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孤独な公爵令息は、夜の香りに毒される 〜夜会で恋した「彼」は、完璧な昼の婚約者(ただし男装令嬢)でした〜  作者: ユニ子


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第67話 静かに、動き出す

「ジュリアン・ヴァイスとダミアン・ローレンツ ??」


夕食のパンをちぎりながら、アレクシスが意外そうな声を出した。

エレノアがお茶会に行くと言い出したときは驚いたが、二人のスキャンダルまで引っ張ってきたのにはさらに驚いた。


ジュリアン・ヴァイスはたしか年齢は三十八。金融系の仕事を請け負っていたはずだ。ダミアン・ローレンツは確かに女好きで有名だ。が、年齢は確かまだ二十歳。学校を出たばかりで、家業はまだ継いでいなかったはずだが…。


女性問題は公にならないことも多い。アレクシスは「ふむ」と頷いた。



「……そんな噂を聞き出して関連を疑うのは、やり手ですね。ヴァイス卿の家庭崩壊も、ローレンツ卿の示談金の件も、僕は知りませんでした」

「アレクシス様の、特別招待券のおかげです」



アレクシスは『サロン・ド・ヴァルトハイム』の席を確保したことを思い出して笑顔になる。その顔にはエレノアの役に立つことができて嬉しい、と顔に書いてあった。



「喜んでもらえましたか?」

「はい、それはもう」



アレクシスはエレノアを手をにぎり、澄んだ青い目で見つめた。


「僕の婚約者は、本当に頼もしくて恐ろしい。僕の方でも、二人について調べさせておきます」



****




数日後の、雨の日の深夜――。

しとしとと降る雨音を聞きながら、アレクシスは部屋の机で一人、ペンを走らせていた。 ふと横目に視線をやれば、寝台ではエレノアが心地よさそうに眠っている。夢もあまり見ず、短時間で即座に深く眠れると言う彼女。なんとも彼女らしいと、アレクシスはくすりと笑った。


手元へ視線を落とす。紙の上には、美しい曲線のウエディングドレスが描かれていた。

愛するエレノアのために、アレクシスはデザインを考えていた。


式は半年後の冬だ。


腕が長く、デコルテが美しく映えるライン。抱きしめるたびに脳裏に焼きついた彼女の身体の感覚――華奢な腰や長い脚を思い起こしながら、審美眼を駆使して魅力を引き出すのは、美しいものやかわいいものが好きな彼にとって至福の時間だった。


(エレノアには、あのレースが似合うかもしれない。生地は…)


淡い白銀の生地に、雪の結晶のような刺繍。 あのはちみつ色の瞳が、ヴェール越しに自分を見上げた瞬間を考えてみる。


――シュッ、シュッ、カリ、カリ...


雨音にペン先が滑る音が重なる。


本来なら締め付けるコルセットを使うのだろうが、アレクシスはそれを使いたくなかった。 どんな一瞬であっても、彼女が息をつけないようにはしたくない。

燕尾服を着こなす、どこまでも自由な彼女。


それに、彼女はスラっと背もあるし、脚も長い。燕尾服が似合うのはそのせいだ。



――燕尾服が似合う女性なんて、彼女以外にいるだろうか?



「フフ」


…と、思わず笑ったとき。



とんでもないアイデアが、彼の頭に降ってきた。思わず手が震える。


(……いいことを思いついた)



アレクシスは新しい紙を取り出し、秘密のスケッチを始めた。以前の自分なら、ただ『美しいもの』を作りたかっただけだ。けれど今は、エレノアのためにアイデアを使えることが、たまらなく愛おしく、誇らしかった。


エレノアのことを考えると、アイデアが湧いてくる。


もっとこうしたい。こうすればおもしろいんじゃないか。そんな風に、自分が良い方向へ行けている気がする。


気づけば窓の外が白み始め、朝露の匂いが広がっていく。



****



「ドレスのデザイン画!考えてくれたの!?」


翌朝、テーブルに広げられた資料の傍らで、デザイン画を受け取ったエレノアが目を輝かせた。

素材や案の説明をすると「すっごく、キレイ…嬉しい。これを仕立て屋に作ってもらおう」と言って、エレノアは本当に喜んだ。


「僕の好みばかり詰め込みましたけど……ノアの希望はありますか? 本当は、燕尾服を着たいのでは?」


いたずらっぽく尋ねるアレクシスに、エレノアは少し間を置いてから、ぽつりと本音を漏らした。


「……もちろん、ウエディングドレスはドレスを着たいと思っている。でも……普段は、男性のようにスラックスを穿けたらと思うこともあるのは本当。……別に男性になりたいわけじゃない。ただ、令嬢だからと身につけるものまで決められているのが、少し辛くて」


ノアらしい、淡々とした言い方だった。”縛られたくない”という切実な彼女の気持ちが伝わってきた。

その言葉に、アレクシスは愛おしさを抑えきれず、彼女を手を優しく包み込んだ。ノアの手はひんやりと冷たい、いつもの温度だった。


「僕は、あなたのその自由さに惹かれたんです。……それを忘れないでくださいね」



****


「そういえば。結婚式のメニューについて、僕も考えていたことがあって」


エレノアはアレクシスの前で「僕」と言うことが増えていた。ノアはエレノアの本心。エレノアがアレクシスの気持ちを大切にしてくれているように、アレクシスもまた、エレノアが気を遣わずに本心で接してくれるのが何より嬉しかった。


どんなアイデアなのか、会話の続きを促す。見ると、彼女の目がいたずらっぽく細められていた。


彼女の囁きを聞いたアレクシスは、目を丸くしながら「……それ、最高ですか?」と珍しく即答する。その心底嬉しそうな顔に、エレノアも笑顔になった。



自然とその日は結婚式の準備を進めることになった。二人は並んで座り、結婚式の書類に目を落とす。

ドレス、メニュー、日程も、招待客も決まりつつあった。 だが次の瞬間、書類をめくるエレノアの手が、ぴたりと止まった。


その蜂蜜色の瞳が、ある招待客の名前に釘付けになっている。


——オスカー・ド・ヴィルヌーヴ。


瞳からすっと光が消え、獲物の喉笛を狙う猛禽のように冷たく据わる。 柔らかかった部屋の空気が、一瞬で凍りついた。


「……ノア?」

「……いや。何でもない」


彼女はすぐにいつもの表情へ戻し、何事もなかったかのように微笑んだ。

けれど、すぐ隣にいたアレクシスを誤魔化すことなどできない。彼女の肌から発せられた一瞬の殺気を、彼は見逃さなかった。


ギルバートが夕食の知らせにきた。


「先に部屋を出ていて」とアレクシスはエレノアを促すと、彼女は先に食卓へと向かった。後ろ姿が見えなくなった瞬間。 アレクシスの顔から、甘い「リィ」の微笑みが跡形もなく消え去った。



「ギルバート。先日頼んでいた、夜会の参加者の一覧をもう一度見せてくれ」



差し出された紙に、彼は冷ややかな視線を落とす。 不審者が混ざっていたのかもしれないと、以前屋敷の警備の男たちを洗わせたときと同じ――静かな目だった。


先日のダンスに参加した夜会。エレノアが帰り際に警戒した顔をした、あの夜会について。アレクシスは調べていた。


紙の上を指でなぞり、ひとつの名前に目が留まる。結婚式の招待客リストにあって、エレノアが凍り付いていた、その名前。そして、先日の夜会にも参加していたという同じ名前。


――オスカー・ド・ヴィルヌーヴ。


(なぜこいつなんだ?)


アレクシスは表情ひとつ変えず、ただ海の底のように深い青い瞳でその名前を見つめた。


オスカー・ド・ヴィルヌーヴのことは知っている。学校も一緒だった。話したことはないが…。


ただ――彼女はあの男の名前を見た瞬間、自分にさえ見せたことのない冷たく深い表情をした。何かあるのだろうか。

自分に隠して、一体どんな男にそんな感情を向けているのか。



「オスカー・ド・ヴィルヌーヴ。この男の最近の動向と、過去の経歴を洗ってくれ」



ギルバートの目が、わずかに細くなる。


「……何か、あったのですか」


ギルバートの問いに、アレクシスはいつも通りの優雅な手つきで紙を伏せ、極上の微笑みを浮かべた。


「いや。ただ……僕の知らない彼女の顔があるのは、少し面白くないだけだよ」


静かだが、断ることなど許さない絶対的な佇まい。 主人の底知れない執着を正しく理解し、ギルバートは深々と頭を下げた。


「……かしこまりました。至急、手配いたします」


一礼して執事が去り、部屋に一人残されたアレクシスは、夜の闇に沈む窓の外を静かに見つめる。


彼女を傷つける毒芽は、花開く前に根こそぎ摘み取らなければならない。







本日もお読みいただきありがとうございました!

またまた遅くなってしまいました…すみません!


次回は、久しぶりの『無名の夜会』のお話です。今まで二人を見つめていた謎の人物がついに…

10/13(月)公開予定です。

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