魔法の暴露
本日3話目です。
栃木県那須塩原市某所・久世家別荘
8月19日 水曜日 午前9時32分
賢斗の書斎に集まったメンバー(啓太と瞬を除く全員)による話し合いは、混迷を極めていた。
内容は、言わずと知れた啓太に対しての〝魔法の暴露〟についてである。
沙紀を初め、紫苑、セリーヌの時はなんとか誤魔化すことも出来ていたのだが、昨夜目撃された賢斗の魔法に限っては、ほぼ言い訳の仕様がない状況である。
『寝ぼけたんだろう』とか『見間違えたのだろう』でゴリ押しするといった意見も当然出たのであるが、空を飛ぶ白い四角い物(手紙)が鳥の姿に変化(伝書の魔法)して飛んで行くとはっきり口にした啓太に、どこまでそれが通用するかが疑問であり、無理矢理その方向で話をすると却って怪しまれてしまうという危険性があると考えられた。
ちなみに、≪啓太に全てを話し他言無用を願い出る≫という賢斗の案に宏也と耕一夫妻が賛同したのに対し、≪何としても隠し通すべき≫という涼子の案に紫苑・沙紀・聡子が賛同するといった状態であった。
特に啓太との付き合いが長い沙紀は暴露する事に対して頑なにそれを拒み、
「今まで秘密にしてきたことを話してしまったら、今後同じように接してもらえなくなってしまうかもしれない」
という重みのある発言によって、どちらが妥当であるか結論が出なくなってしまっていたのである。
術者にとって〝魔法の暴露〟というのは、一種の禁忌ともいえる行為である。それは、自ら一般庶民ではなく異能者であると暴露する事なのだから……。
口が軽く、信用の置けない人物にその話が伝わってしまえばあっという間に話は広がり、好奇な目で見られたり露骨に避けられたりするであろうことは想像に難くないし、金銭や権力を以て自らの手の内に引き込み、良からぬ企みを起こそうとする輩もいるだろう。
異端や異能に対する人の想いや考え方は、いつの時代においてもそう変わりは無い。
故に、術者たちは堅実に堅実を重ねるようにして、本当に信用に足る相手にしか〝魔法の暴露〟をしないのだ。
もちろん、啓太が信用に足らない人物だとは沙紀も微塵すら思っていない。しかし、話をすることで啓太の自分を見る目が変わってしまい、彼に避けられる存在になってしまいかねない事に底知れぬ不安を感じているのであった。
一方、紫苑・涼子・聡子の3人が暴露に対して反対している理由は少し違う。
それは、暴露をする側にリスクが伴うのに対して、された側にも少なからずリスクがあるからである。そのリスクというのは、まず秘密を保持し続けなければいけない事である。たとえ暴露してきた相手が自らの近くからいなくなっても、その内容を口にすることが出来ない。老い先短い人物ならともかく、啓太はまだ高校1年である。これからの長い人生でその制約を科すのは、いささか忍びないと考えられた。さらに、暴露された人物は例外なく協会のデータベースに詳細なプロフィールが記録される決まりになっている。協会に所属している諜報者とは違い、転居や転職などの情報を自ら申告するという義務はないものの、年に1度は本人のあずかり知らぬところで身上調査が行われ、最新の情報がアップデートされることになる。そうなれば、プライベートもへったくれも無いに等しい。それらを踏まえると、安易に暴露する事に賛成できないというのが理由であった。
ちなみに、暴露云々という話の途中で、『いっそのこと、術者にしてしまえば良い』という意見も出たのだが、賢斗がこっそり啓太の潜在能力を調べた結果、残念ながらその素養が無かったため断念。
その後、1時間ほど話し合いを続けたものの、
「啓太と瞬をこれ以上放置すると、何かあったのかと勘繰られる可能性がある」
時計を気にしながら紫苑が言った一言で、結局どちらとも結論が出ないままその場は解散となったのであった。
書斎を出てリビングに向かう沙紀の足取りは重い。今回の暴露に関する話は、彼女にとってこれまでの問題と比較してもかなりの難題である。今までの事は、自分で努力をすればどうにかなるかもしれないといった事であったが、今回は啓太の感じ方や受け止め方の問題であるからだ。もちろん、沙紀とて親友と言って遜色ない啓太や真樹に隠し事をしているという負い目がある事は分かっている。しかし安易に〈暴露してしまえば後はどうにでもなる〉という考えにはどうしても至ることが出来なかった。
「そんな難しい顔してたら、啓太に心配されるぞ」
肩をポンっと軽く叩きながら、紫苑が隣に並ぶ。
「ねえ、紫苑はこういう時ってどうした?」
分からない事は経験者に尋ねるのが一番だと考えた彼女にとって、同い年である紫苑の存在はとてもありがたい。
「俺かぁ……。俺の場合、そもそもそこまで仲良くなる友達がいなかったっていうより、友達を作らなかったって方があってるか」
「どうして? 友達が欲しいって思ったり、友達になりたいって子だって居たでしょ?」
「そうだな。確かにそう思ったこともあったし、そういうヤツも居たよ。実際、学校とかで雑談したり、帰りがけバーガーショップに寄り道するくらい親しいヤツとかな。でも、友達だと言えるほど自分を曝け出して話せる相手ではなかったし、努力してそういう相手になってもらおうとも思わなかった。表面上仲良く出来れば良いって、それ以上の存在は必要ないって思ってたから……」
「でも、啓太とは友達だよね? 賢斗パパが『紫苑は、友達を一度も家に連れて来た事が無かった』って前に言ってた。私と家族は、同じ教会関係者だからお家に連れてってくれたんだろうけど、啓太は違うよね? 啓太は友達だから、お家に連れてったんだよね?」
「ああ、確かに啓太は俺にとって友達だって思ってるし、だから家にも連れってった」
「なんで? 啓太は他の仲良かった人との何が違ったの?」
「他のヤツと啓太の違い? そうだなぁ…… 他のヤツに比べて、啓太の人懐っこい所とかグイグイ迫ってくる感じは強かったかな。ただ、啓太と友達になろうって思った切っ掛けは、沙紀達がワイワイやってるのが楽しそうだったし、羨ましいって思ったからだよ。ちなみに、俺は真樹も友達だって思ってるからな」
「そっかぁ……」
紫苑の話を聞いて相槌を打った沙紀は、何か考え込むように俯く。
「まあ、そんなに難しく考えなくていいんじゃね? まだ暴露するかしないかも決まってないんだしさ」
「うん…… そうだね……」
紫苑の言葉に頷いた沙紀であったが、その顔は曇ったままどこか沈んだ雰囲気を醸し出していた。
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その後、新たな話し合いが行われる事もなく一行は思い思いに余暇を過ごし、気が付けば時間は夕飯時になっていた。
あの後、紫苑と共にハイキングに行ってきた沙紀であったが、啓太の件があってどことなく不完全燃焼である。
今はリビングで体を休ませながら、少し前に啓太と釣りを楽しんで来た瞬が少し自慢げに話をしているのを、なんとなく上の空で聞いていた。
「それでさぁ、もうちょっとで今日一番の大物が釣れそうだったんだよ! 惜しかったよなーって、姉ちゃん聴いてる?」
「えっ!? き、聞いてるよ。沢山釣れて良かったじゃん!」
「全然、聴いてねえし!!」
と、この有様である。今日一日、ほぼこんな感じで過ごしてしまったのは、なんとも勿体ない感じである。幸い、彼女の心情を察している紫苑には、瞬のような鋭いツッコミを入れてくることはなかったが……
兎も角も、“魔法の暴露”の事で頭が一杯といった状況であった。
そんな中、事態が急転したのは夕飯の時である。
昼食は、各自に合わせて取ったため、全員が顔を合わせることが無かったが、夕飯は前日と同様に全員揃っての食事となる。
今朝の話がまとまっていない事もあって、夕飯のテーブルは何となくではあるがギクシャクした雰囲気になっていた。
そんな空気を知ってか知らずか、いつもと変わらない口調で話を始めたのは、渦中の人である啓太である。
「なあ紫苑。ここへ来て、みんな遊んでばっかりだけど大丈夫なん?」
「うん? 別に、休み中の宿題も終わってるし問題ないと思うけど? 俺、啓太に言わなかったっけ?」
話を振られた紫苑が、いつも通りの店舗で返事をすると、啓太は訝しげな表情になりながら続ける。
「いや、それは確かに聴いたけどさ。そうじゃなくて、仕事しなくて大丈夫かって聞いてるんだよ」
「はぁ?!」
問われた紫苑は、その内容を理解しきれず素っ頓狂な声をあげる。
「だから、紫苑の親父さんも兄貴や涼子さん、それに沙紀の親父さんとお袋さん、ついでにお前も沙紀もみんなここへ協会の仕事で来たんだろ? まあ、もしかしたら多少休暇って意味合いもあるんかなぁって思ってたけどさ」
啓太から発せられた話に、セリーヌと瞬、それとお手伝いの康子を除く全員が、唖然とした表情で固まった。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て! 啓太、今なんて言った?!」
珍しく動揺した紫苑が尋ねる。
「分かんねえ奴だな。みんな協会の仕事で来てるんじゃないのかって聞いてるんだよ。なんか、変なこと聞いてるか、俺?」
一口大に切り分けたポークソテーをホークで刺しながら、やや面倒くさそうに答えた啓太に全員の目が集まる。
水を打ったように静まり返ったテーブルで、口を開いたのは賢斗であった。
「啓太君、もしかして君は協会の事を知っているのかい?」
「えっ?! あっ、はい。俺、これでも一応は諜報者なんで」
「なっ、なにぃ!!」
「えっ!! 嘘だぁ!!」
賢斗に尋ねられた啓太が平然と答えると、紫苑は驚愕の表情を、沙紀は信じられないといった表情をしながらそれぞれ声をあげる。
「沙紀さんや、驚くのは分かるけど、嘘っていうのは酷くないか? しょうがねぇなぁ、ちょっと待ってろ」
沙紀の言葉に、少し落ち込んだ様子を見せた啓太が、ジーンズのポケットから二つ折りの財布を取り出すと、ジャラジャラと小銭の音をさせる。
「紫苑、ほらよっと」
程なく、そこから1枚のコインらしき物を取り出した彼は、紫苑に声を掛けながらチンッとそれを親指で弾いた。狙い違わず、紫苑の手の中に落ちたコインを沙紀と共に覗き込む。
「「諜報者のステータスコイン……」」
見慣れた造形のコインを目にした2人は、溜息を吐くように同時に呟いた。
「中2の時、兄貴と一緒に行った渓流釣りではぐれの魔物に襲われてさ…… その時、協会の守護者に助けられた事があるんだ」
「もしかして、群馬の片品川で起こった事件?! でも、あの事件は確か……」
涼子の問いに軽く頷いた啓太は話を続ける。
「そう、あの時生き残ったのは俺と兄貴だけ。他の釣り人は…… みんな襲われて助からなかった」
思い出したくない記憶なのだろう。いつものおちゃらけた感じではなく、至極真面目で悲壮感漂う一言に沙紀は息を呑んだ。
「助けられた後、チームリーダーだった榊さんっていう精霊術師の人に言われたんだ。
『詳しい話を聞き終えたら、ここで起こった事の記憶は消させてもらう。これは、君たちにとっても、我々にとっても必要な事だからね。ちなみにこういった事件の場合、亡くなった人達の遺族には『川の事故にあって亡くなった』と知らせる事になっている。今のうちに言っておくけど、これは本当に不幸な出来事だ。滅多に起こる事じゃないしね。だから君達が何も出来なかったとしても、それは君達の責任じゃないし、気に病むことじゃないよ』
ってな。でもな、榊さんに詳しい話をしているうちに思ったんだよ。亡くなった人達とは顔見知りじゃないし、名前も知らない。魔物の存在すら知らなかった俺達が、何か出来た訳じゃないしそんな力もなかったんだから責任なんて言われたって困る。けど、亡くなった人達はみんな、事故にあったっんだって事実とは違う事を家族に伝えられる。本当は、どんなふうに逃げたり抵抗したりしながら、必死で助かろうとしてたかは誰にも知らされることが無いんだ。その事実を知ってるのは俺達だけなのに、何もかも忘れちまって良いのかって。そこに、忘れちゃいけないっていう生き残った俺達の責任があるんじゃないかってな。後から聞いたんだけど、兄貴も同じ事を考えてたって言ってた。だから、話が終わった後、榊さんに聞いたんだよ。『記憶を消さなくていい方法はないんですか?』ってな」
「その条件が、協会の諜報者になる事だったんだね?」
「はい、そうです」
賢斗の問いに頷きながら、啓太は返事を返す。
普段の態度からは決して察することの出来ない、壮絶な体験をしていた啓太の言葉に、一同は沈黙でしか答えることが出来なかった。




