇
「へぇー、そんなことがあったんだな」
「トウマさんにもきてもらいますからね」
「レイさんのところにか」
「そうです」
「ところで、マキナはどうして人類を助けたいと思ったんだ?」
マキナは時間が止まったように動かなくなった。そして。
「秘密です」
少しだけ微笑んだ。
「なんだよ、教えてくれたって良いじゃないか」
「まだ言いたくありません。それよりどうしますか。これからのこと」
「そうだな、今まで通りで良いんじゃないか? 別に俺らは悪くないし」
「そうですね」
そうは言っても、やはり視線を感じる。訓練場に行っても、食堂に行っても、自分たちの部屋に行くまでの廊下でもだ。気にしなくても良いのだが、これだけ見られてたら流石に鬱陶しい。リネともあまり話していない。俺らに騙されていたことがショックなのだろう。騙していたつもりはない。ただ、俺でもショックを受けるだろう。自分に懐いてくれた人が自分の憎むべき相手だったからだ。藪蛇になるかもしれないが一度話に行ってみるか。
視線を感じながらリネがいるであろう訓練場に足を運んだ。やはり、リネは訓練場にいた。
「リネさん、今大丈夫ですか」
「あぁ、トウマか」
リネはタオルで顔を伝う汗を拭うと、身につけていたオープンフィンガーグローブを外した。
「どうした。なんか用か」
「俺たちのことをどう思っているのかな、って気になって⋯⋯⋯⋯」
「マキナが実はAIだったってやつのことか」
「⋯⋯そうです」
声がみるからに低い。いつもの声とは大違いだ。やはり、怒っているのだろうか。失望しているのだろうか。
「別に気にしちゃいないよ。ただ、悲しかったな」
「すみません。ただ、騙そうとしていたわけじゃなくて」
「分かってるよ。仕方がなかったんだろ」
その言葉に、下唇を噛んだ。
「教えてくれよ、トウマのこと、マキナのことも」
「⋯⋯はい」
頷いて、話し始めた。
「初めてあった時は、俺はAIの大群に襲われてたんです。それでマキナに助けられました」
「言ってたな」
「はい。それで、マキナの目が俺を追ってきたAIと同じ赤い目をしてて、俺はビビって逃げ出そうとしたんです。でも、マキナが呼び止めて。無視して逃げようとしたんですけど、その時のマキナの顔が悲しい顔をしてて、それで、協力することになったんです」
「運命の出会いってやつか」
「さぁ、どうでしょうね」
二人横に並んで話す。
「それで、AIが人類を脅かしていることを知ったんです」
「え、お前、そんなことも知らなかったのか」
「⋯⋯は! いや、そうじゃなくて」
「なんだ、またなんか隠してるのか?」
「いや、そうじゃなくて、その⋯⋯」
「ははは! 良いよ、聞かないであげる」
リネの温情に安堵しつつ、話始めた。
「マキナからレジスタンスの存在を知って、マキナは人間と協力してAIを倒したいって言ったので、俺はマキナを信じることにしたんです」
「理由は知ってるのか?」
「さっき聞いたんですけど、答えてくれなくて」
「ふーん」
「⋯⋯まぁ、こんな感じですね」
話し終えて、リネの反応を見た。リネは何かを考え込んでいるように見える。
「分かった。安心しろ。あたしが守ってやる。なんかされたらあたしを頼れよ!」
「⋯⋯はい!」
俺は一礼して、訓練場を去ろうとした。すると、リネが質問を投げかけた。
「そういえば、お前らが訓練場の床をぶっ壊した時があったけど、本当は?」
「あれはマキナがぶっ壊しましたね」
「後でマキナを連れて来い。相手してやる」
「は、はい」
俺は今度こそ訓練場を後にした。
「帰ったぞー」
「どこにいたんですか、ずっと探してたのに!」
「ごめんごめん。⋯⋯なんかさ、マキナの顔ってコロコロ変わるようになったな」
「そうですかね。変わったようには見えませんが」
「いーや変わってるね」
言いながら人差し指を立てて横に振る。ずっと顔を合わせていたからわかるが、明らかに顔つきが違う。話している時も、俺をからかう時も、少しだけ口角を上げるだけだったのに、今となっては、自分を表に出せるようになった。とても喜ばしいことだな。
「そうですか⋯⋯」
マキナはなんとも言えない表情で自分の顔をムニムニしている。
「結局レオはどうなったんだ?」
「スパイかどうかを確認するらしいです」
「どうやって? 簡単に口を割らないと思うけどな」
「いろいろするらしいです」
「⋯⋯⋯⋯」
いろいろ、とは。多分本当にいろいろするのだろう。あんなことやこんなこと、果てにはそんなことまで⋯⋯。考えるだけで身震いしてしまう。肩を抱いていると。
「別にそこまで酷いことはしないと思いますよ」
「よかった」
「腐っても元仲間ですからね。最後まで非情にはなれないと思います」
