何かが変
「変ね」
そうソルベが言う。ドンドゥルマが私たちにお茶を出すと言ってから、なかなか帰って来ないのを見て言ったのだと思った。
私たちはリビングでそれぞれ過ごしていた。ファールーデはちょこんと椅子に座って膝の上に手をおいていた。クルフィは窓の外を眺め、ソルベはその辺の壁に背を当てている。私はファールーデの横に座っていた。
またもう一度「変よ」とソルベが。ひとりで何か考えているようだから、ファールーデが「何が変なの?」と聞く。
ソルベはファールーデを無視した。
ファールーデは、膝の上の手をぎゅっとひとりで握っている。
まだ他人同士の関係はよかった。私たちの間には取り返しのつかない空気が流れていた。それはこのリビングの悪い日当たりのようで、暗く滞留した空気と同じようで。
するとクルフィが声を出す。
「ねえ、グラニータ、ソルベ。私ずっと引っかかっていたことがあるんだけど」
これに私は顔を上げた。
「引っかかっていたことって?」
「うん。二人がドンドゥルマに言っていたでしょ? 『あなた、ドンドゥルマじゃ無いわ』みたいなこと。あれってどういう意味なの?」
そうね。私もソルベも言っていた。特に一番最初に気付いたのはソルベだったわ。私はその後よくよく観察して、本当にドンドゥルマがドンドゥルマじゃなくなっていることに気付いただけ。
ソルベは不機嫌でいて無視を貫くから、私が答えることにした。
「妙なのよ。まるでドンドゥルマって人が変わったみたいじゃない?」
対してクルフィは首を傾げる。
「どこが?」
「ええっと。どこ……っていう具体的なところは分からないんだけど。何か……雰囲気?」
すると。
「はぁ……」
ソルベが溜め息をついた。
「馬鹿の馬鹿が増してるってことよ。でしょ? グラニータ」
私はウッとなり、言葉を選ぶつもりがそうはいかなくなってしまったみたい。ファールーデが心配をして「そうなの?」と涙目でこっちを見て来るんだもの。
「……まあ、そう……いうことよね。夢見がちというか、夢うつつというか。私は少しドンドゥルマの行動が心配で」
なんて事を口にしたけれど。ソルベは鼻を鳴らすし、クルフィはきょとんとするし、ファールーデも黙ったまま。
ドンドゥルマがリーデッヒに夢中になって、どこか暴走しているような気配があるのは真実なんだけれど。そうなるよう、そそのかしたのは私も原因のひとりでいて。
このまま彼女を見過ごすわけにはいかない。正義感なのか私は喋っていた。
「ドンドゥルマは賢い女性だと思うの。もちろんプライドも高くて、人をいびったりする所は少し愚かだとは思うけれど、でも彼女はちゃんと私たちに示してきたじゃない」
そう。ドンドゥルマがしてきたことは一貫していた。
派手な装い、自社の製品、流行りもののアイテム、特別なスプーン、手広く手に入れる男たちの視線。ドンドゥルマが持っているものは私たちに常に見せて来た。
そして今も、このリーデッヒの実家と言っている建物だってそうだわ。でも……。ひとつだけ、ドンドゥルマが私たちに見せつけられないものがあるのよ。
私たちを呼び寄せて、あたかも縁がまだ続いているように言っては聞かせては来るけれど、実際にその人がドンドゥルマの手を取って私たちの前に現れたわけじゃない。写真すらない。わざわざ手紙なんて用意するほどなの? ドンドゥルマ。
クルフィは素直に驚いた。
「じゃあグラニータ。ドンドゥルマは私たちに嘘を付いているってこと?」
「……確かではないけれど。でもあの手紙は確信が持てないわ。ソルベも言っていたでしょう? 『君』と書いただけではドンドゥルマを示すとは断言できない。それにあなたも私も見たじゃない? あの手紙の最後にリーデッヒのサインが無かった」
私たちはリーデッヒの舞台に何度も足を運んでいる。彼の洗礼されたサインは劇場に飾ってあったのをよく見ていた。あれをドンドゥルマは真似できなかったのよ。
クルフィは頷いた。
「ねえ、ドンドゥルマはどこに行ったの?」
ファールーデが恐る恐る言う。そういえば、お茶を出すって言ったっきり全然戻って来ない。珍しくソルベが答えた。
「ティーカップの場所が分からないんじゃない? 知らない家の台所事情なんて知るはずないでしょ」
するとファールーデが勘付いて。
「もしかしてこの家……リーデッヒのご実家じゃ無いのかも……」
ピシャリ。大きな閃光が一部の天窓を真っ白に染めた。まるで真実に近づいた私たちを懲らしめるかのよう。
「ねえ、風が強くなってきてる」
窓を見ていたクルフィが異常に気付く。もう外では森の木々が揺さぶられるほどの風と雨だった。
「あんたずっと窓の外を見てたのに何で今更言うのよ」
「だって急になんだもの」
おかしいわ。何かがおかしい。
遠くで鳴ってもいなかった雷が、急にこの真上で激しく走り回っている。
「ね、ねえ。私たち帰った方が良いじゃない?」
ファールーデが立ち上がると、突然ブレーカーが付いたように部屋中の明かりが一斉に点いた。
ランプの光に目がくらみ、雷の稲妻を聞いて目を開けた時、暖炉に火も灯っていたのが奇妙だ。
「ちょっと。手が足りてないんだから協力しなさいよ」
ドンドゥルマが現れたのも、この不可思議な出来事のひとつかと思うほど。
彼女はティーポットとカップをトレイに乗せて持って帰ってきた。けれどもカップの数がどうしても足りない。三つしか無いと言って嘆いている。
それから開いていた窓を閉めたり、カーテンの埃を払ったり、突然の嵐でやることがいっぱいであると慌てていた。
「ねえ悪いんだけど手分けしてくれない? キッチンの方でさっきから焦げ臭いのよ。誰か料理長を叱って来て。それから玄関の水はけもどうにかしてちょうだい。これからリーデッヒが雨の中帰って来るんだからタオルと着替えを準備。ああ、あとお風呂にもお湯を溜めて。ほら急いで!」
ファールーデはドンドゥルマにお尻を叩かれた。
私やクルフィも肩を叩かれて、ソルベは自ら先に動いて回避したみたい。
「じゃあ私、外を見てくるわ」
ソルベが先に行くなんて。
私たちも遅れをとらないように。もしくはひとりぼっちにならないように、慌ててリビングを飛び出した。
(((次話は来週月曜17時に投稿します
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