第七話
美月の身体から黒い粒子が消えていく。
傷は塞がり、呼吸が戻る。
「……零くん。」
彼女は涙を流しながら彼の頬に触れた。
零は不思議そうに彼女を見つめる。
「えっと……。」
「君は……。」
言葉が続かない。
思い出せない。
目の前の女性が誰なのか。
どうして泣いているのか。
何一つ分からない。
それなのに。
胸の奥だけが、痛いほど温かかった。
「なんか……。」
「君を見てると安心する。」
その一言に、美月は堪えていた涙をあふれさせる。
「……うん。」
「帰ろう。」
零は少し困ったように笑う。
「帰るって……どこへ?」
「私たちの家。」
その言葉に理由は分からない。
でも、不思議と疑う気にはなれなかった。
「……分かった。」
零は自然に、美月の差し出した手を握る。
その手は驚くほどしっくりと馴染んだ。
まるで、何度も握ってきた手であるかのように。
二人は夕焼けの街を並んで歩き始める。
零は何度も美月の横顔を見る。
そのたびに胸が少しだけ高鳴る。
「ねえ。」
「なに?」
「俺たち……前にも会ったことある?」
美月は少しだけ足を止める。
振り返らず、小さく笑った。
「あるよ。」
「たくさんね。」
「そっか。」
零も笑う。
理由は分からない。
でも、その笑顔を見ていると、それだけで幸せだった。
数か月後
零はカフェを手伝うようになっていた。
コーヒーの淹れ方を教わりながら、失敗しては笑われる。
そんな穏やかな日々。
ある日、店先で転びそうになった子どもを反射的に支える。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
その笑顔を見た瞬間。
胸の奥で、何かが弾けた。
体育祭で助けを求める親友。
初めて現れた変身ベルト。
「苦しいなら、戦わなくていい」と抱きしめてくれた夜。
スーパー帰りの何気ない会話。
「おかえり。」
「帰ろう。」
一つひとつの記憶が、感情に引かれるように戻ってくる。
零はその場で立ち尽くき、目に涙を浮かべた。
美月が心配そうに駆け寄る。
「零くん?」
零は彼女を見つめる。
今度は、はっきりと分かった。
「……思い出した。」
「全部。」
美月は息をのむ。
「ごめん。」
零は首を横に振る。
「違う。」
「ありがとう。」
「記憶がなくても、また君を好きになった。」
「記憶じゃなかったんだ。」
「俺が好きになったのは、美月そのものだった。」
美月は泣きながら笑う。
零はそっと彼女を抱き寄せる。
「ただいま。」
「……おかえり。」
夕暮れのカフェに、優しい風が吹き抜ける。
ヒーローとして戦った記憶も、怪人として生きた過去も、すべてを受け入れた二人は、新しい未来へと歩き始める。