「⋯⋯もしかして、怒ってる?」
マキナは俺の言葉を聞いた瞬間、声を荒らげた。
「当たり前じゃないですか! 私たちは疑われて、トウマさんに至っては何発も撃たれたんですよ?」
「いや、確かにそうだけど⋯⋯⋯⋯」
「トウマさんは甘いです。甘すぎます! でも⋯⋯」
「でも?」
「いや、なんでもありません」
「なんだよ、それ」
マキナが何を言おうとしていたのか気になるな。でも、こうなるとマキナは本当に何も言わなくなるので、聞かなかったことにしておこう。
とりあえず、レイにはほどほどにしておいてくださいって伝えておくか。別に裏切り者だからって拷問してまで情報を吐かせたいわけじゃないし、人から見たら俺らも同じ裏切り者なのだ。強く攻めることはできない。
レオが裏切り者だと判明すれば今の疑いの視線も少しは和らぐだろう。
『⋯⋯至急、トウマとマキナはレイさんのところでお越しください』
不意に放送がなった。放送で呼ばれたと言うことは火急の用事ということだろう。俺とマキナは急いでレイのもとに向かった。
レイがいる部屋に入ると、そこにはレオもいた。
「君たちにも聞いてもらおうと思ってね」
「何がですか」
「レオが今までのことを話すそうだ。だから君たちにも来てもらった」
「裏切り者の話を聞くつもりですか」
「早まるな、マキナ」
滾るマキナを制止して、レオに話すよう促す。
「俺がAI側についたのは何も自分のためだけじゃねえ」
「じゃあ、何のためについたんだ」
「人類のためだ」
「はぁ?」
レオが何を言うかと思えば、こんなことを言うなんて。
「レジスタンス以外の人類は死んだって言うよな。だが、それは違う。確かに戦争で多くの人類が死んだ。だが、生き残った奴らもいる。そいつらは皆地下にある労働施設で奴隷として働いているんだ」
「本当なのか!?」
「あぁ、電話越しにだが、『マスターサーバー』から聞いた。確かにやつはそう言った」
何と言うことだ。まだ生き残りがいたなんて。俺が転移した時には既にレジスタンス以外の人間は死んだと言われていたのに。
「でも、それだけじゃレオがAIにつく理由がない」
「⋯⋯言われたんだよ。『マスターサーバー』から。『まだお前の家族は生き残っている。こちら側につけば生かして返そう』ってな。それを言われたら、AIに下るしかねえだろ⋯⋯」
レオの悲痛な言葉が三人しかいない部屋に響いた。
「初めて会ったのはいつなんだ」
「初めて会ったのはトウマたちがくるより、だいぶ前だ。その日も探索していたんだが、リネとトウマたちと戦ったAIがいただろう」
「クレルのことか」
「そうだ。ソイツが俺に話を持ちかけてきたんだ。仲間を裏切ってつけって。内容はさっき話した通りだ⋯⋯」
今まで黙っていたマキナが口を開いた。
「でも、その話が本当かどうかは分かりません。レオさんが嘘をついている可能性もありますから」
「俺が嘘をつくわけねえだろうが!⋯⋯本当じゃなきゃ、俺はこんなことなんかしてねえよ。どれだけ嘘をつくのが辛いかわかるだろ、マキナなら」
「確かに分かります。ただ、それはそれ、これはこれです」
「『マスターサーバー』の話が嘘ってことになるなら、俺の家族は死んでるってことなのか?
どうして俺が嘘だと思うんだ。俺も家族を戦争で失ったんだ。親父も、お袋も。それを生きてるって言われたら、そりゃ、信じちまうだろ⋯⋯⋯⋯」
レオは項垂れた。今まで溜めて来た全ての言葉を吐き出しきったようだった。マキナはどうしていいかわからない表情をしている。レイも同じだった。レオは利用されたのだ。家族という弱い部分をピンポイントで突かれた結果だ。誰も責めることはできない。
マキナがレオの方に手を置いた。
「私も家族を失いました。私を逃すための盾となって散っていきました。私がAIに反旗を翻す理由はそれだけです。私とレオさんの境遇は似ているんです。どちらも親をAIに殺された立場です。ただ、一つ違ったのは、信頼できる人がいたかどうかです。レオさんも、誰か、心の底から信頼できる人を見つけてください。⋯⋯トウマさん、行きましょう」
マキナが俺の手をとり、部屋の外へと連れ出した。そのまま自分の部屋へと戻った。この間、マキナはずっと無言を貫いていた。先ほどのマキナの発言はどういう意図だ。マキナにも家族がいた。マキナはAIなはずだ。これは揺るぎない事実。なら、どうしてマキナに家族という存在があるんだ。
「なあ、さっきの⋯⋯」
「知りたいですか? 私の過去を」
マキナは真剣な顔をして俺に問いかけた。
「⋯⋯⋯⋯あぁ、教えてくれ」
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




