愛の形
激しくなる嵐が吹き付けていた。この館は古いものだと分かっていたけれど、屋根が落ち、壁が剥がれ、雨風を難なく中へ受け入れているのに今になって気付いた。
ドンドゥルマを探すために厨房を覗いたら、そこは無残に焼け焦げた炭臭い場所。もうここで料理をするのは難しそうだ。
リビングに戻っても誰も居なかった。椅子が倒れてガラス窓が割れている。
「誰かいるかー!」
近くで声がした。私は逃げるように裏の階段を登った。きっと使用人が使うための階段なんだと思う。無骨な鉄板を、音を立てないよう慎重に登った。
「裏の家屋が土砂に流されたようだ」
「急がないとな。川の氾濫もすぐだろう」
二人の男性が掛け合う声。外でも懸命に人を捜索する姿が窓から見える。
「……ドンドゥルマ」
急がなくちゃ。一階に居ないのなら二階のどこかの部屋にいるはずだわ。
扉があるところは開け、倒れた家具の間を縫って私は各部屋へと入り込んでいった。そこで見つけた書斎に一度は立ち尽くしたけれど、ここにドンドゥルマは居ない。いったいどこに……。
時に、この書斎には人形が多くある。お土産店で手に入る人形というよりは、手作りに近いもの。その瞳が、私が動くたびにまるで眼球を動かしているかのようにガラス玉や宝石がキラリと光るのだった。
少しおぞましいけれど。ふと気になったのが、ショーケースの中に入った人形たち。それらの視線の先だ。
みんなあちらこちらに向いているのに、そのショーケースの中の人形たちだけが、ある一点を見ているようでならなかった。
私もその視線を追った。真正面に書斎机があって、もっと上を見ている……天井付近を。
「あっ!」
天井に扉があった。屋根裏部屋があるのね。
けれども屋根裏部屋への階段を降ろすための器具が見当たらない。だったらその付近の天井部。大きな穴が開いていて、私ひとりなら入り込めるかもしれない。
書斎机に乗って、大きな本棚の上を辿っていけば。
話し声や足音がすでに私の下へ近づいていた。迷っている時間は無くて、すぐに私は登って行った。すると不思議なことに、埃の積もった本棚の上に、私が行く方向へ足跡が続いている。
「……ドンドゥルマ?」
穴から顔を出し、そこにやっぱり屋根裏部屋があるのだと分かった。そして。
「……誰?」
返事が聞こえた。
「ドンドゥルマ。どうしてこんなところにいるの」
「……グラニータね」
私のことが分かるよう。
ドンドゥルマは、屋根裏のすみで猫のように丸まって横になっている。衛生的に心配になるような場所で、彼女がここから離れない理由は、もちろんリーデッヒに決まっていた。
「リーデッヒはね、とても寂しい思いをしていたのよ。兄弟差を付けられて、まるで居ない存在として扱われていた。ここが彼の部屋。こんなに立派なお屋敷なのに、屋根裏のシーツだまりで一人で眠るなんて……胸が裂けそうよ」
ドンドゥルマは膝を抱えて目を閉じた。
私は身を持ち上げて屋根裏部屋へと登りきる。
その直後、下では市局の男性たちが追い付いて来て、こんな人形ばかりの部屋を奇妙で恐ろしいと言い合い震えていたようだ。
男性たちの話し声がドンドゥルマにも聞こえたのか、彼女はフッと小さく笑った。
「恐ろしいんですって。分からないものよね。こんなに華やかな人生を送っているんじゃ、見えたもの、感じたもの、それが全て華やかなもののように思えてしまうわ」
目を閉じたドンドゥルマが手探りでシーツを撫で、そして続けて言う。
「私ね、何も知らなかった。彼の悲劇的な過去も、この戦争の激しさも。リーデッヒのためなら、幼いリーデッヒを苦しめた全ての人間を探し出して罰を与えることも考えた。でもそうしなかったのは、リーデッヒが戦争に命をかけて尽くしていると分かったからよ。これは彼にとって一大決心だったんだわ……」
「……」
つらい胸のうちを語ったようだけど。
「しっかりしてよ、ドンドゥルマ」
私はドンドゥルマの手からシーツを引きはがした。
驚いて目を見張るドンドゥルマの形相を、雷鳴と共に雷が光らせて私に見せる。
「何するのよ! 返して!」
「いいえ、返さない! ちゃんと現実を見て」
「返してったら!!」
覆いかぶさるように私に飛びつき、この埃まみれのシーツを取り返そうと爪を立ててくる。私は、腕を引っかかれようが、顔に傷が付こうが構わずに抵抗した。
「どうしてあんたはいつも……!」
ついにドンドゥルマは怒って、転がっていた植木鉢を威嚇のつもりで床に投げた。
「グラニータ! どうしてあんたは邪魔ばかりするの!? 今だってあんただけが私を追ってきた。また説教垂れてきてどういうつもり!?」
私は植木鉢を横に置き、ドンドゥルマには何も危害を与えない。
その様子を見たドンドゥルマが理解したよう。
「……なるほどね。分かった。あんたはやっぱり、自分の方が上だって言いたいわけ。夢か現実かも区別できない私を見下してるんでしょう!?」
「……」
「あんたは家に帰れば夫の愛があって私には何もないわ! あなたみたいな幸せな人には私の事なんて何も分からないわよ!」
声を荒げるドンドゥルマに私がそっと近づいて行けば、彼女は身を委縮させて困惑していた。
私が酷く叱るかもしくは殴ってくるのかと思ったのだろう。むしろ彼女は恐れて「何よ。殴る気?」と自分から言ったくらいだ。
「殴らないわ。あなたがさっき言ったように、私もあなたに対して同じ思いなの。ドンドゥルマ」
「……は?」
怪訝なその顔に、私の想いが伝わるか分からないけど話してみる。
「私もドンドゥルマのことを何も知らなかった。だから表面の華やかさだけで決めつけていたの。さっきまで私は、あなたを見つけたら叱って殴ってでも日の当たる場所へ引きずり出すつもりでいたわ。でもあなたの言う通り、それは違うって思った。ドンドゥルマ、あなたのリーデッヒに対する気持ちも一大決心だったのよね。これはあなたにとって大きな戦争だったのよ」
「……い、意味が分からないわ。何よ大きな戦争って」
「私たちとの戦争よ。ソルベ、ファールーデ、クルフィ、そして私との全面戦争ね」
「は、はあ? あなた頭がおかしいわ。私はただリーデッヒのことを一番愛していて、一番側に居たいだけで」
「私だってリーデッヒのことを愛してる。でも私のリーデッヒへの愛は側にいることじゃない。彼のことは心から応援しているけれど、自分自身が誰よりも幸せになること、それが私からリーデッヒへ向ける愛なの」
(((次話は来週月曜17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho




