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魔術師と法術師  作者: 柏木 冬霧
3章 決着
89/90

普通という概念の違い

本日2話です。

 栃木県那須塩原市某所・久世家別荘

 8月18日 火曜日 午前8時42分


 沙希達が別荘を訪れてから、2日目の朝を迎えた。一行は、通常の生活より起きるのはのんびり、寝るのは遅いという休みならではの生活を過ごしていた。

 更に、温泉地という事もあり、この別荘にも温泉が引き込まれている為、良くあるこんな光景も見られたりする。


「ふぅ~~~。やっぱ、温泉って言ったら朝風呂っすよね、兄貴!」


「そうだな。男湯と女湯で別れてて、それぞれに露天風呂が付いてんだから、入らねえ手はねぇよな」


「でも、本当に命の洗濯とはよく言ったものだよ。朝からのんびり風呂に入れるなんて贅沢、中々味わえないからね」


 着替えとタオルを片手に、風呂から上がって来た啓太・宏也・耕一の3人は、ペットボトルの水を飲みながらリビングに現れた。

 丁度そこへ、朝のジョギングから戻り、汗を流して来た涼子・聡子・沙希・百合子の4人と出くわす。


「同じ時間でも、やっぱり気持ち良さが違いますね」


「そうね。涼しいし空気も良いし、何より景色が綺麗だから走ってて楽しいわ。明日は、もう少し遠くまで行ってみたいわね?」


「え~! もうちょっと、もうちょっとって言いながら、予定より3キロくらい余分に走って来たんですよぉ。今日6キロの予定だったのに…… せめて明日は、今日と同じコースにしましょうよぉ~」 


「一番若いあんたが何言ってるの! 今だって涼子ちゃんも聡子さんも、あんたに合わせて休み休みだったじゃない。久しぶりに走った私だって、まだ余裕があったわよ?」


「久しぶりなのに、余裕なお母さんがおかしいんだよ……」


 昨日から一緒に走っている百合子であるが、元々の基礎体力がしっかりしているらしく、どうやら涼子たちのペースに付いて行けているようで、まだまだの沙希がボヤキを漏らしながらリビングにやって来た。


「おっ、ジョギング部隊も風呂だったのか。昨日よりもゆっくりじゃねえか?」


「ええ、今朝、崎山さん夫妻に偶然会って、景色の良いコースを教えて貰ったから、予定より長く走って来たんですよ」


 声を掛けてきた宏也に、聡子が別荘の管理人をしている崎山夫妻に会った事を話し始めた。それを皮切りに、それぞれが思い思いに雑談を始める。

 ダイニングにいる康子から声が掛かり朝食になったのは、それから20分ほど経ってからであった。


「紫苑。今日は、渓流釣りに行こーぜ! 近くの川で、結構釣れるらしいんだ」


 食後の紅茶を飲み始めた頃、啓太が隣の紫苑にスマホを見せながらそう誘った。


「良いけど、釣りやった事ないぜ? 素人がやって、簡単に釣れるのかよ? それに、竿も持ってないし……」


 普段、休みは魔法関連の本を読んだりすることの多い紫苑は、釣りなどの遊びをやった事が無かった。


「大丈夫だって。竿は3本持って来たし、ダメな所は俺が手伝うからさ。東京じゃ中々味わえない大自然での渓流釣り! なっ、ちょっと面白そうだろ? それに、自分で釣った魚を焼いて食うのは格別だぜ!」


「確かに面白そうだな。折角ここまで来たんだし、行ってみるか!」


 身振り手振りを交えて熱弁する啓太に、紫苑は興味を惹かれ誘いに応じる。


「渓流釣りかぁ。良いねぇ。私も一緒に行って良いかい? 瞬も一緒に行くだろう?」


「もちろん、OKっすよ」


「父さん、今回は負けないからね! この間のリベンジしなくちゃ!」


 耕一と瞬はどうやら釣果で争っているらしく、特に瞬の方は気合が入っているようだ。


「兄貴も一緒にどうっすか?」


「今日は、聡子と一緒にガラス工房に行く約束してるんだ。わりぃな」


「ごめんなさいね」


 啓太の誘いに宏也がそう答えると、隣の聡子も一緒に謝るがその表情は嬉しそうだった。

 結局、残った涼子と沙希も釣りに同行する事になったのだが、それを聴いた啓太が妙に動揺した事に、紫苑は不思議そうに首を傾げた。

 ちなみに、賢斗とエマは書類仕事があるため留守番、セリーヌと百合子と康子は、菅沼の運転でショッピングをしながら食材の買い出しに行く事になったようだ。


「よーし! じゃあ、まずは管理人のじっちゃんの所へ行こうぜ」


 10分程で、玄関先に釣りメンバーが揃うと、テンション高めの啓太が声を上げた。


「うん? 何で崎山さんの所へ行くんだ?」


「解ってないなー、紫苑は。まず、人数分の竿がねえだろ? それに、釣りをするには、漁協で日釣り券を買わなきゃいけないんだ。地元の人なら竿とか持ってるだろうから、頼めば貸してくれるかもだし、漁協の場所も聴かないとだろ?」


「へー。啓太にしては、良く思いついたな?」


「実は、さっき紫苑の親父さんに、崎山さんが詳しいと思うから相談してみなって言われたんだ」


 頭を掻きながら、啓太は苦笑いを浮かべ段取りの良さが賢斗によるものだという事を明かす。

 彼の友人関係が広いのは、こういった明け透けな所に好感が持てるからだろう。

 その後、耕一の車で崎山家を訪れた一行を夫妻は快く迎え入れ、今は使っていない竿やタモ網などの道具を惜しみも無く貸し与えてくれたばかりか、良く釣れるポイントまで教えてくれた。

 車で10分ほどの所にある漁協で日釣り券を買い、近くのホームセンターで足りない物を買い揃えた後、教わったポイントに辿り着いたのは10時半過ぎだった。


「ラッキー! 先客がいない。早く準備して始めようぜ! 紫苑、手伝ってくれ!!」


 相変わらずテンション高めの啓太は、借りてきた簡易テントを紫苑と広げ始める。


「俺もテント張り手伝う! 父さんは、姉ちゃん達と焚き火台用意して火おこしして」


「分かった。じゃあ、沙希と涼子ちゃんは炭を持って来て開けてくれ」


 手馴れた感じでテントを手伝い始めた瞬に促され、耕一が車から焚き火台を出して設置を始めた。


 ものの数分でテントが張られ、焚き火台も火を点けるだけとなったところで、術者たちが懸念していた事がまた起こってしまった。


「あら? 火おこし用のライターが無いわ。どこかで見なかった?」


 涼子が沙希に尋ねる。


「無いですね。でも、火なら……」


 近くに目的の物が見つからなかった沙希が、あろうことか魔法で指先に火を灯してしまったのだ。


「沙希! ダメッ!!」


 慌てて声を上げながら駆け寄った涼子に、はっとなった沙希が慌てて火を消す。


「啓太君がいるんだから、気を付けないと……」


「ごっ、ごめんなさい。つい……」


 沙希が謝りながらも啓太たちの方へ視線を向けると、幸いにも彼は竿の準備に夢中でこちらには気付いて無い様子であった。2人はホッとして、胸を撫で下ろす。

 いつもは厳しい涼子が、注意するだけで済ませたのには訳がある。それは、今の様な際どい状況になったのが、初めてではないからだ。

 例えば、朝食時に持ち切れないを皿を、浮遊魔法で浮かせて運ぼうとしてしまったセリーヌ、ビザを焼こうと、ピザ釜を用意する際に薪を風魔法で切断しようとした紫苑など、他にもちょいちょい術者とバレてしまいそうな事があったのだ。今の所、問題を起こしていないのは、賢斗、耕一、百合子の3人だけ。

 ちなみに、まだ術者になっていない瞬と元々術者ではない菅沼、康子は当然セーフである。


「謝らなくて良いわ。私だって、一瞬同じこと考えたんだから。でも、魔法を使わないのが普通っていうのは、私たちにとって難しい事ね」


「そうですね。術者にとって使うことが普通ですし、身近で便利なのを知ってますから。気を抜くと、すぐ使っちゃいそうになりますね」


「まあ、お互いに注意し合うしかないわね。普通って考え方が1つ違うだけで、ここまで気を使わなきゃいけなくなるなんて、思ってもみなかったわ」


「私もです……」


 探し当てたライターを見ながら、2人はため息を付いた。


「あっ! それより沙紀。いい加減、私に敬語使うの止めなさいよ」


「だって、なんだか違和感あるんだもん」


 どことなく、ぎこちない感じの返事をする沙紀。


 実は、前々から『敬語は無しで』と涼子から言われていた沙紀だが、未だにその癖が抜けていない。更に昨夜、両親から涼子がどのような存在を聴かされ、『今度から、私のことは涼子姉ちゃんで良いからね』と追加で難題を押し付けられたのだ。


