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魔術師と法術師  作者: 柏木 冬霧
3章 決着
88/90

いざ別荘へ

長らくお待たせ致しました。

本日3話投稿いたします。

引き続き、同じようなペースでの投稿となりますが、

最後までよろしくお願い致します。

 栃木県那須塩原市某所・久世家別荘

 8月17日 月曜日 午前9時19分


 都内港区白金台にある久世家本宅から車で約2時間40分。

 風光明媚な別荘地の一番奥の一画に、久世家の別荘が建っている。

 南欧風の邸宅である本宅と比べ、こちらは野趣あふれたログハウス調の造りになっており、嫌でも「別荘に来ました」という感じである。本宅に敵わないものの、広いベランダが付いたの2階建ての別荘は、道すがらに眺めてきた他の別荘と比べて、はるかに大きく立派であった。


「あーーーっ、やっと着いたーーーーー」


 車から降りた紫苑が、両手を上げながら身体を伸ばす。


「うわぁ~、良い空気!! 別荘も山小屋っぽくて素敵だねぇ~」


 大きく深呼吸した後、右手で庇を作りながら少し眩しそうに別荘を見上げる沙希。

 他の面子も次々と車を降り、思い思いに感想を漏らしたり木漏れ日に目を細めたりする中、妙に青白い顔でどんよりとした気配をを漂わせているのは、誰よりもこの場所へ来ることを楽しみにしていたであろう啓太その人である。

 彼の名誉の為に言っておくが、決して車酔いでこうなった訳ではない。啓太は完全な被害者であり、それは車に乗った時点ですでに運命付けられた事だったのだ。


 では、彼が被害者になってしまった経緯を説明しよう。


 時をさかのぼる事、約2時間半前───


 高ランク術者達の普段の移動手段は、テレポート(瞬間移動)の魔法というのが当然なのだが、今回は一般人の啓太が参加している事もあって、否応無しに車で移動となった。

 ちなみに別荘へ行くために集まったのは、久世家の賢斗、セリーヌ、紫苑、お手伝いの康子、運転手の菅沼、賢斗の秘書のエマの6名、特訓メンバーの沙希、涼子、宏也、聡子の4名、それに加え紫苑から誘われた啓太と、賢斗が事前に内緒で誘っていた月ヶ瀬家の耕一、百合子、瞬の4名を加えた総勢14名であった。

 移動の為に用意された車は、SUV車が2台とステーションワゴンが1台の合計3台。

 SUVの1台は久世家の所有車でドライバーは運転手の菅沼、もう一台は車好きの宏也が所有していたセカンドカーで運転はもちろん宏也本人、ステーションワゴンは月ヶ瀬家の車で耕一が運転手である。


 さて、各自挨拶もそこそこに車に乗り込む事になったのだが、当然すんなり乗り分けられるはずがない。

 それは、セリーヌの一言から始まった。


「瞬君と沙希と紫苑は、私と同じ車ね!」


 そう言って、沙希と瞬の腕を掴んだまま放そうとしない。これには、誰も逆らう事が出来なかった。ダメだと言えばセリーヌが泣いて嫌がる事が目に見えており、後処理が大変になるだけだからだ。


(沙希と紫苑を別々にしなかっただけ良い)


 2人の関係を知っているメンバーにすれば、セリーヌの我儘は予想出来ていたし、その結果が予想以上に納得出来るものだったのだ。

 そうなると荷物を積む関係もあり、久世家の車には菅沼、賢斗、セリーヌ、紫苑、沙希、瞬の6名で一杯になる。

 つまり、この時点で啓太は仲の良い2人と離れてしまったのだが、この時点ではまだ彼にも被害を被らないための希望が2つ残されていた。


 1つ目は、月ヶ瀬家の車に乗せてもらう事。

 もう1つは、宏也の車の助手席に乗せてもらう事である。


 というのも、前日から久世家に泊まった啓太は、賢斗の仕事仲間として紹介されたエマ、涼子、宏也、聡子と少なからず交流を持つ機会があったし、特に宏也とはコーヒーと車の話題で意気投合したことで、『啓太』『兄貴』と呼び合うまでになっていたのだ。更に、彼は彼女である真樹と共に沙希の家で何度か勉強会をしたことがあるため、耕一や百合子とも面識があったのだが……


「セリーヌがいつも済みません……」


「いやいや、こちらこそご迷惑でなければ…… いい機会ですから、久し振りに妻と2人きりのドライブを楽しませてもらいますよ」


 申し訳なさそうに頭を下げる賢斗に、耕一がにこやかな笑みで答えている。

 今の会話で、彼の希望が1つ潰えた。

 ちなみにこの時、当事者の啓太はというと、前日に聴いていた宏也の車に夢中になっていて、周囲の状況が目に入っていなかった。


 そして、もう1つの希望はというと……

 早々に運転席へ乗り込んでいた宏也と、やや頬を赤らめた聡子が助手席に座り、話に勤しみながら2人だけの世界を造り上げていた。当然、この状況で聡子が出発時に啓太へ席を譲るわけも無く、仮に譲られたとしても啓太はそれを固辞したであろう。

