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45_暴走と雷鳴



 アシュレイは、ぱちりと目を覚ました。

 あまりにも凄絶な内容で、ただの夢なのか、あるいは本当にあったことなのか信じがたかったが、きっと本当にあった過去だろう。


「僕のせいで仲違いしたんだ……」


 孤独と臆病に苦しむ姿を見た、と父は言っていた。


 確かに、自分だけが『人間離れした存在』であることに苦しんでいたことはある。今もずっと悩んではいる。生まれながらに別の椅子を用意され、人の輪に入ることにも騙すような罪悪感がある。かつて絵本で読んだような、狼があの手この手で自分は無害なのだと偽って、善良な誰かに付け入るような――そういう、異物として生きる罪悪感だ。

 常に演技し続ける苦しみが付いて回る。


(――いや、違う、兄さんたちもだ)


 アシュレイが素性を明かせないばかりに、同年代の皇族というだけで、彼らにも『誰が魔法救皇かわからない』という演技をずっと続けてもらってきた。一生これを続けるわけにもいかない、と思っていた。

 ……だからこそ、『今後魔法救皇としてふるまう第一皇子』と『運命の乙女』の偽装結婚なんて話も出たのだろう。


(苦しいな。でも、だからって、父親に殺されたいほどではないですよ、父様)


 つらいことは多い。

 けれど、彼女と生きていきたいから。隣にいたい相手ができてしまったから、そうしたらもう自分が何であれ、必死にそのそばにいられるよう頑張るしか道は無いのだ。そしてそれを幸福だとも思っている。彼女に怯えられないよう、息を潜めながら。


 それとも、父が見た『苦しむ姿』は、もっと未来にある出来事なのだろうか。

 わずかといえど予知を見るなんて、父は相当な魔法の才能があったのだろう。


(今はもう、天国で仲良くしてるかな?)


 母はアシュレイが三歳の時に風邪をこじらせ、肺を患って亡くなった。

 父については、物心ついた五歳の頃には、詮索するなと皇帝に言い含められていた。


 十歳の頃にようやく教えられた話では、父はどこにも属さない魔導士だったらしく――金さえ払うならどんな仕事でも請け負うような、いわゆる裏の人間だったのだろう。そうしてトラブルにでも巻き込まれたのか、どこかの川で死体が見つかったそうだ。そしてそれは何年も前のことだから、遺体を見ることすらできない、と教えられた。


 会ってみたかったなぁ、と思いながらアシュレイは眠りについた。

 大事な歌を忘れないように、何度も、その歌を口ずさみながら。



       ◇◇◇


 

 ――そして今、その記憶を失ったアシュレイは、『仮面の魔法救皇』として王都の魔物を退治しながら、脳に巣食うような、痛みと戦っていた。


(この、感覚は何?)


 何かが不安定で、けれど、「思い出さないで」と願うような誰かの声もする。

 頭が重い。思考は靄が掛かったようで、うまくまとまらない。


(とにかく、魔物を倒さなくちゃ……魔物を倒して……あとは、何をすればいいんだっけ)


 大量の魔物たちは、命を持つ本物ではなく、どこかから湧いて出る魔力の塊で作られたようだった。滅しても、滅しても、きりがない。空は昼間のはずなのに、アシュレイの心に応じるように暗雲に覆われて真っ暗で、時折雷が近くで鳴っていた。


 兵が必死に民を避難させている。その間アシュレイは仮面の魔法救皇として魔物を倒し続ければいいだけだ。それ自体はとても簡単なことだった。作られた魔物に対して攻撃を躊躇する必要もない。ただ淡々と滅していけばいい。寝起きでおぼろげな思考の中、機械のように絶えず魔法を放ちながら、アシュレイは考え続けた。

 何かを思い出さなければいけない。なのに、うまく思い出せない。


 暗闇のような記憶の中、ひときわ光り輝いているのは――彼女の、笑顔。

 覚えている中で一番新しい、強烈に残った記憶。

 ――第一皇子との結婚話で見せた、幸福そうな笑顔だった。


「彼女の願いを……もう探さなくていいんだっけ?」


 嫉妬に胸を焼かれそうだ。けれど、彼女の幸せを願うならば、それよりも考えなければいけないことがある。彼女が一番望むものを、彼女に贈りたかった。

 けれど、それももう解決したような気がする。彼女の願いが何だったのか、思い出せないけれど、きっと彼女はもう手にしたのだろう。……『皇子様との結婚』という形で。


「あれ? 僕はもう、いらないんだっけ……?」


 彼女を幸せにできるのが自分でないなら、彼女のそばにいる資格などない。

 何も望まれないまま、彼女が自分のもとから去るのを見送らなければならない。


 魔物さえ倒せば、魔神さえ倒せばいい――魔法救皇とはそのための存在だ。そう望まれて生まれた。

 けれど、それは役割であって、愛と引き換えではない。

 魔神を倒せたって、誰かの『最愛の一人』に選んでもらえるわけではない。そんなことは、わかっていたけれど――


「僕じゃ、駄目だったんだ……」


 役割しか持っていない。人の域から外れた魔力しか持っていない。

 『魔法救皇』以外の何かを望まれたことなどない。

 何を差し出せば、彼女を一番幸せにできたのは自分だったのだろう。


 従兄にも、伯父夫妻にも、ただ息を潜めていることを望まれた。危ないことはしないでくれと。

 愛しい人も、結局自分を頼らなかった。彼女の望みを自分が叶えられたらいいのにと思っていた。


「僕は……僕は、魔法救皇としてみんなを救って……それ以外は……何をして生きればいいんだっけ……?」


 もうわからなくなってしまった。きっと、誰も、他の事など期待していない。そばにいることを望んだりもしてくれない。


 それでも、もしかしたら両親くらいは、魔法救皇としてではなく、ただ純粋にこの命を祝ってくれたかもしれないけれど、もう確かめることもできなかった。

 だって、両親の顔すら、知らないから。


 心の苦悩に応じるように、王都は真っ黒な雷雲に覆われていた。生み出され続ける魔物と、幾度も落ちる雷に怯え、民衆たちは逃げ惑っている。

 どこまでも空は暗かった。

 魔物は滅しても滅しても、きりがない。


 やがて、暗雲に触発されたのか、アシュレイ自身が生み出したものではない自然界の強大な雷が、真っ暗な空を引き裂くように、まばゆく光ってその身体に落ちた。アシュレイはその衝撃に目を瞬かせ――やがて、良くない何かがこの一瞬で固まったように、言った。


「……そうか、全部やり直したらいいんだ」


 名案だ、とばかりに、彼は真っ暗な空を見つめていた。


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