「沙紀~。お姉ちゃんの言うことが聞けないっていうのね~。じゃあ、実力行使しかないわね~」


 両手をワキワキさせ、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、涼子は沙紀ににじり寄る。


「分かった! 分かったから、こちょこちょするのは無し!!」


 後退(あとずさ)りしながら沙紀が訴えるも、時すでに遅し。


「問答無用よ、沙紀!」


 そう言うと同時に、涼子は走って追いかける。きゃあきゃあと黄色い声を上げながら、逃げ回る沙紀であったが、あっという間に確保され、わき腹を盛大にくすぐられ始めた。


「きゃははははははははっ。ホントに、ホントに分かったから! ちゃんと、ちゃんとお姉ちゃんて呼ぶ! きゃはははははははっ。やめっ、やめて、死んじゃう。きゃははははははははっ」


 逃れようと懸命に身をよじって懇願するも、涼子の手は止まらない。 


「くひひひひひひひっ。ダメ、死んじゃうって! あははははははははっ。わっ、分かった、ごめんなさい、許して、許して~!!」


「ホントに? 約束できる?」


「ふひひひひひひひっ。する、約束する~。ふひひひひひひひっ」


 奇妙な笑い声を上げながら、沙紀は壊れたおもちゃの様にガクガクと首を縦に振る。


「じゃあ、止めてあげる」


「はぁー、はぁー、はぁー。死ぬかと思った……」


 涙を浮かべながらへたり込んで息を整える沙紀に、勝ち誇った笑みを向ける涼子という絵図らを、他のメンバーも手を休め、自然と笑顔になりながら見つめていた。


 竿の準備も整い早速釣り始めると、素人でも面白いと思えるくらい魚が掛った。その中で、一番際立って釣果を上げていたのは、ここ数日良いところの無かった啓太であった。


「よく釣れるって管理人のじっちゃんが言ってたけど、こりゃあバカ釣れだぜー!」


 釣りが初めての紫苑を面倒見ながらも、彼は生き生きとして本当に楽しそうである。もちろん、耕一や瞬も沙紀と涼子に教えながら、順調にヤマメやイワナを釣り上げていた。

 昼時に康子の作ってくれたお弁当と、釣ったばかりの魚を焚き火で串焼きにして食べ、のんびりと釣りを満喫した一行は、15時過ぎには道具を片付け帰路についた。

 時間的にはまだ余裕があったのだが、


「今夜、みんなで食べるには充分な数だし、そろそろ止めておこうぜ」


 ふらふらとみんなの様子を伺いつつ、それぞれの釣果を確認した啓太がそう促したからである。


「えーっ! もう少しやろうよ、啓太君!」


 数匹の差で耕一に負けている瞬が不満を漏らしたものの、


「釣果を競うのが楽しいのは分かるけど、これ以上釣っても多分食べきれないし、命を粗末に扱うのは人としてダメだろ? リリースって手もあるけど、どうしたって魚は弱るしな。今日は目一杯楽しませてもらったんだから、ここで気持ちよく帰ろうぜ。また、来れば良いんだからさ。なっ?」


 啓太の説得に、瞬も納得したのか、


「うん。そうだね。リベンジは今度にするよ!」


 そう返事をして、素直に片付けを始める。


(ホントは、自分がもっと続けたいって思ってるはずなのにな……)


 やり取りを見ていた紫苑は、改めて啓太を良いやつだなと思った。


 帰り道の途中で崎山夫妻の家に寄り、満面の笑みで迎えてくれた2人に、今日の出来事を掻い摘んで話しながら借りていた竿と道具を返してお裾分けの魚を渡すと、


「折角釣ってきたのに、こんなに頂いては申し訳ない」


 夫妻はそう恐縮しながら、お返しとばかりに畑で採れた野菜を沢山持たせてくれた。

 なんだかんだと話に花が咲き、夫妻の家でお茶と自家製のぬか漬けを御馳走になった一行が、別荘に帰ってきたのは17時ちょっと前のことだった。

 すでに、別行動していた面々も帰って来ており、夕飯を待つ間のリビングは、それぞれの体験談でワイワイと大いに盛り上がる事となった。


 その夜───


 昼間の疲れが出たのか、思いもかけず早い時間に寝てしまった啓太は、夜中の1時ごろになって目を覚ましトイレに行った。なるべく音をたてないよう、静かにトイレに向かう途中、目の端に白い物を見た気がして、何気なく窓の方を見る。

 窓の向こう、いくつもの白く四角い物がふわりと空を舞うと、チカッと光を放ち一瞬でその姿を鳥に変え、勢いよく羽ばたいていったのだ。

 唖然とした啓太は、暫くの間その場に立ち尽くしていたのだが、我に返ったように頭を左右にブルブルと振るとあわててトイレに駆け込んだ。


 翌朝、全員が揃った朝食時に、昨夜見たことを話題にすると、今までにこやかだった賢斗の顔が、見る間に真っ青になっていくのを全員が目の当たりにしたという。


 術者であるメンバーが、賢斗の書斎に集まるよう指示があったのは、朝食を終えた10分後のことだった。


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