 実際、聡子が席を譲る事は無かったのだが……

 この時点でもう1つの希望も失われ、啓太の被害者になる運命が決定したのである。


「おい、そろそろ出発するぞ! 早く乗れ!!」


「うぃ~す。じゃあ、俺は紫苑達と同じ車に…… あれ?」


 宏也に乗車を促された啓太が、紫苑達の居た車両の方を見ると、すでにそちらは乗車済みで彼の乗る余地がない状態であった。


「ああっ、出遅れた!! じゃあ、沙希の親父さんの車に……」


 そう呟きながら振り返って見ると、月ヶ瀬夫婦もすでに出発準備を終え、仲良く談笑している様子が伺えた。流石に、その中に入っていくなどという空気の読めない行動は、啓太にも出来なかった。


「啓太君、何してるの? 早く乗って」


 行き場を失った啓太は、最後部席に乗り込んでいた涼子に手招きされ、あれよという間に彼女の隣に座らされる。


「エマさんすみません。荷物を載せますので、後ろの席にお願いします」


 宏也に次いで乗り込もうとしたエマに、後ろからクーラーボックスを担いだ康子が促す。


「OK。啓太さん、失礼しますね」


 エマは返事を返しつつ、指示通りに啓太の隣に腰を下ろした。

 一瞬、涼子とエマの視線が交錯する。

 啓太はその瞬間、目の前でバチバチと火花が散るのを幻視したのだと後に語った。


 実はこの2人、協会に入った頃からのライバル同士であったりする。

 年齢はエマの方が1つ上なのだが、同じ年に協会に入ったため2人は同期である。両者とも負けず嫌いで気の強い性格なため、何くれと無く張りあう事が多い。

 ちなみに、エマは生粋のフランス人なのだが、彼女の両親が昔から仕事の関係で日本に住んでいたため、生まれも育ちも国籍も日本。ただ、日本語しか話せないフランス人という訳ではなく、日本語はもちろんフランス語、英語、ドイツ語など各国の言語を操るマルチリンガルである。その才能を見込まれて今は賢斗の秘書をしているが、彼女もれっきとしたAランクの精霊術師(シャーマン)で、氷結の貴婦人(ノーブルオブフロスト)の二つ名はその容姿や行動と相まって、他の術者から『正に相違なし』と称賛されている。


 そんな2人の間に座ったら……

 どうなるかは、想像に難くない……

 啓太の苦行は、出発してから5分しないうちに始まった。


「啓太さんは、那須塩原に行ったことありますか?」


 最初に口火を切ったのは、エマであった。


「あっ、はい。家族でスノボやりに何回か行ったことがあるっす。あんまり、上手くないっすけど……」


 狭い空間の中、美女2人に囲まれた啓太はガチガチに緊張しているものの、受け答えが出来ないほどではない。


「あら、それなら今度、私が教えてあげようか? 啓太君、運動神経良さそうだから、すぐに滑れるようになると思うよ」


「えっ! マジっすか!! なかなか思ったように滑れなくて、どうしたら良いか解らなかったんすよ」


 涼子の提案に、啓太が嬉しそうに反応する。


「そうね。涼子は運動()()は、昔から得意分野ですものね。でも、滑れるからって教えるのも上手とは限らないんじゃない?」


 2人の会話に、エマが少し棘のある言い方で絡む。


「まあ、()()()()()()()()()()よりもましだとは思うけど? ねぇ啓太君?」


 言われた涼子も負けてはいない。


「いっ、いやぁ。あははははは……」


 問われた啓太は、笑って誤魔化すくらいの事しか出来ない。


(も、もしかして涼子さんとエマさんって、あまり仲がよろしくないんじゃ……)


