第66話 密やかな情報網
(やれやれ)
エレノアはどっさりと届いたお茶会への招待状を目の前にして腕を組んでいた。
いつかこの時が来ると思っていたが、先日の夜会の後、社交界で話題になってしまったらしいエレノア。この流れは逆らうことはできない。
大きなため息をつく主を横に、ユノは招待状を眺めながら確認する。
「お嬢様、全部参加されるのですか?」
「…まさか。同じ茶会への誘いもあるかもしれないから、確認して仕分けるわ。ユノ手伝ってくれる?」
「はい、もちろんです」
小一時間ほどかけて、すべての封筒をあけた二人。同じ誘いもあれば個人のものもあり、様々だった。以前、エレノアが三ヵ月屋敷に滞在している間に、ヴァルトハイム家と関わりのある貴族家についてはギルバートから一通り教えてもらっていた。しかし今までの社交を避けてきた手前、知らない人からのものも多かった。
正直全く気が進まなかった。しかし、これは考え方を変えるしかない。今後、こういった社交には参加していく必要があるのだから。
「ギルバートに相談して、特に関わって置いた方が良い家をもう一度確認しましょう」
しかも最近のローゼンベルク家やヴァルトハイム家の事業に関わる不穏な状況が、エレノアの背中を押した。茶会に参加する中で、何かつかめるかもしれない。何か知っている人がいるかもしれない。…いればラッキーだ。
ギルバートに相談すると、すぐさまギルバートは名簿をくれた。
「ここにのっている方であれば、参加されるべきです」
ヴァルトハイム家執事として、厳格な声で彼は言った。ユノは名前を覚えようとエレノアの横で一生懸命に資料を眺めていた。いつも数歩下がったところで控える彼女だったが、この時ばかりは違った。社交を好まないエレノアが茶会に出ようとしている。その思いが彼女を、いつもより数歩前へと行かせていた。
「ありがとうございます。ギルバート」
しかし、さすがはヴァルトハイム家。その名簿にある名前で絞ったとしても、かなりの人数だった。すべて参加するにしても、優先順位を決めたい。エレノアはもう一人、メイドを部屋に呼んだ。
「フィオナ。この中にあなたが知ってる、噂好きや、情報通の令嬢はいる?」
フィオナは机に積まれた招待状の山を見て固まった。「すご」と生唾をのみながら、差出人の名前を確認した。
「ビアンカ・ロラン侯爵令嬢様、ロザリー・ウィルソン伯爵令嬢様は流行にお詳しいはずです」
彼女たちが着たドレスや帽子などは、すぐ流行してしまうのだという。社交を活発にしているのなら、情報をたくさん持っている可能性が高い。
二人のお茶会を優先に、資料の名前を確認して三人で予定を詰めていった。
****
「ビアンカ様、ロザリー様、本日はお招きいただきありがとうございます」
深いパープルの髪を編み込み、薄いブルーのドレスをまとったエレノアは、完璧な声としぐさで挨拶をする。
ビアンカの家でのお茶会。
エレノアを見たビアンカは、黒髪に似合うグリーンのドレスを着て、ふっと美しい微笑みを向ける。
「初めてお話させていただきますわね、エレノア様。本日は来てくださって、どうもありがとうございます」
「ずっとお話してみたいと思っていましたの。うれしいですわ!」
ロザリーは手を組み、桃色の瞳をうるうるとさせた。優しいイエローのドレスに明るい茶髪が元気でかわいらしい。
調べたところによると、二人ともまだ未婚で、年もエレノアより下だ。社交界には頻繁に参加しているようだ。華やかな場所が好きなのだろう。
「先日の社交界でお見かけした姿が本当にお美しくて…!皆、エレノア様の話題でもちきりですのよ」
「それは光栄です」
エレノアは、そのセリフがアレクシスみたいだと、言ってて自分で笑いそうになった。
「あのドレス、どこのですの!?とても素敵でした!!」
ロザリーが興味津々で距離を詰めてくる。ビアンカも目が輝いている。
「ずるいわロザリー様、私も教えていただきたいと思っていましたの。ぜひ教えてください、エレノア様!デザイナーは誰ですの!?」
——リィ、です。
エレノアは心の中で答える。
自分がドレスを着たときの、嬉しそうな蕩けた目を思い出す。
「申し訳ございません。あれは特注で…秘密ですわ…」
エレノアは漏れ出たベルベットの声で返事をした。
無意識に顔は斜めを向き、琥珀色の瞳をいたずらっぽく細めた。
その急な色気のある気配に、二人はゴク…っ!と息をのむ。
思わず全身にじわ…と汗がにじんだ二人だが、ビアンカは扇を高速に動かし必死に汗を吹き飛ばした。
「そ、それにしても、あのアメリア様がグラスを投げつけられた事件……! お怪我がなくて本当に良かったですわ」
ビアンカが調子を取り戻そうと話題を変える。ロザリーがうんうん!とマカロンに手をつける。
「アメリア様は昔からアレクシス様のことが好きでしたもの。まあ、アレクシス様は皆さまから人気ですが…」
エレノアの目がきらりと光る。
「あんな恐ろしい経験は初めてでしたわ…… 、またあのように誰かに襲われたらと思うと怖くて…アレクシス様も襲われたらどうしようかと。仕事でたくさんの方と会っていますし…」
アメリアは怖いというより雑魚が視界に入ったような不快だったが、そんなことはどうでもいい。エレノアは心の中で冷たく毒づきながらも、可憐な令嬢の顔でそっと胸に手を当ててみせた。 扇で口元を隠したビアンカが、声をひそめる。
「そういえばエレノア様、最近ジュリアン・ヴァイス様にはお気をつけなさった方がよろしくてよ?」
ジュリアン・ヴァイス?
エレノアは記憶を探る。ヴァイス家はたしか子爵家だったはず。
「あの方、最近家業がうまくいっていないらしくて。……怪しい仕事に手を出しているという噂です。奥様も実家に帰られたとか…」
ロザリーが、うんうんと頷きながら、「あと最近、危なそうなのは…」と考えを巡らせる。
「ダミアン・ローレンツ様も、お気をつけくださいませ!わたくしが聞いたところによると、身分問わず、女性に手を出してはその、子供を…」
ロザリーはその先を言うのをためらい、代わりに紅茶を飲んだ。
ビアンカが汚いものを見たような顔をして、扇で口元を隠した。
「そういえば、聞きました?先日、彼が手を出した女性が、実は伯爵家のご令嬢だったらしくて、賠償金をたんまり要求されているとか」
「前にもありましたわよね!女の敵です!」
ロザリーが憤怒で顔を真っ赤にした。
「前にも?それはひどいですわね」
エレノアはくったくなく笑う。
ダミアン・ローレンツ。たしか男爵家だ。何か関係することがあるかもしれない。
「皆、それはご存じの事件ですの?」
「いいえ、今回とその前のことは社交界で私は聞きましたが…実はたくさんの女性に手を出していて、お金で黙らせているのではと私は思っています。男性方はおそらくご存じないか、同じように…」
ビアンカの緑の目が鋭くなる。
――なるほど。もしかしたら、そういった行動は貴族間では問題視すらされていない可能性があるということ。
子を残すことがある意味貴族の中では重要視される。家存続のため、手段は選ばない場合も多い。そしてその思考を逆手にとり、娘が妊娠したと貴族との繋がりをつくりたい輩もいる。その場合はむしろラッキーといえる。わざわざ慰謝料を取らなくても、その後の人生は貴族との繋がりで慰謝料よりも金が舞い込んでくるのだから。ダミアン・ローレンツの場合は、相手が婚約者のいる令嬢だったとかで、たまたま問題になったのかもしれない。
貴族側は金さえ出せば跡継ぎが手に入るし、養子に出して駒にもできる。
――本当に嫌な世界だ。…まあ、知ってたけど。
エレノアの腹の底が冷えていく。同時に、アレクシスの疲れたような笑顔が脳裏に浮かんだ。
――帰ろう。大好きな、彼の顔を見に。
とても有意義な時間になった。
「…本当にひどい話ですわね。頼りになるのは、やはり知識と品格をお持ちの女性(お二人)ですわ 」
エレノアは声高に、紅茶を持ち上げウインクする。二人はハ!として、カップを持ち上げたのだった。
****
会話を楽しんだ帰り際、エレノアは二人に一通ずつ美しい封筒を手渡した。
「本日のお礼です。よろしければ……」
二人が封筒からそれを取り出した瞬間、まるで眩い後光が挿したかのように、一枚のチケットがペカーッ!と黄金に輝いて見えた。
「「……っ!?」」
二人は同時に息を呑み、思わず目を細めた。 精巧な極細の金糸と銀糸で刺繍された、まるで芸術品のようなレースペーパー。厚手の上質紙に繊細なレース加工を施し、印字のフォントや刻印の黄金色にまでエレノアの美学とこだわりを極限まで詰め込んだ特別仕様。 そこに流れるような美しいカリグラフィーで、ビアンカ・ロラン様、ロザリー・ウィルソン様と一枚ずつ丁寧に記されたそれは、アレクシスのスイーツ店の最上階テラス席を、いつでも無制限で利用できるという特別招待状だった。
「え……っ、これ、あの……!?」
視界の背景に幻の薔薇が咲き誇り、チケットから眩しいオーラが溢れ出している。あまりの衝撃に、二人はチケットを持ったままぷるぷると手元を震わせた。
「はい。『サロン・ド・ヴァルトハイム』のテラス席のチケットです。お二人であればもっと素敵なところにいかれているかもしれませんが…よろしければ…」
エレノアは美しい笑顔で「今後ともよろしくお願いいたします」と付け足した。
エレノアはアレクシスに了承をもらい、特別にチケットを作成した。
エレノアのこだわりが詰まった、とても美しいレースのような招待状。しかも、特別なスイーツも食べられるという特権付き。
『サロン・ド・ヴァルトハイム』は繁盛し、テラス席はまったく予約が取れない。絵になるあの席で、おいしいスイーツが食べたい。そして下からの羨望のまなざしを向けられたい…。
流行に敏感な令嬢たちのそんな承認欲求をえぐる、エレノアのプレゼントだった。
「「エ、エレノア様…ッ!!!!!」」
二人はエレノアの手をとり、感激に目をうるませた。
深くお辞儀をして、エレノアはユノを連れだってロラン家を後にした。
(本当に有意義だった)
「ユノ、覚えたわね?」
エレノアは前髪をかきあげ、琥珀色の瞳を鷹のようにきつくした。その後をユノが追う。
「はい…!」
ジュリアン・ヴァイスと、ダミアン・ローレンツ。
たたけば、どんな埃が出るのだろう。
(関係ないと、いいけど…)
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去っていくエレノアの後ろ姿を見送りながら、ビアンカとロザリーは呆然と立ち尽くしていた。
変人だと聞いていたエレノア。
しかし、話してみると、どうだろう。
洗練された身のこなし、言葉少ななのに的を得た言葉、ふとした表情の美しさ…。もっと話していたいと思ってしまう、聞き上手なその姿勢。つい口が滑って、話すつもりのないことまで話してしまった気がする。そして最高のプレゼント。
「いいですわね…アレクシス様…」
ぽつりと漏らしたビアンカの言葉に、ロザリーがぶんぶんと深く頷く。 アレクシスと結婚できるエレノアが羨ましいのではない。
——こんなにも凛として格好よく、甘い夢を見せてくれるエレノアを独占できるアレクシスが羨ましいのだ。
「「あ……ッ!」」
自分たちの危険な思考に気づき、二人は同時に顔を真っ赤にして扇で顔を覆ったのだった。
本日もお読みいただきありがとうございました!
またまた更新が遅くなってしまい…申し訳ございません!
次回はエレノアとアレクシスの回です。お楽しみに。
10/11(日)公開予定です。




