そして異世界へ
宿屋の部屋でマジックカードを見つめるカズキ。
「これは多分、イベント用のバトルフィールドに入るカードだよなぁ」
バトルフィールドとは、特定のイベントで強いモンスターと戦う専用エリアで、クリアすることにより、レアアイテムが出やすく色々な種類がある。
ソロ用、少人数用、大人数用とマジックカードによって用途が違うのだ。
視界の右上に表示されている時間はPM11:45。
「まあ1時までには落ちればいいし、ちょっとだけ様子見してこようかな。どうせソロ用じゃなければ、どうにもならないし」
カズキはぽつりと呟いて、装備を調え直すと宿屋を出た。
城下町の南門には、馬屋が併設されている。
クリプトン王国領内で、バトルフィールドに入れる一番近い祠は、馬で15分も走れば着く近さだ。
普通に走って行くのも可能だが夜中だし、途中でモンスターに絡まれるとやっかいだ。
カズキは馬屋に、馬の使用料10ビルを払い南門から馬を走らせた。
「こんな夜中に、気をつけて行きなよ」
馬屋の主人に声をかけられる。
まあ何と言うか、このゲームの世界のNPC達は24時間働き続けている事以外は本当に人間らしい。
もしかしてAIじゃなくて、中の人はアルバイトが操作してるのではないかと疑いたくなる。
まあ自分は、そんな仕事はしたくはないが。
今日はたまたま、雲一つ無い満月の夜だ。
祠までは穏やかな丘と草原のみで、月と星の明かりだけでも十分に馬を走らせられる。
「本当にきれいな星空だなぁ。都心じゃ見れないよ」
と、毎晩のように見ているはずの夜空に、カズキは少し感動しながら馬を走らせていた。
15分ほど馬を走らせると、バトルフィールドに入れる祠へつづく小道に着いた。
馬を降り小道を歩いて行くと、直径が3メートル程、高さが50センチメートル程の石でで作られた円状の祭壇が見えた。
その祭壇の五方には、直径が50センチメートル程、高さが3メートル程の円柱が立てられ、その柱を支点として五芒星の魔法陣が描かれている。
カズキはその魔法陣の中心に立つと、例のマジックカードを取り出した。
「さて。ソロ用だといいんだけどねぇ」
カズキは一人呟いてマジックカードを魔法陣に置くと、その姿は光に包まれてテレポートしていった。
カズキがテレポート先で最初に目にしたのは、同じような祭壇だった。
しかし、なぜか少し違和感がある。
これまで行った事のあるバトルフィールドとは、何かが違う気がするのだが、それが何かはわからない。
そんな事を感じながら視線を前に向けると、巫女姿の女性が両手を胸の前に組んで立っていた。
「お待ちしておりました。冒険者様」
女性はそうカズキに声をかける。
「あっ、どうも」
様付けで呼ばれて、すこし照れながらカズキは答える。
「私は巫女姫のユウナと申します。この度は私の召還に応じてくださいまして、誠にありがとうございます」
目の前の女性、ユウナは深々と頭を下げながら言った。
「あっ、いや、そんなご丁寧に。自分はカズキと言います」
ユウナの丁重な態度にカズキは照れくさそうに答えた。
「まあ、あなた様がカズキ様ですか?」
「へっ?」
ユウナが自分の名前を知っている事に驚くカズキ。
「フィオナ様より何かあった場合は、カズキ様を呼んでほしいと言われていたもので」
ユウナの答えに、なるほどとうなずくカズキ。
「って、フィオナさんも、ここに来ているんですか?」
一瞬、間をおいて驚くカズキ。
「ええ、まあ……」
目線を落としユウナは説明を始めた。
まず、この世界はコーベリアン王国、ガリム帝国、オスミム共和国の三カ国があること。
ユウナはコーベリアン王国に使える巫女姫だということ。
コーベリアン王国とオスミム共和国の国境付近にある昔、賢者の塔と呼ばれていた塔に、数ヶ月前から何者かが入り込んで魔法の実験をしているらしく、それは外部からでも異様な魔力を感じる事で、それが悪意を持っていることがわかっているらしい。
その塔には強力な結界が張ってあり、外部からは正門からしか侵入できず、しかも内部に入っても結界の力により、マナの力が強い者か巫女姫の呪符を身につけてなければ動くことさえ出来ないと。
コーベリアン王国の騎士団が、幾度となく突入しているが数名しか戻ってこれなかったこと。
この世界にはマナの力が強い者が少ないので、そのため異世界から冒険者を召還して塔の調査を依頼していたと。
「ふーん、なかなか手の込んだチュートリアルだなぁ」
カズキは少し考えながら言った。
「チュートリアルですか?」
「いや、こっちの話」
ユウナの問いに答えながら考えを巡らせる。