 察しの良い啓太は、早くも自分の窮地を悟り始めていた。


「そう言えば、啓太君って彼女いるの?」


「ええ、幼馴染の子と、最近付き合い始めたっす」


「えー! どんな子? 写真とかない?」


「こっ、この子っす」


 涼子からいきなり振られた彼女の話に、啓太はおたおたしながらもスマホで撮った真樹の写真を見せる。


「あっ、知的な感じの可愛い彼女さんですね」


「本当、スタイルも良いし、グラビアアイドルみたいだね。啓太君、やるじゃない」


「いやぁ、それほどでもないっすよ」


 美女2人から彼女を褒められた啓太は、照れながらも嬉しそうにはにかむ。


「じゃあ、啓太君は私みたいな感じが好みなんだね。なんか、お姉さん嬉しくなっちゃうな」


 見た目の雰囲気が真樹に近い涼子は、エマに意味あり気な視線を送る。


「あら、啓太さんはもっと知的な感じのする方が好みなんですよ。ちなみに、啓太さんは私の事どう思います?」


 その視線に少しムッとしつつも、啓太の方に身を寄せながら自分の事を尋ねるエマ。


「えっ! そっ、そうすねぇ。エマさんは、綺麗系っすね。髪とか金髪でサラサラだし、目も蒼くて切れ長でファッションモデルみたいっすね」


「ありがとう。嬉しいわ」


 必死に褒める啓太に、エマはそれ見た事かと勝ち誇った笑みを涼子に向ける。


「啓太君! 私は?」


 悔しさを滲ませながら、涼子は啓太に迫る。


「りょ、涼子さんは可愛い感じの美人で、雰囲気が真樹に近いっすね。でも、スタイルは真樹よりも全然良いっすよ」


「そうかしら? まあ、確かに胸はEカップだから、大きい方だと思うけど」


 涼子は少し照れた様子で、身体を捻りながら自分の体形を確認し始める。

 それに釣られて啓太がチラチラと視線を向けたのは、図らずも彼女からサイズを知らされた豊かな胸であった。本人の口から出た『Eカップだ』『大きい方だと思う』という言葉で、思わず視線がそちらに行ってしまうあたりは、悲しいかな男の性であろう。


「あ~っ! 啓太君、いま私の胸見てたでしょ?!」


「あっ、いやっ、すっ、すいません」 


(やっべ! でも、ガン見してないのに何でバレたんだ?!)


 大概の男性なら一度は疑問に思う、“胸を見られている視線に気が付く女性の不可思議能力”に焦った啓太は、しどろもどろになりながらも素直に謝る。


「まあ、啓太君も男だからしょうがないよねぇ。でも、やっぱり胸は大きい方が好き?」


「いっ、いやぁ、あははははは……」


 実際の所、啓太は巨乳派なのだが、彼には『はい、そうっす』と答えられず笑って誤魔化した。

 その理由は……


「大きければ良いってものでもないんじゃない? やっぱり、私みたいに形が綺麗じゃないと。 ねぇ、啓太さん?」


 言い淀む啓太に、エマが美乳であることを強調する。

 啓太が言った通り、彼女はすらっとして背も高く、まるでモデルのようだ。ただ、少し胸が慎ましやかなだけである。


「やぁねぇ~、自分が()()だからって、形とかで張り合おうとするなんて」


 遂に、涼子の放った一言で、戦いのゴングは打ち鳴らされた。


「ひっ、ひんにゅ…… ちょっと、涼子! 言うに事欠いて貧乳とは何よ! 第一、私のはそこまで小さくないし、形だって綺麗なんだから! 美乳よ、美乳! 涼子のなんて、ただでっかいだけでしょ!! 重力に負けて()()()になってるじゃない!!」  


「たっ、たれ乳!! 失礼ね!! まだちゃんと上向きですぅ!! 美乳、美乳ってちょこっとしかない()()の間違いでしょ!!」


「言ったわね!! そもそも涼子は───!!!!」


「エマ、あんただって───!!!!」


 こうして不毛な言い争いが始まったのだが、間に挟まれた啓太は堪ったもんじゃない。

 何とか止めようと口を開けば、


「「貴方は、黙ってて!!」」


 いがみ合っているのに、絶妙なハモリで押し止められる。

 かと思えば、


「啓太君は、やっぱり巨乳の方が良いよね!!」


 やら


「啓太さんだって、金髪碧眼の方が良いですよね!!」


 だのと、意見を求められるのだ。しかも、何故か体型や容姿に関する事ばかりがネタになっている為、甲乙付け難い啓太の精神は、時間の経過と共にガリガリと削り取られていくのである。


「おーい! そろそろ着くからいい加減止めろー。啓太の魂が抜けかかってるぞー」


 今まで我関せずでいた運転手の宏也が、バックミラー越しに後部座席を見ながらそう声を掛けてきたのは、たっぷり2時間以上が経った到着10分前。

 宏也の指摘を受けた涼子とエマが我に返って目を向けた先には、青い顔で遠い目をしながら道祖神の様に固まったままピクリとも動かない啓太の姿であった。


「啓太君! 大丈夫?!」


「啓太さん! しっかりして!!」


 必死に呼びかける2人に啓太は、


「あははははっ…… 大丈夫…… 大丈夫っすよ……」


 そう呟くように同じ言葉を繰り返すばかりであったという。



 到着後(現在)───


「やっぱり女は、穏やかで家庭的な人が良いと思いますよ」


 力なくへたり込んだ啓太の背中を擦りながら、そう声を掛けた康子に、


「そうかもしれないっす……」


 啓太は力なく頷いた。


 それから2日間、啓太は涼子とエマに声を掛けられると、身体をビクつかせ怯えた目をするようになったらしい。


1話目です。

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