第六話
美月は零の腕の中で力なく笑う。
「もう……終わりだよ。」
傷口から黒い粒子がこぼれ、身体が少しずつ崩れていく。
「違う!」
零は必死に彼女を抱き寄せる。
「誰か! 医者を!」
周囲の誰も動けない。
人間の医療では、ヴェイルは救えない。
「お願いだ……。」
零の叫びに、瀕死の美月は静かに首を振る。
「零くん……。」
「ヴェイルは、人を捕食することで生命を維持してるの。」
「だから……もう。」
「嫌だ!」
零は初めて子どものように泣き叫ぶ。
「美月がいないなんて嫌だ!」
「やっと生きる意味を見つけたんだ!」
「帰る場所をくれたのは美月なんだ!」
「だから死ぬなよ……!」
その時だった。
倒れていた別のヴェイルが、かすれた声で笑う。
「……捕食、か。」
「何?」
「生命を維持するだけなら……人間を殺す必要はない。」
零は顔を上げる。
「ヴェイルは感情も喰える。」
「だが、弱い感情では意味がない。」
「愛。」
「幸福。」
「絆。」
「命を懸けて育てた感情ほど、最高の糧になる。」
零は美月を見る。
美月も何かを悟ったように目を見開く。
「だめ……。」
「それだけは。」
「零くんとの思い出なの。」
「なくなったら……。」
零は優しく首を振る。
「思い出はなくならない。」
「たとえ忘れたとしても。」
「また作ればいい。」
美月は涙を流す。
「そんなの……。」
零はそっと彼女の額に触れる。
「俺は。」
「もう一度、君に恋をする。」
「何度忘れても。」
「何度でも。」
「だから、生きて。」
美月は泣きながら首を横に振る。
それでも零は微笑む。
「今度は俺が。」
「あの日、君が俺を救ってくれたみたいに。」
「君を救う番だ。」
美月は震える唇を開く。
「……ごめん。」
その言葉とともに、彼女は零の胸に手を添える。
二人を淡い光が包み込む。
零の胸に宿る、美月との日々。
初めてカフェで笑いかけられた日。
「苦しいなら戦わなくていい」と抱きしめられた夜。
スーパーへ買い物に行った休日。
「おかえり。」
その何気ない毎日。
一つひとつの幸福が、温かな光となって美月の身体へ流れていく。
その代わりに、零の心から、その記憶は少しずつ霞んでいく。
「……あれ。」
零は涙を流しながら首を傾げる。
「なんで……泣いてるんだ、俺。」
目の前には、泣きながら微笑む一人の女性。
理由は思い出せない。
それでも胸の奥だけは確信していた。
この人だけは、もう二度と失いたくない。