要は塔の調査のクエストなのかと。
ただ、疑問は残る。
このクエストは、どう考えても多数参加型のクエストなのに、なぜ自分はソロで召還されたのか。
そして、聞いたことのない国の名前とマナの存在。
「マナって何の事?」
カズキが尋ねると、ユウナはマナの存在について話した。
人の内に秘めた精神的なエネルギーみたいなもので、精神を集中させることにより魔法を使用したり、召還の儀を行ったり、神のご加護をアイテムに収めたり出来るらしい。
ただ、この世界ではマナを自由に使えるほど強く所持している人間は、ごくわずかだということ。
まあMPみたいなものだな、とカズキは思った。
「それでカズキ様は、塔の調査に行っていただけるのでしょうか?」
ユウナが尋ねてくる。
まあ、クエストだし断る理由も特に無いのだが、何か違和感を感じたカズキはすぐには返答しない。
「そういえば、いままで召還しは人たちはどうしたの?」
カズキが話しをそらすように尋ねると、ユウナはうつむきながら
「誰一人、戻られていません……」
「えっ?」
カズキは驚く。
おいおい、冗談だろう。
いくら難易度が高いクエストでも、テレポートやエスケープの魔法を仕えば脱出はたやすいはずだ。
それも出来ない仕掛けが塔にあっても、ログアウトをすればいいだけの話だ。
フィオナがギルドに顔を出さない理由がわからない。
「ちなみに、今まで冒険者を何人ぐらい召還したの?」
「カズキ様が72人目になります……」
ユウナの答えにカズキがまた驚く。
いやいや、それだけの人数がクリア出来ないクエストは、ゲームの設定的におかしい。
明らかにゲームバランスを崩している上に、今回はソロで召還とか意味がわからない。
「ゲームか……」
カズキは呟くと、この世界に召還されてからの違和感に気づく。
視界の左上に表示されているはずのHP・MPゲージと、右上に表示されているはずの時間の表示が無いのだ。
カズキの考えは嫌な結論に近づいているが、まだいくつか試さないといけない事がある。
「ちょっと失礼」
カズキはユウナの頬に右手をそえ、軽くキスをしてみた。
「何をするのですか!!」
ユウナは叫び声とともに、カズキに平手打ちをする。
まあ、そうなるわとカズキは思いつつも事の重大さに気づく。
いくら自由度が高いゲームとはいえ、性的な行動には制限がある。
よくある転んだ拍子に、女性キャラクターの胸を揉んでしまうようなラッキースケベ的な行動は起こりえるが、今のように自らの意志でキスをするなど、このゲーム”フリーダムファンタジアン”の中では行えないのだ。
他のゲーム世界に来た可能性もありえなく無いが、今の状況から察するに可能性は低いだろう。
「説明をしてください」
ユウナは、顔を赤らめながらカズキに問いつめる。
「いや、ちょっと確認をしたくて」
「説明になっていません」
ユウナはさらに問いつめる。
するとカズキは、おもむろに右脇腹に装備している小型剣を抜いた。
「何をなさるつもりですか」
ユウナが少し後ずさりしながら見ている前でカズキは、剣を右手に当ててみると切り口から血が滲みだす。
「血だ……」
カズキは呟きながら傷口を見つめている。
ゲームの中では例え腕を切られても、グロ規制のために血は出ない設定になっている。
それに痛みも感じている。
「これは現実なんだ……」
「何を馬鹿なことをしているのですか」
少し虚ろにになっているカズキの右手に、ユウナが癒しの魔法をかけると傷口はふさがった。
カズキは今更ながら、異世界へ来ていることを実感している。
「本当に異世界なんだな」
自分に言い聞かせるようにカズキは呟いた。
「どうなさってしまったのですか」
ユウナは心配そうにカズキの顔を覗き込む。
「いや、現実をかみしめているだけさ」
カズキはそう答えながら、頭の中で状況を整理している。
ここはゲームの世界ではなく、異世界でほぼ間違いない。
だとすると、本当に死ぬ可能性だってある。
それでもこんな危険なクエストを、受けるべきなのだろうか。
しかしフィオナを見捨てる訳にもいかないが、この世界で生きている保証も無い。
「ひとつ質問をいいかな」
「なんなりとどうぞ」
「今まで召還した冒険者達はどうなっていると思う」
カズキの問いにユウナは少し顔を曇らせる。
「何人かはおそらく……」
ユウナは少し口ごもる。
「でも、フィオナ様のマナの気配は少し感じ取れます。塔の方角からですが」
ユウナの答えにカズキの決心は決まった。
「わかった。塔の調査の依頼は引き受けるよ」
カズキは答えた。
これが、これから異世界での冒険の始まりであった。




