森の中のお屋敷へ
街も村も無い。こんな山の入り口に人の住む家があるって言うの? 私はソルベの肩をつついて聞き出した。
「本当にこんな場所にリーデッヒの実家が?」
ソルベは、ソルベの夫からドンドゥルマに数々の情報を流させたと言っていた。だからドンドゥルマが知っている事は、ソルベも知っているのだと思っていたけれど。
「さあね。この女の考えていることなんて知るはずないわ」
フンと鼻を鳴らし、私を追い越して先へ進んでいく。
「鬱蒼な森ね」と、後から追いついたクルフィが私に言った。彼女はハイキングを楽しむみたいに足を高く上げて歩いている。
ファールーデはずっと先頭でドンドゥルマと喋っていた。
「ねえ、リーデッヒは今日本当に戻って来るの?」
「そうよ。明日から二日間だけの休暇があるから、私と過ごしましょうって手紙をね」
歩きながら、ひらひらとドンドゥルマが紙を風になびかせている。
「じゃあ……じゃあ本当に会えるのね」
「だからそうだって言ってるじゃない。あ、でも。勘違いはしないでよね。彼が惹かれているのは私なんだから」
ドンドゥルマが得意になった。ファールーデはそれでも好きな人に会えるのが嬉しいらしかった。
クルフィも楽しみねと私に言った。
私は、少しためらったけれど「そうね」と答えた。
木々の隙間から光が差し込む山の道をずっと歩き、そろそろソルベが嫌になろうかという時。
「あれよ。素敵でしょ?」
本館が見える。
特段豪華でもない一般的なお屋敷だ。青い屋根を乗せた二階建ての四角い建物だった。
私たちが近づいても、その建物はひっそりと佇むだけで黙っていた。使用人が客人に気付いて出て来るとか、庭師の者が私たちを案内するとか。そういう動きは一切無い。
「……ねえ、ドンドゥルマ? これって廃墟じゃない?」
私は隠さずに言った。
「は? 何言ってんの?」
もれなくドンドゥルマは私を睨む。だけど、彼女は感情的にならなかった。
「信じられないなら外で待っていれば?」
ドンドゥルマは自身の衣服から鍵を取って直接ドアに差し込んでいる。そのままガチャリと開いて、明かりの無い真っ黒なエントランスを周りに見せた。
「わあ! 広い!」
「なんだ案外豪華じゃないの」
クルフィ、ファールーデだけじゃなくソルベも一目置いて唸っている。「中に入りましょう」とドンドゥルマの誘いで、彼女たちは、ためらいなく中に入っていくようだ。
「ねえ、ちょっと待ってよ」
私の声かけもむなしいもの。
外で待っていろと言ったって、夏の背高草の向こうにはいくつもの獣の目が控えてあった。虫が一切も鳴かない代わりに、時々何者かが走って草木がざわめいている。
「ちょ……ちょっと待ってってば!」
私は慌ててエントランスの方へ走った。扉が閉まったらと思うと怖くなったからだ。
私がエントランスに入った直後、扉は閉められる。ドンドゥルマが丁寧に両手で閉めて、内鍵をした。
「何ビビっているんだか」
ドンドゥルマに鼻で笑われた。
真っ暗なエントランスが恐ろしいと思っていたはずなのに、一歩踏み入れてみればそこは素晴らしいもの。
大きなシャンデリアを支える天井にも模様を施すほどのこだわりが目を引いた。
「あらあら一級ね」
ソファー、カーペット、家具、絵画。それらをソルベが品定めをしていた。彼女の目利きなら二流品と逸品の見分けが付けられる。
「ねえこれは本物?」
クルフィがとある絵画を指した。有名な画風で私も知っている。
ソルベがそっちに向かって行って、あらゆる角度から絵画を見た。
「ネザリア出身の画家コバルトの絵ね。彼の絵はとにかく数が多いって有名だけど……これは本物でしょうね」
「本当!? すごい!!」
「馬鹿ね、すごくないわよ別に。数ある駄作のひとつに過ぎないわ」
私はこの絵を知っている。コバルトという画家の絵が好きだから。ソルベもこの画家について詳しかったとは知らなかったわ。
「あら、グラニータ。あなたも絵画をたしなむの?」
「ええ少しだけ」
ソルベの横に私も並んでみる。そこから絵画をよく眺めた。
「確かに……駄作と言えばそうだけど……」
意味や背景がある作品だけが優れているのとは違うもの。この絵は確かにあまり有名な絵画ではない。でもこのエントランスにはとても似合っているものだと私は思うわ。
「ねえ、駄作だなんて酷いことを言わないでくれない?」
どこかの部屋からドンドゥルマが戻って来て言った。
私は確かに、人の家で人の物について酷評をするのはいけないと口を閉じた。
ドンドゥルマは手に荷物を持っていた。どこで受け取ったのか、数枚の手紙と郵便小包を。
それを一旦側の飾り棚の上に置いた時、クルフィがそっと一枚手紙をすり取ろうとすれば、すかさずドンドゥルマに手を叩かれている。
「……彼ったら」
手紙をひとりで呼んだドンドゥルマ。彼女は手のひらを自分の頬に当てた。うっとりとして生け花を眺めている隙に、クルフィは負けじと身を乗り出して手紙を盗み見た。
私もクルフィに少し寄って手紙の内容を見たわ。
「今夜君のために戻るよ。愛しの君へ……ですって!」
恋文の文章に興奮したクルフィ。それを聞いて真っ先にファールーデの顔が赤くなる。自分のことのように恥ずかしがる彼女の初初しさを、ソルベは小馬鹿に笑った。続けてこう言う。
「君のために。君へ。……ってことは『君』の相手がドンドゥルマだとは言っていないってことでしょ?」
「あっ、そうよね」
ファールーデの真っ赤な顔が瞬時に戻る。
勝ち誇ったソルベに、ドンドゥルマは頬のえくぼを作るかと思えば、自分の世界にどっぷりと浸かっていてまるで聞こえていない。
「なんだか夢を見ているみたい」
そうクルフィが言って、ドンドゥルマの目の前で手を振って見せている。
ハッとしたドンドゥルマは正気を取り戻し、そして「支度をしなくっちゃ」と別室へと歩き出した。
クルフィは私に手のひらを上に向けて見せ、私もクルフィに同じことを返した。
(((次話は来週月曜17時に投稿します
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