第45話 高熱のアレクシス(2)
※R15要素注意です
「エレノア様、来てくれたんですね...!」
「フィオナ...!」
アレクシスの自室を出るとフィオナが抱きついてきた。主の危機に、彼女もまた張り詰めていたのだ。 真っ赤な目で、顔には疲れがにじみ出ている。
「お湯を入れましたから、入ってください。エレノア様も体調を崩してしまいます」
そう言われて、エレノアは自分がずぶ濡れになっていることにやっと気づいた。
雪の中を無我夢中で走ってきた身体は、芯まで冷え切り、髪も服も泥にまみれて重く垂れ下がっている。 泣いたので顔もぐちゃぐちゃだった。
ユノも向かっていることを告げ、エレノアは客室の湯を使わせてもらうことにした。
熱い湯に入ると、凍りついていた感覚が、痺れるような痛みと共に蘇ってくる。
急いで身体を洗い流したが、手ぶらで駆けつけたため、着替えも髪染めもない。 湯を浴びたことで、昼の間ずっと隠していた染料は完全に洗い流されていた。
外を見ると、さっきより吹雪いている。
(ユノは大丈夫だろうか)
エレノアは濡れたままの銀の地毛を隠すように、とりあえず乾いた布を頭に巻いた。そして、用意されていた薄いシルクの寝巻きを、素肌の上に直接羽織った。
その時だった。
――コンコン。
重く、どこか必死なノックの音。
何かあったのかと、急いで扉を開けた瞬間、熱を帯びた夜気がエレノアを包み込んだ。
「アレクシス様……っ?!」
そこに立っていたのは、幽霊のように青白い顔で、ぼうっとこちらを見ているアレクシスだった。彼は焦点の合わない瞳でエレノアを捉えると、縋るようにその名を呼んだ。
「……エレ、ノア……。……やっと、捕まえた…… 」
震える声で彼女の名を呼んだ直後、アレクシスは糸が切れたように崩れ落ち、エレノアへと覆いかぶさった。
「ええ!?っ……あ、」
抱きしめられた拍子に、身動きが取れなくなる。
急いで羽織っただけの薄い寝巻きの下、エレノアの肌はまだ湯上がりの湿り気を帯び、下着さえ付けていない。
彼の身体の重みが、容赦なくエレノアを壁に縫い付ける。
(……熱い)
汗だくのアレクシスの激しい吐息が、エレノアの剥き出しの鎖骨に吹きかかる。
布一枚越しに伝わる、彼の硬い胸板と、火照った身体の熱 。 必死の呼びかけも、激しい息遣いの中に消えていく。 彼の手が、逃がさないと言うようにエレノアの背に強く回される。
彼の手がエレノアの細い腰を、まるで自分の身体の一部を取り戻すかのような強さで抱き寄せた。
「う、あ……」
アレクシスの喉の奥から、言葉にならない、苦し気な低い喘ぎが漏れる。
その熱い手が、エレノアの背中から、はだけかけた寝巻きの隙間へ…滑らかな素肌へと、無意識に這い上がる。
手袋の外れた彼の黒い爪が、容赦なくエレノアの背に食い込み、微かな痛みが走った。普段の彼からは想像もつかないほどの強引な力で、ただ逃がさないと言うように抱きしめられた。
彼の手の熱が、エレノアの肌に触れるたびに、全身に痺れるような衝撃が走る。
「アレクシス様、起きて……っ。ここじゃ、……あ」
必死の抵抗も、彼の熱には抗えずに力が入らなくなってくる。
彼はエレノアの首筋に顔を埋め、まるで飢えた子供のように、その香りを深く、深く吸い込んだ。 ハーブと石鹸、そしてエレノア自身の甘い匂い。
アレクシスの濡れた熱い唇が、エレノアの首筋に触れた。
「……っ、ん……」
自分の喉から漏れた声に、エレノア自身が驚く。
はだけた寝巻きの隙間に滑り込んでくる、大きな手のひら。
密着する彼の身体は驚くほど硬くて熱く、まぎれもない「男」の匂いがした。
唇が下へ移動する。
強く抱きしめられ、彼の手が動くたびに、下着をつけていない素肌が粟立つ。体の奥がジリジリと甘く痺れる。
(待って、アレクシス様、待って、)
好きな人にこんなにも強引に求められているのだという衝撃に、頭がぼうっとして、立っていることさえ難しくなる。
エレノアの心臓は、もはや自分のものとは思えないほど激しく、アレクシスの鼓動と共鳴して打ち鳴らされる。
――だめだ、アレクシス様、やっぱり意識がない!!!
なんとか彼を、もつれるように足取りで寝台まで誘導する。
重い体に押し潰されるようにして、二人は寝台へ倒れ込んだ。 乱れた呼吸を整えながら、 彼に布団をかける。
――どうやってここにきたの…!?
ギルバートが止められなかったのか。それとも誰も気づかなかったのか。 エレノアは爆音の心臓をよそに、アレクシスの心配をしていた。
彼の汗を拭おうと手を伸ばした時、アレクシスの瞼が、ゆっくりと持ち上がった。
熱のせいで焦点は定まっていない。
だが、その瞳の奥にある渇望 は、隠しようもなくエレノアを射抜いた。
「……あ、なたは……」
掠れた声。
その瞬間、エレノアの頭を覆っていた布が、床へ落ちた。
波打つように溢れ出したのは、月明かりを凝縮したような、眩い銀色の髪。
アレクシスの瞳の中で、何かが合致した。
ずっと探していたもの。欠けていた欠片。
目の前のエレノアと、心に住み着いたノアの輪郭が、熱の渦の中で激しく混ざり合い、完全に重なっていく。
アレクシスの瞳の奥で、張り詰めていた最後の一線が、焼き切れる音がした。
「……ノア……?」
その名を呼ばれた瞬間、エレノアの全身から血の気が引いた。
彼の瞳は熱に濁っている。
けれど、その視線だけは、偽りの仮面をすべて剥ぎ取るほど真っ直ぐに、彼女を捉えていた。
本日もお読みいただきありがとうございました!
次回は8/24(金)予定です。
※R15要素ありのため、苦手な方はご注意ください!




