100話『スタート』
「あー! 酷い! それ私の何ですけど! 」
「早い者勝ちよね、ほら諦めなさい」
ふと背後からそんな喋り声、いや喧嘩する声が聞こえてきた。驚いて振り返ると、なんと小高い丘の頂上で茶会が開かれている。
声を荒らげていたのは、小さな女の子。そして、対面に座る喧嘩相手はお姉さんだろうか……綺麗な長髪を手ぐしで梳く女の人だった。
そんな2人を眺めるように座る男の人もいた。ただ、その人は静かにお茶を啜るばかりで、その喧嘩には一欠片の興味も無いように見えた。
その余りにも異質な光景に、思わず腰を抜かしてしまった。それもそうだ……辺り一帯は何もかもが死んでしまったかのように、草木の一本も生えていないが、その茶会の周りだけは青々しい芝が生い茂り花まで咲き乱れている。
未だに自分の目が信じられず、試しに目を擦ってみる。だが、やはり口喧嘩は続けられているし、ほんのりお茶の良い匂いも漂ってくる。
「あ、良い茶葉使ってる……」
思わず心の声が口から漏れてしまった。しまったと思い、口に手を当てたが少し遅かった。
「さぁ、お嬢さんもそんな所に立っていないで、早くこっちに来て座りなさい」
つい先程前まで、激しく繰り広げられていた口喧嘩もいつの間にか終わっていて、その男は静かにそう言って対面の空席を右手で指した。ユフがずっと立ち聞きしているのに気づいていたような口振りだ。
「そ、それでは遠慮なく……」
その誘いを無下に断る訳にもいかず、小高い丘をスタスタと登り指定された席に着いた。
「……お招き感謝します。あ、あの……ここは一体? 」
小さな女の子が良い匂いのするお茶をカップ並々に注いでくれたので、お礼を言って受け取った。程よく熱くて、とても美味しい。出されたお茶菓子も、恐る恐る食べてみると本当に美味しかった。『まかろん』と『たると』というらしい。
「それは至極真っ当な質問だ、お嬢さん。突然こんな所に連れてこられたんだからね」
男は何故か手を叩いて喜んだ。とても満足気な様子だ。
「私から説明します。ここは……全十階層から成る魔卿塔の第八階層、天外杜です」
「ま、魔卿使団のアジト……? 」
彼女の説明から考えるに、ここは魔卿使団の本部と見て間違いなさそうだ。それにしても、こんなにも広い塔の内部……相当大きな塔なのだろう。
「姉様たちはどこに……」
男は目を少しだけ大きく見開いた。彼女たちの手も同時にピタッと止まった。
「姉様……あぁ、あの娘だね。白髪の鬼人族の爺さんと一緒に五階層辺りにいるんじゃないかな」
しなやかで綺麗な人差し指を、宙に円を描くように男はクルクルと回した。回しながら退屈そうに、そう言った。そして、何かを思い出したと言わんばかりな顔をした。
「おっとすまない……自己紹介がまだだったね。僕は魔卿特命大使を拝命している、八階層番主。よしなに頼む」
八階層番主……変な名前です。魔卿特大使ですか、幹部級なのは間違いないですが……どれ程なのかは計り知れませんね。
「これはご丁寧に、感謝します。ユフはカノープスの団員にして、ワインデッド家が使用人です」
「私とこの子に名前は無いわ。私の事はU、この子の事はFと呼んでくれれば良いわ」
コードネーム……的な所でしょうか。確かにそっちの方が楽かもしれませんが、少し不憫ではありますね。
「うん、分かった。ユフ君だね。賢い君なら、もう分かると思うけど……しばらくの間、僕たちとこのお茶会を楽しんで欲しい」
クッキーを齧りながらそう言った男は、気味が悪いほど落ち着いている。こぼれ落ちた破片を手で払いながら、ユフの答えを待っていた。
「その様子だとユフに拒否権は無いのでしょう? だとすれば、こうして無の時間を凌ぐしかありません」
「うん、物分りが良くて助かるよ」
ユフがここで大人しくしていれば、少なくともこの3人の足止めが出来れば……姉様たちがここから脱出できる希望が僅かでも芽生えるのかもしれない。そう考えると、震える膝を押さえつけるのも案外悪くない。
「全ては些細なことなんだ。魔卿公の気まぐれだってもうすぐ終わる」
「……それはどういう」
***
同刻、人元歴460年9月――
「やはりこうなってしまったか……遅かれ早かれ、とは思っていたのじゃが……」
ワリナル大陸北部、マリナ統一王国のマーレ半島に皇国と藝華の連合軍が上陸作戦を敢行したとの報せがあった。
「陛下、我々の対応一つで世界が動きかねません。七星ら集め御前会議のご検討を」
マリナが抱える問題というのは、かなり闇が深い。語弊を恐れずに言うならば、三連と皇国の代理戦争のようなものじゃ。共国はその双方から支援を要請されている。板挟み状態じゃ。
「うむ、そうする他あるまい。明日のこの時刻に会議を開く」
現段階で、自国の立場を明らかにしている国は少ない。法国が皇国陣営に入るということくらいじゃな。お隣の帝国は未だ黙りを決め込んでいる始末じゃしな……
「陛下、ドミネート巫国から使者が参りました」
ドミネート……巫国? そんな国あったかの……?
「ま、まぁとりあえず通せ」
「はい」
聞いた事のない名前の国じゃが……本当に国なのか?
「初めまして、女王陛下。私はドミネート巫国、第一神官のアルスラーテと申します」
第一神官のアルスラーテ、あの衣装は五神教の物か。
「陛下、かの国は最近出来た国でございます。どうやら、現人巫女様が反乱を起こして建国したとか」
その時、侍者が静かにそう耳打ちしてきた。なるほど、そういう事か……
「魂胆は分かった。妾らに国として認めて欲しいということかの」
「えぇ、流石は女王陛下。良いお返事お待ちしております」
それだけ言うと、その神官はあっさりとその場を去った。
「陛下、かの国に良い噂は聞きませぬ」
「うむ、そのようじゃな。後回しでよかろう」
ただなんとなく、直感的に裏で大きな力が動いているような気がした。そうでなければ、建国になどありつけぬ。それは妾が一番よく分かっている。恐らく連盟……
「どうも厄介な世の中になったものじゃの」
***
翌日、カラトニア連盟大国――
「何だと? 共国が皇国陣営に入っただと? 」
「左様でございます、陛下」
こめかみに血管が浮かび、連盟国王は勢いよく立ち上がった。
しかし、すぐにふつふつと沸き上がる怒りを沈めて再び座り直した。
「そ、そうか……仕方あるまい。ならば、我々も我々なりに対抗するまでよ」
不敵な笑みを浮かべた国王は、近侍に何かを申し付けた。しばらくして、全身を金ピカな鎧で固めたある男が登場した。
「お呼びでございましょうか、国王陛下! 」
この男、キルルは調子の良い男である。思わず呆れてしまう。まぁ、この際良い。
「確認するが……お前は魔大陸で共国の『死神』に、謂れもない罪を着せられ、突如攻撃された。そして、パーティーは壊滅したのだな? 」
「左様でございます国王! あの非常な悪魔をこのまま自由にさせて置いてはいけません! 」
国王はニヤッと笑い、再び勢いよく立ち上がった。
「全領主、大臣を呼べ! 戦争だ! 」
投稿遅れてしまって申し訳ないです! これからまたよろしくお願いいたします!