歪み
間もなく、私たちはまた再会する。
ソルベ、クルフィ、ファールーデ。ドンドゥルマはまだ見えないでいて、あの時のカフェと同じだった。
だけど心境はまったく違っている。みんなの顔色もまったく違っている。
いつもは華やかな衣装を身に纏い、その顔や肌にも色を映して華やかだったのに。それが今は首元の真珠だけでは彩りきれない。ましてや黒い生地ではいっそう人の肌色を白くさせるもの。
私は見ていられなくなり、夏の青い空を見上げることにした。この山岳麓にある僻地の公園では、夏の空を遮る高いビルも、工場から止めどなく出る煙も何もない。
しかし一方の空に鳥のようなものが見える。あれは飛行艇だ。飛びながら色を付けた粉を撒いている。その直下の街は賑わっているだろうけど、ここから見るとまるで排ガスを出しているのと変わらないなと思った。
「では皆様。祈りを……」
海兵の男性が腰を折り、私たちも少し頭を下げた。
夏の日差しがあっても、涼しい風が吹くこの土地で。
いくつもの魂が静かに眠れますように。
ささやかな式事が終わり、バスで帰る者はバスを待ち、迎えが来ている者は車で帰った。
「グラニータ」
私に声を掛けたのは。
「ファールーデ」
もれなく顔色を真っ白にさせたひとりの淑女。電話で話してからこんな機会で出会うなんて本当に……。
「ドンドゥルマはやっぱり……」
そう、ファールーデが憂いた声で言うから、私は式事の小冊子を開いて答えた。
「大丈夫、平気よ。どこにもドンドゥルマの名前は無かったわ」
慰めじゃなく、本当に表記されていなかったの。死者の名前の一覧に。
「それにね、ファールーデ。さっきソルベが海兵さんに言い迫っているところを聞いたんだけど。ドンドゥルマという人がデモに参加したという事も無いって」
「えっ、ソルベが?」
「そうよ。ソルベが」
ドンドゥルマがデモに参加して命を落としていない。その事よりも、ソルベがドンドゥルマのことに関して、こんなに必死に探ろうとするなんて私も驚いたのよ。どうやらファールーデも同じ気持ちだったみたい。
ソルベは今どこに?
用が済んだなら先に帰ってしまいそうな彼女なのに。私が少し首を回すだけでソルベは見つかった。
夏の暑さに弱い彼女が、日陰に入らずに日向で佇んでいるのが見えた。また、ソルベを運んだ車は、彼女の付き人の運転によって主人を乗せずに坂道を下りていくようだ。
私とファールーデはソルベのもとへじりじりと歩いた。
「……ソルベ? 大丈夫?」
ファールーデが声を掛ける。
ふん、と鼻を鳴らすはずのソルベだと思うけど。
しかしソルベは、まさか顔を両手で覆って涙し、膝から崩れてしまった。
「ソルベ!?」
「ああ……うう……」
声にならず、背中を震わせながら泣く彼女を誰が想像できただろう。
そして「私のせいよ」とソルベが自分を責めたから、私とファールーデは顔を見合わせた。
ひとまず日陰に入ろうと誘ったんだけど、ソルベは決してそこから動かない。息を吸って震える声で言う。
「あのバカ……。私が言ったからって何でもかんでも……。少しは警戒しなさいよ。アンタが居なくなったって……誰も悲しみやしないわ」
そう嘆きながら土の砂を握って投げている。
私が、何があったのかと聞くと、ソルベはようやく私の顔を見上げた。
「グラニータ……」
まるで初めて人の顔を見たというような言い方だわ。続いてファールーデにも気付いて「あなた達……」と言う。
それからソルベは一度だけ笑った。それは失笑に近くて、私やファールーデが見えたことの安心から出たものとは全く違う。
「……馬鹿げているわよね。たったひとつの嫉妬だけでこんなにも行動出来るなんて自分でも驚き……いや、呆れるのよ。本当に……どっちがバカなんだか」
また砂を投げる。
呆れや苛立ちから砂を投げていたものが、だんだん憎しみになっていくと、砂の無くなった地面を削ってでも何か得ようと指から血を出した。
「ソルベ、ねえ止めて! 気持ちは分かるわ!」
「分かるはずがないでしょ!? ……ファールーデ。あなただけには分からない」
ソルベの肩を持つファールデーが少し離れたように見えた。
これを感じ取って、ソルベはファールーデを睨んだ。
「本当に……優しいわよね、ファールーデ。あなたほど冷酷な女はいないわ。ひとりだけ檻の外に出ていて、私やドンドゥルマみたいな強情者を眺めて腹のうちでは笑っているんでしょう?」
「そ、そんなこと無いわ。私はただ、本当にソルベが心配で」
「心配! 心配! 心配!! ねえ……誰がいつ心配して欲しいって言った? あなたいつも私の肩を持つようだけど、それって何様なの? 私の保護者? 代弁者にでもなったつもり? いつもいつも私の肩代わりのような役割をして、私のことを見下していたんでしょう?」
ヘビのように睨んだ眼は私にも向いた。
「グラニータ。あなたにも教えてあげるわ。私は、ドンドゥルマが戦場へ行くように誘導したのよ。あの女が情報を得ていたっていう海兵は私の夫なの。リーデッヒの居場所も、彼も実家も、家庭事情も全て、夫からドンドゥルマに教えてあげるように仕向けたのよ」
そしてこの事実を持って、再びファールーデに向くと。
「この事をそこの薄情な女にしつこく尋問されてね、もう面倒くさくなって全部話したら説教なんか垂れちゃって。仕舞いにはこの女、ドンドゥルマと二人で会って、私が言ったことをベラベラ喋ってるのよ?」
「えっ」
「待って違うわ! それはだって……ソルベが……」
「はぁ、出た。また私のせいなのね。それかまた私が心配だったからってこと? 私の代わりにドンドゥルマに話を付けておいて穏便に解決しようとでも思った? 今度は救世主になりたかったわけ」
ソルベは砂のある地から握り取って、ファールーデに投げた。
ファールーデは顔に砂を食らい、両手で目を覆った。
「あんたが私の悪行を暴こうが、勝手に仲立ちして正義感に浸っていようがどうでもいい。勝手にやれば? ってずっと泳がしてたけど。どうやらハッキリしたわね。あんたは今日から殺人の共謀者なんだから」
(((次話は来週月曜17時に投稿します
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