私だけで、ひとりきり
まだ昼間なのに、急に夜のように暗くなったこの館。ひどい雨風が打ち付け、あの大きくて豪華なシャンデリアも少し揺らしているよう。
「こんな場所さっさと出ましょう」
ソルベが自ら動き出したのはこのためだった。明らかに様子のおかしい場所なんて、帰ってしまえばなんてことないと考えて。
扉の内鍵を開け、グッと押しているその背中。私は彼女に追いついた。
「ソルベ待って。外は大嵐なのよ? 森の中で遭難でもしたら」
「こんな場所で死ぬよりはましだわ。私は何が何でも生き延びてやるんだから」
強く言い放ち、しかしどうしたことか扉が全然開かない。
「もうっ! 何か扉を邪魔してる?」
横の窓から外を見るけれど、ガラスを伝う水のせいで上手く見えないみたい。
ソルベだけが外に出たいのかと思えば、ファールーデもソルベを手伝った。扉に肩を当てて押してみるけれどダメで、ドアノブを回したり押したり引いたりあらゆることを試している。
私はそんな二人を引き留める。
「ねえ待ってよ。ドンドゥルマを置いて行けない」
するとソルベが振り返った。
「まだそんな事を言ってるの!?」
一瞬は怒ろうとしたようだけど、むしろ呆れて「もういいわ」と言った。
「あんたたちとはこれで最後よ。だいたい元から友人でも無い。知り合い以下だったのに変な因縁で繋がっちゃって。厄災だわ、あんたたちは」
ソルベが言う言葉に、ファールーデはひっそりとドアノブから手を放していた。
「厄災だなんて……」
悲しむ彼女を助けることは無い。
「何よ。本当のことを言ってるだけでしょ」
この険悪な空気を明るく照らした光が現れた。さっきの窓が突然明るくなり、目を覆った私たちの耳には、誰かが叫んでいる声が聞こえる。
「やったわ!」と、ソルベが喜んだ。扉を叩いて「ここよ! ここにいるわ!」と叫んだ。
私はこの場がドンドゥルマに知れたらと恐ろしかった。だけどドンドゥルマはこちらにやって来ない。
扉の外で誰か男の人が呼びかけている。
すると、ついにガチャッと扉が外から押し開けられた。
「ご婦人!」
雨具を濡らした男の人が二人。
「市局の者です。雨による災害が起こるかもしれません。私たちに続いて非難してください」
安心をしたのかファールーデの腰が抜けた。それを市局員のひとりが支え、私たちは無事に逃げられるようだ。
「……何の匂い?」
私の鼻をかすめる焦げくさい匂い。
他の人たちは感じ取れない。「雷が落ちたんでしょうか」と市局の人が周りを見たけれど。辺りを捜索する他の局員たちも分からないと返事をしたようだ。
「そうだ、厨房!」
クルフィが言った。そういえばドンドゥルマが厨房を見てきてと言ったのだった。
「私見てくる!」と、クルフィが走り出す。
私も彼女に続いて行こうとした。だけどその時、私の服の裾はファールーデに掴まれ、足を止めさせられる。
ファールーデは私に、行くなと目で訴えたけれど。残念ながら私は彼女の警告を聞く事は出来なかったわ……。
「ドンドゥルマを連れて来る」
もう見えなくなっているクルフィを追って階段を駆け上る。
最後に見たファールーデの悲しむ顔や、ソルベのそっぽを向く横顔。そうよ、私たちは元々友人でも何でも無い。
雷が鳴り、雨が打ち付ける窓。その廊下。クルフィの後ろ姿を見つけた私は彼女に向かった。
「火は? 厨房は?」
おかしかった。クルフィは廊下の中腹に立ち止まって、雨の降る窓をずっと見ていたんだもの。
焦げくさい匂いは全く感じ取れない。でもこの短時間でクルフィが厨房に行ったとは考えられない。……あれ? 厨房は二階にあるのかしら? おかしいわ。
「……何をしてるの? クルフィ?」
するとクルフィは窓の外を指さした。「ほら見て」と言った。
窓の外は大雨。そして森の中を幾すじの光の線が動いている。大声を出して呼びかけている。雨による災害を防ぐために。
「ねえグラニータ。このまま、この館ごと土砂に埋まってしまうのかしら」
「ちょ、ちょっと恐ろしいことを言わないでよ! だったら早くドンドゥルマを連れて出ないと!」
「ドンドゥルマ? ああ、そうね……」
ぼんやりと言い、しかし動こうともしないクルフィだ。青白い光を頬に受けたまま、じっと外を見ている。
「もう! じゃあいいわ! 私たちだけで探すから!」
「私たち?」
その時、初めてクルフィが私と目を合わせた。
いつも明るく真夏の晴れ日のような彼女だけど、今は少し違うように見える。
「私たち。じゃ無いわ」
「え……?」
床や壁が軋み、大雨は天井をも貫いた。
バケツをひっくり返したような水が一気に壁を伝って降りてきて、私の足元を濡らしていく。
「そう。あなただけ」
外で誰かが叫んでいる。あれが市局員の男性達だってどうして分かるんだろう。
「グラニータ! どこにいるんだ! グラニータ!」
おかしいわ。呼んでいる声が私と同じもの。大雨の音にかき消されたり、不意に現れたり。
とにかく急に雨風の音が格段に大きくなった気がする。風に吹かれて私の髪も真横に向かってなびいている。
エントンランスまで歩いて戻るけれども、腐った床板が危なげで、シャンデリアはもう床に落ちてバラバラになっていた。だから階段を下りずに見下ろした。
扉が開けっ放しになっていて雨風が入りたい放題だわ。
ソルベやファールーデはもう居なくなっていて、クルフィも突然居なくなっていた。
まるで、最初から私だけがひとりきりで居て、この倒壊寸前の家屋をうろついていたかのように。
(((次話は来週月曜17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho




