第53話 番外編① バラ、渡しただけなんだけど
※第17話、第42話に登場した彼視点のお話です。
「ノア、久しぶりだな」
夜会でそう言った、俺である。
久しぶりに参加した夜会で、ノアを見つけた。
相変わらずの銀色のキレイな髪、白い肌、いい男。
友達として、鼻が高い。
「今度の会は来るのか?」
「時間があれば」
握手をして、肩を叩きあう。
「レオン、また日焼けしたんじゃないか?」
「そうなんだよ。南は暑くて、もう丸焦げだ。」
「それは順調そうで、何よりだ」
「心配しろよ。見ろこの黒さを。もう誰も俺だって気づかねーよ」
ノアがいたずらっぽい目と口で、ハハハと笑う。
こいつはおとなしいのに、話すと少し毒づいていて、おもしろい。
――初めて会ったとき、俺たちはまだ学生だった。
俺は実家に帰ってきて、少し一人で街をぶらついていた。
日が暮れだした暗い王都。皆が帰宅し、静かになっていく中で、彼はベンチに一人座っていた。
銀の髪を顔の前までだらりとたらして、下を向いて本を読んでいた。
「こんなとこで、字、見えんの?暗くね?」
なんだかその姿が放っておけなくて。俺は思わず声をかけた。
彼は驚いてこちらを見た。
その目は、珍しいと言われる天然石を思わせる橙色。同い年ぐらいの背格好に見えた。
「み、見える」
彼は不信感をあらわにした目でこちらを見る。
高めの落ち着いた声の、小柄な男だった。
「なんでこんなとこにいんの?」
「……」
「近くに住んでんの?」
「……」
返事がない。
うつむいたまま、彼は何も言わない。
俺は気づいた。こいつ、家に帰りたくないんじゃねーかって。
服は整ったものに見える。
でも少し適当に見繕っている感じがして、似合ってない。
目の前の男は、ずっとここにいそうな顔していた。
俺はいいことを思いついた。
「あのさ」と言うと、彼はびくりと肩を震わせる。
「夜、抜け出せる?」
「へ?」
「ここで、明日、月が空の真上になるころ、待ち合わせしようぜ。 …いいところに連れていってやる」
そして、次の日の深夜。
俺が待っていると、奴は来た。
昨日と同じ服で、髪はだらりと垂れたまま。やっぱり精気がない。
俺は持ってきた鞄を渡す。
「ほれ、これやるよ。その辺で着替えてきなよ。もう誰もいないから」
「わ…わかった」
彼はおとなしく頷いて、物陰に入った。
ベンチに寝転んで待つ。
しばらくして出てきた奴の姿を見て、俺はベンチから転げ落ちた。
持ってきたのは、もう入らなくなった、俺の服。
全く着ていない紺色の燕尾服だった。
彼はふう…と髪をかきあげ、「これでいいのか?」とだるそうに言ってのけた。
似合いそうだと思って持ってきたが、思った以上だ。
かっこいいなんてもんじゃない。
「めっちゃ似合ってる!!!お前、才能あるよ!!!」
「…はあ?」
「これ、これつけろよ」
そう言って渡した、目元を隠す、白い仮面。
…よすぎる。
ひとり、親指を立てた俺。
サイズもぴったりだ。
「今からちょー楽しいところ、連れてってやるから。ちょっと面貸せよ。
大丈夫、売り飛ばしたりしねーから。」
俺はそう言って、自分の仮面をつける。返事も待たず、彼を連れ出した。
『無名の夜会』は、今日も始まっている。紫色のランタンが、入口で揺れている。
門番に挨拶をすると、重たいドアが開く。
銀髪の彼は一言も言わず、周囲を観察している。初めて声をかけたときはあんなにびくびくしていたのに、意外と度胸がある。
階段を下りながら、夜会の説明をする。
この会は秘密であること、本名は伏せること、場所は毎回違うこと。彼は不思議そうに、何も言わず聞いていた。
階段を下りると、そこは南国の植物が並ぶ、演奏の場だった。
この国にはない植物が、たくさんおかれている。
…実は、俺が斡旋したのだが、それは秘密。
ちらりと彼を見る。
仮面の奥の目が、キラキラと輝いているのがわかる。
周りの参加者がこちらを見ている。
俺に…というよりは、隣のこいつを見ている。釘付けだ。
この見た目だから、仕方ない。
でも、本人は植物を見るのに必死で全く気づいていない。
「今回はこんな感じだ。会の内容は毎回違うから。おもしろいだろ?」
笑うと、彼は「うん」と初めてはっきりと返事をした。
俺は彼に向かって手を差し出す。
「俺は、レオン。レオンって呼ばれてる」
「もちろんここだけの名前さ」と付け加える。彼は俺の手を見て、それからしっかりと握る。
「僕は…ノア。ノアって呼んでくれ」
会話していると、学校名こそ伏せたが二人とも学生だとわかった。学校は違うようだ。
彼は育ちが良さそうな気配がした。その割に少しおかしなところもある。性格なのだろうか。
「その服と仮面、やるよ」と俺はノアに言った。
「え…いいのか?悪いな…」
「気にすんなって。俺にはもう小さいし。似合ってるからな」
そう言うと、「じゃ、お言葉に甘えて。使わせてもらう」と言う。
「またこの会で会おうぜ」
「ありがとう、レオン」
そうして、俺たちは友達になった。
…そんな、ちょっとした昔の話。
****
12月。久しぶりに帰国して、夜会に来た。
今日の催しは、気に入った相手にバラを渡すとのこと。
年末の、恋人の季節を鑑みたテーマかと思うと、粋だなーと思う。
普段は南国にいるせいで、こちとら季節感なんてまったくないのよ…。
しかし、こっちは寒くて仕方ない。
もう南に帰りたい。
――と、考えていたらノアを発見した。
暇そうにバラをいじっている。
「よーっす」
「おお…!」
レオン。とノアがこちらを見る。
「また黒くなった?」
「いやなってねーから。白くなったから」
日焼けいじりは毎度だ。
「仕事で帰ってきたのか?」
「仕事もあるが、親への挨拶かな」
あー、なるほど。と、うなずいてノアはワインを飲む。
そして、少しして、「あのさ」と彼は言った。
「…僕、もう、来れないかも」
え、と俺は固まる。
「わからないけど、もしかしたらもう、この会には参加できないかもしれない」
「そうか…」
素直に残念だった。帰国するたびに、ここに来るのが、こいつに会うのが、楽しみだったから。
夜会に来ないなら、もうノアと会う機会は無くなる。
「だから、今日は会えて良かった」
微笑むノア。
なんだよ。なんだか、本当にお別れみたいじゃねーか。
…でも、事情があるんだな。
初めて会ったときのことを思い出す。
俺は気づいたら、ノアの前にひざまずいてバラを差し出していた。
「お前はサイコーさ。もしどこかでまた会えたら、また話そうぜ」
ノアの目が、細くなる。
…こいつ、こんな顔できんの?
(あー……その顔はやべーわ )
初めて見た。
ノアがそんな顔で笑うの。
「レオン。あの日、僕に声をかけてくれて、ありがとう」
ノアがバラを受け取る。
フ、と俺も笑った束の間。
ガシッ!
背の高い女が走ってきて、ノアの腕を掴んだ。息を荒くして、焦っている。
なんだ!?と思ったが、ノアは冷静だ。知り合いらしい。
(ははーん)
勘の良い俺は気づいた。
こいつら何かあるな?
「ノア、僕はもう帰るよ」
急に丁寧になった自分の口調と変な声に、内心でツッコんだ。
いや、なんで僕って言ってんだ俺。
(二人の中を邪魔するほど、野暮なつもりはないんでね)
帰り道、なんか胸がざわつく。
バラ、別に渡す女もいなかったし?ノアと俺は友達だし?
渡してもおかしくねーよな?
「ハハ…ハ…」
友達に渡しただけだ。
そう、友達に。
バラを、渡しただけさ。
「いや寒ぃー!!無理!!」
俺は実家までスタコラと走って帰ったのだった。
本日もお読みいただきありがとうございました!
次回は番外編②ユノのお話です。
実はユノはエレノアの夜の姿を知っていて…?
公開は9/7(月)予定です。お楽しみに。




